目次
2 In and Yan
休憩もそこそこにリチャードと茶々は《鉄の星》を発った。
「《魔王の星》に行く前に《七聖の座》に寄る」
「何があるんだ」
「不要な石をコメッティーノに預けておく。お前の持つ” In and Yan ”以外は必要ないからな」
「わかった」
《七聖の座》ではコメッティーノが待っていた。リチャードは” Another Dimension ”の石をコメッティーノに渡した。
「ご苦労さん、水牙も” Elemental ”を持ってきてくれた」
「十八個揃うと何が起こるんだ?」
「さあ、おれにはわからねえが、こんな危険なもんは使えねえようにこうして保管するのが一番だ」
「まあな」
そこにくれないが怒ったような顔をしてやってきた。
「よぉ、くれない。元気だったか?」
茶々が声をかけるとくれないは言った。
「皆、ずるいよ。ボクにばっかり仕事を押し付けて。ボクだって戦いたいのに」
「《享楽の星》は落ち着いたか?」とリチャードが尋ねた。
「キザリタバンさんを始めとするチオニの人たちは連邦、ううん、文月に対して懐疑的な所もあるけど、今は黙々と復興作業に勤しんでるよ」
「はん、大量虐殺者呼ばわりか」
「まあね。《流浪の星》にも行かなきゃならないし、次は《囁きの星》、《霧の星》……もうキリがないよ」
「まあ、そう言うなよ。お前は兄妹の中で事務処理能力が一番高いんだ」
「えーっ」
「茶々の言う通りさ」とコメッティーノが口を挟んだ。「他の兄妹はどっか抜けてたり、まるっきりだめだったりするが、くれないにはそれがねえんだ。次の連邦議長はくれないに任せようって思ってんだ」
「もう、リチャード。何とか言ってよ。コメッティーノは口を開けばあれなんだから」
「コメッティーノの言う通りかもしれんな。お前には王の資質がある」
「そんな事言ってもだめだよ。王って言っても雑用全般ばっかりじゃないか」
「王とは民衆のために働くものだ」
「うーん、納得いかないなあ」
「くれない。ヴァニタスは石の力でどこにでも出現する。《七聖の座》に何かあったらお前が頼りだ」
「えっ、そんな可能性があるの。オーケー、任せといて」
「では私たちは行く」
「どこ行くの?」
「《魔王の星》だ」
「えっ、ボクも」
「《七聖の座》を頼むぞ、くれない」
リチャードたちはエリオ・レアルに着いた。
「さて、まずはミネルバとの約束を果たそう」
「セキは会った事があるみてえだ。エリオ・レアルのはずれの農場だって言ってたぜ」
「では行ってみるか」
市街に入るとその賑やかさに驚かされた。左手に古い城が建ち、はるか右手には山々が見えていた。
「右手の一番高い山がジャウビター山、左が魔王の居城という訳か」とリチャードが言った。
「何だってこんな祭りみたいに賑やかなんだ?」
腰に黒い布で覆われた鳥籠を下げた茶々が尋ねた。
「連邦加盟で浮かれているんだ。せっかくだし街を抜けて行こう」
城のそばの広場はバザールになっていた。幾つもの屋台がひしめき合う中、一際、人が集まる野菜売りの馬車があった。
馬車の外では可愛らしい女性が野菜を売り、馬車の中ではその娘と思われる少女が会計係をしていた。
リチャードと茶々はぶらぶらバザールの中を歩いたが、リチャードが突然に足を止めた。
「ん、どうした?」
「見ろ、あの野菜売りの馬車に書かれた名前を」
「えっ……『アラリア農場』……って事は?」
「どうやらお目当てのバスキアさんらしい」
リチャードたちが馬車に近付くと、売り手の女性が陽気に声をかけた。
「いらっしゃい。新鮮な野菜が……あら、あなた」
「私を知っているのか?」
「当たり前じゃない。銀河の英雄リチャード・センテニア」
「こんな遠くの星の方にも知って頂けているとは光栄だな」
「あなたのお父様はあたしの父の教え子だったのよ」
「……父の恩師。とすると君はソントン教授の」
「そうよ。ベアトリーチェ・シャウ。中にいるのが娘のアイシャ・ローン」
