8.4. Story 2 もう一人の子

2 コクと麗子

 コクは《ネオ・アース》での農場暮らしがすっかり気に入った。
 朝早く起きて、天候を確認し、雨が降っていなければ畑に出る。そのまま日が沈むまで畑作業をして、家で食事を取る。気が向けばステーションに出向いて、仲間と飲んだり、サッカーの試合をしたりして一日が終わる。雨が降れば、農具を手入れし、本を読む。まさに晴耕雨読の生活だった。

 
 今日も一日の作業を終えたコクは、隣の農場に暮らす麗子の下を訊ねた。
 麗子はデニムのオーバーオールに頭には青いバンダナを巻いていた。
「あら、コク」
「麗泉。おふくろが一緒に飯を食わないかってよ」
「麗泉って呼ぶのあなただけよ。他の人は皆、麗子って呼ぶのに」
「ああ、悪い。どうも癖でな」
「まあいいわ――食事なんていつも一緒に取ってるんだし、それにヴィジョンで言ってくれれば済むのに」
「さあな」
「それより最近、雨虎の姿を見かけないわ。用心棒がいないのは心配なんだけど――ケンカでもしたの?」
「そんなんじゃねえよ。あいつは今、西の大陸の干ばつ対策で雨を降らせに行ってるよ。連邦の人工降雨装置なんかより、ずっとパワーがあるから、現地じゃあ神様みたいな扱いらしいぜ」
「ふーん、コクも雨虎も戦いにはもう何の未練もないの。不思議だね」
「まあ、雨虎は長生きだから、こんなのは一時の骨休めだろうよ。俺は……よくわからないな」
「雨虎ってそんなに長生きなの?」
「ああ――
 コクはそう言ってから、雨虎との出会いを思い返した。

 

【コクの回想:異世界】

 《エテルの都》で茶々たちから石を奪い取った後、コクがヴァニタスのシップに戻ると、そこには思いがけない人間がいた。

 コクをヴァニタスに招いた張本人の小柄な紳士、ドワイト卿は笑顔でコクに告げた。
「やあ、コク。石を手に入れたようだね」
「途中でハクの横槍はあったけどな」
「ふむ、一卵性双生児が引き合うというのは事実なようだ。面白いね」
「この先もあいつが俺の邪魔をするのかい?」
「もっとも今のままでは君はハクに永久に勝てないがね」
「ん、どういう意味だ?」
「彼は間もなく《戦の星》で強力なパートナーを手に入れる。伝説の雷獣だ」
「聞いた事あるな。聖エクシロンの」
「そう。彼がエクシロンの正統な後継者として正義の力に目覚める事になるね」
「面白いじゃねえか。ようやく腑抜け状態から脱する訳か」
「言ったろう。今のままでは勝てないと」
「俺も新しい力を身に付けないといけないな」
「そう。覚醒しただけでは不十分だ。君が悪の力を存分に発揮できるよう、君にもパートナーが必要だ」
「そんな事言ったってよ――」
「目を閉じなさい――」

 
 ドワイト卿に言われるまま、目を閉じ、再び目を開けると、そこはシップの中ではなく、どこかの森だった。
「……ここは?」
「どこでもいいさ。それよりも君のパートナーを呼ぼう――雨虎、出てきなさい」
 凄まじい咆哮と共に森から一頭の獣が姿を現した。銀色に輝く全身の体毛を逆立てた虎のような外見だった。
「――誰だよ。せっかくの眠りを覚ましやがって」
「やあ、雨虎。元気にしていたかい?」
「何だ、あんたか。何か用か?」
「君が眠っている間に下では色々とあった。例えばゲンキは精霊を助け、今では龍族と共に暮らしている」
「へえ。まあ、おれには関係ねえな」
「君の双子の兄妹、雷獣は『持たざる者』の発展の礎を築いた者と行動を共にし、今は面白おかしく過ごしている」
「ほぉ、あいつにはあいつの人生があるからな。それでいいんじゃねえか」
「その雷獣が動き出そうとしている。再び、戦いに身を投じるだろうね」
「――そんなのはわかってた」
「そうだね。双子だから波動を感じ取っているはずだ」
「何が言いたいんだ」
「君も暴れたいんじゃないかと思ってね。雷獣と行動を共にするのが、ここにいるコク文月の双子の兄妹、ハク文月なのだよ」
 ドワイトに言われ、雨虎はコクをじろじろと見た。
「こいつと行動を共にしろってかい――へっ、なかなか肝が据わってそうじゃねえか」
「愉快な事にコクとハクは対立している。単純な関係ではないのだよ」
「へえ、楽しそうだ。暴れてもいいんだな?」
「もちろんさ。君は雷獣よりも気が荒いから、今の箱庭に迷惑をかけないよう眠っていたのだろうが、そろそろ出番ではないかな」
「へっ、そんな殊勝な理由じゃねえけどな――で、このまんまの姿で出歩いていいのか?」

