7.8. Story 2 《霧の星》

4 恋

 ヘキはロクとオデッタの案内で《囁きの星》の大秘境地帯の調査をした。遺跡に一人で向かったヘキがロクとオデッタの下に戻った。
「あの龍の形の岩の所でロクはアダニアに会ったんだね?」
「ああ、驚いたよ」
「あんたもとうとう覚醒しちゃったね。茶々も最後の仕上げに入るみたいだし、あたしだけだよ。いつになっても目覚めないのは」
「……この遺跡調査が終われば何かあるんじゃないの?」
「この星ので六つ目、《狩人の星》が七つ目、でも残り二つはどこにあるんだろう」
「実際に回ってみて何か変わった?」
「皆にはまだ言ってないけどね。まあ、あたしに耐性がつけばどうにかなるんじゃないかなって思ってたのよ。で、今もどうにか失神せずに堪える事ができたから、大分成長はしてるわ」
「ええっ、言ってる意味がわからないよ」

「ごめん、ごめん。この遺跡はね、どうやら文月の一族に対してだけ憎しみを持っているの」
「遺跡が……一体何故?」
「さあ、今のあんたならぼんやりとはわかるんじゃない?」
「……でもコウはいない」
「コウは帰ってくるさ。コクだってそうだよ。又、九人揃うに決まってるんだ」
「――それが正しければ、ぼくたちの力で何かが起こる……」
「そう。そしてこの遺跡はそんなあたしたちを止めようとする。だから遺跡の数も九か所」
「あと二か所か」
「《狩人の星》の話が本当ならね――でも、もう行かなくてもいいような気もしてるんだ」
「えっ、何で?」
「あたしは遺跡の憎しみを克服する力を身に付けたからね。それよりも残りの二か所。あたしの勘ではその二か所は今までのとは比較にならないくらい強力なものだと思う。それに対抗できるだけの力を身につけるにはどうすればいいか、そっちの方が重要なんだよ」
「――ヘキは一人ぼっちで戦ってるんだね」
「何言ってんだい。皆、同じじゃないか――あたしの戦いは内向きで目立たないだけだよ」
「ううん、多分皆がそれに救われる、そんな気がするよ」
「……皆じゃないんじゃない」
「それは?」
「今のは忘れて――さあ、セーレンセンに戻ろうよ。ここは寒くてかなわないわ」

 
 その晩、ケイジはハクの操縦するシップで《囁きの星》に戻った。立ち寄らなくても良かったのだが、《霧の星》の”胸穿族”の下に向かう途中でデズモンドに言われた事が引っかかっていたせいだった――

 
 ――デズモンドとケイジはジャングルの中を歩いていた。
「しかしあんたと一緒に戦うのがこんな場所になるとは想像だにしなかったぜ」
「こちらもだ。あの大空襲の夜も戦ってはいないからな」
「納得のいかない社会に対して戦ってた――おっと、茶化しちゃいけねえな。皆、健在か?」
「大都がどうなったか知っているか?」
「ああ、サフィが教えてくれた。わしとあんたの弟子だからあのくらいはやってのける」
「お前と大都はつくづく縁がないな。お前がこうして表に出てきたというのに、今度は大都が行方不明だ」
「そのうち会えるさ」

「――弟子のリンは大都の娘と結婚した。さっき会ったハクとセキ、それにもう一人、コクは大都の直接の孫だ。特にセキは重力制御を身に付けている」
「みてえだな。セキを見てると時折、ガキの頃の大都がいるんじゃねえかって錯覚すらあ」
「ティオータも元気だ。数か月前に唐河と刺し違えた時の傷も癒えた頃だ」
「唐河ってあの闇市の親分か。生かしといたのは間違いだったかな」
「お前、あの特高以外には手を下していないだろう」
「そうだったかな――あの神楽坂で会った男も生きてんのか?」
「お前自身の目で確かめろ。私と入れ替わりであの星を守るのがお前の役目だ」
「帰るあてない、いや、本来の目的地に戻る旅って訳か」

