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2 忍び寄る魔道
どこの都会にも光の部分と闇の部分がある。ヴァニティポリスにおいてもそれは例外ではなかった。旧文化地区の朽ち果てた屋敷、ゴシック地区の廃墟となったレストラン、ヌーヴォー地区の人の住まないビルディングの地下、至る所に闇は口を開けていたが、多くの人々はそれに気付かず、気付いたとしても見なかった事にしておくのが常だった。
ブルーバナー社の社長、クゼ・ミットフェルドはそんな闇への入口を抜けた先にある怪しげなクラブにいた。
しこたま酒を飲み、どんよりとした彼の目の前には一人の男が座っていた。屈強な男で狩人のように見えたが、黙って酒を呷りながら、クゼの愚痴を聞いていた。
「しかし、あんたにはやられたよ。おれがどれだけ痛手を蒙ったと思ってるんだ」
大分呂律が怪しいクゼの言葉に男は静かに言葉を返した。
「それまでにずいぶんといい目を見ただろう。こちらを責めるのはお門違いというものだ」
「そうは言うがな。今のおれを見ろ。ようやく持ち直しつつあるが、一時はブルーバナー社製というだけでV・ファイト・マシーンは注文キャンセルの嵐だったんだ。業績はじり貧、この星の経営者の最高会議のメンバーからもはずされ、お先真っ暗だ」
「お互い様だ。おれだって大手を振って通りを歩けない」
「世紀の大悪人、プロトアクチアは連邦に捕まったと聞いたのに、こうして呼び出された時には驚いたよ」
「その名を言うな。どこに連邦の犬がいるとも限らん」
「あ、ああ、そうだったな。でも本当に捕まらなかったのか?」
「あれはいざという時のために用意しておいた身代わりだ。おれは準備もなく、連邦と戦うようなへまはせんよ」
「こちらは文月の力を見くびっていた。くそっ」
プロトアクチアは不思議そうな表情を浮かべていたが、やがて言った。
「そういえば愉快な事が起こっているようだな。またもや文月の息子が何かをしでかしたと聞いたぞ」
「あん、お前が言ってるのはこの間のスタジアムの件か。あんなものはおれをのけ者にしたグリード・リーグの茶番だ。忌々しい」
「ほぉ、そこで文月が勝者になったのも茶番か」
「知らん」
「グリード・リーグの茶番に連邦が付き合って負けるものか。それにリーグ側の人間はこの星の英雄の息子だそうじゃないか。茶番だったらそちらを立てる」
「……それは何を意味している?」
「脳味噌がアルコールに浸されているようだな。いいか。文月の一員が連邦に勝った、つまり連邦議長のくれない文月の立場が危うくなり、連邦の重要な位置を占める文月家と連邦の関係が危うくなったという事だ」
「なるほど。文月と連邦が気まずくなれば連邦は一気に弱体化だ」
「それだけではない。連邦には文月のシンパが大勢いる。そいつらが一斉に反旗を翻せば?」
「連邦は終わり、か?」
「そうだ。だから今頃はお前をのけ者にしたグリード・リーグも千載一遇の機会とばかりに、先日勝った文月の息子を味方につけようと画策している、それこそが茶番だ」
「……くそっ、そんな楽しい話におれは加われないのか。あの狸ジジイどもめ」
「まあ、待て」
プロトアクチアは周囲を見回し、誰もいないのを確認して口を開いた。
「だったら第三の軸を作ればいいだけの話だ」
「第三の軸?」
「ああ、連邦対グリード・リーグと文月の連合軍、そこにもう一つ新しい勢力を加える」
「面白い話だが、そんな勢力を形成できるのか」
「おい、クゼ」
プロトアクチアの口調が真剣味を増した。
「おれが何も知らないとでも思っているのか。数か月前にお前の下を一人の男が訪れたな?」
「男……訪問者ならたくさんいる」
「とぼけるな。《享楽の星》の生き残りが来ただろう」
「な、何故、それを?」
「《古城の星》にいれば大概の裏の世界の出来事は伝わってくる。お前はその男に宿と食事、それに活動資金を提供したはずだ。違うか?」
「……その通りだ。プロトアクチア、あんた、あの男と組もうというのか?」
「文月に敗れた者同士、通じる部分もある。いっちょ負け犬連合というのも面白い。そいつ、ム・バレロはまだこの星にいるだろ。どこにいるんだ?」
「しかし――」
「どうした?」
「確かにあいつに宿を提供した。だがあいつは誰か別の人間をそこに引き込んだらしい。おれには『絶対に立ち寄るな。命の保証はない』と言った」
「それは何かあるな。待てよ、そうか、そういう事か」
「何がわかったんだ?」
「もうしばらくは静観だ。おれの予想が当たってるなら、そのもう一人はあまりにも危険だ。物凄い事が起こるぞ」
「あ、ああ、わかった」
「おれにも宿を手配してくれ。ム・バレロからは離れた場所で構わん」
「ム・バレロは北の砂漠にいるはずだから、東でどうだ?」
「よろしく頼む」
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