目次
2 ビーチハウス
BBQパーティ
よく晴れた春の日だった。
前の夜、コウたちが合流し、門前仲町の屋敷に泊まり、伝右衛門を偲んだ。
「で、ビーチハウスにはどうやって行くんだ?」
大きなあくびをしながらコウが尋ねた。
「あっ、ちょっと待って。調べるから」とセキが答えた。
「何だよ。場所がわからねえのかよ」
「えーとね。T海岸ってのはわかってるんだ。ねえ、もえ。T海岸にはどうやって行けばいいのかな?」
「あら、電車使うの。シップでびゅーんかと思ってたわ」
「せっかくこんなにいい天気なんだしさ。電車でぽかぽか居眠りしながら行こうよ――」
セキたちが居間でもめていると玄関に訪問者があった。
もえがすぐに出ていき、「あら、美夜ちゃん。いらっしゃい」と声を上げた。
少し大人っぽくなった美夜が居間に姿を現すと四人の子供たちはすぐに美夜にまとわりついた。
「やあ、美夜ちゃん。おはよう。美木村さんは?」
セキが尋ねると美夜は困ったような声で答えた。
「父は『そういう柄じゃないから。お前一人で行ってこい』って言って……」
「あはは。美木さんらしいな。僕たちは皆、家族みたいなもんだから遠慮しないでいいからね。楽しくやろうよ」
「あ、はい」
「なあなあ」とコウが口を挟んだ。「どうせなら美夜ちゃんに決めてもらおうぜ。シップで移動か、電車で移動か」
「えっ、あたしですか……うーん、困ったな。あたし、シップに乗った事ないし」
「じゃあ決まりだ。美夜ちゃんのシップ初体験って事で決まりだ」
子供たちは手を上げて大喜びし、美夜も嬉しそうに笑った。
「じゃあ行こうか」とセキが言った。「コウが乗ってきたシップでいいか。あっ、ヌエも行くよね?」
コウはできるだけ推力を上げず、ゆっくりと進んだ。東京湾から大回りをして三十分近くかけてようやくT海岸が見えた。
T海岸が近付くと、デズモンドとジウランが手を振っているのが見えた。コウは砂浜にシップを停め、皆でシップを降りた。
「よぉ、来たな。シップで来るとは思わなかったぞ。ヌエまで連れてきたか」
早く水打ち際に駆け出したそうな子供たちを制して、コウが言った。
「お招き感謝するよ。うちの順天、それに子供のミチとムータンだ」
続いてセキが口を開いた。
「うちはもえ、アウラ、ヒナ、それに美木さんの所の美夜ちゃん」
「おじさん、こんにちは」
「おお、美夜ちゃん。よく来てくれたな。楽しんでってくれよ」
デズモンドは缶ビールを片手に相好を崩して言った。
「うちの孫も紹介しないとな。孫のジウランだ」
デズモンドの隣のサッカーボールを手にしたひょろりと背の高い金髪の少年が紹介された。
「こんにちは。ジウランです」
「じゃあ昼飯の準備があるから、各人、テーブル、椅子、それから食材の準備、子供たちはヌエと一緒に砂浜で遊んでてくれ。ジウラン、しっかり面倒見ろよ」
「デズモンド、手ぶらでいいって言ってたけど、おにぎり作ってきたのよ」
もえが言うとデズモンドはにこりと笑った。
「そいつはいい。わしはいわゆるバーベキューで肉を焼く事しか考えてなかった。肉と野菜以外はほとんど準備してねえんだよ」
「あの」
美夜がおそるおそる口を挟んだ。
「あたしももえおばさんと相談してサンドイッチ用意しました」
「かーっ、美夜ちゃんはしっかりしてるな。ありがたくいただくよ。でも美夜ちゃんは子供組なんだから遊んでていいんだぜ」
「あたし手伝います。いつも家でやってるし」
「そうかい。悪いな」
美夜が食事の準備をすると聞いて、ヒナとムータンが不満の声を上げた。
「えー、美夜お姉ちゃん、遊ばないのぉ」
「ごめん、ごめん。食後は一緒に遊ぶから」
「だったらあたしも手伝う」
