8.2. Story 1 ヴァニティポリスの街角

3 ウイラード・ディガー

 ヴァニティポリスの街角に立っていたワンデライは姿を消し、それと入れ替わるようにカナメイシ総帥、レネ・ピアソンが行動を開始した。

 
 定例で行われる企業トップによる立食パーティに参加したレネの姿を見かけたブルーバナー社のクゼ・ミットフェルドが声をかけてきた。

「おや、レネじゃないか。珍しいね、君が参加するなんて」
 相変わらず気障ったらしくて嫌な男だ、レネは心の中でそう思ったが、笑顔で応えた。
「あまりご無沙汰してもよくないしね。ところで本日、ラロ御大をお見かけしたかい?」
「確か来てると思うが……ははーん、さては新しい儲け話だな。君がこの会に顔を出し、しかもあまり付き合いのないPKEFの会長と話をしたいとは。一体、何だ。美味しい話なら一枚噛ませてくれよ」
「ビジネスの話ではないよ。強いて言うなら、巷を騒がせている石の件、かな」
「あんな与太話を真に受けているのか。止めておけ。世情が不安になると、ありもしない事を言い立てて、人が右往左往する様を見るのを楽しむような奴らが出てくるんだ。ドリーム・フラワーだって私が黒幕のように言われて非常に迷惑だった」
「――ご忠告ありがとう」

 
 レネは尚も話したそうにするクゼを放って、ラロ会長の姿を探し求めた。高層ビルのワン・フロアをまるまる使った高級レストランには五百人近くの出席者がひしめいていた。
 どいつもこいつも人の皮をかぶった豚だな。貪欲で、金の匂いを嗅ぎつけようと必死になっている。
 シャンパングラスを片手に持ったまま歩き回り、数分後にようやく目当ての人物を見つけた。

「ラロ会長、少しよろしいですか?」
 声をかけられ、それまで会話をしていた二人の男がレネを見た。
「やあ、レネじゃないか。今さっき、君の話をしていたんだよ。まあ、こっちに来なさい」
 背の低い、白髪に四角い赤ら顔の男が言った。

 これは好都合だ、レネは心の中で思った。ラロ会長と一緒にいるのはロイヤル・オストドルフのハイラーム・ビズバーグ社長だ。銀河でも有数の貿易会社の経営者と懇意になっておくのは悪い事ではなかった。
「お邪魔ではありませんか?」
「ははは、君は奥ゆかしいな。誰かさんとは大違いだ――なあ、ハイラーム」
 ハイラームと呼ばれた長身の身なりの良い男がレネに声をかけた。
「レネ・ピアソン君。こうしてちゃんと話をするのは初めてだね。君ももう少しこういった会に出てくれるといいのだがな」

 
 ハイラームに指摘された通り、レネはこういった社交の場が苦手だった。
 貧しい家庭に育ち、子供の頃から働かされ、まともな教育を受ける時間がなかった。
 それでも持ち前の発想力と技術力で軽量インプリント設備を開発し、それ以降も社員の先頭に立って製品を作り上げてきた。
 レネは根っからの技術者だったのだ。

 
「ハイラーム。レネは技術者なんだよ」
 レネはラロに心の中を見透かされた思いがして赤面した。
「すみませんでした。栄誉ある会のメンバーに加えて頂いた以上、これからは積極的に参加致します」
「責めている訳ではないからそんなに堅苦しく考えなくてもいい。しかしラロ。これで心配事はなくなるな」
「うむ。ジェネロシティを代表する企業といえばカナメイシ、そう呼ばれるように強力にバックアップしないとな」

「――何のお話ですか?」
「ん、君もその話をしたくて私たちの所に来たのではなかったのか?」
「いえ、私の話は後で結構です。それよりもあなた方が話されていた内容が気になります」
「いや、これはね、私とハイラームだけの意見ではない。グリード・リーグの総意、トリリオンのズベンダ総裁や、ワナグリのビジャイ社長とも話し合った結果なんだよ」
「それは?」

