目次
2 アプカとの再会
マリスはくれないの話を《流浪の星》に向かうシップの中で聞いた。
「くれない。気の毒な事をしちゃったわね」
「うん。でもあれだけ表立って僕の味方になってくれたのを見て、腹を括ったんだなって思ったよ」
「文月のいない連邦か。どうなるんだろう?」
「さあ、他にも人材はいるし、きっと何も変わらないよ」
「何、言ってるの。文月のシンパは多いわ。その人たちがそっぼを向いたら連邦はおしまいよ」
「困ったね。せっかくここまで銀河をまとめ上げたのに」
「他人事みたい。張本人なのに」
「あのね、アイシャ。僕はまだ100%自信がある訳じゃない。今の僕に必要なのは《流浪の星》に行って、自分の生い立ちを知る事なんだ。そうすればきっと何かが変わる、そんな気がしてる」
「ごめんなさい。そうよね」
「いや、いいんだ。その後は《狩人の星》にも行こう。ハクが待っててくれてる」
「ここがロアランドか」
マリスとアイシャはポートにシップを停め、大きく深呼吸をした。
「岩が多い星ね」
周囲を見回せば、はるか西になだらかなナブ山が、東は幾つもの険しい山々が連なっているのが見えた。
二人はポートを出て市内に向かった。
「ずいぶんと大きな町ね」
「うん、ノイ、ミット、アルトの三地区があるみたいだ……僕らが向かうのは一番古いアルトだ。きっとそこの教会にアプカ神父がいる」
一際古い建物が並ぶ市街の奥にひっそりと教会が建っていた。
マリスは居住まいを正し、教会の扉を開け、中に入っていった。
「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」
しばらくして教会の奥から腰の曲がった白髪の老人がゆっくりと姿を現した。
「告解のお方ですかな。はて、お見かけしないお顔です。最近来られたか、旅行者か……」
「神父。僕です」
「……まさか……おお、そんな事が……マリス……なのか」
「はい。ご無沙汰しております」
「ハク殿とはいつもお前の話になるが、本当に会えるとは」
「デズモンドのヴィジョンで話した時、約束したじゃありませんか。大人になったらここに来ますって」
「そうだったな。立派になって。ここで立ち話もない。そちらのお嬢さんもご一緒に。中にお入りなさい」
マリスとアイシャはアプカの居室に通され、暖かい茶を振る舞われた。
「それで、ここには旅のついでに立ち寄ったのかな?」
アプカが静かな声で尋ね、マリスは答えた。
「いえ、元々この星に来るつもりで《青の星》を大分前に発ちましたが、道中で色々な事があって――」
「ふむ。私はこれでも星の代表のような事をやっている。それにハク殿もおられるし、何も知らないという訳ではない。今、銀河を騒がせているのはやはりお前なのだな?」
「ええ、きっと僕です」
アプカは小さくため息をついた。
「ようやく銀河が一つになれたというのにお前はそれを壊そうというのか?」
「いえ、神父。それは違います」
アイシャが会話に割って入った。
「これは創造主からの新たな挑戦です。それに打ち勝てるだけの力量を持つ人間は連邦にはいなかった。マリスは選ばれて銀河のために創造主に挑むんです」
「昔からお前は只ならぬ運命を背負っていた。邪悪の塊のような男に引き取られ、遠い地で命を落としたと思えば、復活した。やはり何かを起こす男なのだな」
「神父」
マリスがきっぱりとした声で言った。
「今日お伺いしたのは、今おっしゃられた邪悪な男に引き取られる前の自分に何があったのか、僕の両親はどんな人だったのか、それをお聞きしたかったからです」
「まだ小さかったから何も覚えていないのだな。だがそれを知ってどうする。今のお前にとってプラスになるとは限らんぞ」
「いえ、必要です。僕が前に進むためにはこの地で全てを知る必要があるんです」
「そこまで言うのであればわかった。お前の両親と幼かったお前の話をしてあげよう――
【アプカの回想:マル、ツワコ、マリス】
マルがロアランドに降りてきたのは、《巨大な星》が宗教対立で揺れていた頃だったと記憶している。
降りてきたと言った意味は、ほれ、ロアランドから見て東に山々が連なっていたのに気付いたかな。あの山々の一番奥は『聖なる台地』と呼ばれていて、マルはそこで生まれ育ったからだ。
