8.4. Story 1 闇の攻勢

3 葉沢の決意

 

ジウランという名の少年

 デズモンドの久我山の家を蒲田大吾が訪れた。
「こんにちは」
 応対に出たのは孫のジウランだった。
「じいちゃん、今いません」
「ああ、ジウラン君か。大きくなったね。幾つになったんだい?」
「九歳」
「ふーん、小学生か」
「じいちゃんに用?」
「うん。すぐに戻るかな?」
「夕飯一緒に食べるから遅くならない内に帰ってくるって」
「あ、そう。じゃあ待たせてもらおうかな」
 ジウランがミネラルウォーターのボトルを冷蔵庫から出してきて、二人で水を飲みながら他愛ない話をした。

 
 話をしながら蒲田は思った。

 この子も大変だ。なまじ有名な祖父を持ったために過酷な運命を背負わされている――この子も将来は文月君の家系のように戦いに身を投じるのだろうか。いやいや、それには能力が必要なはずだ。チコ君のようなソルジャーをも超えるもっと特殊な何かが。

 
「ねえ、ジウラン君。君は何か特技はあるの?」
「何もできないよ。じいちゃんのやる手品を教えてって頼んでも教えてくれないんだ」
「……手品ねえ。デズモンドさんは確かに手品師に見えるよな」
「おじさんは何かできるの?」
「えっ、ぼくはごく普通の人間さ。何もできやしない」
「そんな事ないよ。おじさんはぼくを助けてくれる――山坂さんがそう言ってるもん」
 山坂という名を聞いて蒲田は一瞬ぎょっとした。
「ん、ジウラン君。何を言ってるんだ。山坂とは誰の事だい?」
「ううん、何でもなかった」
「あ、ああ、そう。期待に沿えるよう頑張るよ」

 
 夕方になってデズモンドが帰宅した。
「よぉ、大吾じゃねえか。何の用だ?」
「デズモンドさん。先日はお世話になりました」
 蒲田は立ち上がり、頭を下げた。ジウランはぽかんとしていたが、同じように立ち上がり、頭を下げた。
「ジウラン、お前は別にいい――先日っていうとサンタの件か?」
「ええ、お陰様でこの手にありがちの部署たらい回しにもならず、迅速に事が進みました」
「『この手』って、そんなに多いのか?」
「デズモンドさんはぼくたちを閉鎖的な馬鹿だと思っているかもしれませんが――」
「んな事思ってたら、こんなに長くこの星にいるかい」
「そうですよね。この星も変わりつつはあるんです。他所の星の人間、そのハーフ、『ネオ』の人間、警察が簡単に処理できない案件は増えています」
「法律が追いつかねえか。お上のやる事が遅いってのは他所の星でも一緒さ。安心しな」
「本当ですか?」
「コメッティーノみてえな議長がいれば話は別だが、ありゃあ例外だ。現に今の議長、リンの息子のくれないだって連邦の運営には苦労してるらしい」
「くれない君、ずいぶん大胆な子でしたよね?」
「まあ、恰好はな。実務能力は九人の兄妹の中でピカイチの奴でもそんなザマだ。セキだったら一日でクビだ」

「あははは。確かに――で、本題に戻りますけど、ぼくたちも新しい事態にただ手をこまねいているだけではないんです。警察だけでなく、関係諸官庁、特に内閣調査室と連携して対応を図っています」
「……胡散臭い名前だな」
「葉沢のいる組織ですよ」
「わしの事をまだ怒ってるか?」
「まあ、それは置いといて。今回のサンタさんの件も限られたメンバー内で共有したんですが、そのメンバーの葉沢が非常に興味を持ったんです」
「又、『我が国に優先的に――』とか言い出したのか?」
「違いますよ。彼はデズモンドさんが他所の星の方だと知る数少ない人間の一人です。そして彼が長年追い続けている最大の敵も他所の星の人間です」
「あいつに真っ向から勝負を挑む奴がこの星にいるとは驚きだ。よく消されなかったな」
「……ここだけの話ですが向こうが相手にしていないだけだと思いますよ。何しろ、何年かかっても手掛かり一つ手にしていない。相手の皮膚に爪を立てる事すらできていないんですから」
「かぁー、厳しいねえ。まあ、おかげで生き延びてる訳だし、これからも妙な気を起こさないように言っとけよ」
「だからこそ今回の話に食いついたんですよ」
「無理無理。相手は戦前どころかどれだけ生きてるかわからん化け物だ。そんな簡単に化けの皮を剥がせるならとうにわしがやってる」
「そこなんです。葉沢一人ではもちろん無理ですが、デズモンドさんの協力があれば――」
「他力本願かよ。いよいよもって止めとけ。怪我だけじゃ済まないぜ」
「本人は本気のようです。『デズモンド・ピアナは私に恥をかかせた借りがあるからそれを返さないといけない』とか言って自信満々でした」
「やれやれ。で、わしに動いてくれというのか?」
「いえ、いきなりそれはありません。礼儀正しい人間なので、まずは挨拶がてら情報交換をしたいと申してました」
「ふーん、で、いつだい?」
「明日の夜九時、新宿の『シルクワーム』で」
「そりゃどこだ?」
「重森二郎、シゲさんの店です。静江さんが『ジャンゴ』を畳んで『ネオ』に移住した後に、シゲさんが自分の蓄えでオープンさせたんです」
「おお、シゲさんか。会ってみたかったんだ。いいぜ。じゃあ明日の晩な」

