7.8. Story 4 帰郷

2 デズモンドの逡巡

見守る大男

 翌日、デズモンドは美木村と連れ立って外出した。向かった先は大崎と品川の間のとある場所だった。
「へえ、わしも長い間、東京に暮らしたがこの辺に来た事はなかったな。何かあるのか?」
 デズモンドは二月の半ばだというのに、三十年前と同じ、白のTシャツに赤いチェックのシャツ姿だった。
「セキに言われてよ。ある男を見張ってるのさ」
 答えた美木村もおよそ季節感に乏しい黒のスーツ姿だった。
「ある男。誰だいそりゃ?」
「何でもよ、どっかの星で人を殺したとかで逃げ込んできたって話だ」
「そんな奴は連邦に通報すりゃおしまいだろ?」
「はっきりとした証拠はねえんだと。しかもそいつが直接手を下した訳でもなく、唆しただけなんだそうだ」
「何だ、その話は。すっきりしねえな」
「まあな、セキも又聞きで、一番詳しいのは弟の茶々って奴だ」
「茶々か。あいつじゃあ無理だな。戦うしか脳がなさそうな面してた」
「デズモンド、会ったのか?」
「ああ、ハクとヘキとロク、セキと茶々には《霧の星》で会った」
「ふーん、面白い兄妹だよな。あんだけ人数がいりゃあ楽しいだろうな」

 
「ところで美木村、あんた生まれは?」
「北海道だ」
「寒い場所だな」
「幌内っていう炭鉱の町さ。ぐれて十五の時に飛び出しちまったけどな」
「あんた、娘ができたばっかりなんだってな」
「セキだな。余計な事言いやがって」
「一緒には暮らしてねえのか?」
「こんな商売してちゃあ、いつ襲われても仕方ねえ。カミさん共々カミさんの実家に預けてるよ」
「じゃあ会ってないのか?」
「週に一回、顔を見に行ってるよ」
「偉いな。わしとは大違いだ」
「デズモンド、あんた――」
 デズモンドは美木村を目で制し、小声で囁いた。
「誰か出てきたぜ」

 
 ビルから出てきたのは白いローブのような服を着た優男だった。男は別に警戒する風でもなく、大崎の方面に歩いていった。
「デズモンド、あいつ知ってるか?」
「そんな訳ない。三十年から眠ってたんだぞ。どこに向かったんだ?」
「団体や企業を回って信者を獲得しようとしているが、あんまりうまくいってないみてえだ」
「信者?宗教に関係してんのか?」
「ああ、言ってなかったな。バルジ教とか名乗ってる教団のアタマだそうだ」
「バルジ教だあ?そりゃあ銀河で一番信者の多い宗教だぞ。そのアタマ張る人間が殺人に関連してるってのはよろしくねえな」
「だからこうして見張ってるんだろ」
「なるほど。色々とあるな。で、後をつけるのか?」
「いや、特に怪しい場所に行く訳でも、怪しい奴に会う訳でもないんでな」
「何だよ。じゃあ、わしは帰るぞ」

 
 デズモンドは美木村と別れ、一人で品川から山手線に乗った。電車を上野で降り、公園をぶらついた。季節は二月だったが暖かな日差しが心地よかった。
「上野は昔と変わっちゃいないな」
 独り言を言ってから、公園の売店で新聞と缶コーヒーを買った。近くのベンチでコーヒーを一口飲んで吹き出しそうになった。
「何だよ、こりゃ。コーヒーのくせに甘いじゃねえか」
 更に新聞の活字を眺めていてある事に気付き、苦笑した。
「わしは漢字が苦手だった――さて、仕方ない。出かけるか」

 
 上野から地下鉄で浅草に向かった。浅草で地上に出て、浅草寺の脇を回り、入谷方面にぶらぶらと歩いた。
「ティオータに最初に会ったのはこのへんだったなあ」
 デズモンドの足はティオータの家へと向いた。この付近はあまり変わっておらず、昔ながらの平屋の日本家屋が肩を寄せ合うように建っていた。だがこの辺も数年後にはマンションに変わってしまうのだろう。
 デズモンドはティオータの家の手前、三十メートル付近で足を止め、電信柱の陰に隠れるようにしてそっと様子を窺った。

 
「デズモンド、隠れ切れてないよ」
 デズモンドは突然に背後から声をかけられて飛び上がらんばかりに驚いた。声をかけたのはセキだった。
「驚かすんじゃねえよ」
「やっぱりここに来たんだね」
「いや、上野に用事があってな。これはついでだ」
「素直じゃないな。ティオータさんに会っていきなよ」
「ん、いやあ、あいつも色々と忙しい。だからいいんだよ」
「もうじれったいな」

