目次
2 ランドスライドの提案
マリスとデプイはエル・ディエラ・コンヴァダに戻った。
「マリス、これからどうするんだ?」
「ランドスライドとの約束があるから《虚栄の星》に戻る」
「お、おう、そうだな。それが一番いいや」
「それにランドスライドにもこの件を伝えないと――」
マリスたちは慌ただしく《虚栄の星》に戻った。
ジェネロシティの『ホテル・カラミティ』に到着すると、ロビーでは人目を忍ぶようにしてランドスライドとハクが待っていた。
「やあ、来たね」
ランドスライドが快活に手を振り、マリスは手を振り返した。
「ずっと待ってたの?」
「いや、色々とやる事があった。ようやく一段落した所で君たちが来てくれた――ん、アイシャの姿が見えないが」
「それが――」
マリスはキルフから繋がる空間の先で起こった出来事を話した。ランドスライドたちは黙って話を聞いていたが、やがて口を開いた。
「そうか、アイシャが――マリス、ここはまず、ぼくとハクの用件を先に片付けさせてくれないか。それはアイシャを救い出す事につながるかもしれないからね」
「お好きにどうぞ。僕は今、あまり冷静に物事を考えられる状態にないみたいだ」
「覇王を目指す者も普通の青年だね――実は君に人を紹介してもらいたいんだ」
「そういう事でしたら……あっ、おあつらえ向きに来たんじゃないかな」
マリスが示す先にはホテルに入ってくるレネ・ピアソン、スピンドル、それにナカツの姿があった。
「マリス、お帰り――むっ、そちらの方はもしや」
レネが言うとマリスは物憂げに答えた。
「そのもしやですよ。『七武神』、ランドスライド、それに僕の兄のハク文月です」
「これはお初にお目にかかります。私はグリード・リーグのレネ・ピアソン、スピンドル、それにマリスを補佐するナカツです」
「こちらこそお会いしたかったです。ここに来たのもグリード・リーグの方にお会いするためなのですよ」
「……どうやら事情がおありのようですね。そういう事でしたら私のような下っ端ではなく、グリード・リーグを束ねる方に会って頂きましょう」
レネはその場でスピンドルに命じ、ヴィジョンで連絡を取らせた。
「トリリオン総裁ズベンダ・ジィゴビッチとロイヤル・オストドルフのハイラーム・ビズバーグは所用で捕まりませんでしたが、PKEFのラロ・ドゥファリンとワナグリのビジャイ・レムリトラジがお会いになるそうです。ご案内しましょう」
レネの案内でペイシャンスのPKEFに向かった。移動の車中では皆、考えを秘めたまま、最小限の言葉しか交わさなかった。
「おお、これはランドスライド卿。お元気そうで何よりだ」
PKEFの最上階の会議室には、夕陽を浴びた窓際に立つビジャイと悠然と椅子に座るラロが待っていた。
「ドゥファリン会長とは何度か面識があります。ビジャイ社長とは初めてですが」
「おや、そうでしたかな」
「それはそうです。今でもパーティの席上で言われた言葉は忘れられませんよ。『この星は連邦の世話などは受けない。独立独歩、自治の道を歩む』と言われた」
「ほぉ、よく覚えておいでですな」
ラロは意志の強そうな唇の端を少し歪めて笑った。
「まさかその時の恨みを晴らすために乗り込んでこられたのではないでしょうな」
「ははは、実は今日はある重大な決意をお伝えするために参ったのです。ですがたった今マリスからある話を聞いて、さらに状況が変わった――聞いて頂けますか?」
ラロは黙って頷き、ビジャイも着席し、ランドスライドたちにも着席を勧めた。
「ご存じのようにぼくは連邦の命を受け、《虚栄の星》の管理を行っています。もっともそれが名ばかりなのは皆さんはよくご存じかと思いますが」
「そうご自分を卑下なさる事もありますまい。それで?」
「――ぼくは連邦を離脱し、全てをここにいる青年、マリスに委ねます」
「何、それは連邦の総意ですか?」
「いえ、あくまでもぼく個人の独断です。ぼくがいなくなったとわかれば、トゥーサンという頭の固い男は新しい人間を送り込もうとするでしょうが、それまでには少し間がある。その間にこの星は連邦を離脱し、マリスを中心とした体制を宣言してしまえばいいのです」
「なるほど。ではランドスライド卿はその新しい体制の後見人となって下さると?」
「そのつもりでしたが状況が変わりました。ぼくはアラリアに戻らなければなりません」
ランドスライドの言葉を聞いて何かを言おうとしたマリスを目で制して、ランドスライドは続けた。
「アラリアで母と暮らします。この銀河の未来はマリスとあなたたちに任せます」
「……これは予想外の提案でした。あなたとマリスが敵対し、激突すれば、この星は灰燼に帰してしまうと正直恐れていた」
