7.7. Story 3 《智の星団》

2 人肉食

 ロクのポッドは飛び立ち、間もなく次の星、《凶鳥の星》をが見えた。青い空と雲、今度は水のありそうな星だった。
「オデッタ、準備はいいか?」
「どうぞ」
 ポッドは大気圏に突入した。青い空の下、緑の草原が広がっていた。
「今度の星は少しまともそうだ。ご覧、きっと牧場だよ」
 ロクが示す眼下には、牧場の柵らしき木の杭が連なっていた。
「……まともである事を祈るわ」
 広大な牧場の脇には緑の木々が生い茂り、木の上に朝顔の花の形のような建物が建っていた。

 
 ロクはポッドを木々の脇に停め、ポッドを降りた。
「木の上に建物があるなんて妙だな」
 そう言いながらなだらかな丘を牧場の方に降りていった。
「ああ、オデッタ。あそこに人がいる。あの人に訊いてみよう」
 指差す先では一人の男が牧場の中で座り込んで何か作業をしているようだった。
「……ちょっと待って、ロク」
 オデッタが足を止めた。
「あの人、おかしいわよ。服を着てないじゃない」
「うっ、あっ、本当だ。この星の習慣かなあ――オデッタはここにいて。ぼくが一人で行ってくる」
 オデッタを丘の中腹に残し、ロクは一人で牧場の白い柵に近付いた。

 
「あの、すみません」
 ロクが声をかけると柵の向こうの全裸の男がロクの方を向いた。数秒間、そのままの姿勢でいたが、また座り込んで何かの作業に取りかかった。
「あれ、聞こえてないのか、言葉が通じないのか」
 その時、ロクはこちらに向かってくる全裸の男女の一団に気付いた。
「ヌーディスト村かな。それにしちゃあ、どうも様子が変だ――」
 ロクの思考は丘の中腹から聞こえたオデッタの叫び声によって中断された。
「オデッタ!」

 
 ロクは大急ぎで丘の中腹に戻った。そこではオデッタが奇妙な男たちに取り囲まれていた。男たちはトンボのような羽を背につけていた。目も昆虫の複眼のようになっていて、口先が針のように尖っていた。
「何だ、君たちは?」
 駆け寄ると奇妙な男たちはびくっとして二、三歩退き、仲間同士で意味不明の会話を始めた。
 やがて一人の男が前に出て、空気が漏れるような聞き取りにくい言葉で話し出した。
 言葉は全くわからなかったが、触手のような指の動きで、どうやら「お前たちは何者だ?」と尋ねているようだった。
 ロクは黙って乗ってきたポッドを指差した。

 男が頷くと、逆に尋ねた。
「あの牧場にいる人たちは?」
 再び男たちは意味不明の会話を行い、先ほどの男がいくぶん聞き取りやすくなった言葉で答えた。
「あえは、かひく」
 意味はよくわからなかったが、一瞬でロクの話す言葉に近い形で話す事ができる、この人たちの文明はなかなか優れたものだと思った。
「木の上に住んでいる?」
 男たちは頷いた。
 やはり言葉を理解している、この男たちと牧場にいた人々との関係はどうなっているのだろう。
「牧場にいた人と話をしたいんだけど」
 すると男たちは一斉に「ひゅーひゅー」と音を立てた。初めは具合が悪くなったのかと心配したが、そうではなく笑っているようだった。
「……何かおかしい事、言ったかい?」
 すると針金のような体をくねくねさせて笑っていた男が背筋をしゃんと伸ばして答えた。
「かひくは、しゃええない」

 ロクが解釈に苦しんでいるとオデッタが助け舟を出した。
「ロク、この人たち、あの細い口みたいな器官を使って話す事はあまりないんじゃないの。こちらに合わせてくれているけど破裂音とか濁音は出せないのよ」
「……という事は」
「最初の言葉は『あれは家畜』、次が『家畜はしゃべれない』だと思うの」
「オデッタ、何を言い出すんだ。だってあの人たちはぼくらと同じ容姿だったじゃないか。むしろ――」
 ロクは言葉を途中で飲み込んだ。Arhatsが自分に似せた被創造物を食物連鎖の底辺に置いた星、これもありうる未来だというのか。

 考え込んでいたロクはいつの間にか集まってきたトンボのような男たちに取り囲まれた。
 男たちは麻酔銃のような武器を携えていた。
 捕まる――そう思った瞬間、極めて明瞭な言語が耳に飛び込んだ。
「いい加減にしなさい」

 
 空に白い翼を持った男が浮かんでいた。男は恐ろしい猛禽のような顔をしていた。
 ロクたちを取り囲んだ男たちは一斉に平伏し、ぶるぶると震え出した。
 これこそが『凶鳥』か、ロクが呆然としていると再び声がかかった。
「一緒に来なさい」

 
 ロクとオデッタは平伏する男たちを残して急いでポッドに乗り、飛び立った。
 白い翼の男が先導して着いた先は山に囲まれた湖のほとりだった。
「ここまで来れば安心だ」
 白い翼の男はそう言って顔に付けた恐ろしい鳥の仮面をはずした。中から現れたのは普通の人間の顔だった。

「ぼくの名前は聞いた事があるかもしれない。ルンビアだ。エンロップが世話になっているようだね」
「ああ、では、ぼくは正しい道のりを歩んでいるのですね。アダニアとニライには会いました」
「うん、正しいけれど、この星の実態もわかったかい?」
「推測を口に出すのも憚られます」
「考えている通りだよ。この星で進化の頂点にいるのはあの昆虫みたいな奴ら、ぼくらと同じ姿態をしているのは家畜、つまりは奴らの食料さ」
「暴動が起こらないのですか?」
「ぼくらと同じ姿だからといって同じ思考ができる訳じゃない。君が声をかけても反応しなかっただろう。彼らは至って温厚で愚鈍、御しやすい生物だ」
「銀河にはこういった進化を遂げた星もあるんですね?」

「ロク、君はどうする。あの昆虫を退治して、ぼくらと同じ姿形の彼らを解放してあげるかい?」
「……それは傲慢だと思います」
「その通りだ。姿形は変わっていてもあの昆虫たちは支配者として平和に星を治めている。問題なのはぼくらと同じ姿の生物が家畜にされている事。あれが牛や馬ならば何も感じなかったはずだ」
「でもぼくらを捕まえようと――」
「考えてもごらんよ。もしも君の住む星に物凄い知能を持つ豚がやってきたとしたら。誰だって色々と調べてみたくなる」
「好戦的な訳ではないんですね?」
「至って平和を愛する奴らさ。他の星に攻め入るなんて事はこれっぽっちも考えてない」
「銀河の統一とは何なのでしょう?」
「どこまで多様性を許容できるか。三界もデルギウスも自分の種族を中心に考えた。コメッティーノは全ての種族が共存できる連邦と言っているが、さすがにこの星のようなケースは想像もしていない。そんな予測不可能の事態に出くわした時こそ、本当の智が試される、と言っても過言ではないだろうね」
「ぼくには悪夢にしか思えませんでした」
「ははは、ロクは正直だね――さあ、この星はもう終わり。次の《迷路の星》をに行くがいいよ。但しポッドから降りない方がいいよ」

 

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