8.5. Story 1 引き合う石

2 ツクヨミ

 

三人の絆

 ナカツ率いる『プレディクト』の三隻は《海の星》に着いた。
「おい、聞きしに勝る海だらけの星だ。こんな所に石があるのか?」
 ムナカタが感想を漏らした。
「スピンドルは嘘をつく人間ではなさそうだからな――ツクヨミ、どうだった?」
 ナカツはツクヨミに声をかけた。
「ナカツの言う通り。あの人は真実を語った。この星で石は見つかる」
 ツクヨミの言葉にナカツは頷いた。

 
 ナカツがズベンダの屋敷に引き取られた時に、すでにムナカタはいた。
 まるで子供たちのボスのようにふるまうムナカタは新参者にこう告げた。
「お前、有名な将軍の息子らしいが、ここじゃあおれがリーダーだ。おれの命令を聞いてもらうぞ」
「君がリーダーにふさわしい人間ならば従うよ」
「だったらそれをわからせてやるよ」
 ムナカタがいきなり飛びかかり、ナカツが受け止めた。

 二人は屋敷の中庭で組み合い、転げ回った。
 やがて一回り体格のいいムナカタをナカツが組み伏せた。
「……おれの負けだ。お前がここのボスだ」
「残念だね。力でどうこうするのは好きじゃないんだ」
「けっ、恰好つけやがって」
 ナカツはムナカタに手を貸し、起こしてあげた。ムナカタはバツが悪そうに他の人間に向かって言った。
「こいつはおれの兄弟だ。仲良くするんだぞ」

 
 それからしばらくしてツクヨミが屋敷に引き取られた。
 ほとんど何もしゃべらず、いつも一人でいるツクヨミを見て、ムナカタが言った。
「なあ、ナカツ。ツクヨミだがどう思う?」
「どう思うって――ははーん、さてはお前、彼女を好きなんだろ?」
「バカ野郎、そんなんじゃないぞ」
「ははは、冗談だよ。確かに彼女は放っとけない」
「んだよ。大人みたいな言い方しやがって」
「そうだ。二人でツクヨミを妹のように大切に守ろうじゃないか」
「おれが言いたかったのは最初からそれだよ。横取りしやがって」
「あはは、ごめん、ごめん」

 
 ナカツ、ムナカタ、ツクヨミは実の兄妹のようにしてズベンダの屋敷で暮らした。
 ナカツたちがツクヨミと一緒にいるようになってしばらくの事だった。
 屋敷の主人、ズベンダが大切にしていたペットの大トカゲがいなくなり、大騒ぎとなった。
 ナカツたちも捜索に加わったが、トカゲの行方は杳として知れなかった。

「どこに行ったかな」
 ナカツが言うとムナカタは鼻を鳴らして答えた。
「今頃は砂漠で昼寝を決め込んでるよ」
 二人の会話を黙って聞いていたツクヨミがぼそりと言った。
「あの子なら五軒隣の屋敷のブドウ畑にいるわ」
 半信半疑でツクヨミの言葉に従ったナカツたちは果たして畑の地中で居眠りしていたトカゲを発見した。
 それ以来、ツクヨミは度々、失せ物の場所を言い当てた。

 ある日、ナカツは思い切って尋ねた。
「ツクヨミ、君のその力は?」
「自分でもわからないの。でも集中するとイメージが頭の中に浮かんでくるのよ」
「そりゃすごい。その力を生かせば世界はもっといいものになる」
「ナカツ、ごめん。あたし、そういうの興味ない。あんたやムナカタと一緒にいる時じゃないと力を出せないし。もちろん、あんたが無理にでもやれって言うなら別だけど」
「ぼくらが無理強いする訳ないじゃないか――よし、わかった。君のその力は三人だけの秘密にしておこう」
「そうしてくれるとありがたいわ。もちろん、あんたたちのためなら喜んで力を発揮するから」

 
 ツクヨミの力は誰にも知られる事なく、月日が過ぎた。
 成人した三人が屋敷を巣立つ日が近付く中、ツクヨミがナカツたちに尋ねた。
「ねえ、あんたたち、屋敷を出たらどうするの?」
「うーん」とムナカタが口を開いた。「決まってない。ここはリーダーに従うとするか。ナカツはどうなんだ?」
「ぼくも何をするか決めてないよ。ズベンダさんの会社に雇ってもらうのも刺激がないし、かといって連邦軍に入るのもね」
「だったらこうしない?」
 珍しくツクヨミの声のトーンが上がっていた。
「あたしの力を使って、探偵事務所をやるってのはどう?」