 レネの質問にハイラームが厳かな口調で答えた。
「ご存じのようにこの星は自治が発達している。たとえ相手が連邦であろうと我々はその支配をはねのけてきた。七武神のランドスライドにすら屈服しなかった我ら、グリード・リーグは強大な力を持っているのだ。だが我々にもいくつか悩みがある。一つはモデスティに巨大な企業が育たない事だ。これについては原因がわからない」
「古の呪いだとか言う人間もいるようですが。他にもあるのですか?」
「名誉あるグリード・リーグの名を汚す愚か者の存在だ」
「それは……クゼですか?」
 レネは慌てて先ほどまで話をしていたクゼの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。
「そう。よりによって麻薬などと。あくまでも本人は関与していない、支社が勝手にやったと弁明したが、そうだとしても管理が不十分だから招いた事態だ。一応、現在は最高意思決定の場から、はずれてもらっている」
「はあ」

 ラロが昔を懐かしむように言った。
「クゼの父、ドリンは君のように立派な技術者だったのだがな。倅はだめだ。ロクでもない奴らと付き合ってばかりでまともな経営者ではない」
「しかし他の星にも進出して、日の出の勢いではありませんか?」
「それはV・ファイト・マシンという製品のおかげだ。七武神が全面協力したからこそ、あの製品はあそこまで売れたのだ。だがクゼの代で終わりだ。ブルーバナーは長くない」
「私にそれを聞かせてどうなさるおつもりですか?」
「我々はな、君に、カナメイシに、ジェネロシティの代表となって欲しいのだよ。そのために必要なバックアップを我々は惜しまん。どうだろう、悪い話ではないと思うが」

 
「身に余る光栄です。ではこれから私がやろうとする事も認めて頂けますか?」
「もちろんだ。それが経済に好結果をもたらすと判断できれば、止める道理がない」

「――石の話はご存知ですか?」
「うむ。連邦が創造主の力を封じた十八個の石を集めたが、ナインライブズ発現と共に石はどこかに飛んでいった。その石をもう一度集めれば、どのような願いでも叶うという話だったな」
「さすがの情報収集能力です。私はその石を集める冒険に参加しようと思うのですが」
「……何の話かと思ったら。経営が軌道に乗った途端に趣味に生きようという人間はよくいるが」
「話は終わっておりません。私自身ではなく、チームを組織して参加させようというのです。私はいわばオーナーであり、監督です」
「ほぉ」
「聞けば石の話はここだけでなく、《巨大な星》や《享楽の星》といった銀河の中の目ぼしい都会でも広まっているようです。そこに私が『チーム・レネ・ピアソン』を率いて出ていけばどうなるか。その知名度は銀河全域に一気に広がります。これほどの宣伝効果はないと予想しております」
「なるほど。技術者だけではなく経営者としても大胆な発想ができる。石集めを銀河全体のイベントとする訳だな。であればいっそ、『チーム・グリード・リーグ』で参加してもいいし、イベント全体を取り仕切っても面白いかもしれないな」
「同意頂けますか?」

「ちょっと待ってほしい」
 ハイラームが口を挟んだ。
「君はそもそも他の星でも噂が広まっていると言うが本当かね。盛り上がっていないのであればイベントとしては失敗するぞ」
「本当です。主要な星の出張所、商人たちから情報を入手した結果です」
「――正しい分析だ。私も自分の会社のネットワークを通して同様の情報を入手している」

 
「では早速ズベンダたちとも相談の上――」
 言いかけたラロをレネが止めた。
「待って下さい。私はグリード・リーグにリスクを負わせるつもりはありません。本日、ラロ会長にお会いしたかったのは、ウイラードをチームのトップとしてお借りしたいからです」
「――英雄ウイラード・ディガーに率いられたチームか。ますます人気が出そうだ」
「許可して頂けますか?」
「うむ。やるからには成功させてくれんと困る――ここでいう成功とは、このヴァニティポリスの企業の名が全銀河に広まる事だがね。例えばエネルギー産業であればバンブロスの時代ではなく私のPKEF、貿易であればメドゥキ・ギルド、マノア家ではなくロイヤル・オストドルフなのだと認知させる事ができればしめたものだ」

