7.8. Story 1 闇の力

2 《狩人の星》

エル・ディエラ・コンヴァダ

 茶々はリチャードのジルベスター号に同乗して《狩人の星》に向かった。
 途中で《流浪の星》の近くを通ったが茶々は無言だった。
 やがて星に到着し、雲を突き抜けると古びたポートと町のある大陸が見えた。

「銀河のはずれでもそれなりの文化があんだな」
 シップを降りた茶々が言った。
「うむ、誰も来ない所を見ると、訪ねる人が少なく、ポートもあまり使われていないのだろう」
「何て町かな。行ってみようぜ」

 
 リチャードと茶々は連れ立ってポートの近くにある町に寄った。どうやらこの大陸で一番大きな町のようだった。
 人々が道を行き交い、街路の両脇には様々な店が連なっていた。
「町の名を訊いてみるよ」
 茶々が一軒の店に入ってすぐに戻った。
「エル・ディエラ・コンヴァダって長ったらしい名前だぜ」
「ジェリー・ムーヴァーの事も訊いたか?」
「忘れてた」
「では腹ごしらえがてら情報を収集するか」

 
 リチャードたちは食事を終え、賑やかな食堂から外に出た。
「で、キルフってのはどっちだ?」
「あっちの」
 リチャードは町の北の山々を指差した。
「山一帯らしいな。同じ名の村があるそうだから、そこに行けばいい。だがその前にジェリー・ムーヴァーの生態を学んでおこう」
 リチャードはそう言って歩き出した。

 
 向かった先は繁華街から離れた町の中心部の広場近くの博物館だった。
 リチャードは学芸員らしきひょろっとした初老の男を捕まえた。
「ジェリー・ムーヴァーについて教えてほしいんだが」
「それは又珍しい……失礼ですが、この星の方ではありませんな?」
「ああ、私は《鉄の星》、こっちは《巨大な星》だ」
「お見受けする限りは商人の方ではなさそうですし、かといって研究者という雰囲気でもございませんな」
「私たちの身辺調査はいい。ジェリー・ムーヴァーの生態について訊きたい」

「わかりました。ご存じかもしれませんがジェリー・ムーヴァーとはこの銀河で最弱とも言われる生物です。大きさは約五十センチ、外見はその名の通りゼリーのような柔らかさ、色は周囲の環境に合わせて如何様にも変化致します。性質は極めて温厚、というよりは全く危機感がないと申し上げた方がいいでしょう」
「それではすぐに絶滅してしまう」
「ところが食物連鎖の中には含まれない、つまりは動物たちが相手にしないので天敵が存在しません。ある意味奇跡の生物でした」
「……でした、とは?」
「かつてはキルフの山に行けばいくらでも見る事ができたのですが、ある日を境にぱたりといなくなったのです」
「バカな。食物連鎖の輪の中にも入れないような生物が急に絶滅するものか。ある日に起こった出来事とは何だ、火山の噴火か?」
「いやあ、そういった象徴的な出来事があった訳ではないのですよ。強いて言えばあの演説くらいしか思い浮かびません」
「演説……そんなものがきっかけなのか?」

 
「これからお話するのは極めて妙な話ですが――《鉄の星》から来られたのでしたらミネルバ・サックルローズ博士の名前はご存じですね?」
「もちろんだ。『銀河言語体系』の提唱者、ポリオーラルの基礎を作った人間だからな。それに七武神、ランドスライドの母親としても有名だ」
「そんな事までご存じでしたか。では彼女がキルフで育ったのも知ってましたか?」
「そういえばそうだったな。確か、特殊な民族、アラリアとか言ったか、その生き残りだとか」
「アラリアまでご存じとは……でしたら包み隠さずにお話致します」
 男はそう言うと展示室の奥に向かって歩き出し、リチャードたちもその後を付いていった。

 
 男は展示室の奥のかつては展示コーナーだったであろう一角で立ち止まり、灯りを点し、説明を始めた。
「ここは現在、公開しておりませんが、アラリアの展示コーナーです」
「展示を止めた理由は?」
「連邦の中枢を担う星から来られた方々ですからおわかりでしょうが、ミネルバによってこの星から『銀河の叡智』が生み出された時には、私たちも得意の絶頂でした。ミネルバの故郷のキルフの村に人が押しかけ、ミネルバがアラリアの生き残りだとわかるとアラリアブームが起こった。この展示コーナーもその時の名残です」
「ふむ」

「ところがそんな祝福ムードに水を差す出来事が起こりました。ミネルバの連邦での演説でした。彼女は、アラリアという特殊な言語を駆使する自分の種族が迫害によって滅びたと取られかねない発言をしました。その場に同席していた連邦文化の守護者であったトーグル・センテニア王が取り成し、速やかに実態を調査すると発言して、その場は収まりましたが、その約束は果たされなかった――」
「連邦が死に体になって、それどころではなくなったからだな」
「その通りです。ミネルバと私たちの間にも埋めようのない溝が生まれました。この博物館の展示はこのように奥に隠され、未だに町中でアラリアという言葉さえ口に出すのが憚られるような有様です」

