8.8. Story 1 明かされる真実

3 台地の民

「どうだ、マリス。何か見えるか?」
 車両を降り、崖の前に立ったマリスにアプカが尋ねた。
「はい。石の階が上に続いています。これを使えば――」
「やはりな。デズモンド殿、バスキア殿の時と同じだな。残念ながら私にはその階は見る事すらできない。私はここで待っているよ――アイシャさんはどうかな?」
「あの、お伝えしていませんでしたが、あたしはそのバスキアの娘です」
「おお、そうか。だったら二人で行ってきなさい。きっとあちらからもお迎えが降りてくるだろう」

 
 マリスとアイシャは崖に刻まれた人一人がやっと通れそうな細い石の階を慎重に登った。左に向かって登り、途中から右に向かって登る、そうやってジグザグに進んでいくと、しばらくして踊り場のような平らな場所に出た。
「アイシャ、ご覧よ。車両があんなに小さく見える」
「そうね。大分進んだけど、まだ半分にも達してないわ」
「神父が言ってたお迎えが来てくれるといいんだけど」

 
 まるでマリスの言葉に応えるかのように一人の青年が階を降りてくるのが見えた。涼しげな表情をしたスキンヘッドの青年は白いローブのような服を着て、鼻歌を歌っていた。
「やあ、来たね」
「君は台地の民だな」
「おっかないなあ。君は怒ってる」
「当たり前だ。何故、父を見捨てた」
「まあまあ。そっちの女の子は以前、ここに来たアラリアの戦士の娘、お父さんと同じ戦士だよな」
「僕の質問に答えてないぞ」
「ちぇっ、しょうがないなあ。まあ、モライが連れてこいって言ってるから上で話そうよ」
 そう言うと青年は指を一つ鳴らした。

 
 気がつくと山の頂上だった。崖の下のうすら寒い気候に比べて、ぽかぽかと暖かく、花が咲き乱れていた。その中に家屋が点在し、中央には集会所のような大きめの木造の建物があった。
「物凄い力の持ち主だ」
 マリスが感心して言うと青年は照れたように笑った。
「そいつはどうも。おいらの名前はデプイってんだ。物を一瞬で移動させる、テレコキネシスっていうのか、そういう力があるんだ。ガキの頃はどんな力を身に付けられるかってワクワクしてたんだけど――いけね、しゃべり過ぎた。いっつも怒られるんだよな」
「デプイ。君はアイシャの父さんに会っているって事は一体いくつなんだい?」
「さあ、あんただって年齢不詳みたいなもんだろ。きっとあんたと同世代だよ」

「待てよ。デズモンドがここに来たのは父さんが山を降りる前の事だ。つまり父さんが助けを求めに来た時には、当然、君はここにいたんだな」
「うーん。その件に関しておいらは謝る。でもまずは長老のモライと話してくれよ」
 デプイは申し訳なさそうに言い、マリスは肩をすくめた。

 
 三人がしばらく黙って立っていると、中央の集会所の扉が開き、そこから白いヤギひげの老人が姿を現した。
「来たの。我らが長年待ち続けた子よ」
「……」
「そうよのぉ。納得せんといった表情をしておる」
「何故、父の帰還を拒否したのですか?」
「わしらにはあれ以外できなかった。お前の父は能力が発現しないために山を降りた。その人間が二度とここに戻れないのは長い間の決まりじゃ。だからマルには階を開放しなかった」

「いや、モライ。ちょっと違う」
 デプイが言った。
「あの時、マリスのおやじさんは子供のマリスだけを山に上げようとしてたろう。マルもツワコも死ぬつもりだった。そうだったろ?」
「やれやれ、お前はいつも余計な事を言う」
「そんな事言ったってよ。マリスにはありのままを話してやるべきじゃねえか」
「そうじゃな。今、デプイの言った通りじゃ。マルはお前だけでも山に上げてほしいと頼んだ。だがわしらはお前の能力に確証が持てなかった」
「……何と言えばいいのかわかりません」
 マリスは強く唇を噛んだ。
「全ての真犯人である僕を生かそうとする一方で、両親が死を決意していたなんて」
「わしらはお前のその力を測りかねた。正直に言えば恐ろしかったのかもしれない。お前を山に上げる事はできなかったのだ。そしてデプイに決して階を開放しないよう伝えた」
「力に無自覚なその頃の僕を見たなら、そうするのが当然かもしれません」
「わしらは聖サフィと聖ニライの教えを守るなどと言いながら、待ち望んだ男の力を見抜けなかった。全てはわしの責任だ。すまなかった」
「いえ。あの時、助けられてここで暮らしていたらリンに出会う事もなかったし、その子たちから教えを受ける事もなかった。今の僕はなかったと思っています」
「……そう言ってもらえるとありがたい。これでわしらも安心してこの台地の役割を終える事ができる」

