8.4. Story 2 もう一人の子

3 パブロ

 ハクは自分の予測が的中した事に驚いていた。

 くれないに無理を言って頼み込み、連邦の中枢から離れた星々の管理を担わせてもらい、《流浪の星》のロアランドに新設された連邦府での執務の日々が始まった。
 最初の数か月は広大なロアランドと他の町を視察して回るのが主な任務だった。

 興味を引いたのはやはり、『聖なる台地』だった。
 ロアランドの代表のアプカに話を訊いた。
「聖なる台地、『台地の民』ですか。一度だけ、そう、デズモンドさんとバスキアさんと一緒に訪れた際に、姿を現しましたが――」
「どんな様子でしたか?」
「敵対的ではありませんでしたが、かといって友好的でもなく。『構わないでくれ』という雰囲気でしたね」
「連邦としても、現状維持がいいようですね」
「彼らははるか昔の聖ニライの言葉を忠実に守っているのです。聖ニライの言われるその日が来れば、状況は変わるかもしれません」
「それは聖サフィの?」
「そうです。いつの日かこの銀河を統べる者が現れるというその言葉に従い、人知れず暮らしています」
「単純な疑問ですが、閉鎖された空間の中で代を重ねるのは……」
「血の問題ですね。彼らは定期的に山を下りて、目ぼしい者と契ります。そうやって血が濃くなるのを防ぐのです」
「……それは不思議な一致です。実は文月もそうやって永らえた一族の末裔です」
「ほぉ、それは。やはり銀河の英雄を生み出すのは特殊な環境なのですね。ですがここからはまだ誰も生まれておりません」
「……なるほど。ではその日を楽しみに待ちましょう」

「ハク殿。こんな事を申し上げるのは気が引けますが、連邦の要職に就かれているお方の発言として、今のはどうかと思いますが」
「どうしてですか?」
「連邦とは支配者を持たない互助会のような繋がり、銀河を統べるという考えとは対極にあるのではありませんか?」
「アプカ様のおっしゃる通りですが、それが時代の流れであれば仕方ないではありませんか?」
「さすがは達観されてらっしゃいますな。創造主と対峙される方には違う地平が見えていらっしゃる」
「そんな偉そうなものじゃありません。ただ銀河を統べる者は独裁者などではなく、私たちに寄り添って生きる優しさを備えている、そんな気がするのですよ」
「……ハク殿、あなたには見えているのではありませんか。銀河覇王の正体が?」
「まさか。会ってもいない人たちを論じる事などできませんよ」
「そうですね。私とした事が」
「まあ、しばらくは静観します」

 
 ハクはアプカの下を去り、連邦府の建物に戻る道すがら思った。
「そういえばマリスは元気だろうか。彼はこの星の生まれだったはずだが……」

 
 数か月後に、管理を任されているもう一つの星、《狩人の星》に向かう事になったが、ここである問題が発生した。
 シップの中で雷獣が盾から飛び出してハクに言った。
「おい、ハク。どうもぱっとしない星ばかり巡ってんなあ。これからはおれはおれで好きにやらせてもらうぜ」
「えっ、《戦の星》に戻るのかい?」
「さあな。だが何かあったらお前の下に駆け付けてやっから心配すんな」
 そう言い残すと雷獣は《狩人の星》に着いてすぐに姿を消した。

 
 かつて訪れた事のあるエル・ディエラ・コンヴァダの町に入った。町は活気に満ち溢れ、人々の顔も華やいでいた。
 ハクは満足した面持ちで町を視察し、大通りを一本はずれた所にある一軒のカフェに立ち寄った。
 こうしてゆったりとした気分で時間を過ごすのはいつ以来だろう。穏やかな日差しの中で大きく伸びをし、辺りを見回した。
 道の両脇の街路樹に沿って小さな店が並んでいた。本屋、骨董品屋、食堂、慎ましやかな店々の中に、一軒だけ扉を閉ざしている店があった。

 ハクは無性にその店が気になり、カフェを出ると店の前まで行った。
 ツタのからまる二階建ての建物の鉄の扉は閉ざされ、表には素焼きの鉢が無造作に積み重ねられていた。

 花屋?

 ハクは漠然としたある期待を感じ、店の看板を探した。
 「マーガレットの花屋」
 最早疑う余地はなかった。辺境の星の管理を願い出た理由、それはマーガレットに再び会うためだった。それが今、叶おうとしている。
 夢中で扉を叩いたが、人のいる気配がなかった。
 ハクはその日はあきらめ、連邦府に戻った。

 
 翌日、花屋を再訪した。
 予想通り、そこにはかいがいしく働く女性の後姿があった。
 ハクは呼吸を整えて女性に近づいた。

「マーガレット」
 鉢植えの花を生けていた女性の動きが止まり、ゆっくりと振り向いた。
「……ハク」
「やっと会えた」
「あなたがこの付近に赴任したと聞いた時にいつかこの日が来ると思ってた」
「でも他所には行かなかった」
「簡単には動けない事情があったの。お店をやっているのもそうだし――パブロ、降りていらっしゃい」

 マーガレットの言葉の後で、二階から降りてきたのは小さな男の子だった。
「ハク、この子はパブロ。ほら、ご挨拶しなさい」
「こんにちは」
 青い目をした男の子はハクに笑顔で挨拶した。
「こんにちは――マーガレット、この子は?」
「そうよ。あなたとあたしの子。あの時、ヴァニティポリスで……」

「マーガレット、三人で一緒に暮らそう」
「唐突に何を言い出すの。知っての通り、あたしは日の当たる道を歩けない」
「それなら私も一緒だ。私は『神殺し』の罪を負っている。これ以上の大罪はないはずだ」
「待って。パブロに聞いてみないと――ねえ、パブロ」
「母さん、この人がぼくの父さんなんだね。やっと会えた。ぼく、うれしいよ」
「マーガレット、ご覧の通りだ」
 ハクはそう言って、マーガレットとパブロを両手で抱き寄せた。

 

先頭に戻る