8.3. Story 2 根源たる混沌

3 茶々とヴィゴー

 

神の子

 マリスはアイシャと連れ立って《密林の星》を訪れた。
 事前に連絡を受けていたワイオリカがヴィゴーの手を引いて出迎えた。

「マリス、久しぶりね」
「東京で会って以来かな」
「とうとう旅立った訳ね」
 ワイオリカはアイシャの顔をちらっと見て笑顔を浮かべた。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは?もしかして彼女?」
「あ、いや、何て言えばいいんだろう」
「ワイオリカさん、はじめまして。アイシャ・ローンです」
 口ごもるマリスを差し置いて、アイシャが口を開いた。
「出身は《魔王の星》です。あたし、小さい時に茶々に会いました」
「あら、本当。そう言えば『物凄い男がエリオ・レアルに住んでる』って話してたけど、きっとあなたのお父さんね」
「ええ、多分、父のバスキアです――あたし、茶々が恐ろしいものを持っていたんで怖がってました。でもジャウビターから降りてきた茶々は……その、何と言うのか、別人のようでした」
「暗黒魔王を飲み込んだんですもの。別人にもなるわよ」

「ところで茶々は?」とマリスが尋ねた。
「体の中の魔王の血が騒ぐみたいで相も変わらずリチャードとつるんでるわよ」
「ここにはいないんだね?」
「《泡沫の星》にいるみたいだからそんな遠くじゃないわ。あたしとヴィゴーもやる事あるし」
「ヴィゴー」
 マリスはしゃがんでヴィゴーと視線を合わせた。
「父さんがいなくて淋しくないかい?」

 ヴィゴーはにこりと笑ってから、首を横に振った。
 以前、東京で遊んだ時にもヴィゴーは言葉を発さなかった。この子は両親とは話をするのだろうか、マリスがじっと見つめているとワイオリカが言った。
「ずいぶんと良くなったのよ。機嫌が良ければ幾らか話するようになったわ」
「言語によるコミュニケーション能力に問題がある訳じゃないんだね?」
「回りくどい言い方しないでよ。そりゃあ、この子は滅多に感情を表に出さない。昔は『やっぱり魔王の血を引いてるから』と考えたりして、夜中に恐ろしくなって目を覚ます事もあった。でもこの子は立派な文月の子、そして『ニニエンドルとナックヤックが求めていた神の子』だって思ってるの」
「……ニニエンドル……ナックヤック?」
「その話は後でするわ。それよりも樹を見にきたんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「ヴィゴーが言ったの。『お兄ちゃんたちが来る』って。ずいぶんと張り切ってたのよ」
「えっ?」
「とにかく現場に行きましょう」

 
 マリスたちはワイオリカに案内され、石造りの王宮から緑の草原の海へと向かった。
「大樹はどこに?」
「あっちに高台が見えるでしょ。あそこは巨大リゾートができる予定だったんだけど、ドノスが滅びて工事が中断したままの場所」
「じゃあそこに?」
「そう。あたしとヴィゴー、ううん、ヴィゴーが責任をもって育ててるわ」

 高台に回ると、そこには高さ二十メートルを越える巨木が青々とした葉を茂らせていた。
「わぁ、すごい。もうここまで大きくなったんだ」
 マリスが言うとワイオリカが頷いた。
「順天にもらったのはたった一枚の葉っぱだったから、それを考えるとね――ヴィゴーが愛情を持って育ててくれてるからよ」

 ワイオリカに言われたヴィゴーは満面の笑顔になり、初めて口を開いた。
「でも早く育てて、チオニに持っていかないといけないんだ」
「――ヴィゴー、君にはわかるんだね。チオニの大樹が枯れそうなのが」
「うん。マリスは会ったんでしょ?」
「ああ、多分あの娘は樹の化身だった。僕に石を預けたけど何のためだろう」

 
「あら、マリスはあの発表を聞いてないの?」
 ワイオリカが声を上げた。
「発表?」
「創造主の十八個の石を集めれば何でも願いが叶うんですって。《虚栄の星》の企業がそのためのチームを組んで石集めを行うって発表したけど、連邦もそれに対抗するんじゃないの」
「えっ、本当?」
「これであなたはキャスティングボードを握った訳ね」
「いや、そんな大それた――だったらくれないに渡した方がいいのかな」

