ジウランの航海日誌 (6)

「いくぜ」
 じいちゃんの合図に従って、シップの外に飛び出した。
 視界がまったく効かなかった。
 どれくらい降りただろうか、ぐちゅっと嫌な音がして地上に足が着いた。
 周囲を見回しても霧が深くて、誰がどこにいるかもわからなかった。
「皆、無事に降りたか?」
 じいちゃんの声に続いて、あちらこちらから声が上がり、ぼくも同じように答えた。
「こう霧が深くちゃ、迂闊に動けんな――ゼクト、大剣で霧を払ってくれないか。霧が晴れた場所に集まろう」
「しかしデズモンド。自分の剣の軌道に誰かいたら危険だぞ」
「そりゃあ、そいつの勘が悪いってだけだ。気配を感じられるならちゃんと回避できる」

 これは大変な事になった。人の気配を感じる訓練なんてしてなかったからゼクトの剣を避ける自信なんてなかった。
 思わず、声を出すのはどうだろう、とじいちゃんに提案していた。
「ちっ、ジウランか。仕方ねえな。ゼクト、皆で声を出すから声のしない方に向けて打ってくれ」
 ありったけの声で叫んだ。すると風を切る音がしてぼくの右側に一本の筋ができた。
 皆、ぼくの方に歩いてきてくれたようだった。ようやく人の気配を身近に感じる事ができるようになり、ぼくも安心した。
「じゃあ迷子にならないようにな。今のゼクトの剣の軌道で進む方向もわかったろう――美夜さん、出来の悪い孫の手を引いてやってくれ」
 何でぼくが船外に出なくちゃいけなかったんだろう?何の役にも立たないのに。
 美夜の手がぼくの手に重なった時には、恥ずかしい話だが涙が出そうになった。

 
 表情がわからないのをいい事に半分うなだれて歩いていると、前方の人たちが立ち止まった。
「どうした?」
 一番後を歩いていたゼクトが声を上げた。
「お出ましなすったぜ。『怨嗟の毒樹』がよ。距離は約一千って所かな」
 コメッティーノの声だった。
「何だ、コメッティーノ。視界が効くのか?」
「いや、何も見えねえが、前方にえらく巨大なもんが動いてるのくらいはわからあ。お前だってそうだろう」
「うむ、後方には何もない。では自分も前に出よう――ジウラン、最後尾を頼むぞ」
 またこれだ、一体どうすればいいんだ、途方に暮れていると美夜がぼくの手の甲をぽんぽんと叩いた。

 
 じいちゃんとコメッティーノ、ゼクト、前方の三人は慎重に進んだ。
「距離が縮まった感じがしないな」
「おれはこういうのが一番イライラすんだよな」
 ゼクトに続いてコメッティーノが声を上げた。
 その会話を聞いたじいちゃんは声を出さずに笑ったみたいだった。
 その後、よく聞き取れないごにょごにょとした会話があったかと思うと、ゼクトの「本気か」という大声が聞こえたので嫌な予感がした。
「ゼクト、お二人さんを頼む」

 立ち止まったらしいゼクトに美夜がぼくの手を引いたまま近付いていった。
「どうしたの?」
「どうもこうもないさ。いつになっても距離が縮まらないのに業を煮やして『怨嗟の毒樹』に突っ込んでいった」
「えっ?」
「大体ここから一キロくらい先だ。まあ、ゆっくり進もう」

 
 進んでいくと確かに深い霧の先で何かが動いているのがぼんやりとだが見えてきた。
 さらに近寄って目を凝らすと、じいちゃんとコメッティーノが唸り声を上げながら、巨大な何かに攻撃を加えている様子がうっすらとだけ見えた。
 巨木はどのくらいの高さがあるのだろう、視線を上の方に移動していった時に、ぼくはとんでもないものを発見した。
「ジウラン、どこ行くの?」
 ぼくは美夜の手を振り払い、ふらふらとじいちゃんたちが戦う方に向かった。

