8.3. Story 2 根源たる混沌

2 くれないの想い

 《七聖の座》、主星デルギウスの連邦本部の議長室、くれないの前には緑色の石が置いてあった。
「『深海の石』、チエラドンナの力か。最後に見つかったこの石が又、ここにあるとはね」
 そう独り言を言った後、「Secret of Life」と唱えてみたが、もちろん何も起こるはずもなく、くれないは苦笑した。

 扉がノックされ、くれないは急いで石を懐にしまい込んだ。
「誰だい?」
「トゥーサンです」
 扉を開けて現れたのはイマームの後継者、行政の中心的役割を担うトゥーサンだった。

 
 トゥーサンは《享楽の星》出身の厳格な男だった。
 チオニの戦いが起こるまでは、反ドノス思想の持ち主として役職にも就けず、小さな私塾を開いて生計を立てていた。
 ドノス亡き後、キザリタバンの推挙を受けて盟友のロアリングと共に連邦にやってきた。
 億を軽く越える人口を誇る四つの都の維持管理に追われていたキザリタバンはトゥーサンの助力を必要としていたはずだったが、トゥーサンの能力はより広い銀河全体でこそ生きると判断したキザリタバンの英断だった。
 その期待にたがわず、トゥーサンは着実に成果を上げた。

 
 彼の行動の根幹にあるのは秩序だった。
 生活していたチオニで隆盛を誇った錬金学に対する反発が大きかったのだろう、ささいな混沌状態であってもそれを許さず、徹底的に秩序を植え付けた。
 それが最も顕著に表れたのが、《魔王の星》で起こった連邦排斥運動に対する容赦ない抑圧だった。
 トゥーサンは運動の主要メンバーを片っ端から捕え、連邦への忠誠を誓わせ、従わない者の土地や財産を没収するという強硬手段に打って出た。
 まるで恐怖政治のようなそのやり口に、さすがに連邦に好意的だった人間も猛反発し、一触即発の状況となったが、地元の農場主、バスキア・ローンが住民とトゥーサンの間に立ち、衝突は回避された。
 その後、《念の星》から陸天がきて、トゥーサン、バスキア、陸天の間で会談が行われ、トゥーサンは星を離れ、《魔王の星》の自治は復活したが、この一件によってその名は一躍知られる所となった。
 秩序を守るためなら手段を選ばぬ男、それがトゥーサンだった。

 
 くれないもトゥーサンの能力を信頼していたが、一つだけ引っかかる点があった。
 それはトゥーサンがくれないの容姿を初めて見た時だった。彼の視線の奥には侮蔑の感情が隠されている、くれないはそう感じた。
 男なのに何故、そんな恰好をしている?――
 くれないの思い過ごしだったかもしれない、もしかすると文月全体に対する感情なのかもしれなかったが、いずれにせよ秩序とは対極の位置にある自分や兄妹たちを疎ましく思っているようだった。

 
 そのトゥーサンがくれないを訪ねてくるのは珍しかった。しかもロアリング将軍を従えていた。
「まあ、座りなよ」
 くれないが議長室のデスクの向こうのソファを指差したが、トゥーサンは首を横に振った。
「いえ、結構です。さほど時間は取らせませんので」
「ふーん、で、用件は何だい?」
「議長、《虚栄の星》の発表をご覧になりましたか?」
「うん、録画だけどね。とうとうああいう行動に出る人間が現れたね」
「どうお考えですか?」
「あのレネ・ピアソンという人物も言っていた。これはスポーツの大会のようなものだって。ルールの中でやってもらう分には何の問題もない」
「果たしてそうでしょうか。石集めが白熱すれば必ずや秩序は乱れます。ましてや十八個の石を集めた人間が良からぬ心の持ち主であったとしたならこれは脅威以外の何物でもありません」
「面白いね。君のような現実的な人間でも願いを叶えてくれる創造主を信じるんだね」
「それは……議長が一番よくご存じではありませんか。この世界には説明のつかない事もあると」
「そりゃそうだ。で、君はどうしたいんだい?」

 トゥーサンは唇を舌で湿らせて、隣のロアリングを見た。
「連邦として正式にこの石集めに介入、いや、コントロールするべきです。もちろん、それは十八個集めて願いを叶えるというような馬鹿げた理由からではなく、先ほど申したようによからぬ者が石を独占するのを牽制するためです」
「武力を行使するつもりかい?」
「それは最終手段です。今は連邦の名の下にアナウンスを行い、石の保持者の保護、場合によっては連邦に石を預けてもらってもいいかもしれません、これに努めるべきです」
「なるほどね。秩序を保つためには正しい選択かもしれない」
「理解して頂き、感謝致します。つきましてはこのトゥーサンとロアリングにその役目を一任頂けないでしょうか?」
「構わないけど――」
「大変に言いにくいのですが、議長が前面に立たれると又、この銀河が危機に晒されるのではないかと思う人間が少なからず存在する――これは私の杞憂に過ぎませんが」
「確かに言いにくい――いいよ。君の好きにすればいい」
 トゥーサンとロアリングは満足そうに部屋を出ていった。

 
 くれないは一人部屋に残り、トゥーサンの最後の言葉を思い返した。
 兄妹たちが帰還してからずいぶん経つのに、会ってまともに話をしたのはハクだけだったが、そのハクが一度だけ重い口を開いた。
 
 父、リンが新しい創造主になった。これは人によって受け取り方が様々なのであまり人に話さない方がいい――

 もしハクの言葉が本当ならば、この石集めも父が仕組んだのか。
 リンが新しい創造主になったという噂話はバルジ教徒を中心に大分世間に広まっていた。トゥーサンもそれを知って自分を牽制したのだろう。

 レネ・ピアソンが何を企もうとも、トゥーサンがどんな手を使おうとも、ましてや全てが父の計画だったとしても、自分は自分の道を貫くだけだった。
 何故なら、自分の手の中には石があるのだから。

 

 『血涙の石』:マリス所有
 『戦乱の石』:レネ・ピアソン所有
 『虚栄の石』:公孫風所有
 『変節の石』:ビリンディ所有
 『全能の石』:ゾモック所有
 『竜脈の石』:ニコ所有
 『深海の石』:くれない所有

 

先頭に戻る