8.3. Story 1 名乗りを上げる者たち

3 凍土の怒り

 水面に波紋が起こり、幾重にも、幾重にも果てしなく大きく広がっていった。
 沼と言っても星の大半を覆うこの沼は海にしか見えなかった。
 波紋が広がったのは、この沼の底で大事が持ち上がっていたからだった。

 
 沼の主、ブッソンは《古の世界》の崩壊を逃れ、この星に移り住んだ巨大な魚だった。
 何千年に渡り、この世界のありようを見つめてきた。デルギウスが連邦を設立した時も、帝国、王国が出現し、世界が乱れた時も、そしてナインライブズが現れた時にも傍観者の立場を貫いた。
 姪にあたる珊瑚が蘇り、助力を求めた時でさえ、これを拒否した。
 そうやって静かに暮らしてきたブッソンだったが、今、数千年ぶりに沼の中で怒りを顕わにしていた。

 
 原因は息子のビリンディにあった。
 ビリンディは父と違って人間の姿をしていた。
 この青年にとって最大の不満は『水に棲む者』の宝ともいえる『凍土の怒り』が公孫水牙の手元にある事だった。
 実際はビリンディが知らないだけで、水牙はシニスターの戦いが終わった時に珊瑚に剣の返還を申し出て、それを珊瑚が断ったのだった。
 ビリンディがその話を持ち出す度に、ブッソンは辛抱強く言い聞かせていたが、今回ばかりは勝手が違った。

 
「父上、もう我慢がなりません。凍土の怒りは我々の手にあるべきものなのです」
 またその話か、ブッソンは心の中でやれやれと思いながら話を聞く事にした。
「私は討って出ます。剣を取り戻してみせます」
「――しかし荒っぽい真似をすればお前はお尋ね者じゃ」
「父上、ご存じありませんか。石を集める話については」
「ああ、知っておる。だがこの広い銀河に散らばる十八個の石を集めるなどとは土台無理な話。お前には参加する権利すら与えられておらんだろ」
「父上、これが何かおわかりになりますか?」
 ビリンディは懐から黄色と黒の縞模様の石を取り出した。
「むぅ、それは」
「そうです。『変節』、ニワワの石です。私は選ばれたのですよ。残り十七個の石を集めれば、大願成就、私はその時こそ、『凍土の怒り』などとは言わず、この銀河を水に棲む者の支配する世界に変えてみせましょう」

 ビリンディは勝ち誇ったように言い、その場を去った。
 残されたブッソンは静かに目を閉じた。
「……創造主よ。何故、戯れに我らを再び戦いに巻き込もうとするのだ」

 

 『血涙の石』:マリス所有
 『戦乱の石』:レネ・ピアソン所有
 『虚栄の石』:公孫風所有
 『変節の石』:ビリンディ所有

 

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