 
「ところでデズモンド、何故、私を”胸穿族”の下に連れていこうと思ったのだ?」
「わしは『クロニクル』の作者のくせにどっか抜けてるんだな。本当はもっと早くに気付くべきだった。あんたは『クロニクル』のエピソード1の時代にすでに登場してた」
「お前があの時、気づいたとしても私は動かなかった。《享楽の星》に行って初めて武王の家臣として戦った記憶が蘇った」
「なるほど。で、《霧の星》ではどうだった?」
「それ以前の記憶も蘇った。私はサフィと一緒に旅をし、この星で別れた。その途中で偶然見かけた《青の星》に心打たれ、そこに住みたいと思ったのだが、何らかの原因によってそこで目覚めた」
「サフィと別れた後、”胸穿族”と暮らして、武王にスカウトされた――」

「おい、デズモンド」
 ケイジの歩みが止まった。
「らしくないぞ。何故、その場所を、私の最後の目的地をはっきりと言わない?」
「……多分、あんたを行かせたくないんだよ。あんたがそこに行ってしまえばもう会えない。そうさせたくねえ自分がいるんだ」
「――そんな事か」
「そんな事じゃねえよ」
「私は長く生き過ぎた。大都やリン、セキといった優れた弟子を育て、お前やティオータといった良い仲間にも恵まれた。だがこの世に生を受けたそもそもの目的、それが何かをわからぬまま生き続ける訳にはいかない」
「別に知らなくたっていいじゃねえか」
「そういう訳にはいかん――だがお前のように私を心配してくれる者もいる、その喜びは十分に理解している」

「わしだけじゃない」
「どういう意味だ?」
「あんた、鈍いな。あの文月の娘、ヘキといったっけ、あの娘はあんたに惚れてるぜ」
「――馬鹿を言うな」
「冗談なんか言っても仕方ねえだろ。あの娘もわかってんだ。あんたと離れてしまえば二度と会えなくなる。だからあんたの手を離さないように頑張ってんじゃねえか」
「下らんな。他の文月の兄妹たちはもっと苛烈な運命に弄ばれているというのに、ヘキだけが惚れた腫れたか」
「くだらなかねえよ。あの娘にとってはここが正念場だ。あんたへの想いをどう昇華させるかであの娘の将来は決まる」
「……聞いた試しがないな。色恋沙汰を突き詰めて覚醒した話など」
「そうかなあ。突き詰めりゃあ、皆、愛なんじゃねえか。他人に対する愛、己の信じるものに対する愛、その一番純粋な形を極めようとしているから時間がかかってるんじゃねえのか?」

 
「……デズモンド。リンやリンの息子たちの事をどのくらい知っている?」
「リンとは《叡智の星》でちょこっと話しただけだから何も知らないに等しい。だがリンが不完全なナインライブズを出現させたのはサフィから聞いたぜ」
「何故、不完全だったかまでわかっているか?」
「……もちろんだ。わしなりにな」
「ふん、はっきり物を言わないデズモンド・ピアナに会うとは考えもしなかった――まあ、いい。で、リンは息子たちに何を託したと思う?」

「そりゃ決まってる。完全なナインライブズの出現さ」
「その時期が来たという訳か?」
「時期だけじゃない……あの時のリンにはもう体力が残ってなかったし、周りの奴らも同じだった。あんな状態で完全なナインライブズが出てきてみろ――」
「どうなるというんだ?」
「さあ、わしにはわからんな」

