目次
2 ポッドレース
父の残像
ロクは《青の星》を出発した。普段かけている眼鏡をゴーグルに変え、手始めに《歌の星》に立ち寄った。
そこにはメリッサ王妃の身辺警護のため連邦軍が常駐しており、今はゼクトとアナスタシアの息子、エンロップの部隊が駐留しているはずだった。
《エテルの都》で育ったロクとエンロップは幼馴染だった。
ポートにポッドを停め、ヨーウンデの連邦軍宿舎に向かうとエンロップが迎えてくれた。
母親譲りの白い翼の若者は陽気に口を開いた。
「やあ、ロク。ご活躍じゃないか。《享楽の星》も連邦加盟するんだって」
「大変な戦いだったよ。何度も死ぬかと思った」
「うらやましいぞ。おれなんか連邦軍っていっても警護ばかりだ。たまに海賊退治はあるが、奴ら、逃げ足だけは早い」
「戦時下ではないのだからそれが普通だよ。それとも何か、銀河が乱れてほしいのか?」
「そんな事は言ってない」
「この星の王族を襲った奴らの行方は?」
「おそらく《古城の星》に逃げ込んだはずだが、あそこはちょっとな」
「ちょっと何なんだ?」
「いや、悪党の巣窟だから連邦軍もおいそれと立ち入れない」
「巣窟といっても全員が悪い訳でもないだろう?」
「ところがほぼ全員らしいんだ。星を支配している人間からして悪党だっていう話だ」
「ふーん、ところでこの星でポッドの改造はできるか?」
「できない事はないが、またどこか行くのか?」
「ああ、いよいよ、《智の星団》を目指す」
「お前、まだそんな事言ってるのか」
「いや、いよいよ本気になった。兄や弟たちに遅れを取る訳にはいかないんだ」
「別に止めないが忠告しておく。《智の星団》を目指すにはその手前の《囁きの星》か《泡沫の星》を足場にするのがいい。でも一つ問題がある。《泡沫の星》も又《古城の星》に負けず劣らずの悪人揃いらしい。連邦の紋章でも付けてったら袋叩きに遭うぞ」
「だったら《囁きの星》しかないじゃないか?」
「だよな。でもそこに行くには《ブリキの星》に行って、そこから大アステロイド地帯を越えていかなきゃならないんだ。《ブリキの星》にはアステロイドを通行するガイドを商売にしている人間もいるくらい、越えるのは困難だそうだ」
「ふーん、そっちは悪党の巣窟じゃないんだろ?」
「まあな。行くのが大変ってだけだ。ポッドを改造したいんなら《ブリキの星》に行くべきじゃないか。アステロイド対策もばっちりできると思うぜ」
「ああ、そうだな。そうするよ」
「じゃあ、今夜は飯でも食おうや。積もる話もあるし」
翌日、ロクはエンロップに送られて《歌の星》を後にし、《ブリキの星》へと向かった。
その星は小さな星で町は点在していた。上空から見るとどの町も雑然としていておよそ統一感が感じられなかった。
ロクはその中の一番大きな、つまり一番雑然とした町に降りていった。
台地を踏みしめるとさらにその思いは強くなった。道が整備されていないため町の中の区割がバラバラだったのは言うまでもなく、呼び名も滅茶苦茶だった。
「A地区」を歩く内に突然に「サンダーボルト地区」に入り、そこを抜けると「56地区」という有様だった。
町の人に訊きながらどうにか一番の繁華街の「γ地区」にある酒場に行く事ができた。
「あんた、商人には見えないな」
セルフサービス式のカウンターの前で飲み物を選んでいると声をかけられた。
ロクが振り返ると赤ら顔の大男が立っていた。
「ええ、《エテルの都》から来たんです」
「あっちに行くタイプとは思えないが、商人でもない。何しに来たんだ?」
男は少し酔っぱらっているだけで悪気はなさそうだったのでロクは会話を続ける事にした。
「『あっち』とは何ですか?」
「そんなのもわかってないのか。悪い事して逃げてるような奴は《古城の星》に行く。商人はアステロイドを抜けて《囁きの星》に行く。あんたは……そうか、学生か。あてのない旅ってやつだな」
「ええ、ぼくが向かうのは《囁きの星》です」
「もう予約は済ませたのか?」
「……何の予約ですか?」
「アステロイド・ガイドだよ。『ウォール』がなくなったから昔ほどじゃないにしろ、混雑期には二、三か月待ちもざらにあるんだぜ」
