7.9. Story 1 ヴァニタス

2 マーガレットとの再会

バスキアと雷獣の再会

 ヘキはハクと共に《狩人の星》の遺跡を調査しに赴き、そこで意外な人物と出会った。
 都のエル・ディエラ・コンヴァダは《流浪の星》での連邦加盟手続きを終え、訪れた連邦使節団の話題で持ちきりだった。
 浮かれ気分の街の大通りを歩くハクの足が止まった。

「どうした、雷獣?」
 ハクは腕に差した盾に話しかけた。
「おい、外に出てもいいか?」
「――それはだめだ。こんな人通りの多い往来で出たら大騒ぎになるぞ」
「だったら、おれの言う通りにしてくれ――走れ」
「何を?」
「黙って走れ。おれがいいと言うまで走れ」

 ハクとヘキは訳もわからずに人でごった返す大通りを走った。数百メートル走った所で雷獣が再び声をかけた。
「よし、もういいぞ。今度はあの前を行く男に声をかけろ」
 ハクは言われるまま前を歩く男の背中に声をかけた。
「あの、すみません」
 振り向いたのは中年の男だった。男はハクを見て、それからハクの腕に目を留め、にこりと笑った。
「ここでは何です。人気のない場所に移動しよう」

 
 緑の芝生がまぶしい公園にやってくると男は芝生に腰を下ろした。すかさずハクの盾の中の雷獣が外に飛び出し、男の前に立った。
「久しぶりだな。バスキア」
「やはりお前だったか、雷獣。《戦の星》にいたのではなかったか?」
「色々あってな。今はこいつと旅してる」
「ほお」
 バスキアはハクとヘキの顔を順に見た。
「察するに文月の兄妹だな」
「何故、それを?」
「いや、セキとコウ、それに茶々にも会った。やはり君たちはどこか似ている」
「ハクとセキは実の兄弟だものね」とヘキが言った。
「いや、君も似ているよ。何かを乗り越えた顔だ」
「えっ、あたしが……それはどうも」
「茶々に会ったと言われましたよね。一体どこで?」とハクが尋ねた。
「大変だったよ――

 
 バスキアは茶々とリチャードが《魔王の星》を訪れて、茶々が暗黒魔王を食らった話をした。
「……それは荒っぽい」
「だがそのおかげで何千年に渡って、あの付近の星々を悩ませていた暗黒魔王が消滅した。幸いにして茶々が勝った事によってね」
「あいつらしいな。どこに行くか言っていましたか?」
「まだ《魔王の星》にいるんじゃないかな」
「もうやる事もないでしょうに」
「それがね、妙なんだが、魔王に会ってからというものリチャードの様子がおかしくてね。変に考え込むようになって、人の話も聞いていない」
「リチャードが?」
「ああ、どうも暗黒魔王の正体を探っているらしいんだ。一体、何に興味があるのだろうな」
「リチャードなら心配ありませんよ――ところでバスキアさんは何故ここに?」

 
「私はこの星の出身なんだよ。連邦大学の学生の時に、デズモンドと出会い、冒険をして、《戦の星》で雷獣と知り合ったという訳さ」
「そうだぞ、ハク」と雷獣が言った。「お前なんかよりも古くからの知り合いだ」
「……だとするとバスキアさんこそがエクシロンの再来だったかもしれないですね」
「いや、こいつはちょっと変わっててな。アラリアのハンター、銀河一の弓矢の使い手だ。だからエクシロンの剣なんかにゃあ目もくれなかった」
「アラリア、聞いた事があります」
「この星にある日、突然現れ、突然消えた幻の民族の末裔なんだよ。私以外にもう一人、ミネルバ・サックルローズという女性を知っているかな?」
「もちろんですよ。言語学者としても有名ですが、《虚栄の星》の七武神、ランドスライドの母親ですよね?」
「ああ、最近ではそちらの方が有名か」
「ランドスライドとは《享楽の星》で行き違いだったのです。この後、《虚栄の星》を訪ねるつもりなので、そこで会えるかな」
「なるほど。そう言えば君たちの来訪の目的を聞いていなかった。こんな星に何の用だい?」

