7.9. Story 3 カタストロフ

4 十九個目の石

 ケイジは倒れた。
 セキには何が起こったか理解できなかった。
「――ケイジ、ケイジ……冗談だよね」
 リチャードとデズモンドがセキの肩に手を置いた。
「終わったんだ。ケイジを休ませてやれ」
 バスキアは少し離れた所に倒れていたナヒィーンに目を遣った。
「あの男は何千年に渡って、この日のためだけに生きてきたのだな」
 デズモンドが答えた。
「ああ、ちょっくら顔を見てきてやるか。誰にも知られずにこの世を去るのは気の毒だ」

 
 デズモンドはナヒィーンの下に行き、しばらくして戻った。
「――あいつ、石を持っていやがった」
 リチャードはデズモンドから緑の石を受け取った。
「十八個目、最後の石か」
「それはチエラドンナの象徴、『深海の石』、” Secret of Life ”だ」
 マックスウェルが言い、リチャードは頷いた。
「コメッティーノに届けるか」

「それならおいらが行ってくる」
 蛟が声を上げた。
「お前が?」
「ああ、この中じゃおいらが一番速い。《七聖の座》なんてあっという間さ」
「ならば任せるか――ミズチ、頼むぞ」
「ああ、むらさきによろしく言っといてくれよな」
 蛟は石を受け取ると空に消えていった。

 
 ムシカの地は沈黙に包まれた。
 それまでの異様な高揚感から一気に絶望の淵へと突き落とされたゾイネンを始めとする多くのバルジ教徒たちは、ある者は地面に倒れ、ある者は跪いて放心状態に陥っていた。
 ゾイネンはよろよろと立ち上がり、デズモンドの下へとにじり寄った。

「デズモンド殿。これは一体……この銀河は救済されるのではないのですか?」
「さあ、わしにもわからんな――マザー、どう言えばいいんだ?」
 声をかけられた車椅子の中のマザーはぽつりと呟いた。
「まだ終わっちゃいないよ」
「へえ、どうしてだい?」
「この男が」
 マザーはそう言って背後のマックスウェルを見上げた。
「帰らないだろ。まだ今から何かが起こるんだよ」
「その言い方はないでしょう。私はあなたが帰りたくなさそうにしているからここにいるまで」
「――どっちでもいいや。だが小僧たちはこの有様だぞ」
 デズモンドは兄妹たちを指差した。まともに立っていたのはセキ、ロク、コウ、茶々だけで、ハクとコクはようやく意識が戻った所だった。むらさきは必死にヘキとくれないの治療を施していた。

 
 セキが足を引きずりながらゾイネンたちバルジ教徒の前に立った。
「皆さん、今日はこんな形になってしまいました。でも皆さんが期待していたナインライブズの出現によって世界の人々を救えるんだって確信しました。体が治ったら、その時はもう一度――」

「二度目はないよ」
 マザーがセキの言葉を遮った。
「えっ、何で?」
「創造主たちの実験は終わったのさ。この銀河の存在意義はナインライブズを発現させる事だった。それが済んだ今、この銀河を不要だと思う創造主だっているかもしれない。そんな状況で二度目のナインライブズなんて悠長な事は言ってられないさ」
「じゃあ、この世界は終わるの?」
「さあ、さっきのナインライブズを見てどう感じたかによるんじゃないかねえ。あたしはこの銀河は残しといてもいいと思うんだけど――マックスウェル、あんたはどうだい?」
「この後の試練次第でしょうな」
「そうだねえ――バルジ教の人たち、こうお考えよ。ナインライブズの後に訪れる新たな試練、それを乗り越えた時が真の救済だって」
「ねえ、マザー、その試練って何?」とセキがしつこく尋ねた。
「あたしゃもう眠いんだよ。十八個の石がコメッティーノの前で揃う、その時に何が起こるか、そろそろじゃないかね」

