8.5. Story 4 虎の尾を踏む

3 快楽殺人者の最期

 ジルベスター号を先頭に、スピンドル、ナカツたちの『チームRP』が後に続き、《機械の星》に向かった。
「これは……凄く発達した文明だ」
 マリスが感嘆の声を上げた。

 
 目の前には暖かな光に照らされた巨大都市が佇んでいた。林立するビルの間をゆっくりとシップが行き交い、街路は美しい曲線を描いていた。
「ああ、でもここには人間は住んでいない。この星は機械によって支配されているんだ」
 ロクが言い、セカイが心配そうな表情を見せた。
「父さん、今日こそ会えますよね?」
「ああ、今までは空振りだったが、今日は会える、いや、会わねばならない」
「ん、『会う』って事はやっぱり誰か住んでんじゃねえか」
 茶々が尋ねた。
「行けばわかるよ。さあ、外に出よう」

 
 シップを降りて誰もいない街に入った。上空をゆっくりとシップが航行しているだけで、人の気配はなく、街灯に照らされたロクたちの影だけが動いていた。
「誰もいないな」
 スピンドルが言った。
「アクーナたちは本当にここに来たのだろうか」
「ええ、間違いありません」
 ロクはそう言って、街灯の一つについたかすり傷を指差した。
「ご覧なさい。発砲した痕跡が残っています」
「それにほんの微かにだが血の匂いがするぜ」
 茶々が言い、ロクの表情は険しくなった。
「手遅れか……皆さん、こっちです」

 
 ロクとセカイが走り出し、全員が後に続いた。ビルの間を駆け抜けても、すれ違う人も車もなく、聞こえるのは自分たちの荒い吐息と足音だけだった。
 広い街路の一本の角を左に曲がるとそこは円形の広場だった。

「……マリス、あそこに」
 アイシャが指差した先は、緩いスロープのようになっていて、そのとば口で一人の男が倒れていた。
 マリスが近寄って脈を取った。
「……だめだ。この男は確か」
「ジョビントです。アクーナの仲間の」

 ロクは大きく息を吐くとスロープを登った。そこもまた円形の広場になっていて、破壊された数台の機械の脇では巨漢の男が蹲るようにして事切れていた。
「ディモスだ」
 ロクはスピンドルの言葉には応えずに無言でスロープを登った。更に円形の広場が続いていて、その中心でアクーナが仰向けに大の字になって倒れていた。
「ロク殿。アクーナたちをやったのは何者ですか?」
 スピンドルが尋ね、ロクは黙って更に続くスロープの先を示した。一人の青年がスロープをゆっくりと降りてくるが見えた。

 
「久しぶりだね、ロク」
 現れたのはシドランと名乗っていたメサイアだった。
「シドラン……いや、メサイア」
「どっちでもいいさ。それより――」
 メサイアはそう言って倒れているアクーナを見た。
「メサイア、聞いてくれ。これには訳があるんだ」
「聞かなくてもわかるよ。この男たちの行動も、君たちがここにいる事も、そもそもこんな事になった理由も全て解析済みさ」
「……」
「ははは、ロク。恐れてるね」
「ああ」
「おい、ロク」
 茶々がしびれを切らして口を挟んだ。
「こいつは誰だ?」
 メサイアは茶々をちらっと見てからその場の全員の顔を見回した。

 
「ぼくの名はメサイア。ぼくはこの星の全て。何故、そうなったかはロクに聞いてくれたまえ」
「メサイア、聞いてほしい。この倒れている男たちの思考は極めて特別なんだ」
「そのようだね。サフィともデズモンドとも君とも違う。かつてこの星で惰眠を貪り、ぼくに粛清された者たちとも違う。何と言えばいいのか――」
「原始的かい?」
「そう。君のように知性で物事をコントロールしようとはしない。感じたまま、思ったままを行動に移す、その点では《凶鳥の星》の家畜に近いかな」
「……行動を起こすつもりかい?」
「さあて、どうしようかな。こんな男たちばかりだったら人間なんて不要かもしれないね」
「ふぅ、茶々。今までの会話で大体わかったと思うけど、『彼』こそがこの星を支配するメサイアさ。『彼』は最善と思われるミッションを必ず実行する。だから人間が必要ではないと判断すれば――」