 
 ヴァニティポリスのモデスティの丘のゴシック地区の一角に「失せ物専門:ナカツ探偵社」の看板を掲げ、営業を始めた。
 ツクヨミの能力をフル活用し、手荒な仕事はナカツとムナカタが担当する事で、事務所はそこそこ流行った。

 ある日、事務所でムナカタがナカツに話しかけた。
「なあ、ナカツ。こんなんでいいのかな?」
「ん、どういう意味だ?」
「おれたちはこんな事するために生まれてきたのかって意味だよ」
「今は平和な世の中だ。一発で名を挙げられる戦いなんてないさ」
「じゃあこのまんまかよ」
「今は待つんだ。力を蓄えて、その日に備える」
「えっ、お前、今は平和だって言ったじゃねえか」
「上辺だけだよ、この平和は。連邦秩序だって完全じゃないから、まだまだ世界は乱れる」

 果たしてナカツの言葉通り、石を巡る冒険の話が沸き起こり、ナカツたちはレネのチームに応募し、採用された。

 
 ナカツはヴィジョンに浮かぶツクヨミの顔に話しかけた。
「で、どこに行けばいいんだい。どこを見回しても海ばかりだよ」
「待ってればいいわ。向こうからやってくる」

 

水に棲む者の誇り

 ビリンディはシップを《海の星》に向かって走らせた。
 父ブッソンは聞く耳を持たなかったが、珊瑚叔母さんであれば少しは理解してくれるかもしれなかった。

 ビリンディは何もかもが父とは異なっていた。
 父のような巨大な魚ではなく、『持たざる者』と変わらぬ外見をしていたし、父の能力であった空間移動は引き継いでいなかった。
 偉大過ぎる父、それが幼かった頃からビリンディのコンプレックスだった。
 大きな父の影に隠れるようにしてひっそりと成長した。
 デルギウスが訪ねてきた時も、デズモンド・ピアナが来た時もそうだった。
 父は、まだ子供だからと言って表舞台には立たせようとしなかった。
 何千年という時が過ぎているのにも関わらず、自分を一人前として扱わなかった。
 空間移動のような素晴らしい力があれば――そんな力があれば銀河に覇権を唱える事も可能なはずで、そうすれば父の自分を見る目はがらっと変わるはずだった。
 しかしどうあがいても自由に空間を移動するのは無理だった。
 ビリンディは焦った。

 では『水に棲む者』のもう一つの宝、『凍土の怒り』はどうか?
 それなら可能性がありそうだった。
 ところがそのように大切な物が、持たざる者の公孫水牙の得物となっていた。
 その点について珊瑚に問い質さねばならない。そして剣の正統な所有者として名乗り出るのだ。
 いや、そんな事をしなくても石を集めてしまえばいい――
 ビリンディはいらいらしながらシップを走らせた。

 
 ビリンディの目の前に水を湛えた星が見えた。
 やはり自分は水に棲む者だ、水のある景色を見ると安心する――そう思ってシップを大気圏内に突入させると、見慣れないシップが空中に停泊しているのが見えた。
「連邦のシップではなさそうだ……一体誰だ?」
 ビリンディは注意深く、シップを接近させたが、背後にもう一隻の新たなシップが接近しているのには気付かなかった。

 

名誉をかけて

 公孫風と附馬青嵐は険しい顔付きでシップに乗船していた。
「しかし」と青嵐が口を開いた。「長老殿は何も言わなかったな」
「勘付いてるさ。それでも何も言わないという事はそれが銀河の天命なのだ」
「連邦に対する背信行為だぞ」
「いや、水牙の叔父貴は石を発見したら供出しろという連邦からの非公式のお達しを笑い飛ばしたという話だ。今回の件に関してはこちらが正しいのかもしれない」
「確かに最近の連邦はいけすかない奴らがのさばっているとうちの叔父たちも言ってたな」
「そういう事だ。我らが動く分には影響も少ない、長老たちはそう思っているに違いない」
「ふん、軽く見られたもんだ」
「こうなれば見事石を集めて、バカにする者どもを見返してやろうじゃないか」

