8.6. Story 1 グリード・リーグ

3 真の勝利とは?

「ようやくレネも調子が戻ったな」
 ラロが満足そうに言った。
「さて、ズベンダ。君の出番だ。その最終決戦で我々が勝利する秘策、何かあるんだろうね」
「ご指名に預かり光栄だな。だが今のラロの発言を訂正させてもらおう。今回の勝負、我々は勝てなくともよい」
「えっ?」
「正直な所、石探しに勝利する事に興味はない。創造主が願いを叶えてくれるなど他力本願も甚だしい。私が本当に望むのは現在の歪んだ連邦支配の打破、これに尽きるのだよ」
「その話は何度も聞いているが……」
「今回の最終決戦はそのための下準備でしかない。もちろん勝てるに越した事はないが、不確実性は非常に高い」
「その通りだね」
 ビジャイが言った。
「こちらと連邦の考えは何となくわかるけど、全体の三分の一を占める残りの石を持つ者の行動が全く読めない」
「ビジャイの言う通り。いわゆる少数株主のような彼らを個別に説得してこちらの味方につける手もあるが、彼らの行動を見る限り、それは難しい」
「それは連邦にも言える事ですよね?」
「そう。だから私の予測では今回の勝者は我々でも連邦でもない」

 
「ほぉ、君の予測とやらをもう少し詳しく聞かせてもらいたいね」
 ラロが言い、一座の人間に飲み物を給仕していたボーイたちを部屋から出ていかせた。
「皆、大方予想は付いているだろうが、今回の勝負で鍵を握るのは文月だ」
「ふむ」
 ビジャイが言った。
「我々の石が四個、連邦が三個、文月マリスも三個の石を持っているという話でしたね。マリスを味方につけたとしても七個、残りを考えると安定多数にはなりませんよ」
「残りの石については流れに身を任せよう。その結果、我々が敗北するとしても仕方ない。それよりも大きなものを手に入れる事が重要だ」
「文月マリスという青年を味方につける事がそれほど重要なのか?」
「考えてもごらんなさい。文月マリスが我々に与すれば、それは連邦に多大な影響を与えるはずです。ナカツ、そうだろう?」
 ズベンダに促されてナカツが口を開いた。

「ええ、文月ヘキもロクも茶々もマリスを高く評価しています。もちろんリチャード・センテニアも……それに私たちもです。強いだけでなく、人を惹きつける何かを持っています。いや、強いから人を惹きつけるのかな。いずれにせよ、彼を敵に回すなんて考えたくもないですね」
「……なるほど」
 スピンドルが重い口を開いた。
「私は《鉱山の星》で初めて彼に会いました。その時、ニコという石を持つ者も地に潜る者も心を動かされていたようです」
「しかし文月くれないは連邦議長ではないか。マリスが連邦に反旗を翻し、我々に付くとは思えんが」

 
 一座を沈黙が包み込んだが、それを破ったのはレネだった。
「あの方であれば」
「ん、あの方とは誰だ?」
「ドワイト卿です」
「しかし卿は伝説のお方。会いたいからと言って会える訳ではないだろう。そもそもこちらの世界の人間ではないという噂も――」

「ラロ。正直に申し上げよう」
 レネは居住まいを正した。
「この度の石を巡る冒険、そのアイデアを示唆されたのも、最初の石を私に下さったのも、全て卿なのです」

 
 レネの発言に呼応するかのように会議室のドアが静かに開き、一人の男が姿を見せた。
「ドワイト……卿……」
 仕立てのいい服を着たドワイト卿ことジノーラは、かぶっていた帽子を取って、にこりと微笑んだ。
「大分白熱しているようだね。何、私もレネに石を預けた者として会議に出席させて頂こうと思ってね」
 卿は部屋の隅から骨董品のような椅子を持ち出して、そこにちょこんと腰かけた。モダンな部屋のその一角だけが、デルギウスの時代にタイムスリップしたような不思議な感覚に包まれた。

「さ、続けて……とは言っても初対面の人たちもいるね。私はドワイト。その正体については君たちの想像にお任せするよ」
「で、では卿に今までの経緯を――」
「ラロ、必要ないよ。時間は有効に使わないとね。君たちのこれまでの認識に誤りはないし、これからやろうとしている事に対しても概ね賛成だ」
「しかし文月マリスが連邦を捨て、我々に与するかという点に確信が持てないのです」
「ははは。文月の家系と付き合いの長い私から言わせれば、文月家は連邦に対して何のこだわりも持ってはいないよ。創始者であるセンテニア家との大きな違いだね」
「では議長を裏切ると?」
「彼らの家族愛、兄妹愛を過小評価してはいけないな」
「卿。おっしゃられている意味がわかりませんが」