 
 その頃、蛟は早くも《七聖の座》に着こうとしていた。しゅるしゅると体をくねらせながら連邦府の建物に侵入し、議長室に滑り込んだ。
「コメッティーノ!」
 コメッティーノはヴィジョンを前に沈痛な面持ちをしていた。
「よぉ、観てたぜ。早いじゃねえか」
「これ、最後の石」
 コメッティーノは緑の石を受け取り、それをテーブルの上の唯一空いているスロットに置いた。

 途端に十八個の石の周りから黒い煙が立ち上り、煙は空中で石の形を描いた。十八個の石は四方に飛び散り、どこかに姿を消した。
「何だ、こりゃ」
 コメッティーノはすぐにヴィジョンを切り替え、《祈りの星》に向かって話しかけた。
「コメッティーノだ。十八個の石を揃えたら、こんな妙な状態になったんだが」
 ムシカにいた人々は空間に浮かんだヴィジョンに注目した。
 声が響いた――

 
 ――この石は” Catastrophe ”だ。その名の通り、世界の破滅をもたらす。
 これからこの石の力により、この銀河を破壊する。
 だがナインライブズを発現させ、石を揃えたお前たちに敬意を表して、破滅までの猶予を与える――

 
 声は止み、先ほどまでナインライブズたちが戦っていた空中に巨大な数字が浮かび上がった。
「99:99:99」
 最後の二桁の数字はどんどん減っていた。
「あれは連邦歴での時間、一日が二十時間だからあと五日弱しか猶予がないという訳か」
 リチャードが言った。
「いかにもアーナトスリのやりそうな事だねえ」
 マザーが言い、マックスウェルも頷いた。
「興醒めですな。私はそろそろ行きますが――」
「あたしも帰るよ――じゃあ子供たち、後はしっかりやりなよ」
「しっかりやれって。どうすりゃいいんだよ!」
 コウが叫んだ。意識の戻ったヘキとくれないはぽかんとしていた。

 別の場所から様子を見ていたジノーラはため息をついた。
「何とつまらない――未熟、という事ですかね」
 ジノーラもまた去っていった。

 
 ムシカに残された人々は空間の数字を見つめながら不安に陥った。
「”Catastrophe”を発動させないためにはどうすりゃいいんだ?」
 コウが叫ぶとハクとコクがゆっくりと立ち上がり、言った。
「落ち着け、コウ」
「そうだぜ。創造主の所に行って、止めさせりゃいいだけの話だろ」
「それができたら苦労しないぜ。第一、おれがどれだけの時間をかけてあそこから戻ったと思ってるんだ。五日で行けるような距離じゃないぞ」
「いや、どこかに入口はあるはずだよ」
 ロクが言った。
「五日で行けるような場所を探すんだ」

 
「《狩人の星》はどうだ?」とデズモンドが言った。
「いや、あそこからは確かに『上の世界』に行けるが、創造主のいる場所とは違うと思う。そこからまた移動となると五日で済むかどうか、リスクが高過ぎる」
 バスキアはデズモンドの提案を却下した。

 
「” Worm Hole ”を使えばいいんじゃねえか」
 茶々がヴィジョンの向こうのコメッティーノに尋ねた。
「だめだ。石は全部どっかに飛んでっちまった」

 
「《幻惑の星》、バンブロスの宮殿は。ここからも近いじゃない?」
 ヘキの提案にむらさきが首を振った。
「異世界側からは通行可能ですが、こちらからは行けないように空間を塞いでいます」
 その後も《智の星団》、《戦の星》、《虚栄の星》、《起源の星》、いくつもの提案がされたが、いずれも時間や確実性の点で却下された。
「早くしないと銀河の破滅だぞ」

