目次
2 兄妹の帰還
マリスは始宙摩で日夜、修業に励んだ。『無限堂』の清掃も明海から引き継いだ。修行者たちの中で最年少のマリスが堂の清掃を引き継ぐのは異例だったが、マリスの重力制御能力はそれだけ高かったのだ。
明海からの引き継ぎの際に、壁の絵に注意を払うようにとだけ言われていたので注意していた。
『七聖再臨ノ図』、『虚誕九生ノ図』ときて、セキやロクが説明を受けた時には『九生探石ノ図』だったものが、今は『九生発現ノ図』に変わっていた。
その朝もマリスは堂に入り、清掃を終え、左右の壁を見て回った。
「リンがいて、黒いナインライブズがいて、白いナインライブズがいて……あっ、新しい絵がある!」
それは八人のリンの息子たちが称賛に包まれながら凱旋する絵だった。八生帰還ノ図と書いてあった。
「明海に知らせなきゃ――」
マリスが急勾配の廊下を降りようとすると、背後で扉の開く音がし、話し声が聞こえた。
マリスが振り向くとそこにはセキたちの姿があった。
「セキ!皆!」
「やあ、マリス。元気にしてた。《祈りの星》以来だね」
「二年も何してたの。心配してたんだよ」
「二年……やっぱりそんなに経つかあ」
「でも銀河を……とりあえずここから出よう」
八人の兄妹たちは堂の外に出て、マリスが明海を呼んだ。
「皆様、よくぞご無事で」
明海が言うとコクが首を横に振った。
「無事なのはわかってたろ。あんたの師匠の下に行ったんだから」
「ええ、ですが二年も経ちますので、さすがに心配致しました」
「ふーん、俺たちは数時間しか滞在してなかったつもりなんだがなあ」
「やはりあちらでは時間の経過が異なるのですね。とにかく、あなた方のおかげで銀河は救われました」
「私たちが何かをした訳ではないんですよ」とハクが控え目に言った。
「えっ、あなた方が羅漢を説得したのではないのですか?」
「うーん、その辺は長くなるので大師に訊いて頂けますか?」
「そう致します――しかし羨ましいです。大師と直接お話をされたのでしょう?」
「ええ、色々と話をしてもらえましたよ」とロクが言った。
「いいですなあ――あなた方が無事お戻りになられたこの喜びを誰に伝えればいいのでしょうか。この星ではそもそも何が起こったかを理解している人間がほとんどいませんし」
「いいんだよ。そんなのは」と茶々が言った。
八人は始宙摩を出て、山を下りた。
「さて、皆はどうするんだい?」とロクが言った。
「僕はこのまま東京に戻る」とセキが言い、「おれは順天の所だ」とコウが言った。
「俺は『ネオ』だ」とコクが言った。
「オレは《密林の星》かな」と茶々が言い、「《囁きの星》」とロクが続けた。
「私は《巨大な星》に戻ります」とむらさきが言った。
「あたしはまずは《不毛の星》に行って、それからケイジを偲ぶ旅をするよ」
ヘキが言い、皆が黙り込んだ。
「何だ、連邦に行くのは私だけか」
ハクが無理矢理おどけた声を出した。
「――仕方ない。コメッティーノやくれないには私から報告しておくよ」
こうして兄妹たちは解散した。
セキは空を飛んで門前仲町に帰った。
庭ではもえが幼子たちと遊んでいた。
「あら、セキ――ほら、アウラ、ヒナ。お父さん、帰ってきたわよ」
「ええっ!?」
大陸に飛んだコウも同じだった。
順天が微笑みながら言った。
「お帰りなさい。今、ミチとムータンを連れてきますから」
《囁きの星》の王宮に戻ったロクも同様だった。
オデッタがよちよち歩きの男の手を引いて現れた。
「ほら、セカイ。お父様にご挨拶なさい」
《密林の星》では茶々がワイオリカと再会した。
「茶々、この子がヴィゴーよ。ヴィゴー・ぺトラム・文月」
「おー、ヴィゴー。父ちゃんだぞー」
茶々は息子ヴィゴーを抱きあげたがヴィゴーは無言だった。
「……」
むらさきが《蠱惑の星》のダダマスに着くとルパートが待っていた。
「ご苦労だったね。むらさき――私たちの子を産んではもらえないだろうか?」
「はい」
コクは母、沙耶香の農場の手伝いをするつもりで《ネオ・アース》に向かった。
コクが戻ると源蔵と静江も在宅中だった。
「お帰り、コク」
穏やかな日常が待っていた。
ヘキは《不毛の星》に向かった。
地下洞窟に入っていくと邪蛇の声がした。
(ヘキ。無事にやりおおせたようだな)
「どうしてケイジがA9Lの一部だって言ってくれなかったの?」
(言ったとてどうにもなるまい)
「そうね。避けられない運命だった――遺跡はどうなったかしら?」
(ただの遺跡だ。もうお前たちに憎しみの感情をぶつける事もない)
次はどこに向かおうか、《花の星》に戻る気にはなれなかった。
ぶらぶらしながら《起源の星》まで行ってみよう。
一人、ハクだけが《七聖の座》に向かった。
言葉を失うポートの係官、連邦府の警護、皆に笑顔で会釈をしてハクは議長室の扉を開けた。
「――ハク?」
「やあ、二年も経っていたみたいだね。連邦議長になったそうじゃないか。おめでとう」
「皆は。皆も無事なんでしょ?」
「ああ、全員戻ったよ。それぞれの星に戻って私だけがここに来た」
「二年もの間、何をしてたの。おかげで銀河は救われたけど」
「うーん、まだ上手く説明できる自信がない。いずれ話すよ」
「皆、連邦の仕事に復帰するよね?」
「どうかなあ。今までとは違う形になると思うよ。ロクや茶々は自分たちの星の王になるし、むらさきは異世界に嫁ぐ。セキとコウは《青の星》を気に入っているみたいだし、コクは『ネオ』で暮らす。私とヘキくらいかな、中央で働く可能性があるのは」
「えーっ、そうなの」
「大丈夫だよ。今の連邦には優秀なスタッフが多くいる。今更、兄妹たちが出る幕じゃない。皆、それぞれの道を歩いていくよ」
「ハク、二年の間に変わったね。何ていうか、達観したのかなあ」
「かもしれないね」
その日の内にくれないは新たな人事通達をヴィジョンで発表した。
・《流浪の星》管理 ハク文月 ・《狩人の星》管理 ハク文月(兼務)
これはハクが熱望したものだった。
マーガレットと別れたのが《虚栄の星》だったので、そこに近い星であれば再会する事もあるかもしれない、ハクに残された僅かな希望だった。