8.4. Story 2 もう一人の子

4 放浪

 ヘキはこちらの世界に戻ってからというもの、一か所に定住する事なく、気ままな旅を続けた。
 話相手といえば、各地を放浪してから必ず立ち寄る《不毛の星》の邪蛇だけだった。

 今もヘキは地下洞窟で邪蛇と向き合っていた。
(今回はどこに行っていた?)
「《狩人の星》よ。ハクの様子を見がてら、遺跡にも行った」
(遺跡か……何も残っていなかったろう?)
「ええ、きれいさっぱり。ここにも、《狩人の星》にも、どこにも何もなかったわ。それだけじゃなく、そこに遺跡があった事すら皆、忘れようとしている」
(そういうものだ……お前が忘れなければそれでいい。お前もそろそろ前を見て歩き出す時ではないか)

「そうよね。あたしと同じでもたもたしてると思ったハクがあんな風になっていたのが、今回の旅の最大の驚きだったわ」
(ほぉ、敵の女を愛してしまった男か)
「そう。その女性をとうとう探し出して一緒に暮らしてた。二人の間にはパブロっていう男の子までいたの」
(……束の間の休息にしか過ぎん。だがそれを追い求めるのは間違いではない)
「どうしてそんな言い方するの。素直じゃないわね」

(気にするな。で、次はどこに行く?)
「ロクの所か茶々の所かしらね」
(そちらに行くなら《鉱山の星》を回ってくれないか)
「ああ、ステファニーが最近赴任したのよね。『アルバラード財団記念病院』があるんだっけ?」
(うむ、元気でやっているとは思うが、軍務と民政の両方を担うのだから苦労していると思う)
「わかったわ。邪蛇にはお世話になってるし」

 
 ヘキのシップは《エテルの都》を越えて、《鉱山の星》に着いた。
 砂嵐を避けるように造られた銀色のドーム型のポートにはステファニーが迎えに来ていた。
「ヘキ、久しぶり」
「ステファニー、元気そうじゃない」
「おかげさまで」
「すごいじゃない。軍務と民政の最高責任者になるなんて」
「連邦に正式加盟している訳じゃないから」
「それでもすごいよ」
「軍務はエンロップに任せっきり。あたしはもっぱら病院の方にいるわ」
「ジェニーの肝入りだもんね」
「病院に案内するわ」

 
 十階建てのホテルのような豪華な建物の病院が見えた。
 入口から動く歩道に乗って緩やかなスロープを上がり、建物の中に入った。
 総合受付の前でステファニーの説明を聞くヘキの横を一人の青年が通り過ぎ、ステファニーが声をかけた。
「あら、ニコ」
「ああ、ステファニー。こんにちは。お客さんと一緒だから声をかけてはいけないと思って」
「いいのよ。この人はあたしのお姉さんみたいなものだから。ヘキ文月。名前くらいは聞いた事あるでしょ?」

「文月。創造主の十八個の石を集めた方ですね?」
 ニコの一言にヘキは自然に笑顔で答えた。
「珍しいね。そんな形であたしを表現する人は」
「あ、すいません。職業柄で」
「ニコは鉱山技師なの」とステファニーが言葉を引き取った。「ブリジットの具合はどう?」
「……相変わらずです」
「ごめんなさいね。力になれなくて」
「いえ、ステファニーの責任じゃないですよ。最新の医学でもどうにもできないようです」

「ちょっとごめん」
 今度はヘキが会話に割って入った。
「知り合いの具合が悪いの?」
「ええ、恋人です。この星に移住してしばらくして倒れました。最初は鉱山の毒にやられたのかと思っていましたが、そうでもないようで目を覚ましません」
「むらさきかもえがいれば、力になれるかもしれないけどね」
 ヘキが何気なく言った一言にニコは険しい表情になった。

「それは創造主の力ですか?」
「そんなんじゃないよ。二人ともあたしの父、リンの力を引き継いだだけ。癒しの力って呼ばれてる」
「ヘキさん。最近巷を騒がせている石の話をご存知ですか。もしそれが本当なら十八個の石を集めれば創造主の加護によってブリジットも治ると思いませんか?」
「ちょっと。唐突に言われてもあたしにはわからないよ。創造主なんてのは気まぐれだし、何か裏がある――それにその石の話は今までの創造主の話。新しい創造主は関与してないはずだよ」
「えっ、今何と?」
「これは失言。今のは忘れて。いい加減な事言っちゃだめだね」
「私は真剣です」
「そうだね。真剣な人にはちゃんと答えなくちゃいけないね。でもここでは何だから」
「だったら外に出ましょうよ」

