7.7. Story 3 《智の星団》

5 ヒカリゴケ

 星が見えた。淡い光を帯び、発光しているような不思議な星だった。
「ロク、とうとう来たのね。あれが《叡智の星》。でも無事に戻れるのかしら?」
「さあ、途中で引き返すにはあまりにも深くまで来過ぎた。行ける所まで行くしかないさ」

 
 ロクのポッドは静かな夜の星に到着した。
「うーん、静かだね」
 ロクがポッドを降りて言った。
「本当、さっきあんなに光って見えたのは……きっとあれね」
 オデッタが指差す先は海だった。夜闇の中で海が光って見えた。
「行ってみよう」

 二人は海辺まで歩いた。風もなく波も立っていなかったが、確かに水面がきらきらと光っていた。
「これは?」とロクが尋ねた。
「よくはわからないけど、原初の生命のようね」
「――とするとぼくらは今、生命の進化の最初の時点を見ている?」
「かもしれない。この先の段階に発展するにはまだどれだけの時間が必要なのかわからないし――」
「他にも何か?」
「この形態のまま進化を続ける、いえ、もうすでに進化を遂げているのかもしれないわ」
「なるほど。未来の多様性としてこういう形もあるのか」
「でもこれが最後の星で見せたかったものとは思えないわ。もう少し歩いてみましょうよ」

 
 二人はさほど大きくない星を歩き、やがて真っ黒な口を開ける穴を発見した。
「どうやらこの穴の中に入る必要がありそうだね」
「ロクもそう思った?」
「ああ、覚悟はいいかい。入ったら戻れないかもしれないよ」
「覚悟はできてるわ」
「ポッドは置いていこう」
 二人は意を決すると、手をつないだまま、穴の中に飛び込んだ。

 
 穴の中には空間が広がっていた。壁から天井にかけてさっき海で見たような光に包まれていた。
「やはりこれは原初の生命なんかじゃなかったんだ」
 ロクは地上に降り立ち、周囲を見回して言った。
「そうね。きっとこれこそが究極に進化した形――まるでヒカリゴケのようにびっしりと一帯を埋め尽くしている」
「……彼らとコミュニケーションが取れるだろうか?」

 
 ロクの言葉に応えるかのように壁の一角のヒカリゴケがするすると地上に動き、ロクの傍らで何かの形を取ろうと動き、やがて光に包まれたヒカリゴケは人の姿になった。
「よく来たね。銀河の英雄の子、ロク文月」
「……あなたはサフィ?」
「そう、こうして今はサフィの姿を取って君と話している。他の弟子たちもここにいるけれど、君を案内するために久しぶりに元の姿を取ったんだよ」
「皆さん、まだ生きてらっしゃる?」
「生きているとはどういう事か、肉体があるかという意味では私たちはとうの昔に滅びている。だがその精神は『死者の国』に向かう事なく、この地に留まり続けているんだ」

「一体何のために?」
「『死者の国』に行けば精神はリセットされてしまう。でも私にはまだやり残した事があったからこの地を選んで根を張った。他の弟子たちにもこちらに来るように頼んだのさ」
「やり残した事?」
「『銀河の叡智』が生み出した『ダークエナジー航法』によって銀河の距離は縮まり、このように《叡智の星》まで来る事も可能となった。ポータバインドによってコミュニケーションの距離もなくなり、君はいながらにして銀河の端で起こった事も即座に知る。私のやり残した事もそれと同じ、意識のネットワークをこの銀河に張り巡らす事なんだよ」
「意識のネットワーク?」
「そう、それはほぼ完成に近付いた。君のお兄さんのハクがエクシロンに会ってくれたおかげもあって、ここから《虚栄の星》の付近まで到達しようとしている」
「誰でもそのネットワークに参加できるのですか?」
「いや、本来ある生命の法則を皆が破ったら、いくら温厚なArhatワンデライでもいい顔はしない。『死者の国』に行かない事を選ぶのはよほどの場合でないと許されない」

「ではあなたと五大弟子だけでこのネットワークを?」
「うん、ほぼそうなるね。本当はデルギウスにも参加してもらいたかったけど、彼はセンテニア家を発展させる道を選んだ。それによって思わぬ時間がかかったけど仕方ないさ」
「話を伺っていると」とオデッタが口を挟んだ。「《念の星》や《武の星》にも同じような精神の結びつきがあるようですが?」
「その通りさ。もちろん彼らの構築したネットワークとは密接に繋がっている。七聖の中では曾兆明が意識のネットワークの一員だね」

「――ぼくの先祖のノカーノは?それにノカーノの友人の空海は?まだ存命だと聞いていますが」
「そういった事は《青の星》の専門家に訊いた方がいい。君の来訪の目的もそれじゃなかったかい?」
「そうでした。デズモンドは……やはりこのネットワークに?」
「ふふふ、彼には別の使命があるんだよ。この銀河の歴史を後世に伝えるという大切な使命がね。さらに言うなら君の父、リン文月もまったく別の使命を帯びている。そしてロク、もちろん君もだ。君は今、このネットワークに取り込まれて意識だけの存在になってはいけない人間なんだ」

 
「ではデズモンドは無事なんですね?」
「もちろんさ。数年前にリンがここを訪れた時にデズモンドを引き取ってもらおうと思ったんだけど、言ったように彼には別の重大な使命があったからね。『子供がここを訪れるはずだから、その時にしてくれ』と答えたよ」
「……父はぼくがここを訪れるのを知っていた?」
「おそらくね。九人の中でも君だとわかっていただろう」
「……何て事だ。ぼくらは皆、父の計画通りに動いているみたいだ」

 
「ねえ、ロク」
 光に包まれたサフィが笑いながら言った。
「意識のネットワークを軽視しちゃいけないな。君が導きに従ってここに来たように、君の兄弟たちをある計画に沿って行動させるのは難しい話じゃあない」
「でも何故?」
「自分を過小評価するのはいけないな。君たちはこの銀河の光なんだ。その光に対して『道を示す者』、『見守る者』、『期待する者』がいるのさ」
「コウに起こった事故やコクの変心さえも?」
「――さあ、話はこのくらいにしておこう。後は現世の語り部に訊けばいい」

 
 光に包まれたサフィの姿が突然に消え、その後にはあぐらをかいた男が座っていた。男は大きく伸びをしながら立ち上がった。二メートル近くありそうな巨漢だった。
「あー、おめえがリンの息子のロクか。ずいぶん早かったじゃねえか」
「あ、あなたは?」
 言葉がうまく出てこないロクに代わってサフィの声が響いた。
(デズモンド、外の世界ではあれから五年くらいは経ってるよ)
「ああ、そうか。どうもここにいると時間の概念が気にならなくなっちまうんだよなあ――そうするとわしが《青の星》を離れてから……」
 ロクは気を取り直して、男に恭しく礼をした。
「四十年になりますよ――デズモンド・ピアナ。お迎えに上がりました」

 

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 ジウランの航海日誌 (6)

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