 
「いい加減にしろ。言いたい事があればはっきりと言え。私がこうして《青の星》を離れる決意をした事こそが重要なのではないのか?」
「……ああ、あんたは真のナインライブズ出現に深く因縁付けられてる。それがあんたの生を受けた意味だ」
「ようやく本音を語ったな、デズモンド。私もお前と同じ意見だ」
「ケイジ、それでも行こうってのか。ヘキやセキたちと上手く折り合いがつくんならいいが、敵対しちまう可能性があるんだぜ」
「可能性?馬鹿を言うな。これまでの創造主の行動を見ていればわかるだろう」
「……」

「誰も見た事のない真のナインライブズが創造主に牙を向く存在だったとしたら、そしてその力が創造主にも止められないほど強大だったとしたら――当然、抑止力が必要となる」
「――それでも行くのか?」
「もちろんだ――《起源の星》、そここそが私の旅の目的地だ」
「わかったよ。もう止めねえ。だけど一つだけわしの言う事を聞いてくれないか?」
「何だ?」

 
「《起源の星》のヤスミにわしが行った時には都は地中深くに沈んでた。今はどうなってるか知らねえが、都のはずれに“封印の山”ってのがあるはずだ」
「なるほど。その山が終着点だな」
「おそらく。その山に向かうのはできるだけ遅らせてほしいんだよ」
「何故だ?」
「うまくは言えねえ。だけど最後のぎりぎりの一瞬まで可能性に賭けてみてえ」
「可能性?」
「あんたが無事に帰ってくる可能性さ」
「――ふふ、デズモンド。変わっていないな。創造主の計画に横槍を入れようとは」
「そんなんじゃねえよ。創造主が計画した当時と比べりゃ、予想外の出来事がいくつも積み重なってんだ。サフィの意識のネットワークが銀河を覆っている事、わしが『クロニクル』を刊行した事、あんたが《青の星》に流れ着いて、よりによってナインライブズの師匠になっちまった事、まだ他にも何か起こるかもしれねえ――当初の計画通りに行動する必要性なんかこれっぽっちもねえはずだろ」
「なるほど。考えてもみなかったな」
「わかってくれたかい?」
「うむ、お前の言う通り、あちらでは慎重に行動しよう」
「そうしてくれよ――

 
 ケイジとハクはセーレンセンの都に入った。
 連絡を受けていたロクが出迎えに来た。
「ケイジ、ハク、お帰り。《古城の星》は手強かった?」
「いや、雑魚ばかりだ。主だった人間もプロトアクチアを始めあっさりと投降したし、歯ごたえがなかった」
「そりゃあケイジから見ればそうだよ――しばらくゆっくりできるんでしょ?」
「……ヘキはまだ戻っていないのか?」
「うん、もうしばらくかかるんじゃないかな」
「ロク、本当の事を言え」
「あ、ああ、もう戻ってる」
「心配するな。ヘキとはじっくり話し合う」

 
 その夜、王宮の晩餐会の席でケイジはヘキに会った。
「ケイジ、お帰りなさい」
 長いテーブルの中ほどに座っていたヘキが端にいるケイジに声をかけた。
「うむ」
「《古城の星》はどうだったの?」
「チオニに比べれば手ごたえがなかったが、まあ、いつも通りだ」
「強い人間の意見よね」
「お前の方は?」
「そうね。意識を失う事もなくなったし、大分耐性がついたわ」
「それはよかったな」
「……」

 
 食事が終わり、テーブルにはハク、ヘキ、ロクだけが残った。
「どうしたんだい、ヘキ」
 ロクが心配そうに声をかけた。
「ううん、何でもないわ」
「次の遺跡は《狩人の星》だろ。私も一緒に行くよ」
 ハクが言うとヘキは小さく微笑んだ。
「一人で大丈夫よ」
「《虚栄の星》に用があってね。そこで色々な事に決着をつけなければならないんだ」
「決着か……」

「ヘキ、本当に大丈夫かい――ところでケイジには伝えたのか?」
「ううん。言ったってどうせ『好きにしろ』って言われるだけよ」
「――ケイジは遺跡の件に関しては冷淡だよね」
「そんなんじゃないわ!」