「で、ここでいいのか?」
「うむ。石がそう告げた」
「本当か?」
「ああ、直接、意識に語りかけてきた。《海の星》に向かえとな」

 
 風たちのシップが星の大気圏に突入するとそこには先客がいるようだった。
「何だ、あのシップは?」
「さあ、連邦のではないようだ。クジラのようなイッカクジュウのような見慣れない紋章を付けている」
「海賊か。だとしたらいい度胸だな」
「誰何してみるか」

 風はシップを慎重に進め、空間にヴィジョンを投影した。
「そこのシップ、何者だ。こちらは銀河連邦だ」
 しばらくして答えが返ってきた。ヴィジョンではなく、音声アナウンスだった。
「確かに連邦シップのようだが、その横に付いている紋章は……」
「いかにも公孫家の『五元印』だ」
「ふっ、探す手間が省けた。薄汚い盗人め」
「何を根拠に――そもそも貴様、何者だ?」
「水に棲む者の正当後継者たるビリンディだ。貴様らが奪った『凍土の怒り』を返せ」
「……叔父貴の剣を言ってるのか。それは無理だな。お前らでは使いこなせないから公孫水牙が得物としているのだ」
「うるさい。黙って返せばいいんだ」
「どうやら言葉が通じないようだな――

 
 低空に待機していたナカツたちも上空の騒ぎに気が付いた。
「おい、こちらの様子を窺っていたシップの所に更にもう一隻来て、そっちで揉めてるぜ」
 ムナカタが言い、ナカツも答えた。
「そのようだな。こちらが目当てかと思っていたが雲行きが怪しい――行ってみるか」
 三隻のシップは静かに上昇した。

「何の騒ぎだ?」
 空間にナカツの顔が浮かび上がり、風とビリンディは対峙を解いた。
「お前には関係ない」
 シップからビリンディの声が響いた。
「そうもいかない。ここに来たのには理由があるはずだ。君たちも石を持っているんだろう。違うか?」

 
 ナカツの問いかけに対して風も空間に己の姿を映した。
「例のレネ・ピアソンとやらのチームだな」
「いかにも。私はナカツ。後のシップにいるのはムナカタとツクヨミだ」
「これは思ったよりも早く本懐を遂げられそうだ。自分は公孫風。お前の父に受けた屈辱、今こそ返そう」
「君たちが争っていたのだとばかり思っていたが、結局は私が狙いだったか」

 
「おい、ちょっと待て」
 ビリンディの声が響いた。
「あんたの言う通りだ。こちらはこいつから『凍土の怒り』を奪い返さねばならんのだ」
「ははは」
 空間に映った風が高笑いをした。
「これはいい。三つ巴、いや、あんたはここにいる水に棲む者には何の恨みもないだろうから巴か」

「いや」
 ナカツも笑い返した。
「私も君たちから石を奪い取らねばならないんで、やはり三つ巴さ」
「どうでもいい」
 ビリンディの声が響いた。
「こうなれば誰であろうと相手してやる」

 

巴戦

 ムナカタとツクヨミのシップは待機をし、上空では三者のシップが睨み合った。
 互いに相手の出方を伺っていると、突如、海上に巨大な渦が巻き起こった。

「何じゃ。他所様の星で騒ぎを起こしおって」
 渦を割り、海上に姿を現したのは、頭に紅色の髪飾りを付けた若い女性だった。
「叔母さん」
 ビリンディが叫ぶと女性が答えた。
「ん、叔父上の所のビリンディではないか。何をしておる?」
「ちょうど良かった。公孫の者もいるし、はっきりさせよう。『凍土の怒り』の正統な所有者が誰かという事を」
「……何を言い出すかと思えば。お主ら、そこで睨み合っていても仕方ない。降りてくるがよい」

 女性はそう言うと、両手を高く上げ、何事かを叫んだ。
 すると大地がせり上がり、陸地が姿を現した。
 三隻のシップ、それにムナカタとツクヨミのシップも陸地にシップを停め、全員が陸地に降り立った。
 女性は陸地の真ん中に立ち、全員を呼び付けた。

 
「わらわは珊瑚じゃ。お主らも名乗るがよい」
 初めにビリンディが声を上げた。
「水に棲む者、ブッソンの子、ビリンディだ」
 ブッソンの名を聞いて驚いた表情を浮かべた風が名乗りを上げた。
「公孫風。そして附馬青嵐」
 最後にナカツが言った。
「チームRPのナカツ、ムナカタ、ツクヨミ」

