8.5. Story 2 ジェノサイド

2 マリスとニコ

 

ミーダとヘキ

「へへへ、やっぱり文月の子は違うな」
 声は地下から響いた。
「スピンドル」
 ヘキは空中でニコを抱え上げたまま、地上に立つスピンドルに話しかけた。
「あんたの勘が当たったみたい。暗殺者はここに来てる。うかうかしてると足を斬られるよ」
「えっ?」
 スピンドルはさすがに慌てた様子で空中に飛び上がった。
「何だ、あんた。空もいけるんだ。只者じゃないね」
 ヘキが言うと空中のスピンドルは気まずそうに頷いた。

 
「ちっ、結局こうなるか」
 再び地下から声が響き、スピンドルが緊張した声を返した。
「西の鉱区にいたのではないのか?」
「あんたの仲間の頭のおかしい奴らには付き合ってらんねえよ。今頃は誰もいない西の鉱区で誰かが燻り出されてくるのを待ってるんじゃねえか」
「ふっ、私はこれからヴィジョンで彼らを呼び寄せる。このままならお前たちは手を出せないだろう」
「へへへ、暗殺のプロをなめてもらっちゃ困る。坑道に細工しといたから、たどり着くには時間がかからあ」

「貴様。鉱山をめちゃくちゃにするつもりか」
 ニコは誰もいない地面に向かって叫んだ。
「安心しなよ。おれたちは鉱山のプロでもある。この鉱山があんたらによって大事に管理されてるのは一目瞭然だ。そっちの旦那の仲間みてえに火をつけるような真似はしないさ」
 名指しされたスピンドルは不敵に笑った。
「それは立派な心がけだが、こうしていても状況は変わらない。いずれは私の仲間が駆け付けるぞ」
「地に潜る者が地上ではからきし元気がねえって偏見はとっとと捨て去る事だな。時代は変わってるんだよ――ゾモック、ゴララ、顔を見せてやろうじゃねえか」

 
 地面に三つの山ができ、そこから三人の男が姿を現した。
 一人は典型的な地に潜る者に見える小男だったが、あとの二人は普通の人間と変わらぬ外見をしていた。

 小男が口を開く。
「おれはご覧の通りの地に潜る者だが、この若い奴ら、ゾモックは空とのハーフ、もう一人のゴララは水とのハーフだ。あんたらが空中に逃げおおせたと思っているなら、それは間違いだ」
 小男の声が終わらない内に一人が空に飛び上がり、呆然としていたスピンドルに斬りかかった。
 スピンドルはぎりぎりで攻撃を逃れ、鉱山の天井付近にまで飛び退いた。
「へへへ、今度は脅しじゃないぜ。鉱山で悪さをした報いを――」

「ちょっとあんた」
 ニコを抱きかかえたまま、空中に漂うヘキが言った。
「――もしかするとミーダって名前?」
「よくわかったな。あんたの親父にゃあ、散々世話になったよ。凄い男だった」
「ネアナリス王の命を受けたの?」
「……王は関係ねえよ。おれにだって個人的に叶えたい願いがある」
「何よ。個人的な願いって。リチャードによればあんたは深い後悔の念を抱いてるって話だったけど」
「リチャードの旦那がそんな事言ってたか。元気にしてるんかな――」

「ミーダ、引っかかるな。こいつら、時間稼ぎしてるだけだぞ」
「わかったよ。じゃあ、おれは西でまごまごしてる奴らと遊んでくるか」
 ミーダがそう言って地下に潜ろうとした時、全く反対の鉱山の入口方向から二人の人間が飛び込んできた。
「ヘキ!」

 

マリス到着

 現れた二人の人物を見てヘキが言った。
「……あんた、誰だっけ?」
「マリスですよ。ここに着いて酒場に行ったら、いかつい人たちがたくさんいて、マスターが『鉱山で緊急事態だ』って言った――でも取込み中みたいだね」
「ここに何しに来たの?」
「ヘキこそ何でこの星に?」
「それは後で。隣のお嬢さんも腕が立ちそうだし――ミーダ、これで形勢逆転じゃない?」