 
 コクが言うと、雷獣たちと一緒にいたマリスが叫んだ。
「始宙摩は?」
「……始宙摩……そうか、『無限堂』だな」
 ロクが大きく頷いた。
「何だそれは?」
 ハクが尋ねるとロクが説明をした。
「なるほど。銀河の歴史を見つめてきた寺か。《青の星》であれば今から向かっても一日程度の猶予はあるな」
「だけどよ、それだと……」
 コウが口を開いた。
「何だよ」
 茶々が言った。
「いや、さっき言ったみてえに正しい道を通ってない事になるぜ。行った所で何ができるか」

「心配してても仕方ないだろう。早いとこ行ってこいよ」
 デズモンドが言った。
「わしらはお前たちに任せるしかできん。一応わしらも目ぼしい場所を目指すが、よしんば着いても創造主と対決せにゃならん。この銀河の命運はお前らに託すよ」
 デズモンドはそう言って周囲の人たちの顔を見回し、全員が大きく頷いた。
 ヴィジョンからコメッティーノの声が聞こえた。
「連邦もお前らに一任する。たとえだめでも恨みっこなしだ。どーんとぶちかましてこいや」

 
「どうやら正式に連邦の許可ももらった。では『無限堂』に向かうが――」
 ハクが言葉を途中で切ったのを見てセキが尋ねた。
「何かあるの?」
「くれない。ここに残れ」
「えっ、何で?」
 ようやく起きられるようになったくれないは事態を掴めないようだった。
「お前の傷が一番深い。足手まといになられても困る」
「――信じらんない。この期に及んで何言うの?」
「『無限堂』には八人で行く。皆、異存はないな」
 兄妹たちは何も言わなかった。
「えっ、どうして誰も反対しないの――ねえ、セキ。こういう時はいつも反対してくれたじゃないか。コウ、おかしいぞって言ってよ。茶々、やってらんねえって思うでしょ?」

 
 ヘキがくれないを抱きしめた。
「くれない。無事で戻れる保証なんてどこにもないんだよ。全員が死んだら文月はおしまいさ。あんただけでも生きて文月の名を残すんだ」
 くれないはヘキを押しのけて叫んだ。
「いやだ。ボクだけ残るなんて絶対にいやだ」

 
「やれやれ」
 リチャードが背後から首筋に手刀を打ち込むと、くれないは意識を失った。
「後味は悪いが仕方ない。お前たち、今の内に出発しろ――雷獣たちはどうする?」
「おれたちはついてくぜ。面白そうだ」
 雷獣はハクの盾に、雨虎はコクの盾に、ヌエはセキの傍らにそれぞれが持ち場に戻った。
「じゃあ、気を付けて行ってこいよ」

 
 リチャードの操縦するジルベスター号に乗って兄妹たちは《青の星》に戻った。
 始宙摩の異空間の傍でシップを降りて、空を見上げると数字が見えた。
「けっ、どこからでも見えんのかよ」
 茶々が吐き捨てるように言った。
「二十時間を切っている。リチャード、ありがとう」
 ハクが礼を言うとリチャードは静かに答えた。
「何、これからお前たちがやろうとしている事に比べれば大した事ではないさ」
「リチャード、やけに落ち着いてるね?」
「……ん、気のせいだ」
「うーん、引っかかるなあ」
「セキ、リチャードも忙しいんだ――さあ、行くぞ」

 
 異次元の細道を通って始宙摩に入ると明海が走ってやってきた。
「はあ、はあ。全てヴィジョンで観させて頂きました。堂の鎖ははずしてあります。どうぞ、こちらへ」
 八人とヌエは明海に案内されて九十九折の廊下をひたすら上へと昇っていった。
「こちらです」
「封印されているようですが」とロクが尋ねた。
「私どもには解き方が――」
(おれに任せろ)
 ヌエが一歩前に進み出て、一声鳴いた。夜に鳴く不吉な鳥の声、その声は高く、低く、三十秒近く続いた。
 扉が静かに開いた。
「よし、行くぞ!」
 兄妹たちは封印の向こうに飛び込んだ。

 

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 ジウランの航海日誌 (7)

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