 セキはそう言うと二メートル近い巨体を片手で引いて歩き出した。重力制御をかけられたデズモンドは子供のように引きずられた。
「てめえ、セキ。術をかけやがったな」
「――しっ」
 セキはティオータの家の引き戸に手をかけようとして立ち止まった。
「誰かいるね」
 今度はデズモンドがセキを引っ張った。慌てて元の電信柱の所までセキを引きずって物陰から様子を窺った。

 
 ティオータの家の戸が開き、そこから一組の男女が現れた。女性の方は一歳くらいの男の児を抱っこしていた。
 男の方が家の中に向かって声をかけた。
「じゃあ、父さん。又、来ますから。無理しちゃだめですよ」
 それに対して家の中から返事があったようだが、デズモンドたちの所までは聞こえなかった。
 一組の男女はデズモンドたちが隠れる電信柱のすぐ脇を通って浅草方面へと歩いていった。

 
 デズモンドは呆然と後姿を見送った。
「……能太郎か。立派になったな」
「うん、きっとあの子がジウラン――あ、そんな場合じゃないよ、デズモンド。早く追いかけようよ」
 走り出そうとしたセキをデズモンドが止めた。
「いや、いい」
「どうして?」
「お前も聞いただろう。能太郎はティオータを『父さん』って呼んでた。今更、わしの出る幕じゃない」
「でも」
「何一つ親らしい事をしてやれなかったわしがのこのこと出ていってどうなる?わしは三十年前のあの時に死んだ。それでいいんだ」
「……」
 デズモンドは何も言わず能太郎たちとは反対の日暮里方面へと歩いていった。セキは黙ってデズモンドに付いていった。

 

ティオータとデズモンド

 翌朝、門前仲町の屋敷で目を覚ましたデズモンドに訪問客があった。
 もえが案内するのも待たずにデズモンドの部屋に入ってきたティオータはきょとんとしているデズモンドを思い切り殴り付けた。
 あまりの凄まじい音にセキと美木村が駆け付けた。ティオータはのろのろと起き上がり正座したデズモンドに向かって口を開いた。

「てめえ、一体どういうつもりだ?」
「……いや、わしは」
「帰ってきたなら、どうしていの一番に挨拶に来ねえんだ?」
「……」
「知らねえとでも思ってたか。冗談じゃねえ。『デズモンド・ピアナ氏、三十年ぶりに保護される』って連邦の臨時ヴィジョンが入ってんだよ。地下じゃあ皆、大騒ぎだ。それをこの野郎」
「……」
「けっ、見損なったぜ。少なくとも昔のお前はこそこそと行動する奴じゃあなかったのによ」

「ティオータさん」
 セキがたまらず声をかけた。
「よぉ、セキじゃねえか。これはおれとこいつの問題だ。口出さねえでもらいてえな」
「そうじゃないんだよ、ティオータさん。デズモンドはね、幸せな家庭を築いてるティオータさんと能太郎さんの仲を邪魔したくないんだよ」
「な、何だとお」
 再びティオータが正座しているデズモンドを殴ろうと構えた所を美木村が後ろから羽交い絞めにした。

 ティオータは「ちっ」と言いながら美木村の腕を振りほどき、デズモンドの前に胡坐をかいて座り込んだ。
「やい、デズモンド。いつからそんな余計な気を回す男になったんだ?」
「……」
「てめえはいつだって無神経で無遠慮。好き放題に生きてきたじゃねえか」
「……言わせておきゃあ好き勝手を。何だと、この野郎」
 デズモンドがティオータに飛びかかった。二人は組み合ったまま、部屋の中を転げ回り、部屋の障子や畳が滅茶苦茶になった。
 様子を見ていた美木村が黙ってセキに合図を送り、セキは二人に重力制御をかけ、やっと動きが止まった。

 
 インターバル中のボクサーのようにセキと美木村に分けられた二人は少し離れて座った。
 初めに口を開いたのはティオータだった。
「デズモンド、おれとお前の間で約束を守らなかった事があったか?」
「いや、ない」
「だろう。だから三十年前にお前がおれの家に寄った時にもお前が帰ってくるのをわかってた」
「当たり前だ。わしが死ぬ訳ない」
「能太郎には本当の事を話してある」
「……」
「あいつの名字はピアナ、あいつは能太郎ピアナだ。この三十年間、おれはあいつに言い続けてきた。『お前の親父はそのうち、ふらっと帰ってくるさ』ってな」
「……」
「なっ、だから会ってやってくれよ。能太郎と孫のジウランによお」
「……いや、お前が能太郎の父でジウランのじいちゃんだ」
「何だと。ジウランっていう変てこな名前はてめえが言い残してったから、そうつけたんだろうが」
「『変てこ』とは言いやがったな」
 再びデズモンドがティオータに飛びかかろうとしてセキに止められた。ティオータも今にも飛びかかりそうな勢いの所を美木村に押さえられた。