「それについては――」
 ドワイトは小型の盾を取り出した。
「サフィの真似事をさせていただくかな」
 光が雨虎を包み、その後には光を放つ盾だけが残った。
「普段はこうやって移動すればいい。もちろん君の意志で自由に出入りできるから気にする必要はない――さあ、コク。目を閉じて」

 
 コクが再び目を開けるとヴァニタスのシップにいた。
 ドワイトは笑顔で盾をコクに渡しながら言った。
「もう一つ、君に渡したい物がある。『クルーキッド・スウォード』、別の銀河を造ったある人間からもらった代物だ。人の精神を食らいながら生きる剣だそうだから、せいぜい食い殺されないように注意したまえ――

 

「――ねえ、コク」
 コクは麗子の言葉で現実に引き戻された。
「ああ、悪い、悪い」
「あなたはまだ最前線で活躍したいんでしょ?」
「うーん、最前線って言われてもな」
「くれないは連邦議長なのに、それを補佐しているのはハクだけでしょ?」
「ハクは連邦の中枢からは離れた位置にいるよ。あいつにはあいつの思う所があるんだ」
「くれないは心細いんじゃないの?」
「いや、確かにくれないの連邦経営は綱渡りだが、俺が出ていったら火に油を注ぐ結果になる」
「――どういう意味?」
「文月の家系はどこに行っても銀河の英雄って訳じゃないんだ。特に《享楽の星》では、未だに俺たちを秩序の破壊者だと見ている。まあ、都をめちゃくちゃにした責任は俺にあるんだけどな」
「でも、くれないは皆に支持されてるでしょ?」
「俺たちを脅威と感じた《享楽の星》のキザリタバンはトゥーサンっていう腹心を連邦の中枢に送り込んで、文月を排斥にかかっているらしい」
「ここにいながら、そこまで分析してるのね」
「まあな。兄妹の事は心配だ」

「じゃあセキやコウみたいに家庭を持って、のんびりと暮らすのが正解なの?」
「いや、皆、ただ家庭を守ってるだけじゃねえんだ。むらさきも家庭を持っているが、異世界に片足突っ込んでるし、ロクも《囁きの星》の王の補佐だが、実態は《智の星団》の監視だ。茶々も家庭はあるが、リチャードとつるんで暗殺稼業を続けてる。セキやコウもただ家庭を守っているだけじゃねえんだよ」
「それは?」
「俺にもよくわからねえんだが、《青の星》ではまだこの先、大きな戦いが起こるんじゃねえかって話だ。セキやコウはそのために星を離れられないんだよ」
「コクもそれに備えてここにいるの?」
「俺にはそんな高尚な理由はねえよ。ただここの暮らしが気に入ってるだけだ。それに――」
「何?」

 
「麗泉、いや、麗子。俺と結婚してくれ」
「冗談言わないでよ」
「本気だ」
「あたし、あなたよりずいぶん年上よ。それに兄さんもいるし――」
「全部ひっくるめてだ。兄貴だってあんたに幸せになってほしいと思ってるんじゃねえか?」
「――コク。わかった。ありがとう」
「じゃあ、まずは兄さんの下に報告、その次はうちのおふくろだ」

 
 コクと麗子は隣の部屋で静かに眠り続ける昭太郎に結婚の報告をしてから、コクの家に向かった。
 連れ添って歩く途中でコクは考えた。
(兄妹の話をした時、ヘキの話にはならなかった。あいつはまだ放浪してんかな……)

 

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