「――いいかね。君たちはどうやってマリスを味方につけるかしか考えていないがそれでは不十分だ。この銀河を二分するくらいの衝撃を与えるためには、マリスだけでなく文月家全体をどうするか考えなくてはいけない」
「はあ」
「文月誰それを味方にするのではなく、文月家が連邦と敵対すれば結果として君たちとの距離が縮まる、それで済む話じゃないか」
「そんな事が……」
「トゥーサンの仕切る連邦などに何の魅力があるものか。最終決戦の知らせはくれない議長にも必ず伝えるようにしたまえ」
「俄かには信じがたいですが」
「これまでも我々の予想を裏切る事が起こり続けている。だからこの世界は面白いのだよ」

 
 それまで黙って話を聴いていたナカツが立ち上がった。
「ドワイト卿。この石探しを私たちにさせた本当の目的は何ですか?」
「君はナカツだったね。君の仲間のツクヨミでもそういった事は予知できないか」
 卿に名指しされたツクヨミは顔を伏せたまま言った。
「最近、調子が悪くて。マリスが助けに来てくれる事も白い靄がかかったようで予知できなかった……」
「ははは、そこまでできれば上出来だよ。それ以上の企みに気付いたなら、君は創造主と同列だ」

「卿。私の質問に答えて下さっておりませんが」
「失礼。さて、何と答えたらいいものかな。創造主の失態のリカバリーに名を借りた、銀河の未来を担う人材の発掘、とでも言おうか」
「どういう意味でしょう?」
「君はまだ若い。色々な事に触れるのはこれからだが……そうだな。君はマリスであれば付いていってもいいと考えている。違うかな?」
「……その通りです」
「君たちや文月家の新たな世代、ビリンディやゾモック、そういった若者たちが旧い体制と戦う。素晴らしいじゃないか。この石探しはそのための助走と考えればいい」

 
「卿」
 今度はハイラームが立ち上がった。
「では我々の悲願は叶うのでしょうか?」
「おや、次は年寄りからの質問だね。君たちの悲願が何か、私は知りたくもないが、君たちがやるべきはこうした若者たちの戦いをバックアップする事ではないかね」
「その通りだと思います」
 ズベンダが満足そうに言った。

「だが注意したまえ。分不相応な欲をかくと身を滅ぼすよ。GCU本位制を覆したとしても、君たちの欲の皮が突っ張っていれば、新しい制度は第二のGCU本位制でしかない。大切なのは私欲を捨てる事さ」
「肝に銘じます」
「マリスを仲間にしたいなら、彼を利用して何かをするのではなく、彼を支えてあげる事だ」
 全員が頷いたのを見てドワイトは満足そうに立ち上がった。
「では間もなくここで行われる最後のイベントを楽しみにしているよ。私は勝者に最後の十八個目の石を授けないといけないからね」

 
 ドワイトが音もなく去り、事務的な事項の調整を行って、長い会議が終わった。
 レネが部下に確認した所、早くも出席の連絡が数人から来たようだった。
「ロアリング、公孫風、ニコ、ゾモック、それに文月議長が出席の意志を表明しております。ビリンディについても水に棲む者に近い者から問題なかろうとの感触を得ています」
「後はマリスか」
「彼も問題ないでしょう。彼が来ない事にはイベントが成立しないのですから」
「そうだな。レネ、マリスとグリード・リーグの会談の件もよろしく頼むよ」

 
 レネはスピンドルを伴って部屋を出た。
 もっと打ちのめされるかと思ったが爽快感に満ちていた。
 隣のスピンドルも黙っていたが充実した表情を浮かべていた。
「さて、まだまだ忙しいぞ」
 会議のあったビルを出ようとした時、声をかけられた。

 
「よぉ、レネ社長」
 振り向くと声の主はクゼ・ミットフェルドだった。酒を飲んでいるのか、髪型は乱れ、足元がおぼつかなかった。
「クゼ。こんな所で何をしているんだ?」
「へっ、惨めな敗北者の顔を拝みに来たんじゃねえか。それにしちゃあ、落ち込んだ顔をしてないなあ」
「悪いが君に関わっている暇はないんだ。失礼するよ」
「……ちきしょう。どいつもこいつもおれを無視しやがって」
「こんな場所で油を売るより、本業に専念した方がいいんじゃないのか」
「おれにはお前らの予想もつかないような隠し玉があるんだぞ。後でほえ面かくなよ」
「社長、行きましょう」
 スピンドルに引っ張られるようにレネはクゼから離れた。
「レネ、あんな男を相手にしてはだめだ。あいつは早晩、没落する」
「ああ、そうだけど……」
 レネはクゼの最後の一言が心に引っかかったまま、帰路についた。

 

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 Story 2 頂上会談

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