 
 蒲田が帰り、ボトルの水を飲みながらじっと見つめるジウランに気付いたデズモンドが声をかけた。
「何だ、ジウラン。飯の支度は今からするから待ってろ。食後に稽古をつけてやるからな」

 

葉沢との対面

 デズモンドと蒲田は指定の場所、新宿の花園神社近くの『シルクワーム』に行った。
 木でできたドアを開けると、切ない恋を囁く女性ボーカルの声が飛び込んできた。
「いらっしゃい。蒲田さん――あら、そちらが噂の?」
「よぉ、噂のシゲさんか。思ったよりも若いじゃねえか」
 目の前のシゲはすっかり白髪になっていて、着流し姿だった。
「まっ、お上手ね。二十年前に会いたかったわ」
「シゲさん」と蒲田が割って入った。「そんな事よりも――」
「ここにはいないわよ。神社で待ってるって」
 蒲田がデズモンドに目配せして、二人は花園神社に向かった。

 
「気に入らねえな。人を呼びつけといて別の場所にいるってのは」
 デズモンドが言うと蒲田がなだめた。
「まあまあ、そういう人なんですよ。常に自分を大物のように見せておきたい」
「ふん、てんで俗物だ」
「これ以上はないくらいね。でもそんな人間だからここまで生き延びてるのかもしれませんよ」
 神社の入口に一人の地味なスーツの男が立っていた。
「――お前か。いや、若すぎるな」
 デズモンドの問いかけには答えずに、男は神社の中を示した。
「こちらに」

 神社の中程に小さな赤い鳥居が幾つも連なった道ができていた。
「あの奥におりますが、本人が顔を出す訳にいかないと申しますので――」
 二人を案内した若い男が言い、デズモンドは肩をすくめた。

 
「ご足労、感謝します。デズモンド・ピアナさん」
 鳥居の向こうから声が響いた。
「いや、大した事じゃねえよ」
「戦前から生きる怪物にこうしてお会いできるとは思いませんでしたよ」
「当時ならともかく、この時代に怪物扱いはねえだろ。どんな伝わり方してんだよ」
「戦時中までの記録は、全て『極秘』扱いとなっていますよ」
「――あいつのせいだな」

「その話はまた後程――本日、お呼び立てしたのは他でもない、もう一人の怪物についてです」
「そいつには手を出さない方が賢明だと思うぜ」
「ほぉ、あなたはあの男に会われた事がおありですか?」
「一度だけな。東京大空襲の夜だった――あんた、ケイジの名は聞いた事あるか?」
「ええ、ですが姿を見た者すらろくにいない、こちらは正真正銘の都市伝説です」
「まあいいや。その銀河一の剣士が仕留められなかった。怪しい術を使う相手だ」
「力仕事は私ではない。あなたにお任せしますよ」
「ははは、勘違いしてらあ。あの男はわしと戦うつもりなんかこれっぽっちもないさ。もし、そうならとっくの昔に行動に移してらあ」

「ではあの男の目的は何だとお考えですか?」
「さあな。だがその時はそんなに遠くないんじゃねえか?」
「それは――あなたのお身内があのような形で亡くなられた事に関係ありますか?」
「それもわからねえなあ。わしの推理を言ってもいいが、その前に刀二の身辺は洗ったのかよ?」
「刀二……ああ、あの男ですか。知りたいですか?」
「あいつは他所の星の人間じゃねえんだろ?」
「どうやらそのようでした。プリント履歴が一切残っておりませんでしたから」
「へへへ。この星の人間もようやくレベルが上がってきたな」
「この国の人間でもないようなのです」
「何……ははーん、『奉ろわぬ者』ってやつだな」
「これはまた凄い事をご存じで」
「長生きしてるからな――なあ、あんたと話してると、どうもまだるっこしくて、尻がむずむずすらあ」
「どうやら我々は気が合わないようですね」
「あんたと合う人間はそうはいないだろうぜ」
「な――わかりました。では本題に入りましょう」

