7.9. Story 2 《起源の星》

2 完全なる記憶

 ケイジは《起源の星》のヤスミにいた。
 ヤスミは天守閣のある城を抱いた城下町だった。町を行く人も皆、髷を結い、着物を着ていた。江戸時代の日本のようなこの町をケイジは一目で気に入った。
 聞く所によれば城は一度地中深くに沈み、最近になって引き上げられたらしかった。
 ケイジはその事業を成し遂げたヤスミで一番の実力者と呼ばれるモーヴァラズという人物に興味を持った。

 
 モーヴァラズの屋敷を訪ねると、すぐに屋敷に通してくれた。慣れ親しんだ畳敷きの部屋で待っていると主人のモーヴァラズが現れた。
「珍しいお客人が来られたと言うもので。モーヴァラズと申します。旅のお方ですか?」
「《青の星》から。この星はよく似ている」
「それは真ですか。失礼ですがお名前は?」
「ああ、それは失礼した。ケイジと言う」
「……ケイジ……はて、どこかで聞いた名です」
「失礼だが、先祖にモデストングという者はいなかったか?」
「何故、それをご存じなのですか?」
「実は私もモデストングと同じく起源武王に仕えていた」
「……今のは聞き間違いでしょうか。ケイジ殿ご自身がカムナビにですか?」
「うむ。もう千年以上前になるな」
「――思い出しました。確かに我が祖モデストングの日記にケイジ殿の名が出ておりました。銀河一の武勇を誇ると。しかし今日まで何をなさっておいででした?」
「チオニの戦いに赴いたのまでは記憶がある。その後、千年間眠り、目覚めた時には《青の星》にいた」
「それは又、面妖な話ですな」

 
「ところで都の人によれば、この星は大変な災難に見舞われたようだな?」
「はい。一回目のチオニの戦いの後すぐに天変地異に見舞われ、都が全て地下深くに潜ったそうです」
「それを一人でここまで立て直したか。ほぼ私がいた頃のままだ。立派なものだな」
「いえ、それが私の力だけではないのです。デズモンド・ピアナという方がいらして、初めて地下に都が埋まっている事に気付きました」
「デズモンドか。よく知っているぞ。つい先日まで一緒にいた」
「左様でしたか。デズモンド殿は先祖の日記を探し出して下さいました。そこには驚愕の内容が書かれていたのです」
「驚愕だと?」
「はい。確かに都は地中深くに沈みました。ですがそれは天変地異によるものではなく、ドノスの復讐を恐れたモデストングが創造主の力を借りて行ったものだという事でした」
「ふむ。理解できない話ではないな」
「さすが、銀河を飛び回っている方は理解できるのですね」
「そんな偉そうな話ではない――それで都を再び地上に引き上げたという訳だな?」
「賭けでした。我々は最早チオニの援助を受けられないどころか、彼らを敵に回してしまうかもしれませんでした。しかしこの星も自分たちの足で歩いていかねばならない、そう考えて都を再興いたしたのです」
「正解だったな。ドノスは滅び、脅威はなくなった」
「その通りでございます。かくなる上は連邦の使節がこの星を訪れるのを待つばかり。都は色めき立っております」

 
「ところでモーヴァラズ、都は完全に昔通りか?」
「はっ、それはどういう意味でしょう?」
「まだ地中に潜っている部分があるのか、という意味だ」
「そういう事でしたら、東の『封印の山』の付近は戻しておりません」
「必要ないからか?」
「それもありますが、我が祖の日記に妙な記述がありましたもので――」
「ほぉ、それはどんな一節だ?」
「山は未来の大きな事象のために存在しているので人目に晒す事なかれ、でした」
「山には行けるか?」
「……ケイジ殿もこちらにいらした事があるのでしたら冗談がお好きですな。行けないから『封印の山』なのではありませんか」
「――そうだったな。聞き方が悪かった。山の入口には行けるか?」
「え、ええ。地下を通っていけば」
「わかった」

 
 数日間、モーヴァラズの屋敷に滞在した。ある日の午後、ヤスミの町をぶらついていると《狩人の星》から急いで駆け付けたヘキに出会った。
「よかった。ケイジ、まだいてくれて」
「気の長い方でな」
「そうよね。千年も待ってたんだもん。今更、急ぐ必要ないわ」
「その通りだ――《狩人の星》はどうだった?」
「バッチリよ。もう悪意には負けない。でもまだあと二か所残ってるけど」
「残りの二か所に行く必要はない」
「えっ、どうして。この星に一か所、あとどこかにもう一か所あるんでしょ?」
「ここから東に行った封印の山に一か所あるが、そこには行けない。そこは頭脳にあたる場所だ」
「頭脳?……そう言えばこれまでの遺跡の石の柱には、どれも目とか耳とか足とか、身体の器官が彫られてたけど」
「そういったパーツとは比べ物にならない。相手は頭脳だ。強引に封印の山に登ろうものならお前は消される」
「……ケイジ」