 
「本当に僕が何千年も待ち望んだ子だとお思いですか?」
「それについては間違いない。だからこそ、そちらのアラリアのお嬢さんも一緒におられるのだ」
「……どういう意味ですか。台地の民とアラリアの間に何か関係があるのですか?」
「何も知らぬか。お嬢さん、アラリアの成り立ちについては話しておらんのか?」
「この後に《狩人の星》に行くつもりですので、そこに寄るのが一番良いかと思ったので」
「それもそうじゃな――マリス、アラリアの話はアラリアを知る者から聞くがよい」

「わかりました。しかし聖サフィや聖ニライの言葉だけを頼りに何千年も隠れて住んでらっしゃる。何故、そこまでされるのです?」
「そうさな。聖ニライの頃は銀河を統べる者を生み出そうという理想に燃えておったろうなあ。より優れた能力を持つ者を誕生させる、その為に全てを犠牲にしたのじゃな。だがご先祖たちはある日、その間違いに気付いたのだ」
「この山とロアランドの町だけという狭い世界での『血』の問題ですか?」
「その通りじゃ。ご先祖たちはこの山の結界を物ともせず立ち寄ったある人間に助けを求めた」
「――それがアラリア?」
「そう。正確に言えばアラリアを組織した人間じゃ。彼の誘いにより、多くの人間が近くの《狩人の星》に入植し、その中でも見込みのありそうな人間がここにやってきた」
「なるほど。では僕とアイシャも血縁かもしれませんね」
「はははは、それはない。やってきたアラリアの人間は皆、ある時を境に帰った。グシュタインとお嬢さんの父、バスキア、それにミネルヴァを残してな。それは何故か、役目を終えたからだ」
「役目?」
「銀河を統べるだけの能力を備えた者の血統じゃ。後は優秀な者が現れるのを待つだけとなったからアラリアは帰った」
「それはアラリアの中からでしょう。だったらやはり僕もアラリアの血を引く者じゃないですか」
「話をよく聞け。その者は突然ふらっと現れたのじゃ。アラリアではない凄まじい能力者、それがお前の先祖に当たる」
「ではアラリアは銀河を統べる者を生み出すのに関与していないのですか?」
「もちろん、この台地の民の能力を著しく高める事に貢献してくれた。そういう意味ではわしやデプイの方がお嬢さんに近しいのかもしれんな」

 
「でもおかしくありませんか。僕の先祖が約束された人間だったとしたら、どうして父さんは山を降りたんです?」
「わしらは止めたがマルは自分の意志で山を降りた。能力を持たない自分はここで暮らす資格がないと言ってな」
「それで能力に目覚め、戻った父と僕を、今度は『手に余る』と拒絶した」
「その通りじゃ」

「これからこの山はどうなるんでしょう?」
「何千年、待ち焦がれた子、お前が順調にその力を発揮している今、わしらの役目も終わろうとしている。もはやこの台地の存在意義はなくなる」
「わかりました。話が聴けて良かったです」

「――マリス。一つ頼みがある。ここにいるデプイを連れていってくれんか?」
 モライの突然の言葉にデプイは慌てた。
「モライ。何言い出すんだよ。そりゃあ、おいらはいつも外の世界に出ていきたいって思ってたけどよ」
「マリスの力になってやるのだ。お前も又、この台地の生んだ傑作だ。おっちょこちょいな点を除けばな」
「ちぇっ、ちゃんと褒めてくれよな」
「わかりました」
 マリスはデプイに言った。
「デプイ。僕を助けてくれ」
「……おぅ、任せとけ」
「じゃあ今から《狩人の星》に行こう」

 

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 Story 2 混沌と自由の境界線

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