 
「あたしは遺跡が見たいんです」とヘキが言った。
「遺跡――ああ、『超古代遺跡』か。ここからそう遠くない所にある。だがどうしてあんな場所に行きたいんだい?」
「他の兄妹は皆、忙しいのにって意味ですか」
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないよ。ただ何もない場所だからね」
「遺跡は文月の一族にだけ、強烈な恨みの感情をぶつけてくるんです。これまでの六ヶ所もそうでした」
「遺跡がここ以外にもあり、君たちを恨んでいる。まるでこれから君たちがやろうとしている事を妨げるようだね」
「さすがはバスキアさん。その通りです。あたしはどうにかしてその感情に対する耐性ができました」
「ふむ。七か所目か……あとの二か所はどこなんだろうね?」
「そこまで事情をおわかりなんですね。多分一か所はこの後向かう《起源の星》、最後の一か所はわかりません」
「それは妙だね」
「どうしてですか?」

「君たちは銀河のあらゆる場所に行っている。それこそ伝説の域を出なかった《智の星団》やここのような場所まで来ているのに、遺跡が見つからないというのはどういう事だろう?」
「……それは」
「君にはもうわかっている。全ての答えは《起源の星》にある事を――さあ、早く遺跡に行こうか。私が案内する」
「いいんですか。バスキアさんの用事は?」
「少しくらいは平気だよ。それよりハク君に頼みがあるんだが」

 
「何でしょう?」
「ランドスライドに伝言を頼まれてほしい。私はポータバインドをデプリントしているんでね。連絡の取りようがないんだ」
「伝言の内容は?」
「彼に会ったらこう伝えてほしい。『君の母親は健在だ。心おきなく行動しなさい』。それだけで意図を汲んでくれるはずだ。いいね」
「わかりました」

 
 バスキアの案内もあり遺跡にはすぐに着いた。初めて経験する遺跡から放出される強烈な悪意の前にハクは顔面蒼白になり跪いて、肩で息をした。ヘキは必死の形相で堪え、途中で笑顔を浮かべる余裕すら見せた。
 バスキアはハクの腕から出た雷獣と昔話に花を咲かせる一方、この不思議な光景に「ほぉ」とか「ふむ」と頷くだけだった。

 エル・ディエラ・コンヴァダに戻って、三人はそれぞれの目的地へと別れた。バスキアは故郷のキルフに向かい、ヘキは慌ただしく《起源の星》に向けて出発した。
 ハクは二人を見送ってから《虚栄の星》に向かった。

 

最愛の人

 ハクはヴァニティポリスのジェネロシティの丘に着いた。
 ポリス地区は普段通りの華やかな活気に包まれていたが、珍しく連邦軍の兵士たちが多数行き来していた。
 ハクは一人の兵士を捕まえて尋ねた。
「ものものしいですね」
「はい――あ、あなたはハク文月。そうなんです。ヴァニタス海賊団殲滅の命令がコメッティーノ議長から出たんです」
「本当かい?」
「本当です。自分も《将の星》の兵士ですが今回のミッションに駆り出されました」
「コメッティーノ自らねえ」
「ハク殿はそれでいらっしゃったのではないのですか。数時間前に《七聖の座》の連邦府が襲撃され、議長他、ゼクト将軍、くれない文月殿の力により、ヴァニタス海賊団を敗走させたのです」
「どうやら本気だね」
「この機会に一気にヴァニタスを壊滅させるおつもりです。ですがご存じの通り、ヴァニティポリスは広大な都。その上、星の実権を握っているのは『グリード・リーグ』と呼ばれる企業集団。連邦軍の力が行き届かないのが実情です」
「相手の本拠もわからないんだね?」
「はい。恥ずかしながら」

 
 兵士の言葉にハクはヴァニティポリスの状況を思い返した。彼の言う通り、この都会を動かしているのは企業だった。巨大な企業集団が『グリード・リーグ』という名の自治組織を作り、連邦を様々な面において拒絶していた。
 それ以上の事がわからないハクはポリスの中の公園付近にいた地元の治安維持隊員に尋ねた。
「企業集団の本社の場所ですか。変な事、聞きますね――えーと、ここジェネロシティで最大なのはもちろんブルーバナー社、アミューズメント機器で有名かもしれないですけど軍需産業にも手を広げています」
「他の地区の企業もわかりますか?」
「ええ、北東のテンペランスのトリリオン、元々は金融中心に発展をしました。次が北西ペイシャンスのPKEF、ここはエネルギー関係です。北のカインドネスはワナグリ、これは農業関係。そして中央フェイスのロイヤル・オストドルフ、最大の貿易会社です。最近じゃあカナメイシみたいな新興勢力も力をつけてますけどね」
「もう一つ、丘がありましたよね?」
「モデスティですね。不思議と大きな企業集団の本社がないんですよ。大昔の呪いのせいだなんていう人もいますけど。なので一番ゆるいというか何でもありの雰囲気ですかね」