 
「あの男はあなたの興味ない世界にも厳然たる影響力を持っています。あなたはその気がないと言われますが、そういった周辺を排除してからでないと力比べは無理でしょう。私たちにそういった、いわば露払いを任せて頂けませんか?」
「それをやるのは構わねえが、ケイジたちがずいぶんと弱体化させて、残った大物は村雲くらいのもんだろ?」
「デズモンドさん、同じようにあなたが身を寄せる組織も弱体化させられているのをお忘れになっては困りますよ」
「むぅ、そうだな。じゃあ、あんたたちがパンクス、釉斎先生を守ってくれんのかよ」
「できる限りの事はしましょう。警視庁OBとの連絡を密に行います」
「そいつは安心だ。で、わしは何をすればいい?」
「今まで通りで構いません。あなたが言う通りであれば、『その時』が来るまであの男は姿を現さない。その時になったら、『いざ鎌倉』とばかりに駆け付けて、あの男を討って頂ければいいのです」
「そう上手くいくかな。まあ、奴の手下の『奉ろわぬ者』たちは適当に数を減らしてやってもいい。だが言ったようにあの男を倒すのはわしじゃないし、この先、大きなどんでん返しが待ってるような気がするんだ」
「……それは三度、この地球に危機が訪れるという意味ですか?」
「さあな、わしは預言者じゃないからわからん」

「あのいまいましい『クロニクル』の作者でもわからない事があるのですね」
「あんた、『クロニクル』の内容におかんむりなんだろ?」
「そうです。私のプライドは著しく傷つきました。この銀河に恥を晒した訳ですから、何としても名誉を回復させたいのですよ」
「それであの男か。なかなかのフェアプレー精神の持ち主だが大怪我すんなよ」

 
「じゃあもういいか。行くぜ」
 デズモンドが立ち去ろうとすると葉沢の声が響いた。
「『クロニクル』で思い出しました。エピソード4に出てくる黒眼鏡の男の件です」
「何だよ、いまいましいと言う割にはしっかり読んでるじゃねえか」
「研究のためだけです」
「奴は大戦中に大陸に案内してくれたんだ。でも死んじまったろ?」
「まだ生きていますよ」
「しぶといねえ。あの男は面白いぜ。わしは言葉に力を込めるが、あの男は映像に力を吹き込むんだ。その力を使って戦争の混乱のさ中に、ある男に成りすましたんだそうだ」
「そ、それは初耳でした。それもまた怪物ですね」
「安心しな。あいつはいつでも混乱を楽しんでるだけだ。害はねえ」
「わかりました。長々とお引止めしてしまい、恐縮です。今後の連絡はそこに控えている白嶺という男が行います。ではこれで」

 
 葉沢の去っていく足音が聞こえた。デズモンドは肩をすくめて、その場に立つ白嶺という背の高い青年に声をかけた。
「まあ、よろしく頼むよ。あんたも大変だな」
「いえ、あの、デズモンドさん。坂出という名に覚えはありませんか?」
「ああ、覚えてるぜ。坂出君にはずいぶんと助けられたよ。戦争でどうなっちまったかなあ」
「自分は坂出の孫なんです。白嶺は母方の姓です」
「へえ、そいつは奇遇だ。坂出君は元気かい?」
「ずいぶん前にこの世を去りましたが、今のデズモンドさんの言葉を聞けば、きっとあの世で喜んでいると思います」
「皆、死んじまうなあ。わしも次の世代にバトンを渡す時期かもな」

 デズモンドが言うと蒲田が真剣な面持ちで言葉を返した。
「何言ってるんですか。ジウラン君はまだ子供じゃないですか」
「あっ、ジウランか。あいつには無理だ。わしが言ってんのはリンの孫たちだ」
「まだまだデズモンドさんに現役でやってもらわないと困りますよ。ジウラン君はデズモンドさんがどうやってお金を稼いでいるかもわかっていないでしょ?」
「そうなんだ。そこがあいつのぼんくらな所なんだよな」
「またそんな――」
「まあ、いいや。とにかく白嶺君、大吾。よろしく頼むぜ」

 

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 Story 2 もう一人の子

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