8.6. Story 1 グリード・リーグ

2 御前会議

 話はそれよりも少し前に遡る。
 《虚栄の星》、ヴァニティポリスに『チームRP』が帰還した。賑やかなセレモニーに送られ、十隻あまりのシップで出発したが、帰りはわずか四隻のシップだけのひっそりとした帰還だった。
 スピンドルは唯一残った『プレディクト』のメンバー、ナカツ、ムナカタ、ツクヨミとささやかな解団式を行い、急いでレネ・ピアソンの下に向かった。

 高層ビルの最上階のガラス張りの部屋でスピンドルはレネに向かい合った。
「スピンドル、ご苦労だったね。危険な目に遭わせてしまい、すまなく思うよ」
「いえ、たったの四隻しか戻れなかった事に責任を感じております」
「色々あったようだね――まずはゆっくりと休んでと言いたいが、そうもいかないんだ。これから君を連れてラロたちの下に報告に行かないといけない」

 
 会場に指定されたモデスティの丘に建つ古風なホテルの一室にいつものメンバーが揃っていた。
 PKEFのラロ・ドゥファリン、ロイヤル・オストドルフのハイラーム・ビズバーグ、ワナグリのビジャイ・レムリトラジ、皆、一様に苦虫を噛み潰したような表情でソファに座ったまま、レネとスピンドルを迎えた。
 少し遅れてトリリオンのズベンダ・ジィゴビッチがナカツたちを連れて登場した。スピンドルはナカツたちと目で挨拶を交わした。
 ズベンダも険しい表情だったが、どこか嬉しそうだった。

 
「さて」
 ラロが口を開いた。
「関係者が全員集まった所で総括といこうか。本来は祝勝会を催すべきなのだが、そうも言っていられない状況だ。定期連絡は受けているので簡潔に報告してくれたまえ」

 
 公開処刑か――
 スピンドルはそう思いながら立ち上がった。

「ご存じの通り、我々は三手に分かれて、この銀河の探索を開始しました。最終的に合流する場所は《智の星団》でしたが、この判断は誤りではなかったと思います。この星から最も遠い場所にある星まで三方からたどり着けば、全ての石の所在を知る事ができるからです」

 ラロとハイラームは険しい表情を崩さなかったが、若いビジャイはしきりに頷き、こう続けた。
「そう。そして、その事実はここから《智の星団》までの銀河縦断を難なく可能にしたグリード・リーグのシップの性能、そしてここだけの話ですが、レネが新たに開発した傍受困難なネットワーク技術の証明にもなったのです」
 ラロとハイラームの表情が初めて緩んだ。
「その点は評価しないといけないな」
 ラロが言葉を引き取った。
「石探しを開始して以来、我々のシップの販売は飛躍的に伸び、最新のシェア統計ではペイムゥトを抜き、業界三位のピエニオスに迫る勢いだ。レネ、スピンドル。君たちのおかげだよ」
 レネは黙って頭を下げ、スピンドルもそれに倣った。

「実際にシップの性能は素晴らしいものでした」
 ナカツが屈託ない口調で話し出した。
「銀河で最高性能のシップと呼ばれているのはリチャード・センテニアのジルベスター号ですが、あれは操縦者の魂を搾り取るプレス機、リチャードだから乗りこなせる代物なんです」
 ハイラームがくすりと笑い、場の雰囲気は一気に和らいだ。
「でも私たちは《智の星団》で遭遇したジルベスター号に振り切られずに付いていく事ができた。これがもし旧来のドミニオン型だったら、私たちは銀河の迷子になり、今、この場所にいないでしょう」
 ラロもハイラームも、もちろんズベンダも嬉しそうにしてこの好青年の話に聞き入っていた。

 ありがとう、ナカツ。
 スピンドルは話を終えたナカツに目で合図をしてから報告を続けた。

 
「三手に別れたチームのうち、ウイラードの率いる『ディガー』は《火山の星》、《神秘の星》で石を手に入れましたが、《化石の星》では連邦の計略に遭い、石を奪取されました。その後、《誘惑の星》で新たな石を回収しております」
 再びハイラームの表情が険しくなった。
「報告によれば連邦が海賊とそれを追う連邦軍を自作自演し、君たちを星から遠ざけ、その隙に石をかすめ取ったという事だが、確かかね?」
「……はい」
「我々も人を使って調査させた。それによれば、あの辺りでの海賊の目撃事例はここ数十年報告されていないそうだ。君らはまんまと騙されたな」
「責めている訳ではないから安心したまえ」
 ラロが言った。
「この事実は連邦の姑息さを喧伝する材料になるからね」

「最初は驚いたよ」
 ビジャイが口を開いた。
「銀河の英雄、文月議長率いる連邦がそんな小細工をするなんて信じられない。だが調査の結果、わかった。今回の石を巡る冒険で登場する連邦を統率しているのは――」