「あたしも」
「何だよ。女性陣は皆、働きもんだ――じゃあジウラン、アウラとミチを連れて遊んでこい」
「えっ、だったら僕も手伝うよ」
ジウランが言うとデズモンドは妙な表情を見せた。
「お前、一度だってそんな殊勝な態度だった事あったか。皆がいるから恰好つけてんな」
顔を真っ赤に染めるジウランを見て大笑いする男たちをもえがたしなめた。
「何よ、いいじゃない。ジウラン君、ありがたく手伝ってもらうわ」
結局アウラとミチも手伝いをする事になり、ヌエだけが砂浜に寝そべって昼寝を始めた。
「よぉーし、焼けたぞ。皆、食え」
鉄板の上に乗った大きな塊肉をデズモンドはナイフで器用に切り分けながら言った。
「へえ」
コウが感心したように声を上げた。
「デズモンド、ナイフ使いもさまになってんな。茶々みてえだ」
「年季が違うんだよ。わしはどんな得物を使わせたって達人だが、めんどくさいから拳で勝負してるだけだ」
皆で楽しく語らい合いながら食事をした。子供たちは一足先に食べる事に飽き、浜辺で遊び出した。
「じゃあ、あたしとジウラン君についてきて」
美夜がジウランに声をかけ、ヌエを伴って四人の年少者を連れて走り出した。
新しい世代に関する見立て
「子供たちはいいもんだな」
コウの何気ない言葉に大人たちは微笑んだ。
「ねえ、デズモンド」
セキが肉を頬張りながら尋ねた。
「前々から疑問だったんだ。僕ら九人はナインライブズを発現させるっていう目的を持って生まれた。僕らの子供たちも何か役割を担っているのかな?」
「わしは予言者じゃないぞ。わかってたまるか。だが、わしなりの詩的な表現でお前らの子供たちを評してやろうか」
「おいおい、デズモンド。いつから詩人になったんだよ」とコウが大笑いした。
「まあ、黙って聞けよ。捨てたもんじゃないぞ。まずは銀河の現状を分析したが、もうナインライブズは起こらない、新しい創造主リンがうまく銀河を見守っていけるかが最大の関心事だ」
「なるほど、その通りだね」
「ナインライブズという制約がなくなり、銀河は新しい局面、銀河を統べる覇王の出現を待つという段階に突入したのもわかるな」
「それがマリスっていう訳か?」
コウが言い、デズモンドは頷いた。
「お前の所にも相談があったろ。マリスは覇王を目指している」
「デズモンド、それが子供たちとどう関係があるんだよ?」
「話は最後まで聞け。当然、覇王になるのはたったの一人。お前らの子供たちはその覇王を支える。それが与えられた役割じゃないかと踏んでる」
「ふーん、具体的にはどういった役回りだ?」
「ここからは推測にすぎん」
デズモンドはビールで喉を潤した――
――まずは茶々とワイオリカの息子のヴィゴー、こいつは聖なる樹の守護者、ワイオリカに言わせりゃあ、『ニニエンドルとナックヤックが遣わした神の子』だそうだ。聖なる樹がなけりゃ銀河は発展しない、つまりは発展の担い手って訳だ。
次はロクとオデッタの子のセカイ、こいつは《智の星団》の管理者だ。サフィの意識のネットワーク、そしてある意味最も危険な《機械の星》のメサイアとの関係を維持するっていう大切な役割を負ってる。
そして、むらさきの所のフォルメンテーラ。この娘は『魔公女』と呼ばれるくらいの凄いパワーを秘めている。まあ、最終兵器って感じかな。
次はミチとムータンだ。ミチは間もなく《オアシスの星》に赴き、そこでビジネスを学ぶ。覇王が銀河を治める上での実務面はミチが担うだろう。
ムータン、これは順天の言葉通りだ。『竜の戦士』、これが何を意味するかはわしにもわからんがそういう事だ。
そしてヒナ。こいつは『オートマタ』でマリスを支える。
