9.2. Story 3 時間の輪

2 コウの疑問

 『龍の王国』を出たコウたちがシップに戻るとリンと見慣れない男女が待っていた。
「ダディ、『終わった』でいいのか」
 コウがリンに声をかけるとリンは小さく微笑んだ。
「お疲れ様」
「そっちの方たちは?」
「こっちの女性はエニク、そっちがウムノイだよ」
「創造主かよ。今更、驚くのもしんどいなあ。で、何でここにいるんだよ」

 
「あなたは」とエニクが言った。「私たちの所に来た子ね。そっちはウルトマの娘、そしてお子さんね」
「おれはコウ文月、順天、それに娘のムータンだ」
「男の子もいなかった?」
「何でも知ってんだな。ミチは今、《オアシスの星》で、その、経営を勉強してるよ」
「用意周到。覇王を補佐するブレーンを育てている訳ね」
「何だよ、そりゃ」
「ウルトマの娘さんの思惑かしら?」
「さあ、父は創造主とはいえ、元々は被創造物。母は《青の星》に古くから暮らす精霊。そのような大それた真似はできません」
「うふふ、そういう事にしておくわ」

 
「まだ答えを聞いてねえぜ。ダディ、何でここにいるんだよ」
「そうだったね。ウムノイが今回の舞台を用意したんだ。で、今回の勝負の結果を伝えに来てくれた」
「ふーん、ウムノイさん。結果はどうだった?」
 コウに尋ねられたウムノイはいつものような薄ら笑いを浮かべず、神妙な表情をしていた。

「予想通り、みっともない戦いだったよなあ。所詮、お前らじゃ龍には敵わないって事がよおくわかった」
「ちきしょう。言いたい放題言いやがって」
「でもな、おいら、そのみっともない戦いを見てる内に涙が止まらなくなったんだ。悔しいけど、リチャードがぼろぼろになっても立ち上がる姿に感動しちまった」
「……あん?」
「だからこの戦いはお前らの勝ちだ。黒龍には勝てなかったけどおいらとの勝負には勝ったんだ」
「という事よ」
 エニクが後を引き取った。
「幸先がいいわね。最初の勝負はあなたたちの勝ち。あと三つ勝てばこの箱庭は正式にあなたたちの物――もっともそう簡単にいくとは思えないけど」

 
「なあなあ、エニクさん」
 コウがほっとした表情を浮かべながら聞いた。
「リチャードはどうなったんだ。ディヴァインは黒龍の攻撃が当たる寸前にリチャードをどっかに飛ばしたろ。あん時、おれにはリチャードだけじゃなくて、もう一つ、何か別のものが飛び去ったように見えたんだ」
「さすがね。リチャードの肉体はディヴァインの力でこの箱庭のどこかに行ったわ。そして彼の肉体を覆っていた邪龍の呪いが染み込んだ鎧兜は、私が別の所に飛ばしたの」
「別の所?」
「そうよ、別の時空に放り込んだの。あなたたちもよく知ってるあの瘴気を放つ鎧として」
「……おい、ちょっと待てよ。茶々が飲み込んだ『魔王の鎧』の事を言ってんだとしたら、過去に投げ込んだって事か?」
「そうよ。今回の一件を経てようやく暗黒魔王が誕生するのよ」

 
「腑に落ちねえなあ。リチャードは暗黒魔王がいた時代を経て今に存在してんのに、リチャードの今回の一件がなかったら暗黒魔王は存在しない。辻褄が合わねえ」
「説明してあげてもいいけど。あなたも私たちの暮らす世界にやって来たくらいだから時間の概念についてはわかってるわよね?」
「ああ、おれたちの何年っていう月日はあんたたちにとっちゃ一瞬なんだろ」
「そうよ。『観察者の時間』ね。そうでなければ実験を続けられない」
「実験とは嫌な言葉を使うな。だけどそれと過去に遡るのは違うだろ?」

「時間についてあなたがまだ知らない事があるの。時間なんて、一繋がりの輪っか」
「ん、どういう意味だ?」
「そうね、円形のレース場を想像してごらんなさい。レースをしていれば追い抜いたり、追い抜かれたりするでしょ。私が制御する時間も一緒よ。一繋がりの輪っかと考えれば、過去は現在に並ぶ時もあれば、追い抜く事もある」
「時間は距離と同じで異なる次元って訳か」
「唯一、予測できないのは未来だけ。過去が未来の形を変える。輪っかの形は常に変化してるのよ」

「でもよ、おれたちの遠いご先祖は、今の時代のリチャードの鎧を着た男と戦い、その男の鎧は今の時代の茶々に飲み込まれ、そしてリチャードは鎧を邪龍の血に染め上げ、その鎧が遠いご先祖の下に運ばれ……ああ、もう訳がわかんねえ」
「うふふ。私だって過去に干渉して辻褄を合せるのは重労働だから好きじゃないのよ。少しの矛盾には目を瞑らなきゃ」
「まあな。創造主のお遊びに付き合うのにまともな考え方してたんじゃ、身が持たねえや」
「それでいいのよ。じゃあ私たちは行くわ」

 

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