目次
4 くれないの決断
ナカツがマリスに石を手渡し、アイシャやツクヨミを交えて談笑する中、レネが興奮冷めやらぬ口調で声を上げた。
「ご覧の通り、勝者は文月マリスです。これより石の受け渡しを行いますので、あらためて全員に登場してもらいましょう」
ロアリングが軽く足を引きずりながら現れた。
「ではロアリング、マリスに石を渡してくれたまえ。よもや拒否はしないだろうね」
「これでも武人のはしくれだ。二言はない」
ロアリングは渋々、四個の石をマリスに渡した。
「だが覚えておけよ。こんな男に石を委ねた事を後悔する日がいずれ訪れる。その時には連邦は全力を挙げて叩き潰すから覚悟しておけ」
ロアリングは吐き捨てるように言って背を向け、観客のブーイングを浴びながら舞台袖に向かって歩き出したが、突然に歩みを止めた。
「――なっ」
ロアリングの絶叫に気付き、舞台袖を見たマリスもレネも同様に動きを止めた。
舞台袖からやってきたのは、その名の通り、真っ赤な女性用の連邦制服を着たくれないだった。
スタジアムは騒然とした雰囲気に包まれた。
「くれない――」
くれないはいつものミニスカートではなくパンツ姿だった。ロアリングとすれ違う時にその肩を一つ叩き、舞台中央のレネの隣まで来て、にこりと微笑んだ。
「これは議長。何故ここに?」
「だって君が呼んだんだろ?」
「それはそうですが、すでに大勢は決しております。今更、結果についてどうこう言われても――」
「違うよ。君は石を持つ全ての者に呼びかけたじゃないか」
「えっ、では……」
くれないは黙って懐から『深海の石』を取り出した。
「これを一番ふさわしい者、マリスに渡しに来たんだ――」
「議長!」
ロアリングが物凄い形相で駆け寄った。
「いけませんぞ。その石があればこいつらの馬鹿げた野望を阻止する事ができる」
くれないはロアリングの方を振り向いて言った。
「ロアリング。君の努力は認めるけどこれ以上どうあがいても無駄だよ。マリスこそが石を持つのにふさわしいのはここにいる多くの人間が認めている」
「それは、それは連邦の長として正しい対応ではない。禍の芽は早期に摘み、人心を不安に陥れないのが連邦の役割――」
「君の言う通りだ。連邦の長がやる事ではないね。でもボクは連邦議長である前に、文月の人間としてマリスに賭けてみたいから行動してるんだ――言ってる意味がわかるね?」
「……どのような処分も受けると?」
「ああ、今のボクは長期休暇中の身だ。トゥーサンに全ての権限を委譲しているから、彼の考えが連邦の意志となる」
「では議長を?」
「――ボクは議長の座を降りる」
「おい、文月」
ロアリングがマリスに声をかけた。
「いいのか。お前の私利私欲のために大切な兄妹が連邦と袂を分かとうとしているのだぞ」
「僕は――」
マリスはロアリングに近付いた。
「君のような人間が大きな顔をする連邦には何の魅力も感じない。くれないが議長を辞めてくれるならその方が安心さ」
「そ、それはどういう意味だ?」
「マリスが連邦に代わる新秩序を作り上げる。そういう事だよ」
ナカツが平然と言ってのけ、スタジアムには拍手とそれを後押しする声が響き渡った。
「――貴様ら。これは連邦に対する反逆、宣戦布告だぞ!」
マリスがナカツとレネと目を合わせ、苦笑する中、観客席からヤジが飛んだ。
「ここはお前の来る場所じゃないぞ!」
「とっとと飼い主の下へ帰れ!」
スタジアム中に響く「帰れ」コールを浴びて、ロアリングは顔を怒りで真っ赤に染めながら退場した。
「ではあらためて、ここにマリスが勝者となり、最後の十八個目の石を手にする権利を得た事を宣言しよう!」
レネが高らかに言い、マリスは両手を上げて観客の声援に応えた。
気がつけばくれないの姿はどこかに消えていた。
スタジアムの貴賓席のグリード・リーグの面々は満足そうに頷いていた。
特別席で様子を見届けたニコ、ビリンディ、ミーダたちは立ち上がり、それぞれの星への帰り支度を始めた。
公孫風と附馬青嵐は複雑な表情だった。
「なあ、青嵐。七武神の象徴であるリン文月の血を引く議長がお辞めになる。我々はどうすればいいのかな?」
「それよりもまずは長老殿に行かないと。とりあえずお叱りを受けようではないか」
そして一般の観客に混じって、観客席で微笑む一人の男がいた。いつものように仕立ての良い服を着たドワイトことジノーラだった。
「結局はこういう事か。アビーの考える世界が訪れるにはまだ時間がかかりそうだ」
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