「ん、ジウラン。どうした――こいつ、びくともしないんだ」
 じいちゃんが気付いて声をかけたが、ぼくはじいちゃんに上を見るように声をかけた。
「ん?何もないぞ。お前。邪魔すんならどいてろ」
 ……じいちゃんには見えないんだ……ぼくにしか見えない、とすると……

 
 ――ほぉ、我の姿が見えるか
 じいちゃんとコメッティーノの動きが止まった。
「誰だ、今の声は?」
 ぼくは再び上を指差すように言った。
 ――侵入者がいると聞いてやってきたが、ただの盗賊ではないようだ
「おう、一体こりゃ何だ。あの樹がしゃべってんのか?」
 コメッティーノがぼくの傍に降りて尋ねた。
 慌てて首を横に振ると美夜が言った。
「コメッティーノ、ジウランは死者の言葉を聞けるの」
 いつの間にか皆、ぼくの周りに集まっていた。
 ――ケンカっ早いのもいるが何か理由がありそうだな
 木の上に漂う人のような形をした靄に『鎮山の剣』の話をした。
 こちらに降りたもやっとした塊は立派な身なりをしていた。
 ――我はハルナータ。付いて参るがよい

 
 ぼくたちは巨大な毒樹に乗って進んだ。ぼくにしか見えない半透明の王は空中を漂っていた。
 ――なるほどな。今のこの世界は偽り、本当の世界に戻そうとしている訳か。だがどのような世界に変わってもこの星が滅びた事実は変わらぬか
 王の言葉に上手に答える事ができなかった。
 ――気にするな。我が一族がノームバックの執念を軽視していたがため。今となってはよくわかる。お前たち、後の世の者が注意してくれればよいだけの話だ
 じいちゃんもコメッティーノもゼクトも美夜も、そしてもちろんぼくも何も言わなかった。
 やがて毒樹の歩みが止まった。
 ――ここが王宮だ。中に進むがよい

 
 王宮の中は毒霧が少し薄かった。じいちゃんの『クロニクル』で読んだ通りの池があり、その奥に左右対称の建物が佇んでいた。
 毒樹から降りたぼくたちが建物の中に入ろうとすると、奥から王が鞘に納まった一振りの剣を持って現れた。
 じいちゃんたちから見れば、剣が勝手に空中を飛んできたように見えただろう。

 王はぼくの前に立って言った。
 ――これが『鎮山の剣』。我の姿が見えるお前に授けるのが一番だ
 王は剣を手渡した。
 ――では真実の世界とやらが取り戻されるのを待つとしよう。そちらの世界であればこの星の浮かばれぬ魂たちは解放されるのであろう
 王の姿はだんだん薄くなって、ついには消えた。

 

登場人物:ジウランの航海日誌

 

 
Name

Family Name
解説
Description
ジュネパラディス《花の星》の女王
ゼクトファンデザンデ《商人の星》の商船団のボディーガード
コメッティーノ盗賊
ハルナータ《賢者の星》の最後の王
アダンマノア《オアシスの星》の指導者
エカテリンマノアアダンの母
リチャードセンテニア《鉄の星》の王
ニナフォルスト《巨大な星》の舞台女優
ジェニーアルバラード《巨大な星》の舞台女優
《巨大な星》、『隠れ里』の当主
陸天《念の星》の修行僧
ファランドール《獣の星》の王
ミナモ《獣の星》の女王
ヌニェス《獣の星》の王
マフリセンテニアヌニェスの妻
公孫転地《武の星》の指導者
公孫水牙転地の子
ミミィ《武の星》の客分
王先生《武の星》の客分
ランドスライド《精霊のコロニー》の指導者
カザハナ精霊
アイシャマリスのパートナー
デプイマリスのパートナー
マリス覇王を目指す者
マルマリスの父
ツワコマリスの母

 

 Chapter 8 覚醒

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