『聖なる台地』というのははるか昔、聖サフィの時代に始まる土地だ。ある事がきっかけでロアランドに住めなくなった聖サフィの弟子、聖ニライが我が子カリゥと共に台地に移り住んだ。それ以来、台地の民は我々とはほとんど交流せずに暮らしている。
ほとんどと申し上げたのは幾つかの例外があるからだ。一つは台地の青年や女性たちが年頃になると、目ぼしい相手を見つけるために山を降りてくるケースだ。
そしてもう一つ、それは台地で暮らす事を許されない場合、山を降りてロアランドで生活しなければならない。
台地に暮らす人々は皆、特殊な能力の持ち主だと言われている。聖ニライ、カリゥ親子に始まり、能力者を代々輩出していると聞く。
だが当然、能力のない者、能力の弱い者も生まれる。そうした場合、その者は山を降りる。これは長い間に渡って、我々と台地の間で交わした不文律のようなものなのだ。
マルは後者だった。台地でやっていくだけの特殊な能力を備えていなかったために山を降りた――
「ここまではよいかな?」
アプカが一旦言葉を切り、マリスとアイシャの顔を見回した。マリスは質問をしようとしたが、隣のアイシャの顔が青ざめているように見えたのが気になり、思い止まった。
マルは拡張を続けるロアランドの新興地区の工事に携わった。おとなしくまじめなマルはすぐに町の人にも溶け込み、やがてツワコという女性を娶り、二人の間にできたのが、お前、マリスだった。
お前が三歳になった頃だった。町では原因不明の爆発事件が相次いだ。町の人々は自警団を結成し、マルも当然、それに参加した。
事件は止まず、やがて町に奇妙な噂が流れ出した。事件現場でマルの姿を見かけたというものだった。
住民たち、特に同じ自警団の者たちはこの噂を否定した。あの生真面目なマルにそんな事ができるはずがないと信じていたからだった。
だが希望的観測は破られた。ある晩、自警団の一人が仲間に言った。
「おれは昨日見ちまった。マルが爆発現場から去っていったのを」
「本当か。噂だけだろ」
「どうする?」
「どうするって……本人に確かめるしかねえな。家に行ってみようぜ」
男たちは自警団の仲間をかき集め、マルの家に急いだ。マルの家の扉を叩くと不安気な表情のマルが顔を出した。
「……あ、こんばんは」
「マル、ちょっと話があんだ」
男はそう言ってから家の奥で心配そうにしているツワコとマリスの姿を認めた。
「ここでは何だ。表で話をしようや」
男たちはマルを取り囲むようにして立ち、マルを現場で見かけた話をした。別の男はマルが自警団に参加していない夜に限って、事件が起こっている事実を告げた。
マルは黙って話を聞き、その顔色はどんどん悪くなった。
「なあ、マル。あんたを疑ってる訳じゃねえんだ。現場にいたのはたまたまだし、もしかしたらあんたは犯人の姿を見てる。なあ、知ってる事があれば教えてくれよ」
「……いえ、誰も見ていないし、犯人も見ていません」
その後も同じような問答が続き、とうとう業を煮やした男の一人がマルの肩を突いた。
「いい加減にしろよ。現場にいた、犯人は知らない。そりゃお前が犯人だって言ってるようなもんじゃねえかよ」
バランスを崩したマルは尻餅を着いた。いつの間にか心配して家の外に出ていたツワコがマリスの手を引きながら、マルの下に駆け寄ろうとするのを数人の男たちが止めた。
「おっと、おめえには関係ねえ。おれたちゃ、マルの口から真実を聞きたいだけなんだ」
「でも主人は――」
「なあ、旦那が何も言わねえんだったら、代わりにかみさんにしゃべってもらうってのはどうだ?」
ツワコを背後から羽交い絞めのように押さえていた男がいやらしい口調で言った。
「へへへ、しょうがねえな。奥さん、昔からいい女だったもんな」
一人の男がツワコの足にからみつくようにしていたマリスを強引に引きはがし、ぽーんと押すと、マリスは地面に転がった。
「マリス!」
「へへへ、あんたの旦那が悪いんだぜ。なあ、マル――」
男たちの視線が再びマルに集まった。尻餅を着いていたマルはのろのろと立ち上がったが、その手には火の付いた棒状の爆薬の束が握られていた。
「ツワコから離れろ――」
「お前、その爆薬はどうしたんだ?」
「いいから離れろ!」
男たちはパニックになり、慌てて逃げ出した。マルは逃げる男たちの背中を目がけて爆薬を滅茶苦茶に投げつけた。
耳をつんざくような爆破音が立て続けに起こり、その後には男たちが倒れていた。