 ヘキはニコを抱きかかえながら地上にゆっくりと降りた。
「ちっ、どうやらそのようだな。ゾモック、ゴララ、もういい。ずらかるぜ」
「えっ、どうして?」
「いいから――なあ、若いの。何て名だ?」
 ミーダに尋ねられたマリスは一瞬、たじろいだ。
「文月マリスです。隣はアイシャ・ローン」
「ふーん、やっぱり文月かい。凄い人間が次から次へとよくも出てくるもんだ」

 
 そこに西の鉱区からアクーナたちが戻った。怒りで顔を真っ赤にして唇を震わせていた。
「てめえら、こけにしやがって。こうなりゃ、ここにいる奴ら、皆殺しだ!」
「アクーナ、もういい。ここは一旦退くぞ」
 地上に降りたスピンドルが言った。
「うるせえ。血を見なきゃあ、おれの気は休まらねえ。覚悟しやがれ」
 雇い主の意見に耳を貸さず、騒ぎを起こそうと構えを取ったアクーナたちを全員が唖然とした表情で見ていたが、ヘキが言った。
「マリス、困った人たちが来たわ。ちょっと相手してあげてよ。血を見るんなら自分たちの血でもいいんじゃない」
「えっ、僕が?」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。そこの若造が相手か――ジョビント、ディモス、手加減しねえでいいからな」

 

鉱山深部の死闘

 マリス一人が前に進み出て、アクーナたちが取り囲んだ。その様子をヘキとニコ、アイシャ、スピンドルが見ていた。姿を消したはずのミーダたちも一歩下がった場所で観客になっていた。
「なあ、ミーダ。ずらからなくていいのかよ」
 ゾモックが心配そうに尋ねた。
「あのマリスって小僧、おそらくリンやリチャードと同じくらい強い。なかなか見れるもんじゃねえから後学のために見とけ」

 
「へっ、手ぶらかよ」
 アクーナは腰から両刃の剣を抜き、ジョビントは銃を構えた。ディモスはいかつい鉄製の棍棒を弄びながらにやにやと笑った。
「仕方ないな。戦いは好きではないが、怪我しない程度――いや、君たちは血を見たいって言ってたから軽く怪我してもらう」
「この野郎、減らず口叩きやがって」
 アクーナの言葉が終わらない内にディモスの棍棒がマリス目がけて唸りを上げて襲いかかった。
 後方に飛び退いたマリスにジョビントが銃を乱射し、見物の人間は皆、地面に伏せた。

「やれやれ、いかれてる」
 膝に付いた埃を払いながらマリスが言った。
「こちとら、ガキの頃から人の血を栄養にして大きくなってんだ。三人合わせりゃ百人以上は殺ってるぜ」
「何だ、その程度?」
「んだと?」
「何でもない――じゃあ、こっちもいくよ。始宙摩流、爆陣」

 
 マリスは腰を低く落とし、拳を地面に叩きつけた。
 アクーナたちは一瞬身構えたが特に何も起こらなかった。
「この野郎、こけおどしじゃねえか」
「さて、どうだか」
 マリスは目にも止まらぬ動きで一番後方にいたジョビントに向かった。
 ジョビントは驚愕の表情を浮かべたが、マリスはそのおでこを軽く指先で触れただけだった。

「な、何だ――」
 マリスが触れた近くの空間が爆発し、ジョビントは顔を押さえてのた打ち回った。
「てめえ」
 ディモスが棍棒を振りかざそうとしたが、マリスは懐に飛び込み、すれ違いざまに腹に軽く触れた。
 ディモスの腹のあたりで爆発が起こり、ディモスは鉱山の壁まで吹き飛ばされた。
「この野郎」
 アクーナがのた打ち回るジョビントを押しのけるように前に出て、マリスと向かい合った。
 マリスはにこりと笑うと、アクーナの鼻先で指をぱちんと鳴らした。
 小さな爆発が起こり、アクーナは顔を押さえて蹲ったが、すぐに起き上がった。
「て、てめえ」
「ほら、鼻血が出てる。血を見たからもう満足だろう」
 アクーナは鼻血を出したままでマリスに斬りかかろうとした。

 
「アクーナ、そこまでだ。お前の敵う相手ではない」
 スピンドルが声を上げ、アクーナの動きが止まった。
「ちっきしょう。覚えてやがれ」
 アクーナはへたり込むジョビントを蹴り上げ、壁に激突して伸びているディモスの頬をはたいてから、聞くに堪えない呪いの言葉を吐きつつ鉱山を出ていった。

 