「そうですか。でもぼくは自分のポッドで抜けるつもりなんで」
「かーっ、たまにいるんだよ。そういうバカが。『自力で越えていきます』とか言いやがってよ」
「バカですか?」
「ああ、だがおれはそういうのキライじゃない。だからこう言ってやるんだ。『どっちにしてもオコの所に行け』ってな」
「オコ?」
「この町のはずれに住んでるじいさんだ。変わり者だがメカニックとしての腕は確かだから、にいちゃんがアステロイドを越えられるかどうか判断してくれる。無理そうなら、オコがガイドを手配してくれる。なっ、合理的だろ?」
「オコさんですね。どうもありがとう。行ってみます――あっ、ポリート飲みますか?」
ロクは男にポリートをおごってから、オコの下に向かった。
ジャンクヤードのような場所の一角に掘っ建て小屋があった。
「ここいらへんのはずだけど」
小屋を脇の窓から覗き込むと、部屋の中では小柄な老人が音楽を大音量でかけっぱなしにしたまま、寝こけていた。
ロクは正面に回り、扉をノックしたが誰も出てこなかった。あの寝こけている老人一人しかいないのだろう。
再度、窓に近付いて声をかけた。
「すみません、すみません、あの――」
何度目かの声掛けでようやく老人に反応があった。体をびくりと震わせると、頭を上げ、声の主のロクを胡散臭そうに見た。
「ああん?」
老人が再び眠りそうになったので、ロクは慌てて声をかけた。
「オコさんに見てもらいたいものがあるんです。ぼくのポッドを見てもらえませんか?」
最後の「ポッド」という言葉に反応したのか、老人は渋々立ち上がった。
「おれがオコだが、ポッドを見てもらいたいってのはどういう意味だ?」
「アステロイドを越えられるかどうかを判断してもらいたいんです」
「……それなら明日以降にしてくれ。今日はもうポートまで行く元気がねえよ」
「だったら今ここに呼びます」
ロクはポータバインドで「ポッド」、「フェッチ」と言い、しばらくするとポッドがジャンクヤードに降りてきた。
「へっ、遠隔操作かよ」
興味をそそられたらしく、オコが小屋の外に出てきた。
オコはロクのポッドをつぶさに観察してから言った。
「まあ、よくできた代物だ。シップとポッドのいいとこ取りってやつだな。だけどこの先を安全に渡るにゃ、もうちょっと補強した方がいいんじゃねえかな」
「でもそれだとスピードは出なくなりますよね?」
「ああ、それが何か問題か?」
「ぼくは《智の星団》まで行きたいんです。それにはシップ並みのスピードが出せないと心配です」
「昔も同じような事言った奴がいやがった、いや最近も一人いたな」
「デズモンド・ピアナですか?」
「おお、それよ。あんたもあのバカと同じ事をしようとしてんのか」
「無理でしょうか?」
「別に無理じゃねえよ。デズモンドは《囁きの星》に行って、そこから《智の星団》に向けて出発したのは事実らしいからな――だが未だにこっちには戻ってきちゃいねえ」
「ぼくはデズモンドを探しに行きたいんです。きっとシップに何かあってこっちに戻って来られなくなったんです」
「確かにあのバカがそう簡単に死ぬようには見えなかったな。あっちの住み心地が良すぎて帰る気がなくなったのかもしれないぜ」
「……『クロニクル』の第二版を出してもいない、まして家族をこちらに残したままなのに、そんな無責任な事をするとは思えません」
「別にデズモンドを批判してる訳じゃねえ。あんたのデズモンドに対する気持ちはよくわかった――でも奴を拾うとなるともうちょい乗員席を拡張しねえとな」
オコの熟練の腕の助けを得てロクは短時間で作業を終えた。
「よーし、強度も申し分ねえし、これなら渡っていけるだろう」
「ありがとうございます――ところで最近のもう一人というのは誰ですか?」
「有名人だからあんたも名前くらいは聞いた事あんだろ。リン文月だよ」
「……ぼくの父です」
「何、そういゃあ、あんたの名前を聞いてなかったな」
「ぼくはロク文月です――父もやはり《智の星団》に向かったのですか?」
「いや、もっと遠くまで行くって言ってたぜ。もちろん戻ってきちゃいねえけどな」
「もっと遠く?」
「《智の星団》ってのは銀河の端っこだ。それよりも遠い所って言ったら、銀河の外になっちまわあ。あんたのオヤジは全く何考えてんだかな」
