目次
2 プライド
ジルベスター号は暗闇に包まれた《迷路の星》に到着した。
「リチャード、ここからはぼくが操縦を代わる」
ロクはリチャードに代わって操縦席に立ち、一か所だけ光のこぼれる地表に開いた穴に向かってシップを進めた。
「この星はその名の通り、一面の迷路だ。勝手知ったるぼくが操縦すれば前を行く連中に追い付くはずだ」
「この迷路は人の手によって造られたのか?」とリチャードが尋ねた。
「うん。かつて隆盛を誇ったこの星の王が心血を注いでこの迷路を完成させた。王は誰も信用せず、自分の死に際して全ての臣民、宝物一切をこの星の奥深くに隠した。だから今、この星には廃墟の迷路しか残されてない」
ロクは猛スピードで迷路を駆け抜けた。
「しかしどの星も気が滅入るな。これが《智の星団》か?」
茶々が言い、ロクは前方を見つめたまま答えた。
「これはどれもぼくらに起こりうる未来の姿なんだ。果てしない戦いに明け暮れる未来、家畜として生きる未来、廃墟だけを残して滅び去る未来――」
「そして機械に支配される未来、か」
リチャードが言い、ロクは小さく頷いた。
どのくらい走り続けたろうか、ようやく目の前が開け、シップは地上に飛び出した。
「あ、あそこに」
アイシャが塔の縁に立つシップと人影に気付いて叫んだ。
「よかった。どうやら間に合った」
ロクはシップを塔の縁に停め、全員がシップから降りた。
男たちは口論をしているようだった。
「『チームRP』の方々ですか。私はこの星の管理を行うロク文月です」
ロクが男たちに声をかけ、口論は止んだ。
ウイラードが一歩前に出て、ロクに正対した。
「ロク文月……確か《智の星団》からの最初の生還者、デズモンド・ピアナを救出した男だな?」
「そうですが」
「文月」とウイラードが続けた。「この塔の中心に開いている穴、これはどこに続いている?」
「さあ、伝説ではこの迷路を造った王は迷路完成の後、建設に関わった民を皆殺しにした。そして自分の死期が近くなると残った家臣や一族と共にこの塔の奥深くに潜っていったらしい」
「手ぶらではないだろう?」
「もちろん、抱えきれないほどの財宝も一緒らしいけど、ぼくは行った事がないから何とも言えない。ぼくだけじゃない。ここを訪れたサフィもデズモンドもここには入っていかなかった」
「なるほどな。未だ誰も到達した事のない場所か」
ウイラードは真っ黒な穴を覗き込んでしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。その目には尋常でない光が宿っていた。
「おい、スピンドル。やはりおれは行くぞ。これから『ディガー』はこの穴の底を探検する」
どうやらその件でウイラードと口論をしていたらしいスピンドルは答えた。
「ウイラード。石探しはまだ終わっていない」
「辛気臭い遊びにはもう付き合いきれん。目の前に未知の秘境が眠ってるんだ。それをむざむざあきらめたら、何のための冒険家だって話だ」
「ウイラード」
ロクが口を開いた。
「悪い事は言わない。止めておいた方がいいと思う。この穴は……ひどく危険だ」
「へっ、サフィがどうだったかは知らないが、デズモンドもお前も臆病者だ。だがおれは違う。この穴の底から無事帰還してデズモンドを超えてやる」
「おい、ウイラード」
リチャードが口を挟んだ。
「お前、有名人なんだからそんなリスクを冒す必要ないだろう」
「そこにいるのはリチャード・センテニアか。こりゃあますます好都合だ。七武神やナインライブズが証人になってくれる。いくぞ、ベドブル」
ウイラードとベドブルがシップに乗り込もうとするとファサーデが声をかけた。
「ウイラード。おれも連れてってくれよ」
「いや、お前はだめだ。宝物はおそらく一回じゃあ運び切れないほどの量になるはずだ。誰かがここに残ってなきゃ、宝物の番ができない」
ウイラードはそう言ってからスピンドルに向き直った。
「石の件は申し訳ないが、そういう事だ。まあ、いいニュースを待っててくれよ」
とうとうウイラードとベドブルのシップは暗い穴の底に向かってゆっくりと降りていき、その姿は見えなくなった。
「どうしてあそこまでムキになるんだ?」
リチャードが言うとファサーデが答えた。
「ウイラードはいつだって冒険家としてデズモンド・ピアナを超えようとしてた。この機会を逃す手はないんだ」
「なるほど。デズモンドも罪な男だな」
「オレは」と茶々が言った。「嫌いじゃないぜ。そういう生き方」
「何だよ、どいつもこいつも」
ファサーデが大声で叫んだ。
「ちょいと穴の底に降りただけだろ。すぐに帰ってくるさ。それをまるでもう帰ってこないみたいな言い方しやがって」
「ファサーデさん」
ロクが静かに言った。
「多分、ウイラードたちが戻る事はないでしょう。あなたもここで待っていても食料が尽きて飢え死にするだけです。ぼくたちは定期的にこの辺りを巡回していますので様子を見ますが」
「いや、おれはここに残る」
「……でしたら、後で食料を届けましょう。残りの方を案内しますので、《智の星団》から抜けま――」
「大変だ。アクーナがいない」
スピンドルが大声を出した。
「アクーナ……アリを殺した人間ですか?」
「ああ、この星で口論をしていた隙にいなくなった。ここからだと行ける星は?」
「《智の星団》は特殊な次元にありますので、何もしないと《機械の星》に流れ着くだけです」
「また暴れるつもりか?」
「最悪の状況だ。銀河が滅亡するかもしれない」