7.9. Story 3 カタストロフ

3 鳴り渡る鐘

 ハクが一歩前に進み出てゾイネンに伝えた。
「ゾイネン殿。では山にある教会の名前と場所だけ教えて頂けますか。後は各人がそこに向かいますので」
「あ、はい。ではウシュケー様がお決めになられた順番通りにご説明致します。ここから見て山の左手上部から参ります。最初が『聖の教会』、これは――」
「私ですね」とむらさきが言った。

「次は少し降りた所、これが『善の教会』です」
「私だな」とハクが言った。

「そして一番下に降りた所が『智の教会』」
「ぼくだね」とロクが言った。

「次に中央の山です。一番上部にあるのが『天の教会』」
「おれだ」とコウが言った。

「その下にあるのは『王の教会』」
「ボク」とくれないが言った。

「麓にあるのが『人の教会』。ここは以前セキ殿が行かれておりますね。三つ目の山ですが、上部にあるのが『邪の教会』」
「オレだ」と茶々が言った。

「真ん中にあるのが『悪の教会』」
「俺だな」とコクが言った。

「そして一番麓付近にあるのが『力の教会』」
「あたしだね」とヘキが言った。

 
「よし、それじゃあ皆、持ち場まで飛んでいくぞ。行けば鐘が鳴り出すはずだな、セキ」
 ハクの言葉にセキは頷いた。
「うん、全部の教会の鐘が鳴ると思う」
「でもそれだけ?」とくれないが尋ねた。
「行ってみなけりゃわかんないわよ」とヘキが言った。

 
 兄妹たちは町から見える山々に飛び立った。
 空中で全員が揃うまで待ってから、ほぼ同時に教会の扉の前に降り立つのが見えた。

 しばらくすると全ての教会の鐘が一斉に鳴り出した。
 低い音、高い音、微かな音、力強い音、それらが一体となって荘厳にして清らかな調べがムシカから見える山々をバックに響き渡った。
 巡礼の人々、ゾイネンを始めとするバルジ教徒たちは地面に跪いた。早くも宗教的なエクスタシー状態に達したのか、涙を流し、頭を振っている者が現れた。
 バルジ教徒ではないリチャードやデズモンドはこれから更に起こる何かを待った。

 
「――おい、空を見ろ」
 誰かが叫んだ。

 教会のある山の上、雲のはるか上の空に巨大な人の形が浮かび上がっていた。
 初めはもやもやとした形をしていたが、やがてはっきりとした形に変わった。

 顔があった。兜をかぶったその顔は男の顔のようにも見えたし、女の顔のようにも見えた。若者のようでもあり、成人した人間のようでもあり、老人のようでもあった。
 続いて体がはっきりとした輪郭を描くようになった。背中には大きな白い翼が生えているように見えた。
 胸から腰にかけて白銀に輝く鱗が体を包み、左手にはクリスタルのような光を放つ長い爪が生えていた。
 右手には剣を携え、兜、肩当、腰当、そしてサンダルを身に付けた戦士の姿があった。戦士の姿はダイアモンドダストのようにきらきらときらめいていた。
 山の上の上空に浮かんだ人の大きさはどれくらいあるのか見当もつかなかった。

 
「……あれが真のナインライブズ」
 デズモンドが唸った。
「二十年前の禍々しさとは違う」
 リチャードが言うといつの間にか目を覚ましたマザーが口を開いた。
「……この銀河を遍く叡智で一段上の世界に引き上げてくれる存在さ」
 マックスウェルが言った。
「この先の試練さえ乗り越えられればの話だがな――」

 ジノーラは一人、別の場所からこの様子を見ていた。
「ナインライブズは銀河を救う存在。やはり、リンの精神はそこに向かったか。それに対して創造主の意志、A9L。まともにやり合えばナインライブズに勝ち目はないが、ケイジの存在がどう影響するか――こればかりは誰にも予想がつかないな。実に愉快だ」

 
「始まったようだな」
 『封印の山』の山頂でケイジがナヒィーンに言った。
「うむ。それでは七つのパーツを呼び寄せる」
 ナヒィーンはそう言うと頂上に突き刺さっているシップの残骸のような白い金属の中に入っていった。

 間もなく頂上の土が盛り上がり、そこから何かが現れた。
 地表に現れていた白い金属は頭についた角のような突起だった。
 頭部が傾きを直しながら地上に姿を現した。雄牛のような二本の白い角をつけていて、頭部の色は黒に近い灰色、目の部分は空洞だった。
 頭部がそのままの姿勢で待っていると、上空から幾つもの光が飛来し、頂上に降り注いだ。
 空洞だった目に赤い光が宿り、頭部がゆっくりと持ち上がり、体が地中から現れた。
 黒い体で腰から下にはやはり黒い袴のようなものを穿いた巨大な剣士の姿だった。よく見ると心臓部分だけぽっかりと穴が空いていた。

「ケイジ、中に入れ」
 ナヒィーンの声がした。
「――わかった」
 ケイジは空いている心臓部分に潜り込んだ。
「目指すは《祈りの星》」
 A9Lは空に飛び上がった。