「父さんがここを通っていった……」
「そういうこった――じゃ、出発する前に前祝といこうや」
翌朝、オコが見送りに来て言った。
「ロク、昨夜言った通りだ。あんたの操船技術なら何の心配もない。イーターに食われないように座標だけ注意していけや」
「はい。オコさん、色々とありがとう。デズモンドと一緒に寄りますからね」
「ああ、《囁きの星》のナイローダ王にもよろしく言っといてくれよ」
「お知り合いですか?」
「おれが現役のガイドだった頃にはよく会ってた。忙しい時にはこことセーレンセンをとんぼ返りしてたからな。ナイローダ王ってのは物静かで知的な方だ。きっとあんたと気が合うはずだ」
「それは楽しみです」
ロクのポッドが出発するとオコからヴィジョンが入った。
「いいな。座標を知らせるからその通りに進むんだぜ。途中で怪しい動きをする隕石があったらそいつはイーターだ。回避するコースを知らせてやるからな」
「ありがとうございます。でもぼくのポッドはシップ並みのスピードが出せますから」
「まあ、そうだな」
ロクのポッドは順調にアステロイドを抜けた。途中で一か所怪しい場所があったが、そこはスピードで乗り切った。
「オコさん、アステロイドを抜けました」
「おめでとよ。今まで立ち会った三人の中じゃ、あんたが一番速かったぜ。デズモンドを連れて帰ってきてくれよな」
王の願い
アステロイド地帯を抜けて、しばらく行くと星団があり、その中に人が暮らす形跡のある星を発見した。
雪をかぶった針葉樹の森に覆われた険しい山々の麓にポートらしきものを発見した。
ロクがヴィジョンを発信すると、すぐに着陸場所を知らせてきて、ポッドをポートに滑り込ませた。
防寒装備の係員がやってきて言った。
「ようこそ。《囁きの星》へ。王都セーレンセンにご用ですか?」
ロクはポッドを降りて答えた。
「どこという当てはないのですが」
「そう言われれば商人の方には見えませんね」と係員は笑顔で言った。「おや、このポッドの船体の紋章は……失礼ですが銀河連邦の方ですね?」
「ええ、議長直属の機関にいます」
「……それではセーレンセン市街ではなく、王宮にご案内しなければなりませんね」
「そうして頂けると嬉しいです」
「連邦員IDとお名前を確認してもよろしいですか?」
ロクが腕を差し出すと、係員は自分の腕のバインドを近付けた。
「ありがとうございます――文月様、おや、この名はどこかで」
「数年前に父がここを訪れたはずです」
「おお、思い出しました。リン文月様のご子息でしたか。さあ、早く中へ」
王宮に通されたロクがしばらく待っていると銀髪の学者風の中年の男性が入ってきた。
「王のナイローダと申します」
「ロク・コンスタンツェ・フォルスト・文月です」
「ロク殿はお父上と同様、アステロイドを越えて来られたのか?」
「そうです。父はシップだったでしょうけど、ぼくは自作のポッドで」
「ふむ、どちらにせよここまで来られるのは大変な労力です。ごゆっくりされるがよい。ところで来訪の目的は?」
「はい。デズモンド・ピアナを覚えておいでですか?」
「もちろん。アステロイドをシップで越えた最初の方ですからな。残念な事に《智の星団》に向かうと言われてそれきり音信不通ですが」
「ぼくにはデズモンドが死んだとは思えない。きっと何かの事情で帰ってこられなくなっただけなんです。だからぼくはデズモンドを救出しにきました」
「――ロク殿。実はあなたのお父上から『自分の子供の誰かが寄った時にはよろしく頼む』と言われておりました」
「本当ですか?」
「ですがお話を伺う限り可能性の低い話です。まず何十年も前の事、そして《智の星団》を目指して帰ってきた者が未だかつていない事、手放しでお勧めする訳にはまいりませんな」
「王は反対だとおっしゃられますか?」
「先ほどポッドで来たと言われましたな。ポッドでたどり着くのは至難の業。連邦のバトルシップのような高速のシップがあればよいのでしょうが、生憎この星にはそのようなものが用意されておりません」
「ぼくのポッドはシップ並みのスピードが出せるように改良に改良を重ねました」
