7.7. Story 3 《智の星団》

3 永遠の孤独

 ロクのポッドは《凶鳥の星》を出発した。
「ねえ、ロク。お願いがあるの」
 ポッドの操縦席の隣に座るオデッタが呟いた。
「ん、何だい?」
「少しでいいの。肩を抱いていて」
「――わかった。どうやら刺激が強すぎたね。せめて二人でいる時にはおぞましい未来の姿は忘れよう」

 
 暗闇の中に次の星が姿を現した。
「ルンビアが言うにはポッドを降りない方がいいそうだ。まずは星の様子を見よう」
 ポッドでさほど大きくない星の周囲を巡っていると、塔が一本だけ地上から伸びているのが見えた。
「この塔はどこにも入口がない。どこから入るんだろう」
 塔の周りを回っているとポッドが何かに引っ張られた。自由が利かなくなり、塔からどんどんと離れていった。
 星を半周した所でポッドに自由が戻った。
「……あそこに光る点が見える」
 地表にぽつんと光って見えた点は地下に続く入口だった。
「なるほど。ポッドを降りていたらとても発見できなかった」

 
 ロクのポッドは光る点から中に滑り込んだ。天井が低く、道は細かった。
「いくぞ」
 ロクはポッドを降りずに前進を開始した。道はすぐに折れ曲がり、しばらく進むとまた曲がり角だった。
「――これはその名の通り、迷路だな」

 ポッドのオート・マッピングをオンにして先に進んだ。幾度となく角を曲がり、分かれ道を越えたが、出口が見えてくる気配はなかった。
「ロク」
 オデッタが声をかけた。
「ゴールはあの塔なのかしら――でも星全体が迷路だなんて常軌を逸してるわ」
「ああ、この迷路を作ったその作業自体が驚異に値する」

 段々と薄暗がりに目が慣れていった。よく見れば地上には人骨らしきものが転がり、壁には読めない文字で落書きがされていた。
「――これは、ここで遭難した人たちか、或いは迷路の建設に従事していた人たちなのか。いずれにせよ、スピードを上げないといつまで経ってもゴールにはたどり着きそうにない」
 ロクは推力を上げ、ひたすらゴールを目指した。どれくらい進んだだろうか、道が緩やかな昇りに変わったのを感じた。
「どうやら塔の内部に入ったみたいだ。きっともうすぐゴールだ」

 
 塔の頂上に着いた。頂上は直径三十メートルほどの円形で、中央には直径二十メートルほどの穴が空いていた。
「ここがゴールでいいのだろうか。更にこの穴を潜るのは気がすすまないな」

 
「早かったですね」
 背後から声をかけられてロクとオデッタは振り向いた。そこには体格の良い穏やかな表情の男が目を閉じて立っていた。
「――ウシュケー、ですか?」
 ロクが尋ねると男は頷いた。
「アダニア、ニライ、ルンビアに会っているせいか、要領が掴めているようだ。もっともルンビアにヒントをもらったようですね」
「徒歩を選択していたら、こうはいきませんでした。ところでこの星は何故、このような迷路になっているのですか?」
「はるか昔にこの星を治めていた偉大なる王が自分の死に備えて、この巨大迷路を作らせたのです。途中で見た幾多の人骨には建設に携わった人夫たちのものが多くあります」
「今は誰も住んでいないのですか?」
「王は死に際して自らをこの塔の穴の奥深くに埋葬させました。次に親族や家臣たちが財宝を手にこの穴を降りていったのです。そしてこの星は無人となりました」
「何故?」
「自らが築き上げた星とその財宝を誰にも奪われたくなかったのです。後の世になって、盗賊たちが盗掘に来ましたが、ある者は迷路の途中で息絶え、運よくここまでたどり着いたとしても、この穴を降りてもう一度迷路を通って帰らなければならない、その行為に絶望して死んでいきました」
「確かにこの穴を降りる気にはなりません」
「――ロク、あなたならこの穴を降りて、王やその家臣の亡霊たちと会話をして財宝を持ち帰る事も十分に可能でしょう」
「いえ、興味がありません」
「デズモンドもリンもそうでした。もちろん我が師、サフィも――ここの財宝は永遠に日の目を見ないのでしょうね」

 
「ウシュケー、今まで『蟻塚』、『凶鳥』、そして『迷路』と星を巡ってきました。そのどれもが私たちに起こりうる未来を提示している。創造主はどのような思いでこの星団を造られたのでしょうか?」
「さあ、私では答えられません。おそらくはArhatsが何回目かの創造の時に、この地で遊び、そのまま忘れ去られてしまったのでしょう」
「……遊び?では《囁きの星》の大秘境地帯も?」とオデッタが尋ねた。
「その可能性は否定できませんね。大事なのは目で見えるものが全てではない。ところが今度はじっくりと内面を観察しても何だかわからない、結局気まぐれとしか思えない、という場合が多々ある事です。それを否定するのではなく、受け入れられるかどうか、智とはそういうものです」
「バルジ教を興したあなたが言うのだからきっとそうなのでしょう」
「さあ、いつまでもこの星にいても仕方ありません。次の《機械の星》に向かいなさい――そちらの女性はどこかで待機していた方が安全かもしれません」

 
 ウシュケーは去ろうとするロクを呼び止めた。
「ロク、これを持っていきなさい」
 ウシュケーはロクに重たそうな星型の金属の頭のついた長さ一メートルほどの棍棒を差し出した。
「これは?」
「私の恩人でもある友人、ロッキが護身用にとくれたもの、『賢人のメイス』です。きっとあなたを助けるでしょう」

 

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