 
 ステファニーの言葉に従って三人は町はずれの酒場に移動した。
「ここは町で一番の店よ。ママもよく来てたんだって」
 三人が店に入ると、店のマスターが驚いたような声を上げた。
「こりゃ、珍しい組み合わせだな。ステファニーとニコは知り合いだったんか?」
「まあね」
 三人は奥の席に陣取り、ヘキが口を開いた。
「あのね、これはあまり他人には言わないでほしいの。あたしも人間に話すのは初めてだし。あくまでもニコの真剣な態度に打たれて話すんだからね」
 ニコもステファニーも黙って頷き、ヘキは話し始めた。

 

【ヘキの回想:銀河の危機】

 あの時、ナインライブズ発現後に現れたカタストロフ、あれは創造主の十八石が起こしたんじゃなくて、創造主の一人アーナトスリが独断で仕組んだ事だったの。つまり銀河を滅ぼすのは創造主の総意ではなかった訳ね。
 でも、とにかくあたしたち兄妹は銀河の滅亡を食い止めなければならなかった。それで《青の星》にある次元の裂け目から創造主のいる世界に飛び込んだ。
 ここまでは、皆が知っている事実。
 あたしたちが二年の間、そこで何をしていたか、それは噂レベルでは色々言われているけど、実際にあたしたちが体験した事に基づいてる訳じゃない。それを今から言うからね。

 
 あたしたちは創造主のいる『上の世界』に着いたけれど、何もしなかった。いえ、正確に言えば何もできなかった。
 それはどうしてか――正しくないルートを選んだからだったの。
 じゃあ正しいルートとは何か?
 あたしの弟のコウは『上』に飛ばされて、そこから苦労してこちらに戻ってきたけれど、それこそが正しい道だったの。
 でもあたしたちには圧倒的に時間がなかった。長い時間をかけて『上』に行くのは無理だったから、次元を飛び越える方法を選んだの。
 その結果、何が起こったか――あたしたちの存在はまるで芥子粒、いえ、それよりも小さな微粒子のような存在となっていたわ。
 目の前にはこの銀河がまさしく箱庭のように置かれていた。
 せっかく着いたのに、ただ眺めているしかできなかった――

 

「ここまではいい?」とヘキが言った。
「ええ、続けて下さい」

 

 このままでは銀河は消滅する。絶望に打ちひしがれていた時に突然の乱入者があった。
 それが父、リンだったの。
 こうなるだろう事を予想して、長い時間をかけて『上』を目指し、それがギリギリのタイミングで間に合った訳。
 リンは物凄い剣幕で創造主たちを問い詰めた。張本人のアーナトスリはとっくにどこかに雲隠れしていたから、他の創造主も責められても困るだけなのにね。
 いよいよ破滅の時が迫るのに、埒が明かなくて、リンは最終手段に出たの――それは創造主たちを消し去る事。

 あの瞬間の創造主たちの顔ったらなかったわ。だって本気で恐れていたんですもの。
 リンの放った『天然拳』は確かに創造主たちに命中したかに見えたわ。でも実はその寸前に、創造主ギーギが別の空間に全員を逃がしたみたいだった。
 結果としてはそれが良かったみたい。だってそのおかげで銀河は消滅を免れたんだもの。

 仕掛けたのはアーナトスリ、リンに追い詰められて逃げ出したのは別の創造主たちなのに、どうしてって思うかもしれないけど、どうやらアーナトスリが逃げ込んだのはこの銀河のどこか。破滅の一瞬前にギーギに頼んでこちらに戻ってくる腹積もりだったのに、肝心のギーギが消息不明になったものだから、アーナトスリはカタストロフの発動をあきらめざるをえなかったらしいの。

 そんな訳で今、この銀河を見守っているのはリンとあたしたちの遠い先祖に当たる残った六人の創造主たち――

 

「――という話」
 ヘキの話が終わり、長い沈黙の後、ニコが口を開いた。
「ではこの石集めの件は?」
「少なくともリンが発信したものではないはず。となるとリンに追い出された創造主たちの仕業。あたしの勘では、この世界のどこかにいるアーナトスリに関係しているんじゃないかしら?」
「私が知りたいのは本当に十八個の石を集めれば、願いが叶うのかという事なのですが――」