ベアトリーチェが馬車の中を指差すとアイシャは値踏みするような目でリチャードたちを睨み付けた。
「母さん、この人たち、強いよ。コウやセキと同じ」
「ほぉ、よくわかったな。こいつはセキの弟の茶々だ」
「よろしくな」
茶々がアイシャに一歩近付こうとするとアイシャが声を上げた。
「来ないで!その腰のおっかないものを近付けないで!」
この様子を見たリチャードは感心したようだった。
「そこまでわかるなら大したもんだ。将来が楽しみだな」
「ねえ、リチャード」
もう野菜を売る気がなくなったベアトリーチェがリチャードに話しかけた。
「何しに来たの。まさか連邦加盟を機に観光って訳でもないでしょ?」
「実はバスキアに会いに来た」
「えっ、うちの人に?今日は農場にいるわよ。柵を修理するんだって」
「ああ、ここで待ってるから店が終わったら家まで案内してくれないか?」
「そんなのいいわよ。今すぐ帰りましょ。残った野菜をたらふく食べさせてあげるから」
アイシャの馬車に乗ってリチャードと茶々はバスキアの下に向かった。
リチャードはアイシャの隣に座ったが、茶々だけはどうしてもアイシャが同乗を許さず荷台に案内された。
農場に着くとすでに家の前でバスキアが待っていた。降りてくるアイシャを抱きしめ、ベアトリーチェから話を聞いて、リチャードと茶々に相対した。
「よく来てくれた。これだけの気配の持ち主は滅多に会えるものではないとさっきからそわそわしていたんだ。私がバスキア・ローンだ」
「リチャード・センテニア。そして文月リンの息子、茶々だ」
「リチャード・センテニアと言えば知らぬ者のいない銀河の英雄だ」
「あなたも七武神になってもおかしくないくらいの強さだ。何故、世に出なかったかな?」
「望んで出るものでもないさ――時に茶々。君はコウやセキの弟か?」
「ああ、兄貴たちが世話になったらしいな。すげえ腕だってセキが言ってたぜ」
「あんなのは何でもないよ。それより君は……いや、止めておこう」
「何だよ、言いかけたら言うもんだぜ」
「ねえねえ」
大人たちの会話を見上げて聞いていたアイシャが茶々の腰にぶら下がった黒い布のかけられた鳥籠を指差して言った。
「あれが一番強いのー!」
バスキアは苦笑いをした。
「アイシャ、よくわかったな。だが蛟と違ってお前の遊び相手にはなってくれそうにない危険な相手だ」
「うん」
「さあ、アイシャ、あっちに行ってましょう」
ベアトリーチェはアイシャを連れて家の奥に引っ込んだ。
「さて、ご用の向きを伺わねばな」
バスキアはリチャードたちを家の中に案内してから言った。
「実はミネルバに頼まれてここに来た」
「何……そうか、彼女は元気だったか?」
「ああ、元気そうだったよ」
「どこで会った?《狩人の星》か?」
「うーん、何と言えばいいのか」
「そこならば行った事がある。もっともその時はデズモンド・ピアナの力を借りてだったが」
「デズモンドを知っているのか。つい最近会ったぞ」
「行方不明ではなかったのか?」
「オレの兄貴のロクが探し出して連れ帰ったんだよ」
「そうか。やはり時代は動いているな」
「ミネルバの用件もそれに関係しているのかもしれないな。あんたに来てほしいと言っていた。彼女はそこを離れられない。空間が不安定なんだそうだ」
「――わかった。せっかく来てくれたのだ。食事をしていってくれ」
その夜の食事の席でバスキアが尋ねた。
「リチャード、ここに来た本来の目的は何だ?」
「ん、目的か」
ベアトリーチェの作った食事を食べながらリチャードが言った。
「ジャウビターだ。魔王の恐怖にケリをつける」
「何を言い出すかと思えば」
「いや、本気だ。さっきアイシャが気にしていた鳥籠に魔王の残滓が封印されている。それをジャウビター山の祠に持っていけばどうなると思う?」
「鎧と魔王が共鳴し、魔王が復活……か?」
「その通りだ」
