8.8. Story 2 混沌と自由の境界線

3 亡霊

元麻布聖堂

 デズモンドとセキは麻布の高台に立った。二人のいる場所からは下り坂が北を除く東西南の三か所に延びており、西側の下り坂に沿った広大な土地は白い石の塀で囲われ、大きな樹が鬱蒼と茂り、外からは中の様子が見渡せないようになっていた。
「デズモンド、ここがそうなの?」
「ああ、ムーちゃんが言ってたのはここだ。見ろよ、凄いもんがおっ立ちやがって。明日が落成式らしい」
「中に入るの?」
「まずは周りを一周してみようぜ」

 二人は並んで細い下り坂を降りた。途中で大通りにぶつかり、そこで左に折れ、繁華街に向かって道は続いていた。
 初夏の太陽を浴び、デズモンドはTシャツの袖をまくりながらセキに言った。
「ああ、あっちいなあ。アイスコーヒーでも飲んでこうぜ」
 デズモンドはこじゃれたオープンテラスのカフェに入ってどっかりと腰を下ろした。

 
「ところでよ、セキ。お前、何か変わった事があったろ?」
 アイスコーヒーのストローを咥えながら、セキは内心どきりとした。コザサとシメノから「神楽坂にいる事はデズモンドだけには絶対に秘密だ」と言われていたのを思い出したのだった。
「えっ……そんな事ないよ」
「相変わらず嘘の付けない奴だなあ。まあ、いいや。どうせ大した事じゃねえだろ」
「そ、それよりさ、デズモンド。聞きたい事があったんだ」
「何だよ」
「創造主の事。父さんは創造主たちを追い出して、この銀河を見守っている。でもあの人たちはまたこの銀河を滅ぼそうと狙ってるのかな」
「うーん。なかなかの難問だな。だがお前も話を聞いた通り、あのカタストロフの一件はアーナトスリっていう奴の独断だ。あいつは箱庭一つ消すくらいは何とも思っちゃいない」
「じゃあ他の創造主たちは心配しなくていいんだね」
「さあ、後の十人も皆、強烈な性格だからな。わからねえぞ」
「デズモンドは詳しいの?」
「サフィが散々教えてくれたからな。一つ説明してやろうか――

 

【デズモンドの話:創造主】

 まずは時間を司るエニク。黒髪の女学生みたいな娘らしいが、あのマザーの幼馴染なんだそうだ。
 実は『銀河の叡智』も全部エニクが操作したくらいだから――おいおい、そんなに驚くなよ。考えてもみろよ。今の文明じゃ解明できねえような奇蹟が立て続けに起こるなんておかしいだろ。わしらは創造主の掌の上で遊ばされてるだけなんだよ。
 まあ、そんなお節介を焼くくらいだからこの銀河に対しては好意的だ。

 次は大地を創造するバノコ。精力的なオヤジだ。こいつは好奇心の塊らしくてな、しょっちゅう銀河にちょっかいを出す。
 最近の話だと『ネオ』の創造だ。
 まあ、こいつも好意的だな。

 空間を造り出すギーギ、髪の毛を針みてえに立たせたまるでパンクロッカーみたいな男だそうだ。こいつは非常に論理的、まったく情には流されないらしい。
 だからこの銀河を必要なしと判断すれば即座に消滅させるだろう。

 空間を繋ぐオシュガンナシュ、こいつはかなり特殊でな――そういゃあ、お前は会ってるんだよな。どんな印象だった?
 ああ、そうそう、おしゃれな貴族風の男だったろ。奴は『胸穿族』のエリートなんだそうだ。
 といっても《霧の星》出身じゃなく、『上の世界』のどっかの星の『胸穿族』らしい。
 奴はそんな出自だけあって、弱い者には同情的、つまりはこの銀河にも好意的なんじゃないか。

 物質のサイズを司るグモ、こいつは至って好青年風のルックスらしい。
 別にこの銀河が滅びようが、気にしちゃいないだろうな。

 生命の気を司るウムナイ、龍と精霊の気を司るウムノイ、双子の少年だそうだ。
 性格も感情的で涙もろく、飽きっぽい。
 こいつらは中立だな。

 生命の進化を司るジュカ、いつでもフードをかぶって顔を見せないこいつは曲者だ。
 ドノスを産み出した張本人で、あまりこの銀河を好ましく思ってないみてえだ。

 生命の誕生と終わりを司るワンデライ、こいつは元気なやんちゃ坊主。
 情に厚く、義理堅い。
 こいつは好意的。

 そして運命をもてあそぶチエラドンナ、ぞくぞくするくれえの美人らしい。
 創造主の中で一番の気まぐれだったそうだが、何の弾みかお前の爺さん、わしの大事な息子、大都と恋に落ちた。
 何だよ、そんな顔すんなよ。男と女ってのはわからねえもんだって、よくある話じゃねえか――

 

「そうするとさ」
 セキが指を折りながら尋ねた。
「アーナトスリは除外すると、この銀河に好意的なのがエニク、バノコ、オシュガンナシュ、ワンデライ、チエラドンナの五人、否定的なのがギーギ、グモ、ジュカの三人、中立なのがウムナイ、ウムノイの二人って感じかな。数の上では安心だね」
「わからねえぞ。創造主は気まぐれだ。いつ気が変わるとも限らん――さて、そろそろ散策に戻ろうじゃねえか」

 

聖堂内部

 二人はカフェを出て坂を登った。両脇に木が茂り、昼でも薄暗い道を登り、左に折れ、ようやく最初の場所に戻った。
「しかし外からは全く何も見えなかったな」
「うん」
「やっぱり中に入るしかねえか」
「えっ?」