「おそらくミネルバにこの星を非難する意図はなかったはずだ」
「私もそう思います。ですが――」
「ミネルバもこの星も連邦も、誰にとっても良くない結果になったか。だったら私が真相を詳らかにするのでいいな?」
「……何故あなたが?」
「私はトーグル・センテニアの長子、リチャード・センテニアだからだ」
「おお、七武神の――それは失礼致しました。あなたほどのお方でしたらきっと皆が納得する説明をして下さる。私はロットパル、しがない学芸員ですが、何かありましたらご相談下さい」

 
「ありがとう。話を戻すとミネルバの演説をきっかけとしてジェリー・ムーヴァーがいなくなったという訳か?」
「それ以前からアラリアのブームでキルフに立ち入る人が激増したのはお伝えしたと思います。ジェリー・ムーヴァーはその頃から数を減らしていったのです」
「心ない人間のせいか。食用にもなるまい」
「ええ、ぷるぷるしていて可愛らしい、愛玩用にという事で乱獲されたのです。全く警戒心を持たない生物でしたので容易く捕まえる事ができましたし、性格も至って温厚……まあ、一種のファッションでしょうな。気付いた時にはキルフの山奥にでも行かないと見かける事ができなくなってしまいました」
「ミネルバの言った通り、迫害をしているじゃないか?」
「そ、それを言われますと返す言葉もございません」
「ミネルバの演説がきっかけではなく、それ以前の行為に問題があったんじゃないのか?」

「いえ、これは演説のあった日、キルフにたまたまいた者の証言ですが、演説が終わって間もなくミネルバ本人がキルフに現れたそうです。彼女はキルフの村の裏手の山に登っていったのですが、その後をぞろぞろと無数のジェリー・ムーヴァーが付いていったそうなのです。その男は後を追いましたが、途中で見失いました。その日を境にジェリー・ムーヴァーは全く見当たらなくなったのですよ」
「その男の言葉が真実かどうかは、キルフに行けばわかるな?」
「……ミネルバが演説の直後であるにも関わらず遠く離れたこの星にいたというのにはどう説明をつけますか?」
「そんなのはミネルバにその力があった、で説明がつく」
「さすがは七武神。お考えが突き抜けてらっしゃいますな。本当にそのような人間が存在するものでしょうか?」
「ああ、何人か会った事もある。この世界には驚くべき力の持ち主がいる」
「左様ですか。私のような凡人には理解できませんが、多くの奇跡を起こされた七武神の方がおっしゃるのですから本当なのでしょう――さて、あまりお引止めしてもよくありませんな。お気をつけて行ってらっしゃい」

 

キルフからの異世界

 リチャードたちはキルフの村に入った。
 村の中心部には扉を閉ざしたままの食堂や商店が立ち並び、ブームが去った後の場所特有の物淋しさが漂っていた。
 二人は村役場らしき建物に入っていった。
 応対に出たやる気のない職員が身分証明を求めた。
 窓口に置かれた旧式のネットワーク接続装置に二人が腕のポータバインドをかざし、しばらくすると職員の顔色が変わった。
 職員は何も言わずに奥に引っ込んで、上司らしき人物を連れて戻った。

「《鉄の星》のリチャード・センテニアさん……まさかあの」
 上司らしき男が声を裏返しながら尋ね、リチャードは無言で頷いた。
「こんな村に何のご用でしょうか?」
「父の代の約束だ。この村とミネルバの名誉を回復するために来た」
「そ、それでしたら先代の村長の家を訪ねて頂けませんか。ここには当時の事情をわかっている者がいませんので」

 
 二人は村役場を出て先代の村長の家に向かった。
「リチャード、厄介者みたいな扱いだな」
「実際にそうだろう。今更何を、と思っているに違いない」

 先代の村長は実直そうな老人だった。
「ほぉ、ミネルバの話を。何故、今またそのような」
「あなたが正直そうな人間なので、こちらも正直に言おう。本当の目的はジェリー・ムーヴァーの捕獲だ。それを町で調べていたらミネルバの一件を耳にした。私はトーグル・センテニアの息子だから責任の一端がある。そういう事だ」
「ではあなたは七武神の」
「それだけで驚いてはいけない。隣の若者はリン文月の息子だ」
「……それはきっと素晴らしいお力をお持ちなのですね。あなた方でしたら、裏山の秘密の通路も難なく見つけ出すでしょう」
「秘密?」
「ええ。ミネルバが私に語ってくれたのですが――」

 老人はかつてバスキアがデズモンドにしたグシュタインの屋敷に続く誰にも見えない山道の話をした。
「誰にも見えない、か。どうやら異次元に続く道だな」

 
 リチャードと茶々はキルフの裏山を登った。
「なあ、リチャード」
 山の中腹で茶々が言った。
「秘密の山道ってあれの事か?」
 茶々が指差す先には山道が二手に分かれていた。
「そのようだ。誰にも見えないという割には簡単だったな」
「オレたちの力ってそんなに凄いのか?」
「それもあるが、むしろ導かれている気がするな」
「ミネルバさんにか。オレはジェリー・ムーヴァーが手に入れば何だっていいよ」

