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2 不吉の砦
ヘキは釈然としないまま、出会ったばかりの仲間たちと出発した。
「どうしたんだい、ヘキ?」
心配そうな表情のノータが声をかけた。
「別に……ただ色々とわからない事だらけ」
「君はナインライブズで、しかも君の父さんは創造主だそうじゃないか。その君が不思議がってたんじゃ、ぼくらはどうすりゃいいんだい?」
「ありがとう、ノータ。少し気が楽になった」
「どういたしまして」
ヘキはノータに向かって微笑んでから、列の後方を悠然と歩く三人のワンガミラに近付いた。
「ケイジ。訊きたい事があるんだけど」
「何だ」
「あなた、記憶があるの?」
「記憶……ケイジという名。それ以外の記憶を持ち合わせていない。貴殿らも一緒か?」
ケイジは少し前を歩くヘッティンゲンに尋ねた。
「以前の記憶は少し残っている。そこにいるヘキと戦って敗れた」
「ほぉ」
「気が付いた時にはワンガミラの長老と呼ばれる男の下にいて、ここに行けと言われた。その時に隣にいたのがフラナガンだ」
ケイジは槍を持ったフラナガンの方に向き直った。
「私の記憶もやはり《魔王の星》と呼ばれる星でヘキの弟と戦って敗れたものだけだ。その後はヘッティンゲンと同じだ。ケイジ、貴殿の事はその時に長老が教えてくれた」
「なるほど。どちらも初めて聞く話だ。我らはほぼ初対面という訳だな」
「……だが、ヘキ」
ヘッティンゲンが言った。
「お主は我々、それに他の巨人や『胸穿族』も知っている様子であった。このメンバーはお主が集めたのではないのか?」
「あたしもここに来て初めて知ったのよ。でも皆、あたしのために集まってくれたってのは正しいかも」
「じゃあお前がリーダーを務めるのが当然だな」
いつの間にかトイサルとノータを肩の上に乗せたバンバも近くにきていた。
「おれたちゃ、あんたの指示に従うぜ」
「――わかったわ。でも最初に知っておきたい事がある。戦う相手は誰?」
「『強き者』に決まってるじぇねえか」
「さっきも言ったけどワンガミラならここにいるわよ」
「そんなの知らねえよ。自分の目で確かめるんだな」
ヘキはそれ以上の会話をあきらめた。史実通りのようでいて少し違う世界、それが創造主の用意した舞台のようだ。
砦が見えた。小高い山の頂上に至るまでくねくねと山道が続いていたが、道沿いには幾つもの構築物がぎっしり建てられていて、遠目には大きな戦艦のようだった。
「あれを突破しないといけないのか」
トイサルが言うと、バンバの肩に乗ったノータが答えた。
「このメンバーなら駆逐できるよ」
「あたし」
とヘキが言った。
「それよりも気になる事があるの。あの建物から何本も棒のようなものが伸びているのが見えるでしょ。布がかかっているから姿ははっきりとはわからないけど」
「あれがどうかしたのか?」
「実物を見た事があるの。この世界を終わらせかねない野蛮で無慈悲な兵器、あんなにたくさん設置してこの星を何度滅ぼすつもりかしら」
「そいつは物騒な話だが、作戦はあんのか?」
「これだけ強い人間がいるんだもの。正面突破よ。あたし、トイサル、ケイジ、ヘッティンゲンとフラナガンに分かれて突撃よ。バンバは後方でノータを守りながら来て」
一行が山の麓まで辿り着くと動きがあった。
要塞のような山の頂上から声が聞こえてきた。
「それ以上近付けば攻撃する。もう一度言う、それ以上近付くと――
「うっとおしいわね」
ヘキが一歩前に出て声を上げた。
「目的は何、こんな場所に籠城していても覇権は望めないわよ」
「この場所は取っ掛かりに過ぎない。こちらには世界を滅ぼす武器がある。それを使って全てを支配する。見せてやろう、それ」
声を合図に山道に建てられた建物から出ていた棒状の突起を覆い隠していた布が取り払われ、その下から黒色に輝く3メートルほどの砲塔のようなものが姿を現した。
「お前たちのような野蛮人ではわからぬかもしれぬが、これが我らの切り札だ」
「セレーネス……」
ヘキが呟くとトイサルが不思議そうな表情で尋ねた。
「おい、ヘキ。何だよ、ありゃ?」
「セレーネスといって、人間を苦痛なく死に至らしめる兵器よ。実際に何億という人が亡くなっているわ」
「文明が進むのも考えもんだな」
「そんな事言ってる場合じゃないわ。早く破壊しないと」
ヘキが更に一歩山に向かって歩を進めると、突然、足元で砂埃が舞った。
「今度は何だ」
「トイサルは銃を知らないんだね」
バンバの肩に乗ったノータが言った。
「礫か。速くて見えなかったぞ」