「だめだ。そんな危険な行為を許す訳にはいかない」
「話は最後まで聞いてくれ。復活した魔王をすぐに”In and Yan”の力で気に変える」
リチャードはそう言って懐から真っ青な色の石を取り出した。
「石か。だが気に変えた後はどうする?」
「飲み込むんだよ。オレは魔王を吸収するんだ」
茶々の言葉にバスキアはあきれたような表情を見せた。
「やはり危険すぎる。逆に茶々が魔王に飲み込まれる可能性が高い」
「その時はこいつがそこまでの人間だったという事だ。その場合、私が責任を持って再度、魔王を封じ込める」
「――なるほど。コウやセキもそうだったが、文月の家系というのは理解できない事に命を懸けるらしい。だったら私も同行しよう」
「それは心強い。あんたと私だったら怖いものなしだ」
「ジャウビターの封印は関係ない話でもないのでな」
「あら」とベアトリーチェが言った。「関係あるのはあたしよ」
「そうだな、私たち家族の関係だったな」
農場に一泊したリチャードと茶々は翌朝、バスキアと共に出発した。どうしても行きたいとぐずるアイシャをベアトリーチェが強引に押さえつける中、バスキアが言った。
「アイシャ、父さんは遊びにいく訳ではないんだぞ」
「そんなのわかってるー」
「バスキア」とリチャードが言った。「アイシャは手伝いたいんじゃないかな」
「気持ちは嬉しいが足手まといになるだけだ」
「うむ、なあ、アイシャ」
リチャードは視線を下げてアイシャと正対した。
「大きくなってもっと強くなったら、いくらでも連れていってやる。だから今日はおとなしく留守番をしておけ」
「リチャードおじさん、約束よ」
「ああ、約束だ」
一行はバスキアの案内でジャウビター山に向かった。
「コウとセキが来た後に立入禁止の札を立て直したので、今は誰も登れなくなっている」
頂上に続く山道を塞いでいる鉄柵を乗り越えてバスキアが言った。
「確かにあまりいい空気ではないな。長時間いると体をやられそうだ」
リチャードの言葉にバスキアは頷いた。
「この間よりも更にひどくなっている――いずれにせよ行動を起こすべき時節だったか」
「しばし待たれよ」
突然背後から声がかかり、一行が振り返るとそこには一人の修行僧が立っていた。
「あなたは?」
「どうにか間に合いました。私は《念の星》の陸天。この度の皆様の行動に立ち会わせて頂きたく」
「《念の星》といえば、魔王を封印した公孫威徳の。だったら止めるんじゃないのか?」
「いえ、長老たちは『立ち会え』とだけ。どうやら英雄の皆様に全てを委ねたようです」
「なるほどな。封印し続けるのは限界だとわかっていた訳か」とバスキアが尋ねた。
「左様でございます。この星も《念の星》も連邦加盟に沸き返る今、歴史が大きく動こうとしています」
「よかったな、バスキア」
リチャードが言った。
「陸天も腕が立ちそうだ。失敗しても生き残れる確率が上がったぞ」
「何を言われますか、リチャード殿。万が一にも失敗があってはなりません」
「いいから早く行こうぜ」
茶々が言った。
「鳥籠の中の奴が動き出しそうなんだ」
前代未聞の遺跡荒らし、四人の命知らずはあっという間にジャウビター山の頂上に着いた。
「あれが封印の岩戸だな」
リチャードの言葉にバスキアは頷いた。
「私が開けよう」
バスキアが弓を取り出し、矢を番えようとすると、陸天が慌てて止めた。
「しばしお待ちを。準備は万端ですか?」
「そんなに難しい事をしようとしている訳ではない」
リチャードが説明を始めた。
「岩戸を開けて、茶々の腰の魔王の残滓を開け放つ。残滓は岩戸の中の魔王の鎧を求めて合体しようとする。復活した魔王は”In and Yan”の力で気に変えられ、その気を茶々が食らう。ここまでは何の心配もない」
「では?」
「問題はその後だ。茶々が魔王を消化できるかどうか――その時にあんたの唱える念が必要になるかもしれないから準備しておいてくれ」
「……承知」