 
 そこにもえの押す車椅子に乗った伝右衛門が現れた。
 伝右衛門はいきり立つ二人を見て楽しそうに言った。
「うるせえなあ。目が覚めちまったじゃねえか」
 デズモンドとティオータは居住まいを正した。
「すまねえ」
「あんたたちはおれが洟垂れの頃から活躍してる。おれなんかよりずっと年上、百歳以上のじじいじゃねえか。それが子供みてえにケンカしやがってよお」
「どうもこいつの顔見るとこうなっちまうんだよ」
「わしもだ。別にケンカしてるつもりはない」
「へっへへへ。そんだけ仲がいいってこった。でも今回ばっかりは互いに譲れねえんだろうなあ」
「ああ、おれは約束を守った」
「――わしには父親の資格なんぞないんだ。大都の時もそうだし――」

「まあまあ」
 伝右衛門は言った。
「だったらここはおれに任せちゃくれねえか」
「ああ、伝右衛門さんがそう言うなら」
「異存ねえよ」
「よっしゃ、決まりだ。ティオータ、明日の昼、その能太郎さんたちを連れて又ここに来てくんな。頼むぜ」
「伝右衛門さん。『来てくれ』って、何すんだよ?」
 デズモンドが声を上げた。
「そりゃあ、おめえ、皆で飯食うに決まってんだろ」

 
 伝右衛門を部屋まで送り届けたもえが再びやってきて言った。
「うふふ。おじいちゃんったら張り切っちゃって」
「もえ、悪かったな。騒がせて。お前も大事な体なのに」
 デズモンドは座ったままでぺこりと頭を下げ、それを見たティオータも頭を下げた。
「いいのよ。あんな嬉しそうなおじいちゃん見るの久しぶりだし。きっと仲のいい二人をうらやましく思ってるのよ」
「仲がいいって言うより腐れ縁だ」
「おう、戦前からだから六十年以上になるか」
「そんなんなるかなあ。今でも最初に会った浅草の事は鮮明に覚えてら」
「わしも昨日あの辺を歩いておんなじ事を思ったよ」
「ほら、やっぱり仲がいいじゃない――あっ、いい事思いついた」
 デズモンドもティオータも不思議そうな表情でもえを見つめた。

 

もう一つの地下

 同じ頃、都内の某所で三人の男が会っていた。
 一人の男が思い出したように言った。
「そう言えばこの間の臨時ヴィジョンには驚いたな」
「ん、臨時ヴィジョンとは?」
 もう一人の男が答えた。
「何だ、知らないのか?」
「あまり世間に興味がなくてね」
「あんたらしいな。何とあのデズモンド・ピアナが数十年ぶりに発見、保護されたというのだ。今頃はこちらに戻ったんじゃないか」
「デズモンド・ピアナか。懐かしい名前だな」
 それまで黙っていた三人目の男が怒ったような口調で言った。
「冗談じゃないぞ。ケイジがようやくこの星を去ったと思っていたら、今度はデズモンド・ピアナが居座る。勘弁してほしいものだ」
 一人目の男が面白そうに言った。
「ケイジ一人に壊滅寸前にまで追い込まれたからな。あんたの嘆きもわかるよ」
「『アンビス』にもケイジのような抑止力になりうる凄腕がいればいいのだが――」
 三人目の男はそう言って視線を二人目の男に送った。
「何度も言っているように、私はそういう事に興味はない」
 二人目の男が答えると一人目の男が続けた。
「村雲さん、それは無理だ。この人が興味あるのは銀河――」
「おい」

 二人目の男が静かな口調で一人目の男を黙らせた。場の雰囲気を察したのか、二人目の男は穏やかな口調で三人目の男に言った。
「村雲さん。唐河を殺され、八十原も使い物にならず、おまけにお孫さんまで殺された、その恨みは十分にわかる」
「孫は死んでおらん。行方不明なだけだ」
「まあまあ、これだけ手を尽くしても発見されないという事は、どこか遠くの海か地中深くでお休みなのだと考えるしかない」
「むぅ……」
「私もその時が来れば立ち上がるつもりですがデズモンド・ピアナ、あんな老人は私の相手ではない。もっとイキのいい人間が出てこないとやる気が出んのですよ」
「あんたもアンビスを利用するだけでなく、たまには恩返しをしてほしいもんだな」
 村雲と呼ばれた三人目の男は憤然として去っていった。

 
 その場に残った一人目の男と二人目の男は会話を続けた。
「藪小路、本当にまだその時ではないんだな?」
「今言った通りだ。デズモンド・ピアナは確かに強いが銀河覇王になる男ではない。お前の方がデズモンドとは付き合いが長いのだからわかるだろう」
「付き合いが長いと言っても戦時中に数日間一緒に行動しただけだ。だがケイジが去り、デズモンドが戻った。これは何を意味する?」
「確実に時代が変わる――銀河覇王の出現はそう遠い未来ではないかもしれないな」

 

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