8.4. Story 2 もう一人の子

5 遺産

 マリスとアイシャはヴィゴーの言葉に従って《起源の星》に向かった。
 連邦加盟を契機に、ヤスミの街の近くにはポートが完成していた。
 ヤスミの街自体も起源武王がいた頃の華やかな状態に戻ろうとしていた。

 
「ああ、この町は――」
 ヤスミに入るなり、マリスが感嘆の声を上げた。
「本で読んだ江戸みたいだ。遠く離れた星なのにこんな偶然もあるんだな」
「マリス。何、一人でぶつぶつ言ってるの?」
「ああ、ごめん、ごめん――アイシャ、あの茶屋で休憩しないか?」

 茶屋の軒先の縁台に二人で腰かけながら、予想していた通りの渋いお茶を啜った。
「アイシャ、そろそろ話をしてくれてもいいんじゃないかな。僕と一緒に行動する本当の理由を」
「そうね。真実を知ったからといって、あたしを見捨てるような人でもなさそうだし――」
「当たり前じゃないか。そんな風に見えるかい?」
「うふふ、冗談よ。でもあたしにも全てわかっている訳ではないの」
「あ、ああ」

 

【アイシャの回想:狂騒のムシカ】

 あたしたち、子供の頃に《祈りの星》で会ったでしょ。あたしは父、バスキアに連れられてムシカに行ったの。
 あの時、父は見た事のない真剣な表情であたしに言った。
「アイシャ。これから父さんと旅に出るぞ」
「えっ、本当?」
 あたしはそう言ってから母、ベアトリーチェの顔をそっと盗み見た。
「母さん、いいでしょ?」
「うーん、でもあなた」
 母は父に言った。
「戻ったばかりじゃない。今度はどこに行くの?」
「――《祈りの星》さ」
「えっ、バルジ教の聖地に。あなた、教徒じゃないじゃない?」
「銀河の命運が決するんだ」
「あの文月の子たちね。でもアイシャは関係ないでしょ?」
「アイシャもまた運命の子らしい……」
「この間の里帰りで何かあったのね?」

 あたしは両親の話す内容が全く理解できなかった。とにかく初めて他所の星に行く、初めてのシップでの長旅の機会に興奮していた。
「ねえ、母さん、いいでしょ?」
「仕方ないわ。父さんに迷惑かけちゃだめよ。初めての長旅だし――あなた、この子の耐性は問題ないかしら?」
「普段から訓練しているから問題ない。問題あるようなら、それはこの銀河の問題になる」
「まあ、そんな大げさな」
「とにかく急いで出発する。アイシャ、母さんに準備を手伝ってもらいなさい」

 こうして父とあたしは機上の人となった。
 父の信じられない推力でそれこそあっという間にエリオ・レアルから到着したムシカの町は騒然としていたわ。
 これから起こるであろうリン文月の子たちの奇蹟に浮足立って――あなたもあの場にいたんだもの。余計な説明だったわね。
 父はデズモンド・ピアナに手を引かれて登場したあなたを見てこう言ったの。
「アイシャ、あれは父さんの古い友人のデズモンド・ピアナ。そして隣の少年がマリスだ。よく覚えておきなさい――

 

 ――ちょっと待って、アイシャ。君の父さんはどうして僕の名を。それ以前に会った事はないはずだよ」
「話を続けさせて。それであたしはあなたに声をかけて、ヌエや雷獣たちと遊んだ。覚えてる?」
「ああ、空にカウントダウンの数字が出て、皆が騒ぎ出して、これは只事じゃないぞって思った。それで、どうしたっけ?」
「あなたが《青の星》に行く事を提案した。銀河の運命を決める選択を一人の少年がするなんて、凄い話ね」
「茶化さないでくれよ。熱にうかされたみたいになってたんだ。何を言ったかも覚えてない」
「でもその選択が銀河を救ったでしょ」
「――いや、そうじゃないみたいなんだ」
「えっ、どういう事?」
「ごめん。まだ公にしちゃいけないって言われてる」
「そうなの。じゃあその時が来れば聞けるのね。こっちも同じ。その時が来るまで話せない部分もあるの」

「こんな場所で話す内容じゃないね」
 マリスはヤスミの大路を忙しそうに行き交う人々の姿を眺めながら苦笑した。
「まだ話の続きはある?」
「ええ」

 

 リンの子供たちがシップで行った後、他の主だった人たちも去り、そこに残ったのはリチャード・センテニアとデズモンドと父さん、雷獣、それに幼かった私たちだけだった。
 デズモンドと父さんは昔話だけとは思えないくらい、真剣な表情で話し合っていた。途中まで話の輪に加わっていたリチャードがあたしたちのところに来て、色々と話をしてくれたの。覚えてる?

 ようやく長い話が終わって、父さんとあたしは《魔王の星》、デズモンドとあなたは《青の星》、それぞれに別れていった。
 帰りのシップの中で父さんはあたしに言ったの。
「もしも銀河が無事であれば、今日会ったマリスという少年を絶対に忘れるなよ」
 あたしは思わず訊き返していた。
「どうして?」
「――父さんが《狩人の星》に里帰りしたのは知ってるな。そこでミネルバに会った」
「えっ、ミネルバおばさんに?」
「ああ、その時に言われた。アイシャは外に出ていく人間、そしてマリスと行動を共にするのだと。だから今のうちに彼の顔を見ておいてほしかった」
「デズモンドおじさんも?」
「きっと同じ事を感じたのだろう。マリスにナインライブズを見せるべきだと」
「どういう意味?」
「青年になればマリスは旅に出る。その時にはお前もエリオ・レアルを離れるのだ――マリスの足を引っ張らないように修業は厳しくするぞ」
「うん、修業は大好きだけど……やっぱり、意味がわかんない」
「その時が来ればわかる――