「ではあらためて岩戸を開くぞ」
バスキアはそう言って意識を集中した。
「リポラ・ギズボアナ・リポーラ!全ての精霊よ、悪しき者を縛る鎖を解き放つがよい」
バスキアの放った矢は光の束に変わり、およそ十メートル先の岩戸に向かってゆっくりと進んだ。岩戸がまばゆい光に包まれ、光が収まった後には戸が開いていた。
「よし、茶々。ジェリー・ムーヴァーを」
茶々が岩戸の前に進み、腰の鳥籠からジェリー・ムーヴァーを外に出した。ジェリー・ムーヴァーは二、三度震えた後、岩戸の奥に這っていった。
しばらくは何も起こらなかった。
突然に一陣の風が岩戸の奥から吹き付けた。風は瘴気をはらみ、リチャードたちは跪きそうになった。昼前だというのに空が暗くなり、雷鳴が響き渡った。
「来るぞ」
初めに甲冑に包まれた二本の腕が姿を現した。続いて足が、体が、最後に兜をかぶった頭が現れた。魔王は岩戸につかまり、やっと立っているような状態だった。
「……貴様ら……よくも……くも」
魔王は一歩、一歩、ふらつきながらもリチャードたちの方に歩いてきた。
リチャードは懐から石を取り出そうとして動きを止めた。
何だ、この感覚は――この鎧兜、どす黒い血に染まってはいるが、私のものとよく似ている。これは一体……
「おい、リチャード。早くしろよ」
茶々に言われてリチャードは我に返り、石を取り出した。
「『イン・ソリディファイ』、魔王よ、固体化せよ」
魔王の動きが止まった。
「『ヤン・ヴァポライズ』、魔王よ、気化せよ」
魔王の姿がだんだん薄くなり、蚊柱のように向こうが透けて見えるようになった。
「今だ、茶々。魔王を食らえ」
茶々がすかさず蚊柱の中に飛び込んで大きく呼吸を繰り返すと、気化した魔王の体はみるみる間に茶々に吸い込まれていった。
暗かった空は晴れ渡り、風も止んだ。
リチャードもバスキアも陸天も黙ったままで茶々を見つめていると、突然、その体がびくんと大きく震えた。
信じられない勢いで空中に上がったかと思うとそのまま地面に叩きつけられ、茶々は地面に横たわったまま激しく痙攣を繰り返した。
「うぉおおおお!」
獣のような咆哮が茶々の口から漏れた。起き上がろうともがくその目には異様な光が宿っていた。
手は地面を掴み、爪の間からは血が噴き出した。頭を地面に叩きつけ、額からも血が流れた。
「リチャード殿……」
陸天がしゃがれ声で尋ねた。
「茶々と魔王が戦っている」
「手助けは?」
「無理だ。これは奴の問題だ――だがまだ時間がかかりそうだし、とばっちりを受けるのも困る。バスキア、茶々を岩戸の奥に運びたいのだが」
「ん、しかし岩戸の内部に瘴気が漂っているかもしれんぞ」
「それでしたら私が」
陸天はばね仕掛けの人形のように飛び上がり、岩戸の奥に進んだ。四畳半ほどの空間の瘴気が残っていそうな場所に次々と護符を貼っていった。
「これで大丈夫かと思います」
「よし、わかった。バスキア、頼む」
バスキアが茶々の背後に回り、首筋に手刀を打ち込むと、茶々は「うっ」と唸って気を失った。
リチャードとバスキアは気を失った茶々の身体を岩戸の奥に乱暴に放り込んだ。
「後は待つだけだ」
時間が過ぎた。時折、目を覚ましたらしい茶々の咆哮が岩戸の奥から聞こえた。
しばらくするとこれまでで一番大きな叫び声が聞こえ、何度も壁にぶつかる音がし、その後は何も音が聞こえなくなった。
「終わったようだな」
「茶々殿は勝たれたのか」
「さあ、わからんが準備だけはしておこう」
バスキアはそう言って弓を取り出した。
魔王が出てきた時と同じように茶々の両手が現れた。続いて足と体が、そして顔が岩戸の外に出てきた。
「――何だよ、その顔は」
茶々は陽の光にまぶしそうに眼を細めた。
「……お前は?」
「へへへへ、茶々だよ。暗黒魔王を食らった文月茶々だ」
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