目次
2 追い詰める
ウイラードは順調に進んだ。
《誘惑の星》のハイランドで白と赤に輝く創造主モンリュトルの力、『隠遁の石』を手に入れた。
スピンドルも《ブリキの星》で創造主ウムナイの力、青色の『天空の石』を手に入れたらしかった。
ナカツたちも《牧童の星》で創造主オシュガンナシュの力、『黄龍の石』を手に入れたと連絡があった。
これで全体の三分の一をチームRPが回収していた。
だが心配事もあった。
ナカツたちの情報を総合すると、すでに十四、五個の石の有り場所が特定されているはずだった。
となると連邦は残り三つ、四つの石を集めただけで満足するだろうか。
そんなはずはない――連邦は更なる手段、実力行使に出るに決まっている。
となれば圧倒的な軍事力に蹴散らされてしまう。
予定よりは早いがスピンドルやナカツと合流した方が賢明だった。
ウイラードは《泡沫の星》に集合するように連絡を入れた。
《泡沫の星》、最近までプロトアクチアの妻、ジーズラとその息子ジャンガリが独裁者として君臨していたその星に着いた者は、例外なく異様な風景に驚愕する。
大小の透明な半球形のドームに覆われた都市が大陸を覆い、泡沫の名が示す通り、海面に湧き上がった無数の泡を連想させる。
何故、このようなドーム都市ができ上がったのか、かつて大規模な大気汚染が進行し、外気を遮断する必要があったためとも言われているが、その真偽の程は定かではない。
形状が物語るように、それぞれの半球は「バブル」と呼ばれ、大陸の中心部にある最大のバブルの中には百万人が暮らす都市があった。小さなバブルだと数百人単位の村もあり、中にはバブルの中にバブルが入れ子になっているものまであって、その総数は千に近かった。
独裁者が《霧の星》でロクたちに倒された後、連邦が星に乗り込んだが、各バブルの閉鎖性ゆえに管理は困難を極めた。
加えてジーズラの残党が様々なバブルに潜伏して抵抗活動を続けたため、連邦は一旦撤退せざるをえなくなった。
リチャードと茶々を中心とした特殊部隊が地道に各バブルを殲滅して回ったが、未だ全滅には至っていなかった。
ウイラードは初めて見る光景に驚嘆の声を漏らした。
「こりゃあ壮観だ。ファサーデ、どこにシップを停めりゃいいんだ?」
「かなり進んだ文明の星だがポートの数は多くないみたいだ。中央の一番でかいドーム、いや、バブルっていうのか、そこに停めてくれ――あ、あと勝手に外には出るなって事だ。治安は大分改善されたが、外はまだまだ危険らしい」
「よし、わかった。ナカツとスピンドルにもそう連絡してくれ」
「ナカツはもう着いてるみたいだぜ。『ザイラス・カフェ』にいるって連絡があった」
最大のバブルにあるザイラス・カフェでナカツたちはウイラードの到着を待った。
「ナカツ、本当に石を渡しちまうのか?」
ムナカタが氷をがりがりと齧りながら尋ねた。
「ああ、そのつもりだ。グリード・リーグを裏切れないからな」
「でもあの女王は『お前が持ってろ』って言ってたぞ」
「だから一個だけさ。『黄龍の石』は渡さない」
「ふーん」
ツクヨミは黙ってジュースを飲みながら二人の会話を聞いていたが、時折、目元が神経質そうにぴくりと動いていた。
「どうした、ツクヨミ?」
ナカツがツクヨミに声をかけた。
「――もうすぐこの旅は終わるわ」
「ん、それはそうだ。ウイラードもこの先の《智の星団》を目指すと言ってたじゃないか」
「そうじゃないの――
ツクヨミが言いかけた時、ウイラードたちが店にやってきた。
「よぉ、ナカツ。調子はどうだ?」
「ぼちぼちだよ。そっちも皆、元気そうだね」
「まあな。スピンドルはどうした?」
「少し遅れてるみたいだけど、もうすぐ来るんじゃないかな。あっちが一番大変そうだから」
「そうなのか。何も聞いてないぞ」
「おかしいな。『スピナー2』のムーア隊が事故に遭って、急遽、メンバーを補充したんだそうだよ」
「ふーん、おれに言わなかったって事は何か隠してやがるな。新メンバーはどんな奴らだ?」
「さあ、名前しか聞いてない。確かアクーナとかいったかな」
「何……まさかな」
「知ってる人かい?」
「いや、きっと人違いだ」
「――そうだ。ウイラード、この『黄龍の石』を預かってもらえないか?」
「遠慮しておく。それはお前さんが持ってろよ。こっちにも三つあるんだが、めんどくさくて仕方ねえんだよ」
「ふふ、ウイラードらしい。根っからの冒険家だね」
「ああ、だがそれを力づくで邪魔しようとする奴らが出てくる。そうなったらお前さんたちやスピンドルのチームの人間の出番だ。おれたちはとっとと逃げ出させてもらうさ」
「それは誰だい?」