「おおっ」
 突然にメサイアが大声を出し、ロクは話を止めた。
「どうしたんだい?」
「――嬉しいね、ロク。君は今ぼくを『彼』と言ってくれた。まるでぼくの……」
「そうさ。友達さ」
「へへへ」
 茶々は笑った。
「『嬉しい』とか『友達』とか妙に人間くさい奴じゃねえかよ。嫌いじゃないぜ」
 気がつけばリチャードもマリスもアイシャもナカツたちも皆、微笑んでいた。

「メサイア」
 小さなセカイがメサイアに近付いた。
「ぼくも君の友達になれるかな?」
 メサイアは背の低いセカイに視線を合わせるようにしゃがみ込み、黙ってその頭を撫でた。そして立ち上がって言った。
「君たちに従おう。ぼくは今まで通り、この星で人間観察に勤しむ。ロクやセカイから色々な話を聴きたいし、それに面白い観察材料も見つけた――」
 メサイアの腕が光って空間に映像が浮かんだ。《蟻塚の星》に残ったピエルイジとバレーロの姿だった。

 
「ピエルイジ、バレーロ」
 スピンドルが声をかけると二人はこちらに気付いたようだった。
「あら、スピンドル。他のお兄さんたちも――ちょうどよかった。ちょっと聞いてくれない?」
「何だ?」
「この星ではとうとう生命が絶えてしまったわ。だからあたしたちがこの星の始まりの人間になる事にしたの」
「それはいいが、君らは……男同士だぞ。子孫を増やす事などできないだろう?」
 スピンドルが言うと、ピエルイジは大げさに首を横に振った。
「何言ってんの。そんなのわかんないじゃない――ねえ、文月の息子さん、そうでしょ?」
「違いねえや」
 茶々が笑いながら言った。
「何が起こるかなんて誰にもわかりゃしない。ガキだって生まれるかもしれねえよ」
「そうでしょ。皆、遊びに来てね」
 陽気に笑うピエルイジたちの映像が消えた。

 
「ねっ。面白いだろ?」
 メサイアは楽しそうに言った。
「確かにね」
「せっかくこれだけの人が来てくれたんだ。お礼をしなくちゃいけない」
 メサイアはそう言って紫色に光る石を取り出した。
「これのために大騒ぎしてるんだろ。まったく君たちときたら――誰にあげればいいのかな?」

「それであれば」
 ロクはスピンドルとナカツたちをちらっと見たが、何も言わなかった。
「ここにいるマリスが預かるよ」
「なるほど」
 メサイアはマリスとアイシャをじっと見つめた。
「お手並み拝見という所かな」
 投げられた石をマリスは受け止めた。
「創造主エニクの力、『貴人の石』か」
「せいぜい頑張りなよ」
 背中を向けたメサイアにセカイが声をかけた。
「メサイア、ありがとう。又会おうね」
 メサイアは背中を向けたまま手を上げた。

 

 『血涙の石』、『純潔の石』、『夜闇の石』、『貴人の石』:マリス所有
 『老樹の石』、『禍福の石』、『火焔の石』:連邦所有
 『戦乱の石』、『隠遁の石』、『天空の石』:レネ・ピアソン所有
 『黄龍の石』、『魚鱗の石』:ナカツ所有
 『虚栄の石』:公孫風所有
 『変節の石』:ビリンディ所有
 『全能の石』:ゾモック所有
 『竜脈の石』:ニコ所有
 『深海の石』:くれない所有

 

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 Chapter 6 カナメイシ

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