 
 ハクは男と別れてから考え込んだ。
 ヴァニタスが見つからない理由は、見つかりにくい場所に潜んでいるから。となるとモデスティか。
 だが最も怪しいブルーバナーはこのジェネロシティにある――

 ハクは決断した。移動の途中で見かけた連邦兵士を呼び寄せ、ジェネロシティのブルーバナー社周辺を徹底的にマークするように命じてから再び動く歩道に飛び乗り、モデスティに向かった。

 
 モデスティも普段通りの活気を呈していた。ハクは中心にある旧文化地区に向かった。
 ゴシックと旧文化の境にある公園のベンチに座っている男と目が合った。男はハクを発見すると立ち上がってよろよろと近付いた。ひどい怪我を負っているようで、ベンチには血だまりができていた。
「……何か?」
「お待ちしておりました」
「負傷されているようですが」
「お気になさらないで下さい。それよりも急がないと。あなたが一番お会いしたい人に会わせて差し上げようと思って待っていたのですよ」
「あなたはヴァニタス?」
「……『嘆きの詩人』ことプロロングです。さあ、こちらに」

 プロロングに肩を貸し、向かった先は公園の中の音楽堂だった。
「……では私はこれで」
 去る後姿を見送りながらハクが一礼していると、雷獣がいきなり盾から飛び出した。
「どうした、雷獣?」
「あいつ、死ぬな。ちょっと見に行ってくるから、お前はお前で決着をつけとけ」
 雷獣はそう言い残して走り去った。

 
 音楽堂の舞台の上では一人の女性がハクに背を向けて立っていた。
「……君は……マーガレット」
 振り向いたのはまぎれもなく《巨大な星》、フォローの爆破事故で亡くなったはずのマーガレットだった。
「ハク」
「……やはり死んではいなかったんだね。でも何故?」
「ハク、お願い。あたしの話を聞いて」

 
 ハクはマーガレットに促されて舞台の袖に並んで腰かけた。
「あたしは――あなたの前ではマーガレット、ある時はミラ・ムスクーリと名乗ったりもしたわ。でも本当の名前はヨーコ、ヴァニタスのヨーコよ」
「セキから《魅惑の星》の話を聞いて、もしかしたらと思っていたよ――生きていてくれて良かった」
「どこまでもおめでたい人ね。今日こうして会ったのはあなたにマーガレットを忘れてもらうため。わかるでしょ、あなたはこんな女を好きになっちゃいけないの」
「それはどういう意味だろう。私は自分の感情や行動を恥ずかしいとも、間違っていたとも思わない」

 
「――この話はいいわ。実はもう一つ、用事があるの。これ」
 マーガレットは竪琴と石をハクに手渡した。
「これは?」
「竪琴の方はあたしがセキから奪った『Peacock Harp』、” Dreamtime ”が埋め込まれてるわ。もう一個の石はドワイト卿からあなたにって。” Animal Instinct ”っていう名前の石よ」
「”Animal Instinct”?」
「人間の眠れる野性を呼び覚ますんですって。コクをヴァニタスに引きずり込んだのもこの石の力」
「ドワイト卿という人物がヴァニタスの黒幕なんだね」
「でもヴァニタスはもう終わり。今頃、城ではチャパとコクと卿で最後の話し合いをしているわ」

「――マーガレット。私は人間が石を使う事には反対だ。だがその”Animal Instinct”だけは使ってみたくなったよ」
「どういう意味?」
「自分自身に使えば、今この場で君を私のものにできる」
「……最低ね。そういうのは自分の力でどうにかするものよ」
「マーガレット」
 ハクがゆっくりと両手を肩に置くとマーガレットは抵抗せずに受け入れた。ハクは徐々に体重をかけていき、マーガレットは仰向けに倒れ、二つの体は重なり合った。

 
 どれくらい時間が経っただろう、けだるい雰囲気の残る中、腕をからめていたマーガレットがハクの耳元で囁いた。
「行かなくていいの?」
「――ずっとこのままでいたい」
「でもまだコクもチャパも石を持っている」
 ハクはゆっくりと体を起こした。
「マーガレット、二人で暮らそう――約束してほしい。すぐに戻ってくるからここで待っていてくれ」
 ハクは音楽堂から走り去った。

 

”Worm Hole”

 音楽堂を出てしばらくすると雷獣の姿が目に入った。その傍らには力尽きたプロロングが倒れていた。
「こいつ、やっぱりだめだった――お前の方は決着ついたのか?」
「いや、まだだ。今から城に向かう」
 ハクは雷獣に飛び乗り、丘の中心にある古城に急いだ。