「連邦だ――お前さんの所のねえちゃんは予知能力があるらしいからわかるんじゃねえのか。おれたちを付け狙ってる奴らの正体を」
ウイラードに名指しされたツクヨミは、一座の注目の中、ジュースのグラスに口をつけながら黙ったままで一つ頷いた。
「やっぱりそうか。どうやらおれたちは連邦に盾突く海賊と同じ扱いのようだ」
「そんなバカな」
「おれのチームの奴らも信じてないさ。だがな、おれはラロから直接聞いたんだ。連邦はおれたちを潰そうとしてる」
「銀河の英雄ともあろう者が……」
「議長の文月はこの件に一切関係ない。文月にもグリード・リーグにも不満な、とんま連中だ」
「やれやれ。結局、連邦と戦うのか」
「お前さんの親父と一緒だよ」
ウイラードは高笑いした。
その頃、ロアリングは他の連邦シップに見つからないように配下のシップと共に《泡沫の星》近辺まで進んでいた。
「よし、どうにかエンロップ将軍に見つからずにここまで来た。ここからが本当の勝負だな」
ロアリングは頬を一つ叩き、気合を入れ直すと全艦にヴィジョンを入れた。
「いいか。伝えた通り、これからウイラード・ディガー一味を襲撃し、石を奪い取る。もちろん抵抗するようなら殺しても構わん。だが奴らには連邦軍である事実が露見してはいかん。あくまでも海賊だと思わせろ。逆に一般人に尋ねられた時には連邦軍がプロトアクチアの残党を殲滅するのだと伝えるのだ。連邦軍の制服は着ず、符牒も変える。シップも連邦軍の紋章の入っていないものを使う。以上、質問はあるか」
質問はなかった。
「すでに潜伏している者の知らせでは、まだ一隊が到着していないらしい。残りの一隊が到着次第、作戦を決行する」
ウイラードの提案で、ポートに近い所にある酒場に移動してそこでスピンドルを待つ事になった。
ナカツは酒場の隅でツクヨミに再び尋ねた。
「ツクヨミ、どうだ?」
「――よくわからない」
「ツクヨミでもそんな事があるんだ」
「こんなの初めてだわ。何かこう白い靄のようなものに遮られていて見渡せない……でも良くない事が起こるのは確か。犠牲者が出て、あたしたちは戦う」
「それだけ見えれば十分だよ」
三十分後、ようやくスピンドルたちが到着した。ウイラードがナカツに言った補充メンバーは合流せず、ポートで待機しているらしかった。
ウイラードもスピンドルもその事には触れず、近況を報告し合い、ウイラードは自分の持っていた『禍福の石』、『火焔の石』、『隠遁の石』をスピンドルに預けた。
スピンドルが石を持ち切れず、『禍福の石』と『火焔の石』を配下のブライトンに渡すのを見て、ウイラードは一瞬だけ顔をしかめた。
ナカツも『黄龍の石』をスピンドルに渡そうと席を立った時、ツクヨミが袖を掴んだ。
「どうした?」
「――来るわ。すぐ近くまで来てる」
ナカツはウイラードとスピンドルに向かって言った。
「急ごう。連邦がすぐそこまで来ている」
一行が外に出ると、町中に人の姿はなく、異様な緊張感が襲ってきた。
「皆、ポートまで走れるか」
ナカツが声を上げた。
「この場は私たちが食い止める――ブライトン、ピエルイジ、バレーロ。ウイラードやスピンドルを守ってポートまで走り抜けてくれ」
「そういう事なら、ポートにいる部下に連絡して暴れてもらおう。そうすれば追手の力は分散される」
スピンドルは青ざめた顔でヴィジョンを入れた。
そうしている間にも姿を見せない追手はじりじりと距離を詰めているようだった。
「さあ、早く行ってくれ」
ナカツたちに急かされるように、ウイラードやスピンドルたちは一目散にポートに向かって走り出した。
スピンドルからの連絡をポートに停めたシップ内で聞いたアクーナたちは小躍りした。
「よぉーし、好きなだけ暴れていいってよ。ジョビント、ディモス、いくぞ」
シップを降りたアクーナたちはポートの係官に手を振り、意気揚々と外に出ていった。
「へへん。かすかに銃声が聞こえやがる。おれたちもこの辺でやるか!」
アクーナの声を合図にジョビントが通りに立つ兵士らしき男たちに向かって発砲した。
アクーナたちが暴れ出して間もなく、マリスとアイシャの乗ったシップがポートに到着した。
「――何だか様子が変だな。着陸許可を求めても返信がなかったし」
「変な雰囲気ね。ちょっとここで様子を見ましょうよ」
『血涙の石』、『純潔の石』:マリス所有 『老樹の石』:連邦所有 『戦乱の石』、『禍福の石』、『火焔の石』、『隠遁の石』、『天空の石』:レネ・ピアソン所有 『黄龍の石』、『魚鱗の石』:ナカツ所有 『虚栄の石』:公孫風所有 『変節の石』:ビリンディ所有 『全能の石』:ゾモック所有 『竜脈の石』:ニコ所有 『深海の石』:くれない所有