 

 ――という話」
「うーん、何だかすっきりしないな。でも、あのナインライブズの時にそんな話をしていたのなら、冗談じゃないんだろう」
「当たり前じゃない。こんな手の込んだ冗談はないわ」
「そうだね。君の父さんやデズモンドの真意、それを知るには一緒にいた方がいいね」
「堅物ね」
「仕方ないさ。僕は一歩間違えば処刑されてもおかしくない重罪人だ。本当はこんな風にしていてはいけない人間なんだ」
「……そろそろ行かない?と言ってもどこに行けばいいのかわからないけど」
「この星は正式に連邦加盟している訳じゃない。出張所にでも行って、誰を訪ねるべきかを聞こう」

 
 ヤスミの町はずれの連邦出張所で然るべき人物について尋ねると、町のほぼ中央、城のすぐ傍にある屋敷に住むモーヴァラズという人物だと教えられた。
 マリスたちはモーヴァラズの屋敷の前にいる門番に声をかけた。
「ここはモーヴァラズさんの屋敷ですか?」
「御用の向きは?拝見する限りは他所の星の方のようだが」
「僕は……デズモンド・ピアナの関係者で《青の星》から来ました」
「なっ――しばし待たれい」
 門番が中に走っていくのを見てアイシャが言った。
「うまい事言うわね」
「うん、文月かデズモンド、この二つがあればほぼどこでも通してもらえるからね。使い分けに失敗しなければ問題ないさ」
「確かに嘘はついてないし。それだけの銀河の超有名人たちと知り合いって凄い事よ」
「――本来なら君の父さんも彼らに並ぶ英雄になってもおかしくないのに」
「何、急に言い出すの?」
「いや、話を聞いていてそう思っただけだよ」

 
 門番が顔を出し、マリスたちを手招きした。
 マリスたちは屋敷の門をくぐり、主人のいる部屋へと向かった。
 体格の良い、中年の男が出迎えてくれた。
「デズモンド殿の関係者だと伺いましたが――」
 男は落ち着いた声で話しかけた。
「はい。僕の名は文月マリス――」
「何と。しかも文月家の関係者でもあるのですか。これは驚きました」
「隣にいるアイシャもその父さんがデズモンドと関係が深いんです」
「ふむ、あなた方が来られたのはきっと何かの力によるものでしょう。このヤスミの町は《享楽の星》の脅威が去り、連邦の支援の下、復興に励んでおります。それも元をただせば、デズモンド殿が地中深く眠るヤスミの町を発見して下さったからこそ。あの方はこの町の恩人です」
「そうでしたか。今も元気ですよ」

「それは何よりです。ところでここに来られた目的は?ただの観光でもありますまい」
「先ほどモーヴァラズさんが言われた通り、不思議な力を持つ者の啓示といいますか」
「ふーむ――どうです。今から城の天守に登りませんか。他所の星の方ではあなた方が初めてですよ」

 
 モーヴァラズの案内でヤスミ城の天守に登った。
「どうです。ここから町全体が見渡せます。かつて起源武王はここから領民の暮らしぶりを観察したのでしょうな」
 モーヴァラズは上機嫌で説明をし、やがて東の方角に視線を遣った。
「あのクレーターのような場所が見えますか。あの地下にはかつて『封印の山』と呼ばれる山が――」
「A9Lが眠っていた場所ですね」
「正確にはA9Lの頭脳、ナヒィーンです。ケイジ殿もあそこから飛び立たれました。その時に地下の山は崩れ、あのような地形だけが地表に残ったのです」
「ケイジが……」
「マリス殿はケイジ殿もご存知でしたか?」
「いえ、直接には。ですが兄妹たちにとっては師匠のような存在だったそうです」
「……あなた方がここに来られたのは、ケイジ殿があそこで呼んでいるからかもしれませんね。どうです。行ってみては?」
「ありがとうございます。モーヴァラズさん。そうします」

 
 かつて山があった場所は、今では結界も張られていないただのこんもりとした丘で、当時の唯一の名残は丘の頂上の土が抉り取られ、クレーターのようになっていた。
「――ここでケイジが最期の時を待ったのか。一体、どんな気持ちだったんだろう」
 マリスが言うとアイシャも続けた。
「そうね。気の遠くなるほど生きて、でもそれはナインライブズを迎え撃つためだけだった。何て人生かしら」
「時代に自ら引導を渡したんだ」
「だったとしたら、その後に来たこの時代は一体何?」
「僕にはわからないよ」
「――マリス、罪の意識を感じて慎ましく生きるのもいいけど、いい加減自分の使命に気付きなさいよ。チオニのラダもヴィゴーも皆、あなたに期待してる。もちろんあたしもよ」
「うーん、やっぱり実感が湧かないよ――あ、あれは何だろう?」

 人気のない丘の上のクレーターの一角にきらりと光る物が見えた。アイシャが近寄ってそれを手に戻った。
「ほら、ごらんなさいよ」
 真っ白な石だった。アイシャは笑顔で石をマリスに渡して言った。
「創造主バノコの『純潔の石』だって」
「――僕にも聞こえたよ。あれはきっとケイジの声だ」
「ケイジもあなたに期待してるのよ」
「そうかもしれない。次に行くべき場所も教えてくれた。《鉱山の星》だ」

 

 『血涙の石』、『純潔の石』:マリス所有
 『戦乱の石』:レネ・ピアソン所有
 『虚栄の石』:公孫風所有
 『変節の石』:ビリンディ所有
 『全能の石』:ゾモック所有
 『竜脈の石』:ニコ所有
 『深海の石』:くれない所有

 

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 Chapter 5 巴

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