 
 ハクと雷獣が城の大広間に行くと広間の中央ではコクとチャパが睨み合っていた。
 ハクが近付こうとすると背後から手をかける者があった。
「もう少し見ていましょう。割って入るのは後でも構いません」
 ハクが振り返るとそこには小柄な初老の男が立っていた。
「――ドワイト卿?」
「思いは遂げましたか?」
 ハクは顔が真っ赤になるのを感じた。
「ええ、全てあなたの計画通りだったんですね?」
 ドワイト卿はそれには答えずに、二十メートルほど先のコクとチャパに目を向けた。

 
「チャパ。どうしてもその”Worm Hole”は渡せないっていうのか?」
 コクが叫んだ。
「それを言うならお前の” Resurrection ”をこちらに渡してもらおうか」
 チャパが答えた。
「死んだ仲間を蘇らせるつもりか?」
「ああ、そうだ。お前こそおれが飛ばした弟を呼び戻したいんだろ?」
「その通りだ」
「残念ながら『はい、どうぞ』って訳にはいかねえなあ」
「だったら力ずくで奪い取るまでだ」
「そうこなくちゃな」
 コクの腕の盾から雨虎が現れ、チャパもコクも剣を構えた。

 チャパの曲刀をコクの捻じれた刀が受け止めた。コクは一歩下がってからチャパに斬りかかり、今度はチャパの曲刀がコクの刀を受け止めた。
 二人の腕はほぼ互角で戦いは長引いた。

 
「さて、私はそろそろ行きます」
 戦いを見ていたドワイト卿が言った。
「どこに?」
「決まっているじゃないですか。《祈りの星》ですよ。銀河誕生以来の出来事をこの目に焼き付けておかないといけませんからねえ」
「……あなたは……という事は私たち九人が揃う。コウも帰ってくるという事ですね?」
「さあ、そうだとしたら今、あそこで行われている戦いは意味のないものになりますね」
「――確かに。”Worm Hole”の力など必要ない」
 ハクはそう言うと刃を交える二人に近付いていった。ドワイト卿はそれを満足そうに見てから去っていった。

 
「コク、チャパ。もう戦う必要はないぞ」
 突然のハクの乱入にコクとチャパは動きを止めた。
「何だよ、ハクか。邪魔すんじゃねえよ――『必要ない』ってどういう意味だ?」
「コウは戻ってくる。もう石を使わなくていいんだ」
「ははは、そりゃ良かったな」
 チャパが肩で息をしながら言った。
「だがおれにとってはそんなのは戦わない理由にゃならない」
「チャパの言う通りだ。こいつの石は取り上げないとな」
「――わかった。ならば私がやろう」
「おい、ハク。しゃしゃり出てくるんじゃねえよ」
「……おれはどうでもいいぜ。早いとこ決着つけようや。そっちの化け物たちも様子見じゃなくって加勢していいんだぜ」
 化け物たちと言われた雷獣と雨虎も寄ってきた。
「化け物だとよ。ずいぶんだな」と雷獣が言った。
「こいつ、死にたがってんだ。望み通りにしてやろうぜ」と雨虎が言った。
「いや、こいつには俺が引導を渡す。お前らは見てろ」
 コクはそう言って再びチャパと向かい合った。

 
 コクの刀とチャパの曲刀がつばぜり合いとなった。
 チャパはにやりと笑うと、片手で石を取り出し、『ワームホール』と唱えた。コクとチャパの目の前五十センチの近さに空間の裂け目が広がった。
「――おめえの弟が行ったのと同じくらい遠い場所に繋がってるんだぜ」
 チャパはそう言うと何を思ったか、石をコクに向かって突き出した。コクが片手で石を掴み取った瞬間、つばぜり合いが緩み、チャパは開いている空間の裂け目に向かってダイブした。
「あばよ。もう会う事はねえ」
 チャパの姿は空間の裂け目に吸い込まれ、裂け目は消えた。コクの手の中には”Worm Hole”の石だけが残った。

 
 コクは何も言わずにハクに近付いた。その手には今手に入れた”Worm Hole”の他に二つの石、”Resurrection”と” Make-believe ”があった。
「これをコメッティーノに――ってお前も手一杯か。まあ、雷獣にでも持たせればいいか」
「コク。《祈りの星》には来るんだろう?」
「……」
 コクはそのまま去っていった。

 
 コクと別れたハクは音楽堂に急いで取って返した。
 マーガレットの姿はすでになく、舞台の上には可憐なマーガレットの花が一輪、置いてあった。

 

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 Story 2 《起源の星》

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