「そうなった場合は誰も住まない北の大砂漠あたりで決着を付けますよ」
「そうですな。あそこには愚か者のクゼの別宅があるくらいだ。いっそのこと吹っ飛ばしてもらいたい」
「クゼは元気ですか。赴任以来、彼からは様々な嫌がらせを受けました。中にはヴァニタスのチャパのような乱暴者もいましたしね」
「クゼはもう終わりです。あの男の手は悪に染まり過ぎている」
「そうでしたか」
「連邦との間で全面的な戦争に突入するのでしょうか?」
レネが不安そうな表情でランドスライドに尋ねた。
「幸いな事にここと現在の連邦の中枢のある《享楽の星》とは距離が離れている。最も近くの《武の星》の精鋭軍もマリスの行動に関しては中立の立場を貫くはずです。動けるのはロアリングの一隊だけですが、彼は一度マリスに痛い目に遭わされているので、すぐに戦争にはならない」
「こちらもそれ相応の準備は怠っておりません。そこにいるナカツを中心とした自衛軍を設立しましたからな」
それまで黙っていたナカツがランドスライドに目礼をした。
「スクナ将軍の忘れ形見――なるほど。適材ですな」
「ハク文月殿」
ラロが発言をしないハクに訊ねた。
「あなたがここにいらっしゃるのはどういうお立場でしょう。マリスの身内であればいいが、あなたは連邦の重鎮でもあられる。これは極めて危険ですぞ」
「私もお伝えしなければなりません。《流浪の星》と《狩人の星》をマリスに委ねます。それによりこの新しい体制の版図は一気に広がります」
「何と……ハク殿も連邦を離脱。だが、くれない議長の一件を見れば仕方のない流れですな」
「いえ、弟は弟です。私は自らの意志に突き動かされてここに来たのです。マリスとその新しい体制こそが未来を切り開くと信じています」
「ねえ、マリス」
突然、ビジャイが口を開いた。
「『新しい体制』っていうのはどうも座りが悪い。君の口からぴったりくる名前が欲しいな」
「うーん、難しいな――こういうのはどうでしょう。僕が目指すのは大帝がかつて目指した覇業。全ての者が絶対的権威の下に自由な生活を送れる事です。その意味からいって、『帝国』がいいんではないでしょうか?」
「『帝国』か。より正確に言えば『新・帝国』かな」
「新・帝国か。いいな」
ラロは満面の笑みを浮かべた。
「早速、建国の宣言を――」
「ラロ、ちょっと待ってほしい」
マリスはラロを途中で遮った。
「まだ僕にはやる事が残っている。それを乗り越えないと覇王を名乗る資格はない」
「おお、そうだった。ドワイト卿の――レネ、ドワイト卿はどこにいらっしゃる?」
「いつものごとく捕まりません。ですがあちらから来られるでしょう」
「うむ、そうだな――マリス。建国にあたっての準備はこちらで進めておこう。君は卿の言われた最後の石回収に全力を尽くしてくれたまえ」
高層ビルを出るとランドスライドがマリスに言った。
「マリス。ぼくはすぐにアラリアに戻る。そしてアイシャを必ず君の下に戻そう」
「ランドスライド」
「心配するな――ハク、君はもう少しここに残ってマリスのやる事を見届けるといい。マーガレットたちにはぼくから伝えておくから」
「そうするよ。ランドスライド、お達者で」
「別に二度と会えなくなる訳じゃないさ。じゃあ待ち人も来たようだし、ぼくは行くよ」
ランドスライドが去るのとほぼ同時にドワイト卿が姿を現した。
「やあ、ハク。元気だったかね」
「ドワイト卿。ご無沙汰しております」
「そちらの君は確か『聖なる台地』のデプイだったかな?」
「あ、ああ」
デプイは突然の出来事にあっけにとられていたが、すぐに口を開いた。
「なあ、マリス。この人はおいらが今まで会った中で一番能力が高い人だ。一体、何者だ?」
「ふふふ、どうでもいい事だよ。物体を移動させる力、そして少しばかりの透視能力、もうちょっと頑張りたまえ」
「あわわわ」
「ところで卿」
マリスは面食らうデプイを横目に尋ねた。
「どこに行けば最後の石を手に入れられますか?」
「うむ。そうだったね。早速、出かけよう――レネ、スピンドル。君たちはここに残った方が安全だ。ナカツは編成したばかりの精鋭を率いて後から来てくれ」
「えっ、一緒に移動しないのですか?」
「ああ、私たちはここから一瞬で移動する。行先は北の大砂漠、クゼ・ミットフェルドの別宅だ。君たちが到着するまでには全て片付いているよ」
「わかりました。準備します」
ナカツが去り、残ったレネが心配そうに尋ねた。
「卿。そんなに危険な相手ですか?」
「ああ、そうだね。この世のものとも思えないほどの手練れかもしれないよ」
「またそのようなご冗談を」
「では、我々は行くとするか」
ドワイト卿が言った瞬間、卿とマリス、デプイ、そしてハクの姿はかき消すようになくなった。