 デズモンドは狼狽するセキを置いて、がっちりと閉ざされた両開きの石造りの門の円形の金具に手をかけた。
 鈍い音とともに門が動き、人が通れるくらいの隙間が空いた。
「ほら、早く来いよ」

 
 二人が敷地の中に入るとすぐに白いローブを着た人間が飛んできた。
「勝手に入られては困ります」
「誰でも受け入れるのが宗教じゃねえのか」
「そう言われましても……」
 入口の所で押し問答を続けていると、突然に背後で声がした。
「お通しして下さい。その方々は私が特別にお呼びしたのです」

 
 三人が声の方に振り向くと、そこには同じように白いローブを着て、柔らかくウェーブを描いた金色の髪の毛が印象的な男が立っていた。
「……これは、教主」
 声をかけた男が最初に出てきた男を下がらせ、セキに向かって話しかけた。
「――確か、以前にお会いしていますね」
「ええ、設楽さん。品川で。ネーベさんもいました」
「そうでした。セキ文月さん、銀河の英雄、ある意味ではこのバルジ教を体現されるお方です」
「いや、そんなに持ち上げられても」
「そちらのお方は初めてですね。ですがどこかで――」
「デズモンド・ピアナっていうつまらねえ年寄だ。よろしくな」
「知らぬ者はおりませんよ。しかし何故、本日いらっしゃったのです?」
「明日が落成式って聞いたもんでよ。当日だと迷惑かけちまうから前日に来た。気配りってやつだな」
「ふふふ、面白いお方ですね。せっかく銀河の英雄たちが来られたのです。私が特別にこの聖堂をご案内して差し上げましょう。どうぞこちらへ」

 
 ラーマシタラの案内で二人は敷地内を見て回る事になった。
「総本山ムシカ同様、この敷地内には九つの教会が建っております。キリスト教教会を模した建物、仏教寺院、イスラム、ヒンズー、神道、アダニア派、プララトス派、《祈りの星》など一部の星で信仰されるサフィ派の建物、そしてバルジ教の教会です」
「何だ。この星と銀河とごちゃごちゃじゃねえか」
「それはそうです。この星で信仰を広めるためには既存の宗教を認め、取り込んでいかねばなりません」
「なるほどな。道理にかなってらあ」

 三人は回遊式庭園のような道沿いに沿って、それぞれの教会を回った。最後に一番大きく立派なバルジ教教会の建物を見終わるとそこはスタート地点に近い場所だった。
「今、ご覧になったバルジ教教会は講堂も兼ねており、明日の式典もそこで行われます。どうです。式典にご出席なさりませんか?」
「いや、遠慮しとくわ。華やかな場所は苦手だ」
「それは残念ですが、無理強いしても――」
 ラーマシタラの言葉は突然の絶叫にかき消された。
「まあ、あたしのベイビーちゃん」
 絶叫の主は予想通り、ネーベ・ノードラップだった。
 ネーベはセキを荒々しく抱きしめ、所構わずキスの嵐を浴びせた。

 
 突然の騒ぎの隙をついて、デズモンドはラーマシタラの袖を引っ張り、ネーベたちから少し離れた場所に連れていった。
「これでもわしは冒険家でな。少しは顔が広いんだ」
 デズモンドの突然の話にラーマシタラの顔が緊張するのがわかった。
「ムシカのゾイネンも知り合いなんだよ。知ってんだろ?」
「……それはもちろん」
「ところがゾイネンの方じゃあ、あんたなんかちっとも知らねえってよ。どうなってんだろうな」
「……」
「でもよ、バルジ教もここまででかくなると色々、亜流が生まれんのは仕方ねえって。むしろ感謝すべき事だって言ってたよ。良かったな、訴えられなくて」
「……それはきっとゾイネン太守の記憶違いだと思います。我々は正統のバルジ教でございます」
「わしはそんなの気にしてねえ。誰かに言うつもりもないし、言った所でこの星の人間じゃあ理解できん。それよりも、あんた、わしの名を聞いて初めてわかったような顔をしてたが、その前から知ってただろ。誰に聞いた?」
「――ある方としか申し上げられません」
「ふーん、大体は想像がつく。この都内の一等地のスポンサーになれるくらい力を持った男だ。今、ここにいんのか?」
「デズモンド様、少々勘違いなさっていませんか。あなたを昔から知る人間は他にもいらっしゃるではありませんか」
「――その通りだぞ。教授」

 
 今度はデズモンドの表情が強張る番だった。デズモンドは平静を装い、声の方にゆっくり振り向いたが、声の主は木立の中にいて、その姿は見えなかった。
「……監督か。てっきり死んだもんだと思ってたよ」
「お互い様じゃないか。こっちもあんたが死んだと思っていた」
「あんたには言わなきゃならん事があったんだ。あんたはわしなんかよりも早く、あの時に色々とわかってたんだな。それで面白い物を見届けるために生きる道を選んだ」
「まあ、こっちの方がその人物に近い場所にいたからな。だがあんたも気付いたようで良かったよ」
「ようやくな。『クロニクル』の編者でありながら気付かないなんて、とんだ間抜けだ」
「そう言うな。相手はそれだけ慎重に行動しているんだ」
「しかしあんたがここにいるって事は、相変わらず映像を撮ってるのか?」
「そんな所だ。銀河の覇権とかそんなものには興味がないんでな」
「あんたは映像に力を込めるもんな」
「そういう事だ。では又、会おう」

 
 声の主の気配は去った。所在なさげに立っていたラーマシタラが声をかけた。
「デズモンド様、本日はお会いできて楽しかったです。又、お越し下さい」
「ああ、なかなか楽しそうな場所だ。最終決戦の地にふさわしいや」
「はっ?」
 そこにようやくネーベを振りほどくようにしてセキが戻った。
「おい、セキ。帰るぞ。ご婦人に挨拶しておけ」

 

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