マリスとニコ

「仕方のない奴らだ」
 出ていくアクーナたちを見送りながらスピンドルが呟いた。
「ちょっとスピンドル」
 ヘキが言った。
「あんたが雇ったんでしょ。あんな奴ら、トラブルの元にしかならないわよ」
「確かに私は間違っているかもしれない。ですがこのままやり切るしかないのです。それに――」
 スピンドルは冷静さを取り戻し、にやりと笑った。
「ニコ、ミーダ、それにマリス。石を持つ者はやがて再び会いまみえましょう。特にマリス、あなたは強敵だ。いつか雌雄を決しないといけません」
 スピンドルは背中を向けて鉱山を出ていった。ミーダたちもいつの間にか姿を消したようだった。
「さて、あたしたちも戻ろうか。ニコ、火も収まったみたいだし、鉱山の後片付けは明日、皆でやろう」
「そうですね。疲れました」

 
 ヘキたちが町の酒場に戻るとスピンドルたちの姿はすでになかった。
 マスターがニコに近付いて言った。
「あいつら、帰ったよ。あっ、リーダーらしき人間がこれをニコにってさ」
 マスターが渡したのは十数ケタの番号が書かれた紙だった。
 ニコがヴィジョンで紙を写し取ると、空間には金額の書き込まれていないルーヴァ建の小切手が映った。
「騒がせた賠償金のつもりか――えっ、ニコ。振出人を見てみろよ」
 振出人はトリリオン総裁、ズベンダ・ジィゴビッチとなっていた。
「チームRPってのは《虚栄の星》を挙げてのイベントなのね」
 ヘキが言い、ニコは頷いた。
「ねえ、知ってた。あいつら、グリード・リーグは連邦を快く思ってないって。まあ、どうでもいいか」

 
 ヘキたちは酒場の奥のテーブルに座った。
 マリスがアイシャを紹介し、ヘキはこの星に滞在している理由などを話した。
「ふーん、石は引き合うんだね。それでニコも狙われたんだ」
 ヘキが言い、マリスが言葉を引き取った。
「僕はすごく友好的に石を二つ手に入れましたけど、あんな危険な事もあるんですね」
「えっ、二つ。マリスの強さを見たら頷けるな」
 ニコがしみじみと言った。
「別に脅し取ったんじゃありませんよ」

「でも」とヘキが言った。「確かに危険よね。あたしもいつまでも付き添ってらんないし――ニコ、どうする?」
「私もそれを考えていました。マリスに石を預ければ安全な身になれる」
「……ニコ、もう手遅れじゃない。石探しの最大の勢力に身元が割れているし」
 アイシャが冷静に指摘をし、ニコは唇を噛んだ。
「仕方ない。もう少しあんたに付き合ってやるか」
「えっ、ヘキ。それはいけない」
 ニコが血相を変えて言った。
「この間、言ってたじゃないか。《花の星》に戻らないと勘当されるって」
「そんなのどうでもいいのよ――そうだ、マリス。あたしの代わりにノヴァリアに行ってくれない。あんた、あたしたちの兄妹なんだし」
「えっ、僕が?」
「よろしくね。アイシャ、マリスをよろしく頼むわね」
 ヘキの有無を言わせぬ口調にマリスは肩をすくめた。

 
「ところで次はどこへ行くの。急がないとあいつらにどんどん石を回収されちゃうよ」
「うん、石に聞いてみるよ」
 マリスは意識を集中して懐に手を当てた。
「ああ、ここには石が三つもあるから声がよく聞こえる――《囁きの星》だって」
「何だ、ロクのいる星。だったらあたしたちも――あ、ニコはブリジットの看護があるから無理か」
「大丈夫ですよ、ヘキ。私は自分の身は自分で守ります」
「何言ってんのよ。空も飛べない人間が身を守れる訳ないじゃない」
 ニコが頭を掻いているとマリスが心配そうに尋ねた。
「ノヴァリアにはいつ行こうか?」
「後回しでいいわ。《囁きの星》って事はそんなに遠くない場所に《智の星団》があるわ。確かあの《虚栄の星》のチームのリーダーはデズモンドがライバルみたいな事を以前言ってたから、《智の星団》を目指しているんじゃないかしら。それがとても心配」
「どうして?」
「あそこにはあたしたちが触れてはいけない秘密があるらしいのよ」

 

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 Story 3 連邦参戦

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