8.6. Story 2 頂上会談

3 始宙摩流奥義

スタジアムでの闘い

 レネはかねてからジェネロシティの丘から遠く離れた砂漠に巨大なスタジアムを建設中だった。
 本来は英雄たちの凱旋がこけら落としイベントになるはずだったが状況が変わった。
 それでもレネはスタジアムを『ウイラード・ディガー記念スタジアム』と命名し、最終決戦の舞台に選んだのだった。
 事前にこうなると予想し、宣伝をしていたせいか、客の入りは上々だった。
 レネはスタジアムの中央に設置されたきらびやかな特設舞台の上で、四方からライトを浴びた。

 
「皆様、ようこそお越し下さいました。本来であればこれは『チームRPの凱旋』という華々しいイベントのはずでした。ですが様々な事情により、それは実現できません――」
 レネが一旦言葉を切ると観客席は水を打ったように静まり返った。
「その代わり、それに勝るとも劣らないアトラクション、その名も『石を巡る最終決戦』をこれより皆様にご覧に入れたく存じます――」
 観客たちは固唾をのんでレネの言葉を待った。
「最初の入場者は現在最多の八個の石を持つ男、文月マリスです」
 マリスがライトに包まれて舞台後方から登場した。アイシャが隣に立ち、ニコ、ビリンディ、ミーダたち、石を委ねた人間が後に従った。
 観客は予想と違う名が呼ばれた事に一瞬、きょとんとしていたが、やがて「文月」という名に思い当り、感嘆に近い声を漏らし始めた。スタジアムが振動するかのように「ああ」、「ふーん」という低めの声が響き渡った。

 
「続きまして、現在四個の石を持つ銀河連邦、ロアリング将軍です」
 舞台上手からロアリングが登場した。公孫風と附馬青嵐が付き添おうと言ったのを拒否し、たった一人で現れたロアリングは憎々しげにマリスを、そして観客席を見回した。
 観客は仇役の登場に一斉にブーイングを浴びせた。《泡沫の星》での卑劣な行為が連邦の仕業だと広く知れ渡っていたせいか、物を投げ込もうとして警備員に制止される者まで現れるほどの大騒ぎとなった。

 
「そして最後に、同じく現在四個の石を持つ『チームRP』、ナカツの入場です」
 舞台下手からナカツがムナカタとツクヨミを従えて登場した。
 ナカツの人気は凄まじく、観客は《虚栄の星》の旗を振り、足を踏み鳴らし、チャントを歌い、発煙筒を焚いた。

 
「今回は特別ルールとなっております。初めにマリスとロアリングが戦い、その勝者がナカツと戦い、勝者となった者が全ての石を手にする、という順番で行われます」
 出場者三人が健闘を誓い合い、握手を交わしてから、一旦舞台袖に引っ込んだ。

 

兄妹の気持ち

「第一試合を開始します!」
 マリスとロアリングが向かい合い、構えを取った。マリスは拳一つ、ロアリングは細身の剣を抜いた。
 ロアリングの剣の切っ先が襲い、マリスは体を横に移動させて躱した。ロアリングは離れ際にマリスに声をかけた。
「文月、わかっておろうな。お前が勝つと、お前の身内が立場を失くす――」

 
 マリスは間合いから離れながら、《囁きの星》、セーレンセン滞在中にその事についてアイシャと話し合ったのを思い出した。
 ロクも茶々も、そしてリチャードも「やりたいようにやれ」と言った。
 コク、ヘキ、コウ、むらさきにもヴィジョンを入れたが同じ意見だった。

 セキに連絡した時にはデズモンドもその場にいた。
「よぉ、マリス。隣にいるのはバスキアの娘だな」
 デズモンドが言うとアイシャは屈託のない笑顔を見せた。
 マリスが悩みを伝えるとセキもデズモンドも笑い飛ばした。
「そんなのはお前が好きにやるこった。お前はもう銀河の主役の一人だ」

 連邦に仕えるハクに連絡をした。
 ハクは息子のパブロを紹介してから意見を述べた。
「マリス、君の目指す自由な世界は皆、実現させたいんだ。でも自由は時として混沌に変化してしまう。そうならないように今度は秩序を求め、それが行き過ぎると今の連邦のようになる。自由と混沌をはき違えさえしなければ、君の思うままにやるのがいいよ」