アウラについては正直わからん。どんな能力が発現するのかお楽しみだな。
「ふーん、わかったようなわからないようなだね」とセキが言った。「でも皆、マリスをサポートするんだね?」
「まだずっと先の話だろうがな」
「パブロはどう?」
「パブロ……ああ、ハクの子か。会った事ないし、わからんな。その内、コクと麗泉の間にも子供ができるかもしれん。まあ、皆、何かしらの役割は負うはずだ」
「ジウランは?」
「はあ、何言ってんだ。あいつは凡人だ。むしろ美夜ちゃんの方が腕は立つし、気も利く。名を残すなら美夜ちゃんだ」
「ふーん。マリス本人はどう思ってるんだろうね」
マリスとの対話
「おお、そうだった。マリスを呼んでみようぜ」
デズモンドはそう言うなり、空間にヴィジョンを映し出した。しばらくするとマリスの顔が浮かび上がった。
「よぉ、マリス。忙しいのに悪いな」
「デズモンド。それにセキたちも。何だか楽しそうだね」
「ああ、ミチの送別会を兼ねたバーベキューパーティをやってるんだ。お前はどこにいるんだ?」
「僕はまだヴァニティポリスにいるよ。明日、いよいよ《流浪の星》に里帰りする予定なんだ」
「今や銀河で最も話題の人物になっちまったから、色々と大変だな」
「そんな事はないけど」
「お前、連邦に公然と歯向かったんだろう?」
「そうなるのかな」
「愉快じゃねえか。ここにいる奴らは皆、お前の味方だからな。安心しろよ」
デズモンドはセキにした子供たちの話をマリスにも伝えた。
「――それは心強い。でもミチはマノア家に入るんだろ?」
「それがどうした……ん、お前、もしかして」
「えっ、何の事だい?」
「GCUのからくりに気付いちまったようだな。だがマノア家やムスクーリ家が仕組んだって訳じゃない。あいつらもプログラムの一部でしかないんだ」
「どういう意味だい?」
「お前がどこまで知ってるかはわからんが、GCUを使った不自然な動きは全て『ORPHAN』が行っている。マノア家やムスクーリ家にはそれに合わせて売り買いの指令が来るだけだって話だぜ」
「でもそれだと……」
「考えてみろ。例えばわしの『クロニクル』が売れれば売れるほど、わしが連邦に納めるコミッションは増える。それと同じでマノア家がGCUの為替取引で儲ければ儲けるほど、連邦は潤うって寸法だ」
「なるほど――」
「ねえ、何の話かわからないよ」
セキがじれたように言うと、デズモンドはにやりと笑った。
「戦闘専門の奴には難しいかもな――不思議じゃねえか。お前たち兄妹が銀河をまたにかけて暴れ回ったその後に連邦が乗り込んで民政や軍政を整備する。その費用がどうやって捻出されているか、考えた事はなかったか?」
「そう言えばそうだねえ」
「特にお前たちが『ウォール』を越え、《戦の星》の争いを収め、《大歓楽星団》の協力を取り付け、チオニに攻め入った時なんざ、そのピークだ。シップも人も足りゃしない。あんだけ用意周到なコメッティーノも慌てたろうぜ」
「じゃあその資金を生み出すために?」
「ああ」
「でもそれは悪い事じゃないよね?」
「連邦が正しいと信じてる奴にはそうだが、そう思わない人間もいるって事だ」
「まあ、そうだよね。これだけ広い世界だもん。くれないの事を嫌う人間もいるっていうし」
「ははん。相変わらずおめでたいな」
デズモンドは空間のマリス、それから目の前のセキとコウを見て言った。
「くれないだけじゃない。奴らは文月全体を嫌ってるんだぞ」
「うーん、そりゃあさ。僕たちがチオニでやった事を悪く言う人がいるのは知ってるよ。でもドノスは倒さなきゃいけなかった」
「そこが難しい所だよな。人体実験をやってた事なんて知らない奴らはドノスを名君だと言う。そんな名君を倒すのが果たして正義と映るか、暴虐と映るか、こればっかりは誰にもわからねえ」