 
 グシュタインの真っ白な屋敷に入った。
 一階を一通り見て回り、階上の書斎でリチャードがあるものを発見した。
「おい、茶々。見てみろ」
 茶々が近付くと本棚に黒い点のような穴が浮かんでいた。
「何だこりゃ?」
「チオニの『夜闇の回廊』に似てるな」
「異次元につながってるって訳か。でもこんな小さな点じゃあ、中には入っていけねえぜ」

 茶々の言葉が合図となったかのように黒い点がみるみる大きくなった。黒い点は二人の前で二メートルほどの大きさに広がった。
「どういうこった?」
「中に入らないとジェリー・ムーヴァーは手に入らないという事だな」
「とっとと行こうぜ」

 
 黒い点の先は不思議な場所だった。小さな丘の上で眼下には町並みが見下ろせた。
「妙だな」
 茶々が言ったが、自分の声の大きさに驚いた表情を浮かべた。
「音がしねえ」
「ああ、町に下りてみよう」

 二人は町に入ったが、相変わらず音は聞こえなかった。
 歩いている内に茶々がある事に気付いて小声で囁いた。
「おい、リチャード」
「何だ」
「この町の至る所にいるのがジェリー・ムーヴァーじゃねえか?」
「そのようだな。道と言わず、屋根の上と言わず、ジェリー・ムーヴァーだらけだ。まるでジェリー・ムーヴァーの町だな」
「どうする。早速捕まえるか?」
「慌てなくてもいい。それよりもここはどこか、何故ここにいるのか、そのへんを確認してからでも遅くない」
「でも人の気配はしねえぜ」
 リチャードは無言のまま町の中央の建物を顎で示した。

 
 二人は建物の中に入った。建物の中もしんと静まり返っていた。
「誰か――」
 リチャードが小声で尋ねると、いつからそこに立っていたのか一人の女性が目の前にいた。
「久しぶりね。人が訪ねてくるなんて。どうぞ、お入りなさいな」
 ゆったりとした服のせいか、女性の年齢はよくわからなかった。
 リチャードたちは図書室のように本が並ぶ部屋のソファに腰をかけた。

「あなたは知ってるわ。リチャード・センテニア皇子でしょ?」
 リチャードたちの対面に腰かけた女性がいきなり口を開いた。
「皇子という年でもないが――その通りだ。ミネルバ・サックルローズ博士」
「あら、よくわかったわね。そう言えば息子が世話になったみたいだし、お礼を言わなくちゃだったわ。ありがとう、リチャード」
「そういう事ならこいつにも礼を言ってくれ。こいつはリン文月の息子、茶々だ」
「まあ、不思議な縁ね。あなたのお父様にもよろしく言っておいて」
「親父は行方不明だ」
「うちと同じね。子供がしっかりしていると親は好き勝手しちゃうのよ」

「ミネルバ、君はいつから、こちらの世界に来ているんだ?」
「私が連邦でのあの問題の演説をしたのがランドスライドの生まれたすぐ後だったから、その頃だったかしらね」
「ふむ、町で聞いた噂は本当だったか。何故、ジェリー・ムーヴァーを連れてきたんだ?」
「だってあのままでは絶滅してしまうと思ったんですもの」

「なるほどな。それで今はここで平和に暮らしている――実は頼みがあるんだが」
「何かしら?」
「ジェリー・ムーヴァーを一匹連れていきたいんだ」
「よほど強大な龍か悪魔でも封印するつもりかしら?」
「わかっていれば話は早い。暗黒魔王だ」
「《魔王の星》ね?」
「そうだ」
「だったらこちらの頼みも聞いてもらえないかしら?」
「何だ?」

 
「《魔王の星》のエリオ・レアルに幼馴染のバスキア・ローンが暮らしているはず。彼にここに来るように伝えてほしいの」
「……バスキア・ローン、つい最近どこかで聞いたような気がするな。そうか、セキだ。何でも凄腕のハンターだそうじゃないか。連邦はずいぶん彼に助けられたらしいぞ」
「それは好都合だわ。生きているのが確実になったんだもの」
「――君の力をもってすれば、一瞬で済むんじゃないか」
「確かに。でもここに来てわかったの。こことあなたたちの世界を繋ぐ空間は恐ろしく不安定で、私がここで維持していないとどうなるかわかったものではないの。だから私はここを動けない」
「君が来た時にはどうだったんだ?」
「その時にはまだアラリアの最後の生き残りの婦人がいたから。でも今は私一人。ねえ、お願い。バスキアに伝えなければならない事はあなたたちの未来にも関わる大切な事なの」
「君が嘘をつく人間には見えない。わかった。バスキアに伝えよう」
「快諾してもらえて嬉しいわ。ジェリー・ムーヴァーは魔王を飲み込めるだけの上玉を用意してあげるから」

 リチャードたちはグシュタインの屋敷に戻った。茶々の手には金属製の鳥籠とその中でおとなしくしているピンク色のジェリー・ムーヴァーがあった。
「さて、次は《霧の星》だ」

 

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 Story 2 《霧の星》

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