「《享楽の星》出身のトゥーサンと将軍ロアリング」
 突然にレネが大声を上げた。
「あっ、これは失礼」
「レネの言う通り。文月くれないはこの件に関してはタッチしていない。それどころか一歩退いたスタンスだ」
「……議長の兄妹の文月ヘキ、ロク、茶々が我々に敵対的ではなかったのも、それが関係しているのでしょうか?」
 スピンドルがぼそりと言うとビジャイは大げさに肩をすくめた。
「連邦の上層部に色々とあるのかもしれないが、まだそこまで調査は進んでない」

「だがな、ビジャイ」
 初めてズベンダが口を開いた。
「仮に文月という銀河の英雄の家柄が連邦と距離を置く事態にでもなれば、連邦の弱体化は避けられないよ。連邦は文月の力なしではこの広い銀河を統率できない」
「おや、ズベンダ。ナカツから良い情報を仕入れたようだね」
 ハイラームが言うとズベンダはにやりと笑った。
「その話はまた後で。まずはスピンドルに報告を続けてもらおう」

 
「――ここにおりますナカツの『プレディクト』は《海の星》で石を持つ人物に遭遇いたしました。一人は伝説の『水に棲む者』ブッソンの息子、ビリンディ。もう一人は連邦軍の公孫風という青年だったそうです。その後、《牧童の星》で『黄龍の石』を回収いたしました」
「スピンドル、いや、ナカツに確認した方が早いのか。その公孫風なる人物は姑息な真似をするトゥーサンの一味か?」
 ラロの質問にナカツは首を傾げた。
「そうは思えませんでした。なにしろ彼の父が私の父に敗れた時の汚名をそそぐと言ってましたから。私怨だったんではないでしょうか」
「連邦にも色々いるようだが、結局は連邦の軍人だ。最後は向こうに付くだろうな」

 
「最後に私のチーム、『スピナー』です。元々レネから『戦乱の石』を預かっておりましたが、ナカツと同じように《鉱山の星》で石を持つ人間に出会いました。鉱山技師ニコ。『地に潜る者』、ゾモック。そして文月マリスという青年です。その後、《ブリキの星》で新たな石を回収しております」

 ズベンダが再び口を開いた。
「最後に出た文月マリスについては私に考えがあるので後で検討しよう――水に棲む者に地に潜る者か。誰を支持するだろうな」
「どうせ又、『再び三界に覇権を』とか考えているだろうよ。進歩のない事だ」
 ハイラームが吐き捨てるように言い、小さな笑いが起こった。

 
「ここまでで石は最低でも十二個登場しております。内訳は我々が六個。連邦、ビリンディ、公孫風、ニコ、ゾモック、マリスが一個ずつ、こちらは仮定の話です」
「ふむ、そこまでは順調だったな」とラロが言った。「続けたまえ」

 
「我々はウイラードの呼びかけに応じ《泡沫の星》で合流いたしました。そこを連邦に襲撃され、ブライトン、バティスが死亡、二個の石を奪われました。この結果、我々の持つ石は四、連邦の石は最低でも三となりました」
「連邦は君たち十名弱に対して三百以上の将兵を向かわせたそうではないか?」

 ラロが尋ね、ナカツが話を引き取った。
「私たちが盾となってスピンドルはウイラードたち非戦闘員に逃げてもらおうと考えたんです。逃げる途中でブライトンとバティスが犠牲になったのは残念でした。でも私たちの命も風前の灯でした。二十人くらいなら戦い抜く自信はありましたが、何百という連邦軍に追い立てられ、もうだめかと思った時に助けが現れたんです。リチャード・センテニア、文月茶々、文月マリス、アイシャでした。特にマリスとアイシャは何百という将兵をほぼ一瞬で戦闘不能に追い込んだ。あれは圧巻でした」
 ラロもハイラームも言葉を発さない中、唯一、ビジャイだけが質問をした。
「《泡沫の星》での石の回収は?」
「それどころではなかったんで。でもきっとマリスが回収したと思います」
「なるほど。するとマリスも石を複数持ったって事だね」

 
「……ここから先の報告は信じて頂けるかどうか自信がありません」
 スピンドルの声の調子が一段落ちた。
「脱出した我々は最終目的地、《智の星団》に向かいました。先ほど申し上げたようにここから一番遠い星を目的地とした判断は正しかったのですが……」

「ウイラードの事だね?」
 ラロの声が心なしか柔らかくなった。
「あの男は根っからの冒険家だった。まさか石探しに乗じて《智の星団》の踏破を目的としていたとは――それを見抜けなかったのは私の責任だ」
「ラロ、それは違う」
 レネが声を上げた。
「元はと言えば、ウイラードを引っ張り出した私に全責任があります」
「いや、レネ、スピンドル、ナカツ、君たちはよくやってくれた。言ったようにシップの販売は好調、グリード・リーグの名は銀河中に広がり、他のビジネスにも好影響をもたらしている。これ以上の宣伝効果はなかった」

