7.9. Story 3 カタストロフ

2 竜王棒の奇跡

 兄妹たちはコウを取り囲むようにして車座になって座り込んだ。
 ハクが慌てて周囲の人々に向かって声をかけた。
「すみません。少し時間を頂きたいのですが」
 人々は皆、微笑んで頷いた。
「構わんぞ。明日にしてくれと言われても困るが」
 マックスウェルの言葉だった。浮かない表情だったリチャードがこれを聞いて吹き出した。
「異世界の大公の冗談を聞けるとは思わなかった」

 くれないがコウに取りつくようにして話をせがんだ。
「ねえ、コウ。どこに行ってたの。どうやって帰ってきたの?」
「まあ、待てよ。一個ずつ順を追って話してやっから――

 

【コウの回想:『上の世界』】

 ――おれがチャパの” Worm Hole ”で別の場所に飛ばされたのは知ってるよな。気が付いた時には真っ暗な宇宙空間を漂ってたんだ。
 こりゃまずいぞ、って思ってたらいきなり手に持ってた棒が話しかけてきた。

「全てを委ねよ」

 他に何も思い付かなかったし、言う通り、棒にこう両手を添えたんだな。すると棒が勝手にどこかを目指して動いてく。
 順天に言われた通りだったよ。出かける前に「絶対に棒を手放さないで」って言われてたんだ。
 で、そのまんま棒につかまってりゃ、そのうち《巨大な星》辺りにでも着くだろうって踏んでたんだが、そうじゃあなかった。
 ようやく目の前に星らしきものが見えて、棒とおれはそっちに向かってった。

 
 着いたのは何てことない星だった。緑の丘があって、建物が点在する静かな町の風景が広がってた。
 さて、この星はどこだ、どっちに行ったらいいもんか、って悩んでたら、又、声がした。

「こっちに来い。早く」

 棒を通して聞こえた声と同じような気がしたんで、おれは黙って声のした方向に歩いてった。行ってみたんだが声の主の姿は見えない。きょろきょろしてると又、「こっちだ」って声がする。
 結局、声のする方にしばらく歩き続けてようやく一軒の建物の前に着いた。

 なあ、そこがどこだったかわかるか――創造主たちのいる場所だったんだ。体育館みたいに天井の高いがらんとした部屋で、中には大きなプールみたいなものが置かれていて、他には何も見当たらなかった。プールの大きさは大体一辺が二十メートルの立方体ってとこかな、その中に納まってんのがこの銀河系って訳だ。

 

「ちょっと待って。この広大な銀河が二十メートルの立方体に納まっているんですって?」とヘキが尋ねた。
「ああ、『上の世界』から見れば、この銀河なんて熱帯魚の泳ぐ水槽みたいなもんだ。もちろんそこで泳ぐ熱帯魚がおれたちだな」
「えっ、それは変だよ。だって銀河に住む僕ら全員がそんな大きさの所に納まりきるはずがないもん」

 セキが声を上げるとコウは笑った。
「セキ、だからおれたちは熱帯魚で創造主はそれを観察する飼い主なんだって。観察する方から見た物の大きさや時間はおれたちが見る物の大きさや時間とは違うんだ」
「でもさ、《蠱惑の星》で会った創造主は普通の大きさだった。それにコウが普通の大きさのままで二十メートルの銀河を見下ろすってのも変だよ。だってコウはその二十メートルの水槽の住人なんだから」

「順を追って話してやるよ。まずは創造主の大きさだ。奴らはそもそもおれらよりも多くの次元を扱える。時間や大きさ、そんな所だな。だからこっちの世界に来る時にはそれこそ目の前にある水槽に飛び込むような感じで、時間や大きさをおれたちに合わせてくるんだ。ここまではいいか?」
「うーん」
「創造主に比べておれたちは時間や大きさを制御できない。そんなおれたちが創造主のいる世界に行く方法は二つあるんだ。一つはおれみたいに気の遠くなる距離を航行して行くやり方だ。この場合には何も大きさは変わらないし、そこでの時間の経過も普段通りだ。だからおれは銀河を普通の大きさで見下ろす事ができた」
「つまり」とロクが口を開いた。「『上の世界』はこの銀河と同じように存在しているけど、そこに行くには途方もない時間が必要だって事だね。《智の星団》だって正しい道のり、時間と距離さえかければ普通に着けるんだよ」
「さっすがロク」
「でコウ、もう一つの方法は?」