 最後に張本人のくれないにも連絡をした。
 くれないは連邦の議長室ではない別の場所にいるようだった。
「何だ、マリス。そんな事気にしてたのかい」
 くれないはマリスの悩みを一笑に付した。
「でも、くれないの立場が――」
「大丈夫さ。ボクがそんな事で参る人間だと思ってる?」

 

聖なる樹の想いにかけて

 ロアリングの剣は基本に忠実で華麗な剣技だった。マリスは何度か躱す内に早くも剣筋を見切った。
「ロアリング」
 マリスは声をかけた。
「君は《享楽の星》の出身だったね。聖なる樹の声を聞いたかい?」
 ロアリングは剣を振るう手を止め、マリスを見つめた。
「確かに私はチオニの出身だ。大樹こそは星に生きる者の拠り所――だが決して語りかける事などない」
「そうなんだ。僕が石を集め始めたきっかけはあの樹に頼まれたからだよ」
「ふっ、いい加減な事を」
「嘘じゃないさ。もしかしたら君もその声を聞いたのかと思ってた」
「貴様、何が言いたい?」
「別に。僕が聖なる樹に選ばれたなんて思い上がるつもりはないさ。でも君には何も話しかけなかった。こうして立ち会ってみて僕にもわかった事――こんな剣に対峙しても新しいものは生まれない」
 ロアリングの顔に恐怖の表情が生まれた。
「……何だと?」

 
「そろそろこちらからいくよ。『爆陣』」
 マリスが地面に拳を突き立てると、スタジアム内の空気の流れが一瞬止まった。
 目にも止まらぬ速さでロアリングの懐に飛び込み、その鼻先に拳を放った。拳はロアリングには命中しなかったが、大きな爆発が目の前で起こり、体はそのままスタジアムの向こう側まで吹き飛ばされた。
 体は地面に落ちてからも尚も転がり続け、ようやく観客席のフェンスに激突して止まった。
 ロアリングはよろよろと立ち上がり、にやりと笑った後、膝から崩れ落ちた。

 
 観客たちは歓声も罵声すらも浴びせる事も忘れて黙り込んだ。
「……マリスの勝利!」
 スタジアムの中央に走り出たレネが声を張り上げ、ようやく止まっていた時間が動き出した。
 係員がロアリングに駆け寄ると、ロアリングは手当を拒否し、自力で歩いてスタジアム裏手に姿を消した。
「それでは一時間後に第二試合、マリス対ナカツを開催します」

 

マリス対ナカツ

 スタジアムを異様な空気が支配していた。初めにマリスが登場し、続いて、大小二本の刀を腰に差したナカツが姿を現すと興奮は最高潮に達した。
「ではこれより第二試合を行います。現在、暫定的ではありますがマリスが十二個の石を保有しております。この試合の勝者は更に四個、十六個の石を手にする権利を得る訳です」
 互いに一礼をし、目を合わせるとナカツが言った。
「マリス、君が付いていくのに足る人間か、自らの剣で試させてもらう」
「ナカツ、僕もだよ。これから共に覇道を歩む者とこのように立ち会えて嬉しいよ」
 二人は微笑みを交わし、距離を取って向かい合った。

 
「全力を尽くして立ち向かわせてもらおう。いくぞ。『魍魎の闇』!」
 中段に構えたナカツの刀の先から、ゆるゆると黒い気が流れ出し、向かい合う二人を包み込んでいった。
「この闇の中で『呑龍剣』を使う。避けられるかな」
 今度はナカツの刀の切っ先から何匹もの黒い龍が飛び出し、マリスに襲いかかった。マリスは空に飛び上がり、地面を転がりながらこれを避けた。
「凄いな。どうやら僕も奥義を出さないといけないようだ」
 マリスは意識を集中し、呼吸を整えた。
「始宙摩奥義、『宙』」
 マリスの体を白い光が包み込み、スタジアムを覆う黒い闇を振り払った。
「よし、『爆陣』!」
 先ほどと同じようにマリスは地面に拳を打ち込み、そのままナカツに向かった。
「くっ、まずい」
 マリスの拳が空を切り、爆発が起こるよりも一瞬早くナカツは空中に逃れた。轟音と共に爆発が起こり、辺りには煙が立ち込めた。
 ナカツは煙が晴れるのを空中で待ち、再び地上に突進しようと身構え、そこで動きを止めた。
「……マリスの姿が」
「勝負あったね」
 ナカツがさらに上空を見ると、そこではマリスが拳を振るうべく構えを取っていた。

 二人で地上に降りると、ナカツがマリスを抱きしめ、その右手を高々と上げた。

 

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