ジウランの航海日誌 (7)

 
 訳がわからないまま、フロントの奥のエレベーターを使って支配人室に案内された。
 支配人室では一人の女性が空中に浮かんだテレビのような画面越しに怒鳴り声を上げていた。
 女性はマネージャーと妙な一行の姿をちらっと見て、空中の画面を消した。

「何、その人たちは?」
「はあ、それが――」
「デズモンド・ピアナだ」
「デズモンド……ピアナ家の有名なろくでなし?」
「ああ、お前はさしずめエカテリンの娘だな。母ちゃんは元気かい」
「おかげ様で。あたしはアダン・マノア。そちらのお二人さんは?」
「わしの孫のジウランとその嫁の美夜だ」
「ふーん、ちゃんとやる事はやってるんだね。あたしなんかこの年になっても独り身だってのに」
「いやいや、お前は事実の世界じゃあ、銀河の英雄と結婚して立派な男の子に龍の祖の血を引いた二人の孫までいるんだぜ」
「――何よそれ。事実の世界って。あたしの見る夢と同じじゃないか……って、何であんたがあたしの夢を知ってるんだい?」
「言ったろ。夢じゃなくって事実の世界なんだって。お前は事実の世界では銀河の英雄リンの妻だ」

「気持ち悪いね。あたしの夢を覗いたみたいだ。で、デズモンドは今日までどこで何をしてたの?」
「うーん、話せば長くなるんだがな。十年近く色んな星を回って、《青の星》で家庭を持ったって訳だな」
「《青の星》。交易はしてないわ」
「交易どころの話じゃないぜ。他の星に人が住んでるのも知らないってレベルだ」
「よくそんな星で暮らせたわね?」
「まあな」
「……ちょっと待って。あたしの夫の銀河の英雄、リンは《青の星》の人間だったんじゃないかしら?」
「その通りだよ。不思議な話だろ」
「でも夢だから」
「ところがそうじゃないんだよ。わしらはあんたが夢だと思ってるそっちの事実の世界を取り戻そうとしてるんだ」
「信じがたいわ……でも何故だかわからないけど、今あたしの頭の中に『沙耶香を助けなきゃ』って言葉が浮かんだ。ねえ、沙耶香って誰よ?」
「――沙耶香ってのは同じくリンの妻だ」
「あんたらがやろうとしてる事がほんの少しだけ理解できたよ。あたしにできる事がある?」

 
「もちろんだ。あんたも知ってる通り、今のまんまじゃあ銀河は覇王に征服されちまう」
「ああ、その話ならここに立ち寄る商人たちがしきりと噂してるわ。でも銀河の下半分の話でしょ」
「いや、もうすぐ上も覇王に脅かされる。どうにかして止めなきゃならねえんだ。覇王を止めるって事が事実の世界を取り戻す事に他ならねえ――あんたにはシップを出してもらいたい」
「うちの自慢の自警団は必要ないの?」
「覇王の相手にはならん。当面は必要ねえよ」
「ふーん、そんな相手にあんたら三人だけで立ち向かうなんて、やっぱりピアナ家のろくでなしはどうかしてる」
「うるせえよ」
「あっははは。あんたたち、昼食まだでしょ。一緒に食べていきなよ」

 
 プールが見える豪華なダイニングで食事の前のドリンクを飲んでいるとアダンが合流した。
「母さんに『デズモンド・ピアナが帰ったから一緒に食事しない?』って誘ったの」
「げっ、勘弁してくれよ。あのババアは苦手だ」
「安心して。手が離せないって。その代わり伝言を預かったわ。『ちゃんと墓参りをする事』だって」
「おお、もちろんだ。ここに寄った目的の一つはそれだ」
「あら、殊勝じゃないの。じゃあ食事が済んだら行ってきなさいよ」

 
 豪勢な昼食の後、三人で墓参りに出かけた。『クロニクル』に書いてあった通り、地下墓地の最上階にピアナ家の墓所はあった。
 じいちゃんは一通り、祈りを済ませると、懐から小さな壺のようなものを取り出し、それを墓所に納めた。
「これでようやくノータとの約束が果たせた」
 じいちゃんはそう言って目を閉じた。

 目を開けたじいちゃんにおそるおそる尋ねた。
 じいちゃん、でも「事実の世界」に戻れば、この墓参りの事実もなくなるんじゃない?
「あのなあ、ジウラン。ここまで読んできたならいい加減わかるだろう。新しい創造主リンにしても、従来の創造主にしてもそんなに細かい部分にこだわる奴らじゃない。わしの墓参りくらいは大目に見てくれる」

 
 釈然としない思いのままホテルに戻ると、でっぷりと太った老婦人が待っていた。婦人はぼくたちをじろりと見まわしてからじいちゃんに言った。
「――デズモンド。あんたには色々と言いたい事があったよ」
 じいちゃんは珍しく慌ててぼくと美夜を老婦人、エカテリン・マノアに紹介した。
「アダンから全部話を聞いた――あたしの言わんとする事はわかるね?」
「ん、いや。何の事だか」
「おや、いつの間に、ピアナ家のごくつぶしははっきりと物を言わなくなったんだろうね。いいんだよ。気を遣わなくても。その『事実の世界』とやらではあたしはとっくに死んでる、そうなんだろ?」
「……多分な」
「多分じゃないよ。本人が言うんだから間違いない」
「ん、ああ」
「でもよかったよ。どんな形にせよ、生きてあんたに会えて、こうして文句を言えるんだから」
「ああ」
「銀河の英雄に嫁ぐアダン、そして銀河中にその名を知られるデズモンド・ピアナ。それだけで十分だよ――ありがとよ」
 じいちゃんは上手く言葉を返せず、俯いた。

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Episode 8 Gems(石)

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