「おれが飛ばされた穴みたいなのが色んな場所に点在してるんだが、それを使っておれたち『下の世界』の人間が箱庭から一気に『上』に出ちまうとなると話が変わってくる。ま、おれの場合も危なかったけどな」
「何があるの?」
「二十メートルの箱庭からそのまんま『上』にやってくる訳だから、大きさは豆粒以下だし、時間の経過も妙な事になる。『上』で数時間過ごして、『下』に戻ると一年経ってた、みたいになるんだ。結局は時間や大きさといった異なる次元を制御できてないかららしいんだ」
だ」

「つまり僕らが創造主の所に行くには、気が遠くなるような距離を旅行するか、一気に次元を越えるけど豆粒の大きさになっちゃうか、そのどちらかだって事?」
「その通り、セキ、やるじゃねえか」
「子供の頃、読んだ童話にそういうの多かったんだよ。海の底の国に行って楽しく過ごして帰ったら何十年も経ってたとか、豆粒くらいの大きさの子供が鬼退治するとか」
「ふーん、昔の人は案外物知りだったのかもな」

 
「コウ、それよりも話の続きは?」とくれないがせかした。
「悪い、悪い――

 

 ――部屋には上手い具合に創造主たちはいなかった。おれは銀河の納まっている箱庭を横目に声の聞こえる方に付いてった。広い部屋を抜けて廊下に沿って部屋が並ぶエリアに入ると声は左側の一つの部屋から聞こえた。

 
 おれは勇気を振り絞って部屋の扉を開けた。
「よくぞ無事でたどり着いたな」
「あんたがおれを導いた声の主か?」
 おれはそう言って相手の顔を見たんだ。その人は人の体をしてたが、顔はおとぎ話に出てくる龍だった。ケイジの顔ともちょっと違う、迫力のある顔だったな。
「えっ、えっ?」
「ははは、驚いているな。我が婿よ」
「我が婿……って、あんた、いや、あなたはArhatウルトマ?」
「いかにも。龍の祖、ウルトマだ。娘が世話になっている」

「いや、って事はこの棒は?」
「左様。かつてはわしの体の一部だったもの。よくぞ娘の言いつけを守り、その棒を肌身離さず持っていたな。それがなければお主は今頃、宇宙空間の迷子。故郷には永遠に帰れなくなっていたぞ」
「ああ、でもここは?」
「薄々勘付いているとは思うがここは”上の世界”。今、お主の故郷の銀河を見ただろう。あれが創造主の箱庭だ。お主が石で飛ばされた先がお主の故郷よりもこちらに近かったので、ここに呼び寄せた」

「こうしちゃいらんねえ。すぐに帰りたいんだ」
「そう慌てるな。銀河はお主の兄妹たちがちゃんとまとめ上げる。ここに来たのは偶然ではなく必然なのだ。お主が為すべきは『上の世界』について知る事だ」
「――どうしておれが?」
「天意に従い、戦う運命だからだ」
「……順天がおれと引っついたのもわざとなのか?」
「心配するな。娘はお主に惚れておる。出会ったのは偶然という事にしておこう」

 
 おれはウルトマから色々な話を聞いた。創造主ってのは十二人の上部座羅漢と六人の下部座羅漢に分かれている。十二人はこの『九回目の世界』を造った奴らで、六人は最初に造られた優秀な被創造物なんだ。
 広い部屋の銀河の箱庭に創造主たちがいなかったのは十二人の一人、アーナトスリの行動を巡っての対策会議のために外出していたからだった。

 アーナトスリってのはとにかく気が短くて、隙あらばこの銀河を破壊しようとする急先鋒だ。ナインライブズなんてものをありがたがるなんて馬鹿げてる。その原因と言われている膨大なエネルギーを銀河に溜め込ませちまったのが自分だからそれを認めたくないのかもしれない。
 おれが着いた時にはアーナトスリは謎の失踪を遂げた後で、銀河を破壊するために何かを企んでるんじゃないかって事で揉めてたそうだ。
 まあ、十一人、実際にはレアってのは象徴的な存在なんで、十一人は一枚岩じゃないんだな。