 
 ハクもロクもヘキの剣幕に驚いて声を失った。
「……ごめん、違うのよ。ケイジはあたしを嫌いなの」
「何言い出すんだい。ヘキ、ケイジはぼくたち皆に平等に接しているじゃないか」
 ロクが言うとヘキは首を横に振った。
「そうじゃないよ……あたしが皆とは違う気持ちをケイジに抱いてるから、嫌ってるの」
「違う気持ち?」
 ハクが尋ねた。ロクは「あっ」という形のまま口を開けて黙っていた。

「皆がそれぞれの道を見つけて覚醒するのに、あたしだけがこんな気持ちを抱いて悶々としてるから、ケイジにはそれが許せないのよ」
「具体的には?」
「ハクは鈍いわね――あたしはケイジを好きなの。好きで好きでたまらないの。今、あの人は手の届かない遠い場所に旅立とうとしている。あたしはその手を放したくないの」
「――何だ、そんな事か」
「何だって、何よ、ハク?」
「いや、ごめん、ごめん。それはとても純粋な気持ちじゃないか。『こんな気持ち』とか言って卑下する必要なんかこれっぽっちもないよ」
「でもあたしが本来求めるべきは力。それがどこにあるのかもわからないのに何をしてるんだろう?」

 
「あははは」
 ハクとロクはほぼ同時に笑い出した。
「何がおかしいのよ」
「いや、失礼――どう説明すればいいかな。ロク、君が手にした智って何だった?」
 ハクに話を振られたロクは口を開いた。
「――全てを受け入れる事、かな。一見愚かなようでもそこには受け入れるべきものがある。智ってガチガチの学問の末にたどり着くものじゃなかった」
「なるほど――私の場合はこうだった。光を求めるには闇の存在を知らないといけない。一度落ちて、そこから這い上がる。変な言い方かもしれないけれど、対極の地平に触れないでいて求めるものは手に入らなかったと思う」

「二人とも何が言いたいの?」
「つまりは今のヘキの想いこそが力につながるんだ。力とは究極の愛、そういう事さ」
「バカバカしい」
「考えてごらんよ。セキは他者に対する愛に溢れている。ロクは愚かしいものも愛する、私は闇の存在も愛する、皆、愛に満ちているんだ。そしてヘキの気持ちこそが究極の愛、力とは愛そのものだって事じゃないかな?」
「……愛そのもの」
「だからその気持ちを貫かなけりゃだめだよ」
 ハクが言い、ロクが続けた。
「きっとケイジは王宮のバルコニーにいるよ」
「わかった。ありがとう」
 ヘキは元気よく立ち上がると食堂を出ていった。

 
 ケイジは王宮のバルコニーで佇んでいた。雪の降り止んだ夜空には星が降るようにきらめいていた。
「ケイジ」
「――ヘキか。何の用だ?」
「あたし、あなたが大好き」
「――下らんな」
「下らないって言われても仕方ない。でも嘘はつけないから」
「こんなトカゲの姿をした、過去の記憶も定かでない男を好きになるとは、お前も相当の変わり者だ」

「だからあなたは最後の記憶を確かめに行くんでしょ。そうなれば二度とは会えなくなる。それもわかってる」
「――吹っ切れたな」
「あたしは《狩人の星》の遺跡に行く。あなたは最後の場所に行く。だからもう会えないかもしれないけど、一つだけ約束して」
「何だ?」
「もしも、もしも、全てが終わってあなたもあたしも無事だったら、その時はまた会って」
「弟子にでもなるつもりか?」
「お願い。死に場所を探すんじゃなくて、生きる道を選んで」
「――考えておこう」
「……じゃあ、あたしは行くね」
 背中を向けたヘキにケイジが言葉をかけた。
「ヘキ、私の目的地は《起源の星》のヤスミだ。そこに来るがよい――待っているぞ」

 

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 Story 3 魔王の誕生

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