目次
2 カナメイシ
ワンデライと別れたジノーラはジェネロシティの丘に向かった。
ポリス地区に立ち並ぶ高層ビルは丘の勾配に合わせて全て高さが揃えられていたが、その中の一つの建物に入っていった。
外光を採り入れた吹き抜けのロビーの受付画面の前でジノーラは告げた。
「ピアソン会長に」
「アポイントメント・コードを」
画面が要求した。
「ドワイトだ」
そう言うと、目に力を込めてぐっと画面を見つめた。
「……最上階にお上がり下さい」
ジノーラは透明なエレベーターに乗り込んだ。行先ボタンを押さずにいたが、エレベーターの扉は閉まり、高速で上がっていった。
最上階で降り、足首まで埋まりそうな赤い絨毯の上を歩き、女性秘書に挨拶をした。
「あら、えっ、どうやって?」
「こんにちは」
ジノーラは笑顔を浮かべ、唖然とする秘書の前を通り、社長室の前に立った。
扉を開けると、机に座り、画面を見つめる男がいた。
「やあ、ピアソン君」
ジノーラが声をかけたのは金髪を七三に分けた上品そうな中年の男だった。
「これは……今日は何のアポも入れていないはずなのに。さてはコンピュータを騙しましたね?」
「騙したとは人聞きが悪いね。リクエストの優先順位を上げてもらっただけだよ」
「セキュリティも何もあったものではありませんね」
「まあ、許してくれたまえ。こうでもしないと多忙な君には会えないからね」
「何をおっしゃいますか。私が成功できたのはあなたの助言があったからこそではありませんか……ドワイト卿」
「大した助言などしておらんよ。それに更に成功したいとは思わないかね?」
「更に、と言いますと、さては例の石の話ですか。卿ともあろう方が、あのような子供騙しの噂を真に受けるとは」
「実はあのテンペランスにいるヴァイオリン弾きの少年は私の知り合いなのだよ」
「なるほど。話を伺いましょう」
「石を全て集めれば願いが叶うというのは本当だ」
「どのような願いでも、ですか?」
「ああ、それをできるだけの力の持ち主が言っている事だからね――例えば銀河を支配するのも可能だ」
「銀河の支配ですか……一見、魅力的に聞こえますが、現実的ではありませんね。まず、思ったように移動ができない。ここから《享楽の星》まで行くのに時間がかかったのでは支配の意味がありません。それに、こちらで発したメッセージが即座に銀河の端まで届くのか、そして支配者の意志は正しく銀河の隅々まで行き渡るのか、総合すると、この広い銀河を統べるという事は、コストに対するプロフィットが少ないように思えます」
「経営者らしい意見だね。しかも銀河統一の条件をちゃんと抑えている。だが例えば移動に関してなら、《エテルの都》で使用している転移装置を使えばいいのではないかね?」
「あれは閉鎖された空間内ですから実用に耐えうるのです。距離のある区間での使用については未だ安全性は保証されていない。ほら、帝国の大帝、あのような事故が起こらないとも限りません」
「ほぉ、本当によく勉強しているね」
「卿はご存じなかったですか。先週、デズモンド・ピアナによる『クロニクル』の第二版が刊行されたのです。私はもうずっと読みふけっていて、アポを入れない理由の大半は『クロニクル』を読みたいためなのです」
「ようやく第二版が出たか。どの辺までの歴史が記されているのだろうね」
「まだ途中ですが、これまでのエピソードの改訂と5と6と呼ばれる新たなエピソードの追加がありました。エピソード7、例のナインライブズですね、これについてはもう少し待ってほしい、とデズモンド本人が語っているようですよ」
「――私の話に乗れば、君もエピソード8の登場人物なのにねえ。企業集団カナメイシの若き総帥、レネ・ピアソン」
「私ごときが銀河の歴史にその名を刻むのですか?」
「そうだよ。君が望むもの何でも手に入れられる」
「確かに体力には自信がありますが、ナインライブズの子たちのように銀河を駆け回るのはちょっと――」
「誰かにやらせればいいじゃないか。君にはそれだけの財力がある」
「なるほど、そういう事ですか」
「私は君のそういう所が好きなのだけどね。これだけ裕福でありながら、自分で冒険をしようという純粋な心が」
「私などひよっこです。そういう事でしたらヴァニティポリスの他の企業集団の長を訪れればよいではありませんか。例えばブルーバナー社のクゼ・ミットフェルドなら喜んで飛びつきますよ」
「クゼ君ねえ。私も一時は彼のために幾つか託宣をしてあげたけれども――」
「ドリーム・フラワーの一件ですか。あれは《巨大な星》の支社長が独断で行ったという事で、クゼは不問に付されたと聞いてますが」
「うむ。だが叩けば色々と埃の出る身体のようだ。君のような清廉な人間が適任だと思う」
「清廉……ですか。そこまで卿に言われれば前向きに考えざるを得ません。具体的には何をすれば?」
「言ったように君自身が冒険に出る必要はない。君は冒険者のチームを組織してその報告を受けるだけだ」
「なるほど。スポンサーですね。しかし他の企業から横槍が入りませんか?」
「それについては私が説得材料を用意する。君がやるべきは優秀な手駒をできるだけ多く揃える事だ」
「そんな大規模なものですか?」
「決まっているじゃないか。銀河は広い。多くの人間が探せばそれだけ早く石が見つかる。個人レベルでこの冒険に参加する者が全ての石を見つけ出すなどまず不可能だよ」
「やはり卿のように銀河の隅々まで知り尽くされている方の言葉は説得力がありますね」
「もちろん君の商業的センスが必要になる。君は大々的にチーム、そう、『チーム・レネ・ピアソン』を立ち上げ、目玉となる冒険家を雇い入れるのだ。そうすれば人は自ずと集まり、あわよくば石の方からやってくるかもしれない」
「段々その気になってきました――目玉になる冒険家か。デズモンド・ピアナはどうでしょうね?」
「ははは、調子が出てきたね。だがデズモンドは無理だ。彼はもう冒険には出ないと言っている」
「……あの男はどうでしょう。ウイラード・ディガー、《虚栄の星》から《巨大な星》までのシップによる連続航行の最短記録を打ち立てた冒険家、この星ではちょっとした英雄です」
「うん、いいんじゃないか。その男を中心に据えて『チームRP』を編成すれば」
「しかし我がカナメイシは彼の冒険のパトロンとなった事がありません」
「心配ない。君の誠意は通じるはずだ――できるだけ早く、なおかつ大々的なイベントとして盛り上げてくれたまえ」