「私はかつて山に登り、そこで頭脳、ナヒィーンに会った。ナヒィーンは私の記憶を消し、《青の星》で眠りにつかせたのだ」
「記憶が完全に戻ったのね?」
「創造主ジュカは言った。サフィのせいで計画に狂いが出て、予定よりもずっと早く私がナヒィーンに接近したと。そしてジュカは私を『封印の山』に飛ばし、ナヒィーンが私の記憶を奪った」
「どうして……ケイジが……待って。言わないで。もうそれ以上聞きたくない」
「ヘキ、お前は聞かなくてはならない。でないと私が何故、この世界に存在するのか、その本当の理由を知る人間が一人もいなくなってしまう」
「……」
「本当は誰にも知らせるつもりはなかった。だがお前だけには知っておいてほしい。ケイジという男が何のために造られたのかをお前の心の中にだけ刻み込んでおいてほしい」
「……デズモンドには言うわよ」
 ヘキの声は涙交じりになっていた。
「ふっ、あいつに言ったのでは何の意味もないが仕方ないか。銀河の歴史を広く伝えるのがあいつの仕事だからな」
「銀河の歴史か……」
 ヘキは崩れ落ちそうになる精神を必死になって立て直した。
「だったら恥ずかしい所は見せられない。あたしに質問させて」

 
「もう一か所の遺跡はどこにあるの?」
「それは遺跡ではない。私自身だ。ナヒィーンが頭脳であれば、私は心臓だ」
「――何のために?」
「創造主はナインライブズの発現を熱望すると同時に恐れた。もしもナインライブズがあまりにも強大で制御できなかったら。そう考えた彼らは『九回目の世界』創造の時にナインライブズに対する抑止装置を造った――A9L(Anti-Nine Lives)と呼ばれている」
「……」
「創造主はA9Lを九つのパーツに分けて銀河の各地にばらまいた。《不毛の星》の目、《密林の星》の鼻、《囁きの星》の口、《巨大な星》の耳、《オアシスの星》の腕、《長老の星》の足、《狩人の星》の体、それに《起源の星》、ナヒィーンの頭脳と心臓である私だ」
「……」
「創造主は頭脳と心臓を別格と考え、ナヒィーンと私には人の形を取らせた。だが何故、私がこのような顔形なのかはわからない。おそらく以前の世界の『強き者』でもイメージしたのかもしれない」
「……」
「私が《青の星》で目覚め、ナインライブズであったリンを指導したのは全くの偶然だった――いや、それさえもサフィの狙いだったかもしれない。あげくにセキの覚醒まで手伝う事になった」
「……あたしもだよ」
「ん、何か言ったか。だが聞く所によれば、創造主はこういう予定外の事象が大好きなようだ。A9Lである私とナインライブズの子であるお前たちが親しくするのを見て大喜びしたに違いない」
「創造主が喜んでるなら、もうこのままでいいじゃない?」
「何のためにこれほど長い間生かされてきたと思っている。被創造物として造られたのなら、その期待に応えねばならない。期待はずれではドノスと一緒だ」

 
「旅に出ようと思ったきっかけは?」
「ナヒィーンが呼んだのか、或いは創造主たちがその時期と考え、策を弄したのか。だがいずれにせよ、お前たちの覚醒と無関係ではない」
「――あたしたちは戦わなければならないの?」
「言った通りだ。兄妹たちに伝えておけ――本気でかかってこい。お前たち九人の最善の状態をもって私に相対さなければ、勝てないぞ」
「そんなのはわかってる」
「わかっていればいい――ではいくぞ。次に会うのは敵としてだ」

 ヘキは去っていくケイジの後姿を見送った。
「――さて、あたしも《祈りの星》に行かないと」

 
 ケイジはヤスミの都の東にあった穴の入口から『封印の山』に向かった。
 途中で異次元につながる道があり、そちらを進むと頂上に出た。
 頂上には宇宙船の残骸のようなものが大地に突き刺さっていて、その傍らに男が立っていた。白い肌に赤い唇、全体的にのっぺりとした風体だった。
「――来たか。長かったな」
「うむ。こうして会うのは二度目か」
「完全に記憶が蘇ったようだ。ようやくその時を迎えたのを実感するな」
「今すぐ動くのか?」
「いや、まだだ。向こうが発現してからでいい。それまではここでのんびりとしていろ」
 ケイジとナヒィーンは思い思いに山の頂上の岩に腰かけて、その時を待った。

 

先頭に戻る