「――私は全ての石を集めるつもりです」
「その意気は結構だ。だが大変な強敵が立ちはだかるぞ」
「それは?」
「連邦だ。あちらは我々を快く思っていない。グリード・リーグが前面に出れば、当然横槍を入れて潰そうとしてくる。そういう意味合いからも、カナメイシの単独行動に見せておいた方がいいかもしれない」
「場合によっては手を汚さねばならないのも覚悟しております」
「おい、おい。穏やかではないな。あくまでも大規模な広告宣伝じゃないか。それとも本気か?」
「やるからには」
「まあ、クゼのようなみっともない真似だけはしないでくれれば構わんよ」
「では改めて、グリード・リーグの更なる発展に寄与する期待の新人に乾杯をしようではないか」

 
 レネはその後もラロやハイラームと話を続けた。ふと背後を振り返ると、遠くからクゼが物凄い形相でレネたちを睨みつけていた。

 
 翌日、レネは副社長のスピンドルを伴ってPKEF社に向かった。特別会議室に通されるとすでにウイラード・ディガーが待っていた。
 ウイラードは痩身に白髪交じりの長髪の男で、無駄な肉がそぎ落とされた目鼻立ちはどこか求道者を思わせた。

 
「お時間を取って頂き、申し訳ありません。カナメイシのレネ・ピアソンです」
 レネはいつも通り、丁寧に挨拶の言葉を述べた。
「ラロ会長からおおよその話は聞いてるよ。おれを指名するなんざ、いいセンスだ」
「ありがとうございます」
「いくつか質問させてくれ。本当に石はあるのか?」
「そう言われると思いました――スピンドル、例の物を」

 レネはスピンドルに命じ、カバンの中から鶏の卵を一回り大きくしたくらいの赤と黒の縞模様の石を取り出し、ウイラードに渡した。
「これは……実際の十八個のうちの一個だってのか?」
「はい。入手ルートについては勘弁頂きたいのですが、実物です。『戦乱の石』と呼ばれ、創造主ウルトマを象徴しているそうです」
「後、十七個を集めりゃいい訳か――どうにも面白くないな」
「何がでしょうか?」
「いやな。どこそこの間を何日で飛行した、どこそこの山を制覇した、みたいな達成感が得られるのかって話だ。冒険ってのは己との戦いだが、今回のは相手がいるんだろ?」
「そうなると思います。おそらく無数に」
「ふーん、そんなのはおれに言わせりゃ、ただの奪い合いだ」
「ウイラード、それは違います。たまたま、ここに石がありますが、後の十七個はどこにあるかもわかりません。深い海の底か、険しい山の頂上か、地底に埋もれているか――これを見つけ出すのは壮大な冒険ではありませんか?」
「うーん」

 
 やはり、ひとかどの冒険者はプライドが高い。少し揺さぶってみよう、レネは話題を変えた。
「残念ですね。乗り気でないようでしたら……デズモンド・ピアナに話を持っていくとします」
 デズモンド・ピアナの名を聞いた瞬間にウイラードの頬がぴくりと引きつったのをレネは見逃さなかった。
「……確かにデズモンド・ピアナは偉大だ。だが冒険家としての実績はおれの方が上だ。あんな年寄りに負けるはずもない」
「私もそう思います。ですがあなたが受けてくれないとなれば――」
「おい、誰が受けないと言った?」
「では受けて下さいますか?」
「――仕方ない。ラロ会長の顔をつぶす訳にもいかんしな。実は次にやる冒険の企画がまだ固まってないんだ。だから付き合ってやるよ」
「ありがとうございます――早速、計画をお話致します」

 
 その三日後、ヴァイオリン弾きのワンデライに代わって、レネ・ピアソン率いるカナメイシが大々的に宣伝を開始した。
 PNを駆使し、《虚栄の星》ばかりでなく、他の星に向けても発信したその内容は以下の通りだった。

 

 荒ぶる魂に告ぐ
 十八の石をその手に
 世界を我が物に

 チームRPは君を待っている

 ウイラード・ディガー

 

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 Story 2 運命の再会

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