 で、残りの六人、これが又、十一人とは微妙な関係だ。結局は使い走りみたいな扱いをされる事も多いみたいで、自分たちの子孫の危機であっても何も手出しできないって嘆いてた。
 おれは残りの五人にも紹介されたよ。
 『空を翔る者』の祖、モンリュトル、『水に棲む者』の祖、ニワワ、『地に潜る者』の祖、ヒル、精霊の祖、アウロス、そして『持たざる者』の祖、マーだ。
 彼らはおれたちにすごく好意的だった。
 そん時に、さっきセキに言った次元を制御できる者とできない者では空間と時間の認識が違うって話を聞いた。他にも創造主は気まぐれだから、しょっちゅう『下』にちょっかいを出す。おれが行った時にもバノコとオシュガンナシュが『下』に行ってるって話だった。後、創造主は自分たちが予想できないようなおれたちの行動を大好きだって話だろ――
 ……、……
 あれ、何か大事な話、忘れてんなあ。あっ、そうだ。A9Lの話だ――

 

「何それ、A9Lって?」
 セキが尋ねるとヘキが答えた。
「それについてはあたしが後で話してあげるよ。で、コウ。どうやって帰ってきたのよ?」

 

 ――しばらく六人の創造主と話をしてたら外が騒がしくなった。どうやら他の創造主たちが戻ってきたらしかった。
「そろそろ戻った方がいいですね」ってマーが言った。
「えっ、あの広い部屋の箱庭に飛び込めばすぐに戻れるんだろ?」
 おれが言うと翼を持つモンリュトルは首を横に振った。
「次元を制御できない者には無理だ」
「えっ、って事は?」
「来た道を戻ってもらうしかないな」
 水かきのついた手をしたニワワが言った。
「すごく時間がかかるんだろ?」
「ああ、気が遠くなるほどの時間がかかる」
 モグラみたいな爪を持ったヒルが答えた。
「だが私の棒につかまって進めば、迷子になる事はない」
 義理の父ちゃんのウルトマが言い、枯れ木みたいなアウロスが続けた。
「この六人が心を合わせればシップよりも速く、お前さんを故郷に送り届けられる」

 
 こうしておれは裏口みたいな所から外に出た。ところが出た所に創造主の一人が待ってたんだ。
 真っ赤なドレスを着た、ぞっくぞくするような美人だった。

「チエラドンナ――」
 義理の父ちゃんがおれを背後に隠すようにして言った。
「大丈夫よ。告げ口なんかしないから。せいぜい頑張りなさい」
 チエラドンナはそれだけ言っていなくなった。

 おれはウルトマに「今のはどういう意味だ?」って尋ねたんだ。
「……彼女は『下の世界』の人間に恋をし、その人間は今、行方不明だ。お主に彼と似た波長を感じ『もしや』と思ってやってきたのだろう」
「どこのどいつだい。そんなすごい奴は?」
「帝国の大帝と呼ばれた男、お主らも無関係ではないダイトだ」
 まあ、その後は行きと同じように棒につかまったまま、ここまで戻って来たって訳さ――

 

 ようやくコウの話が終わった。
「何だか、感想もないね」とくれないが言った。
「何だよそりゃ。おれは苦労して”上の世界”から戻ったんだぞ」
「それはそうだけど――スケールが大きすぎてすぐには理解できない」
「そうか――でもこうやって《祈りの星》に全員集まったって事は、皆、これから起こる事を理解してんだな」
「皆、それなりに経験を積んだんだよ」とロクが言った。
「知ってるよ――そういうのは全部棒を通して義理の父ちゃんが教えてくれた。ロクがオデッタっていう可愛い皇女様とくっついたのも知ってんだぞ」
「お前――趣味悪いなあ」
「そう言うなよ。おれは皆が危ない橋渡ってる状況をはらはらしながら聞いてるしかできなかったんだからよ」

 
 マックスウェルの傍で待機していた小さな蛟がコウの竜王棒に向かって飛んでいった。蛟は竜王棒に触り、しきりに首を傾げた。
「どうしたの、ミズチ?」とむらさきが尋ねた。
「……何だか懐かしい」
「そりゃあそうだ」とコウが言った。「お前も龍のはしくれなんだからよ。でも《魚の星》で会った時は違ったぞ。おれを嫌ってんのかと思ってたけど、この棒が怖かったんだな」
「皆、成長したんだよ」
「ふーん、成長ねえ」

 
「さて、あんまり皆を待たせても悪い――そろそろ始めようか」
 ハクの合図で兄妹たちは立ち上がった。

 

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