 
 ムシカの上空に現れたナインライブズはそのままの姿勢で空中に漂った。
 ゾイネンを始めとするバルジ教徒たちは祈りの言葉さえ忘れて平伏していた。
 教会のある山はそこだけ特殊な結界に包まれたようだった。鐘は鳴り続けた。

 
 抜けるような青空がにわかに掻き曇った。稲光がぶ厚い雲の中で光り、強風が吹きつけた。
「来たな」
 マックスウェルが呟いた。
「ケイジ。運命とはいえ残酷なもんだ」
 デズモンドが吐き捨てるように言った。
「子供たち。今のあたしにゃ何もできないけど無事戻っておいで」
 マザーが眠たそうな声で言った。

 
 黒雲の中からA9Lが姿を現した。
 A9Lは刀を抜き、空中に漂うナインライブズに言った。
「わかっているな。一瞬でも気を緩めたならそれで終わりだ」

 ケイジの声がしたかと思うとA9Lはナインライブズに斬りかかっていた。
 ナインライブズも手にした剣で刀を受け止めた。
 強烈な憎悪の感情が襲った。
(殺す、殺す、殺す……)

「皆、しっかりして。あたしに意識を同調させて」
 ヘキの声だった。ヘキはこれまで積み重ねた訓練の成果で襲いくる憎しみの感情に耐えた。
「ほぉ、少しはできるようだな」
 ナヒィーンが言い、A9Lは一歩退いた。

「――ねえ、ケイジ」
 セキの声がした。
「何だ?」
「……何でもない。本気でいくからね」
「殺す気でこい」

 
 再びA9Lとナインライブズが斬り合った。
 刀と剣がぶつかり、火花は雷となってムシカの地上に落ち、人々が恐慌状態に陥った。
 雷獣と雨虎が声を上げた。
「安心しろ。雷はおれたちが吸い取ってやる」

 
 A9Lの繰り出す刀は素早く、力強かった。ナインライブズは必死に攻撃を避けたが、背中の翼はぼろぼろに傷つき、胸の鱗は剥がれ、クリスタルの爪も折れた。
「皆、大丈夫か」
 ハクが声をかけた。
「このまま避けてても勝機は見えない。ボク、いくね」
「あっ、待て。くれない」
 ナインライブズが反撃をしA9Lの左足に剣を突きたてたが、A9Lもナインライブズの左腕に刀を深々と突き刺していた。
「相討ち――くれないが脱落した」
「大丈夫だ。俺がその分も面倒見る」
 コクの声がした。

 
 地上にいた蛟の様子がおかしくなった。
「……はあ……体が焼けるように熱い」
 地面をのた打ち回り、苦しむ様子を見た雨虎が声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
「……大丈夫さ、ちゃんと見てなきゃ」

 
 A9Lの動きは少し鈍くなったが力強さは変わらなかった。
「おい、セキ」
 コウの声がした。
「コクとハクの声もしなくなったぞ。むらさきの治療が追いつかない」
「――これ以上は持ちこたえられないな。勝負をかけよう。ケイジがいる心臓部分は――」
「あたしがやるよ」
 ヘキだった。
「あ……うん。それじゃあ僕は頭を狙う。コウ、手伝って」

 
 ナインライブズは空中で静止した。A9Lの振り下ろす刀が左肩に当たり、刃が食い込んだ。ナインライブズは肩に食い込んだ刃をはずそうともせず、接近してA9Lの頭部と心臓に攻撃を加えた。
 一つの塊になったナインライブズとA9Lから激しい光が飛び散った。
 ナヒィーンの喘ぎ声がした。
「……ケイジ……何故、正面から受けた。こちらの勝利はほぼ確定だったのに……やはりお前を自由に放浪させたのは失敗……だった」

 A9Lにはもはや反撃する力が残っておらず、ナインライブズにもたれかかるようにして大爆発を起こした。
 目を開けていられないほどの光が辺りを包み込んだ。

 
 光が収まると教会の鐘の音は止んでいた。空中で戦いを繰り広げていたナインライブズとA9Lの姿も消えた。
「……ナインライブズが消えた……」
 ゾイネンは絶望のあまり、地面に突っ伏した。
「よぉ、マザー。どうなったんだよ」
 デズモンドがマザーに食ってかかった。
「知らないよ。あたしだって初めて見たんだ」
「あ、あそこに皆、倒れてる」
 マリスがいち早く気付いてムシカの町の入口を指差した。

 
 そこには兄妹たちが折り重なるようにして倒れていた。
 初めにセキ、コウ、ロク、茶々、むらさきが起き上がった。
 むらさきは自分を治療してから、まだ倒れている他の兄妹たちの治療に取りかかった。
 セキたちもまたひどく傷ついていた。

 その背後から気を失ったヘキを抱きかかえたケイジが現れた。
「ケイジ」
「――お前たち、見事だったぞ」
 ケイジはヘキをセキたちに渡すと前向きに静かに倒れた。

 

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