「ニコ、あなた、石を集めるつもりね?」
「どうでもいいじゃありませんか」
「まあ、あたしは部外者だからね。でも銀河中を旅しなければならないのよ。あのチームRPみたいに資金力があれば可能だけど、個人では無理よ」
「そうでしょうか。例えば私がすでに一個石を持っているとすれば、他の人間は必ず私の石を必要とするはずです」
「なるほど。ここで待って最終決戦に持ち込む訳ね。でもそれも危険な賭けよ。あなた、腕は立つの?」
「それなりに」
「心もとないわね」
「しかしどうすればいいのでしょう。今の創造主、あなたの父であればブリジットを目覚めさせてくれますか?」
「ちょっと待ちなさいよ。まだ石探しは始まったばかりでしょ。チームRPだって全部の石を回収できるかどうかなんてわからないじゃない?」
「それが一体?」
「一個か二個の石を持った人間が多くいればチャンスじゃない。その人間と共闘すればいいのよ」
「こういう場合は一つしか願いが叶わないのが普通ではありませんか?」
「普通、普通って何よ。もしそうなら、その時はリンにねじ込むわよ。ケチケチするなって」

「ヘキさん。あなたに会えてよかった。ご忠告に従いますよ」
「それがいいわ。本当はあたしの兄妹もその石集めに参加していればいいんだけど、どうやら誰も興味がないみたい」
「確かに文月の方々なら信頼に足りますね」

「むしろ心配なのは連邦の態度ね。ステファニー、この石の騒ぎについて何か聞いてない?」
「そういえば、父の下に『石を持つ者がいたら、それを回収して、連邦に預けるように』と非公式の通達があったわ」
「連邦から……くれないからかい?」
「ううん、ロアリング将軍だって」
「チオニから来た新しい将軍だね。で、水牙は何て答えたの?」
「適当に話を合わせてたわ。で、ヴィジョンを切ってから、兄さんとあたしに『無視すればよい』って」
「あはは、さすがは水牙だ――でも困ったね。連邦が本気を出して石を集めるとなると」

「くれない議長も同じ考えかしら?」
「あの子は今更、石集めなんてするつもりはないわよ。多分、最近連邦で勢力を伸ばしてる反文月、秩序を第一に掲げる連中の仕業ね」
「なるほど。そういえば父が石を集める理由を訊ねたら、『秩序を守るため』だって答えてたわ」
「まあ、くれないが心配だけど、あの子は自分の道を貫くでしょう――ニコ、連邦の《享楽の星》の一派には気を付けた方がいいかもしれないわね」
「本当ですか?」
「あたしはあんたの味方だよ」
「あたしも」とステファニーが言った。「連邦が何を言ってきてもニコは守るわ」
「ありがとう。ヘキ、ステファニー」

 
 ヘキはヴィジョンが入ったのに気付き、一旦酒場を出た。リアカからだった。
 リアカというのは母ジュネが設立した『薔薇騎士団』の団員の息子だった。幼い頃からヘキによくなつき、現在はヘキとくれないが不在の中、女王のジュネを補佐していた。
「どうしたのよ、リアカ」
「ヘキ、困った事になったよ」
「どうせ、ママでしょ」
「うん。もう我慢の限界だって。ヘキがこのままノヴァリアに帰ってくるつもりがないなら勘当するって言い出した」
「どうせ、一時よ」
「今回は本気みたいなんだ。ぼくを養子にするって言ってる」
「あら、それもいいんじゃない?」
「ヘキ、そんな事言わないで顔を出しなよ。ヘキの顔を見れば、ジュネも機嫌を直すよ。だってナインライブズの一件以来、一度も帰ってないだろ」
「正確にはもっと前ね。《青の星》の魔が蘇った時に、立ち寄ったのが最後」
「ねっ、ヘキ。お願いだから」
「あなたも正式に《再生の星》を任されてるんでしょ。一人前なんだから自分の意志で決めなさいよ」
「はい」
「――それにくれないが戻るかもしれないよ」
「えっ、それは?」
「冗談よ」
「何だ。びっくりした。でも当分戻るつもりはないの?」
「気が向けばふらっと寄るわよ。じゃあね」
 ヘキはヴィジョンを切って小さくため息をついた。
「ごめんね。もう少しわがままさせてもらうよ」

 
 自分は何故、くれないが連邦を辞めるような事を口走ったのだろうか。
 あの子は途中で職を投げ出すような子じゃない。少しでもあの子の苦労を減らせるように助けてあげたかったが、連邦内部ではこれ以上の文月の家系の台頭をよく思わない勢力も存在するとハクが言っていた。
 自分にできる事は何だろうか。

 考え事をしながら歩き回り、足を止めた。
 今の自分がするべき事があった。
 ニコにああ言った手前、もう少しこの星にいてどんな人間が接触してくるか様子を見よう。そしてそれが良くない筋の人間であればニコを守る。
 ヘキはそう決めて、再び酒場に引き返した。

 

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