「あなた……一体」
ツワコが倒れていたマリスを抱き起し、よろよろとマルに近付いた。
「台地の力が目覚めたらしい――さあ、ここにいては捕まる。三人で逃げよう」
マルは庭に停めてあった移動車両を引き出し、そこに強引にツワコとマリスを押し込むと、車を走らせた。
「ここまではよいかな?」
再びアプカが言葉を切った。
「もしかするとあの晩、もっと惨たらしい事が行われたのかもしれないが、私には想像もつかないし、そうであったとしても語りたくもない。とにかく鬼畜と化した町の人間がマル一家を追い込み、皮肉にもそれがマルの能力を目覚めさせたのだ」
マルは移動車両で逃走を続けた。追いかけてくる車両や前を塞ごうとする町の人間に爆弾を投げ、被害は更に拡がった。
そうしてマル一家は東に向かって町を抜けていった。
翌朝になり、大規模な捜索隊が結成され、東に向かった。そうして東の果て、『断罪の崖』の登り口に停めてあるマルの車両を発見した。
車両の中ではマル一家が眠っていた。薬を飲んだらしくマルとツワコの息はすでになかった。唯一幼いマリスだけは薬を途中で吐き出したのか、かなり衰弱していたがまだ息があった。
マルの説得役として捜索隊に加わっていた私は、幼い子を抱きかかえてこう言ったのだ。
「この子には何の罪もない。私が引き取って育てます」
「何か質問はあるかな?」
アプカは言葉を切り、マリスを見た。マリスは何も言わず、涙をぽろぽろと流していた。
私と幼いマリスの生活が始まった。中には心ない事を言う者もいたが、町の人々も概ね好意的だった。
平穏な日々は一年近く続いた。
そしてその平和は再びの爆破事件によって破られた――
「――その先はうっすらとですが、思い出せます」
マリスが言った。
「結局、全ての爆破事件の犯人は僕だった。僕は罪の意識もないまま、気配を消して町を爆破して回っていたんです。父は僕を疑っていたけれども僕の姿を見る事ができなかった。心配になって現場に立ち寄った所を町の人に見られ、疑われた。でも僕が犯人だとは言えず、家族を守るため、極限の状況で能力に目覚めた。神父も同じでした。僕が爆破事件の真犯人だと知ると、僕に優しく言って下さった。『もうこういう事をしてはいけない』と。僕はその約束を守ろうと固く心に誓いました――」
「その通りだよ。マリス。なのに私はお前を手放した。あのマンスールという悪人の口車に乗り、お前をみすみす悪の手先に――」
「神父、言わないで下さい。僕はそのおかげで死の間際にリンという人に会い、生まれ変わってからはその子供たちによくしてもらいました。神父には感謝の気持ちしかありません」
「おお、マリス。私を許してくれるのか」
「許すも許さないもありませんよ。神父は僕の命の恩人です」
マリスは打ち震えるアプカの背中に優しく手を置いた。
「でも」
マリスは冷静さを取り戻したアプカに言った。
「一つだけわからない事があります。父は何故、故郷に行かなかったのでしょう。その手前で命を絶つなんて」
「それはな……行ってみないとわからないかもしれないな。どうだ、明日にでも『聖なる台地』を訪ねようではないか」
「えっ、でも神父のお体の方は?」
「何、大丈夫だ。だが運転はお前がしてくれんか」
翌朝、マリスの運転する移動車両は東に向かって出発した。険しい山々を幾つか越え、東の端にたどり着いた。
そこはその名が表す通り、ほぼ垂直にそそり立った崖だった。頂上付近には雲がかかり、地上からはよく見えなかった。
「――これが『断罪の崖』。ここを登る訳にはいきませんね。空から行きましょうか?」
マリスが言うとアプカは静かに首を振った。
「『結界』が張られているそうだ。空からは行けない。そして『断罪の崖』は全ての者を拒絶する。台地の民が認めた者しか上に行く事はできないのだ」
「……では父は拒絶されたのですか?」
「昨日も申したろう。マルは能力がないために山を追われた。二度と台地に戻る事はできなかったのだ」
「ならば何故ここに?」
「一縷の望みを抱いていたのかもしれない。お前のその能力に――」
「僕だけを生かそうと――それは酷い話だ。何が『聖なる台地』だ」
「そう言うな。彼らは聖サフィの預言を守るためだけに生きているのだ」
「しかしそんな預言は達成されていないじゃないですか」
「それはお前かもしれない。今からそれを確認するのだ」