「人体実験なんて正義じゃないよ」
「まあ、お前やコウが気に病む事はない。連邦の中枢と深く関わる立場じゃないからな。お前らにはもっと大切なやるべき事がある」
「あの人?」
「そうだ。あいつを暴走させないため、この星に必要な抑止力だ。コクも一緒だな。ロク、むらさきも《智の星団》や異世界との懸け橋にならなきゃいけない立場だ。茶々やヘキも連邦に関わるつもりはないだろう。辛い立場に立たされたのがくれないとハク、特にくれないは中央にいるから――」
「デズモンド」
空間のマリスが口を開いた。
「その事だけど――」
マリスは《虚栄の星》に現れたくれないの話をした。
「……ふーん。当然と言えば当然だが、そんな話は公式には伝わっちゃこない。お前が暴れてる話だって、連邦はほぼ沈黙を貫いてるから、PN経由での伝え聞きだ」
「そりゃあ自分たちに不都合な事はアナウンスしないよ。でもくれないは議長を辞めるんじゃないかって思ってる」
「そうなるな。新しい対立の構図ができたって訳だ――だが安心しろ。最初に言ったように文月家、それにここにいる人間はお前の味方だ。ミチが行くマノア家だってメドゥキだってムスクーリだって、自由な経済活動が保証されるんなら、お前の敵にはならんよ」
「それを聞いて安心した」
「そこの百戦錬磨の商人たちに取り込まれるなよ」
「もちろん距離は置くよ」
「どうせ世間はそう見ないけどな」
「僕を助けてくれるっていう優秀な人間もたくさんいるんだ」
「優秀な人間か。さっきからヴィジョンにちらちら映り込む奴もか」
「ああ、コウたちに紹介がまだだったね。アイシャ」
ヴィジョンにアイシャの顔が大映しになった。
「よぉ、アイシャ。相変わらず美人だな」
「あら、ありがとう」
アイシャという名前を聞いて、コウとセキがほぼ同時に口を開いた。
「アイシャって。《魔王の星》のバスキアさんの所のガキか?」
「コウ、セキ。久しぶり。奥様方、初めまして。アイシャ・ローンです」
「一体、何がどうなってんだか」
「コウ、思い出してごらんよ」とセキが言った。「僕たちが会った時にもアイシャは冒険に出たがったじゃないか。きっと夢が叶ったんだよ」
「セキの言う通りだけど――まだ夢が叶った訳じゃないわ。これからよ、大変なのは」
「そうだよな」とデズモンドが言った。「バスキアはお前に武芸を叩き込んだろうが、政治や経済、文化的な戦い方は教えちゃいないはずだ。まあ、それはマリスも同じか」
「デズモンド」とマリスが言った。「その通りさ。頼りになる武人のナカツや誠実な経営者のレネ・ピアソンが僕に協力を申し出てくれている。でも物事を総合的に見る事のできる人間が必要なんだ。だから――」
「わしか。サポートならしてやるが前面に立つのはお断りだぜ。さっきも言ったように文月の奴らを上手に使えよ」
「うん、わかった。ところでジウランは元気?」
「ああ、今はガキどもを引き連れて遊んでるよ。あいつが何かやらかしたか?」
「ううん。ただ何となくね」
「ふーん。いよいよロアランドに行くんだろ。じっくりと自分のルーツに触れるといいぜ」
「怖い気もするけどね」
「今のお前に怖いものなんかあるかい。その後は《狩人の星》にも寄ってやれよ」
「あ、ああ。そうする――じゃあ、これからナカツたちに会わなきゃなんだ。又ね」
ヴィジョンが消え、セキがデズモンドに尋ねた。
「今の雰囲気からすると、結局、子供たちもそう遠くない未来に戦う運命なのかな」
「さあて、どうなるかな。思い通りにはならんのが人生だ」
デズモンドは意味ありげに笑ってウインクをした。