「……それは真か。であれば……」
「どうされました?」
「いや、それが真であれば、一つ願いを聞いてはもらえないでしょうか?」
「ぼくにできる事であれば」
「ロク殿であれば達成できると信じております。見事達成された暁には全力を挙げて《智の星団》行きをサポート致しましょう」
「それほど大変な事ですか?」
「ええ、この星の存亡に関わるといっても差し支えないかもしれません」
「穏やかではありませんね。具体的にはどういった事でしょうか?」
「この星の最大の娯楽としてポッドレースがあります。その名の通り、ポッドを駆使してこの星の奇妙な景観の中を走り抜ける競争なのです。年間チャンピオンを決める大会や、クラシックレースとなれば星中から競技者が集まり、そこでの優勝は名誉となります」
「なるほど」
「今年も年間チャンピオンが決まり、後は最大の栄誉、王室杯を残すのみとなりました。ところがチャンピオンシリーズの最終二、三戦くらいから様子がおかしくなったのです」
「それは?」
「年間チャンピオンの座を争っていたのは英雄ポリと万年二位に甘んじるクロウでした。結局、ポリが前半の貯金を生かし、王座に就きましたが、最後の二、三戦でのクロウ陣営の動きが妙だったのです」
「妙とは?」
「集団での妨害行為といいますか、証拠はありませんが」
「それでは仕方ないですね」
「ポッドレースは元々個人戦ですからそういった集団での行為を固く禁じています。規律委員会の長である私はクロウに警告致しました。するとクロウの後見人という者が現れ、反対に規律委員会、いや、ポッドレース自体の閉鎖性を糾弾したのです」
「話が妙な方向に逸れましたね」
「その男、ジャンガリは他所の星の人間でした。彼はレースの参加を他の星の住人にも開放するべきだと訴え、彼自身も王室杯に参加すると宣言しました」
「別におかしな点はなさそうですけどね」
「彼はもしも国王杯に自分が勝ったなら――私の娘のオデッタを娶りたいと条件を付けました。私は承諾しました。何故なら英雄ポリに勝てる者などいないと思っていたからです」
「……娘さんは商品ではありませんよ」
「お恥ずかしい限りです。ところがついに恐ろしい事件が起こったのです。一週間前にポリが街で何者かに襲われ、重傷を負ったのです」
「ふむ」
「ここにおいて私はようやく全貌を理解しました。ジャンガリは予てからこの星の支配を狙っていた《泡沫の星》のジーズラ女王の息子でした」
「……」
「ジーズラ女王はしきりに自分の息子とオデッタの縁談を進めたいと迫ってきたのですが、私はそれを無視し続けていたのです。それは何故か、《泡沫の星》は悪党の巣窟、その息子がこの王室と縁組するとなれば、この星が悪党共に乗っ取られるのは明白だったからです」
「星の簒奪が狙いだったのですね」
「ポリが入院して、私はすぐにクロウにレースの中止を告げました。するとクロウが、そんな事をすればジャンガリに恥をかかせる事になり、軍が攻め込むぞと脅しをかける始末。この星は軍を保有しておりませんので攻められれば征服されるのは必至、どうしたものかと悩んでいた所にロク殿が来て下さった」
「ぼくがポッドレースに出てジャンガリに勝てばいいのですね?」
「おわかり頂けましたか。アステロイドを越えるほどの腕前があれば、必ずやクロウやジャンガリを打ち破って下さるでしょう。厚かましいのは承知しておりますが、何卒お願いします」
「構いませんよ。でもぼくが勝っても他所者が勝つ事に変わりはないですよ」
「おや、お父上からは何も聞いておられないのですか?」
「えっ?」
「お父上がこの星に来られた時に私は娘のオデッタの婚姻について相談したのです。お父上は、『やがて訪ね来るであろう自分の息子に頼みなさい』と言い残されました」
「そんな約束、聞いてませんよ」
「ですがロク殿、あなたは来られた。しかもこの星存亡の危機というその時に。これは約束が果たされるためだと理解しております」
「うーん、ピンときません。大体オデッタ姫の意志がないがしろじゃありませんか?」
「……あの娘にも困ったものです。王室を繁栄させる事よりも大秘境地帯の調査に命をかけている。並大抵の男を引き合わせてもあの娘は首を縦に振らないでしょう」