「そうだよ、レネ」
 ビジャイが言った。
「犠牲になった人たちには哀悼の意と共に誠意を尽くすしかないけど、石を巡る冒険はまだ終わった訳じゃないんだ。前を向かなきゃ――で、《智の星団》の石は?」
「まるで悪夢を見ているようでしたが、その瞬間は覚えています。マリスが石を受け取りました」
「ふーん、すると十四個の石のうち、マリスは三個を押さえている訳か。彼の強さを考えるともっと持っていると考えてもいいかもしれないね」
「その可能性は否定できません」

 
「次の話に移る前に」とビジャイが言った。「ピエルイジやファサーデはどうしたんだい?」
「ピエルイジは《智の星団》で暮らしているはずです。ファサーデについては先日、《囁きの星》から連絡がありました。食料を届けに《迷路の星》に立ち寄った所、ファサーデはシップもろとも消えていたと。おそらくウイラードの後を追ったのかと」

「わかった。もう一つ、ムーアの名前が出てこなかった。報告では補充が何とか言っていたようだけど」
「はい。ムーアは《鉱山の星》で地に潜る者に襲撃され、命を落としました。そこで急遽、ムーアに代わる補充人員をチームに合流させました」
「ずいぶんと手際がいいね。その人物の名は?」
 ナカツが発言しようとしたのをスピンドルは目で制した。
「アクーナ、ジョビント、ディモスの三名です」

 アクーナの名が出た途端に場の雰囲気が変わった。
 特にレネは顔に青筋を浮かべ、膝に置いた両手をわなわなと震わせ、言った。
「スピンドル、私は何も聞いていないぞ。その三名といえば、グレイスフル・プリズンから突然姿を消したと話題になった終身刑の受刑者、とびきりの悪人ではないか」
「レネ、これは全て私の独断で行ったものだ。私はこの件に関してどんな処罰も受けるつもりでいる」

「まあまあ」
 ビジャイが話に割って入った。
「レネ、これは必要悪ってやつだよ。君は『フェアプレーの精神で』って宣言したけど、結局連邦はそんなのを無視した。そんな極悪人でも役に立ったんじゃないのかい?」
「確かに」
 ナカツが答えた。
「《泡沫の星》を脱出できたのはアクーナたちが暴れてくれたのもあるかもしれません。でも《智の星団》では文月ロクに『何て事をしてくれたんだ』って怒られました」
「はははは。面白い――ねえ、ラロ、ハイラーム。この件に関しては不問で仕方ないですよね?」
 ビジャイに言われ、ラロとハイラームは渋々頷いた。

 
「報告は以上だな。スピンドル、ご苦労だった」
 ラロが言い、スピンドルは大きなため息を吐いてソファに座った。
「さて、先ほども言ったようにレネもスピンドルも今回の結果を悔やむ必要はない。犠牲者を出した点、予想よりも回収できた石が少なかった点などマイナスの部分はあるが、ここまでは合格だ。大事なのはここからだ。どうすれば全ての石を集められるか、それを考えようではないか」
「なあ、ラロ」
 ハイラームが口を開いた。
「連邦は《泡沫の星》で打撃を受けたとはいえ、まだ精鋭の軍を抱えている。石を奪いにこの星を襲いに来る心配はしなくていいのか?」
「それはないと踏んでいる。ただでさえ、その一件で連邦の評判は地に落ちた。この上《虚栄の星》襲撃などという愚行を犯すとは思えん」
「私もそう思います」
 ビジャイが言った。
「今度こそレネが望んだように平和な形で全ての石を手にする者は誰かを決める事が可能なはずです」
「水に棲む者や地に潜る者、そう簡単には会えないぞ」

「もう一度、レネにぶち上げてもらうんですよ。ここまでの関係者全員に『石を持つ全ての者、ヴァニティポリスに集まれ。そこで決着をつけようではないか』っていうメッセージを送るんです。そして戦いではなく協議の上で、全ての石を所有すべき人物を決定する。どうです、名案でしょ?」
「それはいい」
 ハイラームが膝を叩いた。
「野蛮な連邦と違って、グリード・リーグはスマートに物事を解決するというイメージも伝わる。こちらの評判はますます上がるという訳だ。だが協議で決着がつかない場合は?」
「その場の流れでしょう。さらなる協議を続けるか、やはり力のある者を勝者とするか……」
「――とにかく、すぐに手配します」
 ようやく顔に赤味が戻ったレネが言った。
「連邦に先を越されては意味がありませんからね」
 レネはポータバインドを起動し、てきぱきと部下に用件を伝えた。

 

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