「いや、礫ではないし、鉛玉でもない。熱線か光線のようだね。避けるのは至難の技だし、一旦射程圏外に出よう」
「敵は大分最新の銃器を備えているようね」
「ヘキ、このまま進んでも狙い撃ちになるだけだよ」
「わかってる。一気に殲滅してやりましょう。あたしが先頭に立って引き付けるから……ケイジ、あなた、目に付く建物や兵器を片っ端から破壊して」
「あのような武器相手にどのように戦えというのだ?」
「ああ、そうか。能力の記憶もないのね――ケイジ、ちょっといい?」
ヘキはケイジを少し離れた岩陰に連れ出し、身ぶり手ぶりで何かを伝えた。
ケイジは無言のままで聞き、最後に小さく頷いた。
「皆、いいかしら。トイサル、フラナガン、ヘッティンゲン、建物が破壊されたら遅れずに制圧してね」
「ヘキよ、あの危険極まりないセレ……何とかいう兵器は大丈夫か。撃たれたらおしまいなんだろ?」
突然にバンバが口を開いた。
「バンバ、エテルから聞いた事がある。セレーネスは準備にものすごく時間がかかる。失敗作だって」
「なるほど。エテルとバンバの言葉を信じよう」
とノータが付け加えた。
「おそらくエネルギーを充填するのにとてつもない時間を要するんだ。さっき布を取り去ったばかりだからしばらくは使えないはずだよ」
「そうね。信じるしかない。じゃあ行くよ」
そう言ったヘキの足が地上を離れ、一同は驚愕したが、更に驚くべき事が起こった。ケイジの姿がぼんやりと薄くなっていき、ついには見えなくなったのだった。
「心配しないで。ケイジは気配を消しただけよ」
ヘキは空中から山道の途中の構築物に接近した。下を狙う事ばかりを考えていた白い防護服を着た銃撃手たちと目が合い、にこりと微笑んでから、『爆雷』を叩き込んだ。
建物の中で爆発が起こり、人がばたばたと倒れた。
ヘキは地上に降り立って、倒れているフルフェイスの防護マスクに白い防護服を着た人間のマスクをはずした。
「……あら、普通の……『持たざる者』?」
「そうみたいだな」
走って追い付いてきたトイサルが言った。
「『強き者』の正体は『持たざる者』、一つの種族の中で狩る側と狩られる側になってるって構図だ」
「……そういう事ね」
「ところでケイジはどうなった?」
全員が山道の先の方を見るとケイジが両手を着物に突っ込んでこちらに戻ってくる所だった。
「ケイジ」
「こちらの姿が見えないのでは、どんなに恐ろしい武器を持っていようと敵ではないな」
「ふふふ、さあ、先を急ぎましょう」
一行は山頂の砦に近付いた。
「いい、さっきと同じで時間をかけずにさくさくと進むわよ」
ヘキの『爆雷』とケイジの『自然』は襲ってくる敵を次々と倒していった。
倒しきれない相手をトイサルの拳とワンガミラたちの剣技で仕留めていき、あっという間に砦の中心部に達した。
中心部には親玉らしき人物が数名の取り巻きと共に待っていた。
「よぉし、やっちまおうぜ」
トイサルが言うとヘキが言った。
「ちょっと待って。何でこんな真似をしでかしたのか目的が知りたいわ」
中心にいた人物が防護マスクをはずした。男だと思っていたが毒々しい化粧を施した女だった。
「久しぶりだねえ、文月」
「あんた、誰?」
「覚えてないなんてつれないねえ。ここにいる可愛い息子のジャンガリともう一度やり直す機会をもらったんだよ」
「やり直す、にしちゃ物騒だけど」
「話は最後まで聞くもんだよ。この銀河征服をやり直すって事さ」
「確かに……強き者っていうのは種族じゃないんだね。あんたみたいに根っこから腐ってる奴らこそ駆逐されなくちゃならないんだ」
「ふん、ここで死んでく人間に御託並べられた所で痛くも痒くもないね――ジャンガリ、やっておしまい」
女の合図で取り巻きの男たちが一斉に襲い掛かってきた。
皆、一様に土気色の顔をした生気のない同じ顔付き、同じ表情だった。
「うわっ、気を付けた方がいいよ。こいつらは死んでるみたいだ」
ノータは言うなりバンバの肩の上に登ってしまった。
「確かにな」
襲ってくるジャンガリを殴り倒しながらトイサルが言った。
「どいつもこいつも同じ顔しやがって、しかも倒してもわらわらと湧き出してきやがる。おい、ヘキ。知り合いなんだろう?」
「本当に覚えてないのよ……あんた、誰?」
「思い出させてあげるよ。《霧の星》であんたの兄弟たちにやられたジーズラとジャンガリの親子さ」
「ああ、そんなのいたねえ。でもケイジに斬られて……ケイジは?」
ヘキが言い終ると同時にケイジがジーズラを袈裟懸けに斬り下ろしていた。
「……また、あんたに……」
ジーズラは驚いた表情を浮かべたまま、ゆっくりと倒れた。
「私はお前など知らん」