「ふむ」
 珊瑚は全員の顔を見回して言った。
「なかなか面白い面々じゃな――ところでビリンディ、さっき言っていた事じゃが?」
「そうです。叔母さん。ここに公孫の者がいるのではっきりさせておきたい。何故、『凍土の怒り』は我々ではなく公孫が持っているのか。当然返還を求めるべきではありませんか?」
「お前はまだまだ子供じゃな。我らに使いこなせぬ物ゆえ、唯一の使い手、水牙が持つのは当然じゃ。そんな事もわからんか」
「しかし」
「お前に使いこなせる可能性は万分の一もないわ――で、公孫風とやら。お主は何故、ここでもめておった?」
「は、はい。自分の父、厳炎はかつてそこにいるナカツの父、スクナに敗れ去りました。ここでナカツを討てば父の汚名をすすぐ又とない機会と思った次第です」
「ふぅ、それもまた下らんな。そんな事をしても誰も喜ばん――ナカツとやら。お主はどうじゃ。この二人に何か遺恨でもあるのか?」
「いえ、私は彼らには何も恨みを抱いておりません。ただ石を持っているようでしたので、それを頂戴しようと考えた次第です」
「石?……近頃、巷を騒がせておる創造主の石か。そう言えばそれを専門に行う集団がいるとか」
「はい。私はそのレネ・ピアソンの組織したチームの一員です」
「まったく。創造主も相変わらず余計なちょっかいを出してくる。ナインライブズが終わって、もう何も起こらんと思っておったが」
「お騒がせした事はお詫びします」

「仕方のない若者たちじゃ。ここはわらわに任せてくれぬかの。このままいけばお主たちは殺し合うのは必定。わらわは若者たちが無駄に散っていくのを見とうない」
「でも叔母さん――」
「最後まで聞け。お主たちはそれぞれ石を持っておる。それを最後まで生かし、共闘するのじゃ。今日の所はビリンディも風もナカツも自分の石を持ったまま、退く。さすればお主らはこの石集めのキーマンのままでいられる」
「しかしそれでは?」
「やがて多くの石を集める者が現れるはずじゃ。その者に未来を託すなり、戦いを挑むなり、好きにすればよい。お主たちが今ここで潰し合ってもその者を利するだけじゃ」
「……わかった。今日は帰ろう」
 ビリンディが納得した表情で言い、風も頷いたが、ナカツだけは黙っていた。
「ん、ナカツ。不満か」
 珊瑚が尋ねるとナカツが答えた。
「いえ、私自身は石を持っていないのです。石を持つ者にここに向かえと言われただけでして」
「ふむ。そういう事か。だったらこれを持っていくがよい」

 
 珊瑚は懐から銀色に輝く石を取り出し、ナカツに向かって放った。
「これは?」
「創造主ギーギの力、『魚鱗の石』じゃ。わらわが持っていても仕方ない。お主のような前途有望な若者が持つのが良かろう――ビリンディ、風、異存はないな?」
「……はい」
「ナカツ。わかっておろうが、その石はお主のチームのリーダーに預けてはいかんぞ。お主自身の意志で行動するために必要な石じゃ。いわば未来の銀河を構築する一員としての権利を得た訳じゃな」
「わかりました――ビリンディ、風。私のチームは《智の星団》を目指している。そこに着くまでに珊瑚殿の言われるような多くの石を集める者に出会うか、私自身がそうなるかはわからないが、真っ先に君たちに知らせよう」
「そうしてくれ。銀河のキーマンと言われて悪い気はしない」
 ようやくビリンディが笑顔を見せた。
「ああ、だがその多くの石を集める者は吟味させてもらうぞ。信頼するに足る人物であれば喜んで協力するが、そうでない場合は力ずくで阻止する」
 風も笑顔で言った。
「ほっほほほ。よくできた若者たちじゃ。これでわらわも枕を高くして眠れるというものじゃ」

 

 『血涙の石』、『純潔の石』:マリス所有
 『戦乱の石』、『火焔の石』:レネ・ピアソン所有
 『魚鱗の石』:ナカツ所有
 『虚栄の石』:公孫風所有
 『変節の石』:ビリンディ所有
 『全能の石』:ゾモック所有
 『竜脈の石』:ニコ所有
 『深海の石』:くれない所有

 

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 Story 2 ジェノサイド

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