「それはだめ!」
 突然にヴィゴーが大声を出し、全員が驚いてヴィゴーを見つめた。
「だめだよ。樹はマリスに石を集めてほしいから石を預けたんだ」
「そうなのかい。でもあと十七個も集めないといけないんだよ」
「――ぼくが次に行く場所を教える。樹が教えてくれるはずだから」

 
 ヴィゴーは黙って若木に手を添え、何かを呟いた。
「驚いたな。ヴィゴーは本当に樹と心が通じ合っているんだ」
「言ったでしょ」
 ワイオリカが口を開いた。
「この子こそ、ニニエンドルとナックヤックの不毛な対立を終わらせ、この星を滅亡から救ってくれるの」
「それは?」
「この星に伝わる神話よ。森を守るニニエンドルと森を枯らすナックヤックが対立していたんだけど、ケイジがナックヤックを倒したために、この星は緑に飲み込まれる運命だったの。でもヴィゴー、ニニエンドルの守護者と銀河の英雄、それに暗黒魔王の血を引くこの子が聖なる樹を育てて、この星を救ってくれる」
「なるほど。魔王の血も捨てたもんじゃない」
「あはは。今頃、茶々はくしゃみしてるわよ」

 
 ヴィゴーがユグドラジルを離れ、マリスに近付いた。
「あのね、次はヤスミに行きなさいって」
「《起源の星》だね?」
「お願い。石を集めて銀河を救って」
「そんなに大きな話なんだ――わかった。やれるだけやってみるよ」
 アイシャがヴィゴーとマリスの手を握った。
「ようやくその気になってくれたみたいね。あたしも協力するわ」

 

残党狩り

「――っくしょい」
「どうした、茶々。魔王でも風邪をひくのか?」
「知らねえよ。誰かが噂でもしてんじゃねえか」
「どうせ悪い噂だ」
 リチャードはそう言って笑った。

 
 ナインライブズが出現した後も、リチャードは《鉄の星》には戻らずに連邦の特殊部隊隊長として戦いに明け暮れ、今も茶々と共に《泡沫の星》のプロトアクチアの残党の後始末を行っていた。
「なあ、リチャード。この星はあらかた片付いたんじゃねえか?」
「まだだな。ようやく幾つかのバブルを掃除できた程度だ」
 バブルというのはこの星特有の町に該当する行政単位だった。
「それにしてもよ。トゥーサンの野郎は気に食わねえな」
「安心しろ。向こうも私たちを嫌っている」
「だったら何もあいつを喜ばすだけの、こんな残党狩りをしなくてもいいんじゃねえか」
「戦いたがってるのはお前だろう。私も同じだ。トゥーサンのためではなく自分のために戦っている」
「そんなもんかね――じゃあ、好きにやらせてもらって構わないな?」
「いいんじゃないのか。今は手控えているが『根源たる混沌』を根絶させるのも自由だ」
「へへへ。嬉しいね。今更、石集めなんかしたくねえし、裏街道を歩かせてもらうか――あ、だったら荊と葎を呼んでもいいか?」
「あいつらはもう堅気だ。『草』はもう解散したのだから巻き込んではだめだ」

「ちぇっ、しょうがねえな――で、この後はどこに行く?」
「《古城の星》に乗り込みたいが、いつになるかな」
「いいねえ。世間は石集めに夢中だろうし、トゥーサンの野郎もそっちにかかりっきりになるってアナウンスしてただろ。派手にやってもばれやしない」
「大変だぞ、あの星は。表向きは連邦配下になったが奥にはとてつもない闇が広がっている。慎重に事を運ばないといかん」
「やりがいがありそうだ」
「お前、家族の下に戻らないでいいのか?」
「定期的にヴィジョンで話してるし――ああ、そういや、マリスが遊びに来てるみたいだぜ」
「マリスが――そうか。あいつもそんな年になったか」
「成長してないのはあんたとオレだけだよ。さて、早いとこ終わらせてセーレンセンでロクとその家族の顔でも見て骨休みしようや」

 

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 Chapter 4 タブー

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