「いえ、オデッタ姫が嫌だと言えば成り立ちません。婚姻は相互の信頼の下に行われないといけないでしょう?」
「それが一般的な考えだとすれば、この星や私が少しおかしいのか……とにかくオデッタに会ってみて下さい。今も大秘境地帯に行ったきりですから、レース会場の下見にもなると思います」
皇女オデッタ
大秘境地帯は王都セーレンセンよりも更に厳しい環境下にあった。目に映るのは雪と氷の白とたまに見える針葉樹と大地の濃い色だけだった。
調査事務所に充てられた山小屋にロクが着くと一人の女性が待っていた。カーキ色の防寒具の上下に編上げのブーツを履いて、フードをすっぽりとかぶった上にゴーグルをかけていた。
「父から話を聞きました。オデッタです」
ロクはこの色気とは程遠い女性が皇女と知って驚きながら挨拶を返した。
「あなた、ゴーグルはかけているけど、その頭だと」
オデッタはロクのスキンヘッドをちらっと見た。
「頭に凍傷を負って切断なんてぞっとしないわ。防寒具を貸すからそれを着てね」
ロクは事務所の奥にある立体のマップの前に案内された。
「これが大秘境の全体図、まだ全部解明が済んだ訳じゃないけど」
目の前にはまるで彫刻を施されたような奇妙な形をした山や谷が連なる地形があった。ある部分では二頭の獅子が相争うように二つの山が形を成し、別の部分では谷底に鎌首をもたげる大蛇のような岩が伸びていた。
「不思議でしょ。大自然の力だけでこんな事が可能なのか、太古の時代に先人たちがこれを刻んだのか、そうだとしたら何のために……わからない事だらけだわ」
「オデッタ姫」
「オデッタでいいわよ」
「オデッタ、ぼくは戦いに身を投じるようになってから、幾つか人智を越える事象を見た。《青の星》では魔物が蘇り、《享楽の星》では人間が改造されていた。これらは全て銀河の創造主、Arhatsが関係していた」
「あなたは頭のいい人かと思ったけど、神秘を振りかざすタイプなの?」
「実際にこの目で見たのだから、そういうものが存在するとしか言えない。きっと君のような人は《智の星団》も神秘で片付けるのだろうね」
「あら、《智の星団》の伝説こそが私をこの道に進ませた原体験よ。帰ってきた者が誰もいない謎の星々。もっとも父はそんな場所に私が行く事を許さないけど」
「それは気の毒だ。じゃあ、ぼくのみやげ話を楽しみにしていてくれたまえ」
「あなた、行くつもりなの?」
「ああ、だがその前にポッドレースに勝つよう、王に頼まれたんだ」
「――なるほどね。ようやく話がつながったわ。だったらこうしない。あなたはポッドレースに勝つ。そして私は同行する」
「冗談を言わないでくれ。大切な王家の跡取りを危険な場所には連れていけないよ」
「でもあなたには勝算があるから行こうとしてるんじゃない?」
「それはそうだけど」
「根拠は何?」
「ぼくのヒーローのデズモンド・ピアナが死ぬ訳がないんだ」
「あなたの原体験も《智の星団》ね」
「そうさ。ぼくは冒険家デズモンド・ピアナに憧れてる」
「うふふ。父が言うにはデズモンドは学者というより冒険家だったみたいだけど、それに憧れるあなたもこんな場所で訳のわからないものを発掘してる私も学者じゃないわね」
「そのようだ」
「でも当面大事なのは、ポッドレースに勝つ事――王室杯の会場に案内するわ」
ロクはオデッタの操縦するポッドに乗って暗い空に飛び立った。
「正式発表はないけど、おそらく今回の会場はあそこ」
眼下には首から上だけの龍のような形の岩が見えた。
「あれは?」
「『黒龍の谷』よ。あの首の下に地底世界が広がってるの。数週間前に立入禁止になったから、今回の会場じゃないかと踏んでるのよ」
「という事は中には入れない?」
「ええ、私でも無理。父はどこまでも公正を期したいタイプだし」
「そこまでしながら、ぼくが勝つと思ってるのか」
「そうよ。頑張ってね。当日は私も王宮にいるから」
ロクは続いてセーレンセンの町中にあるポリが入院する病院に行った。
「あなたがポリですか?」
足を吊ったまま、ベッドに横たわるポリがロクを見つめた。
「王から話は聞いてるよ。アステロイドを越えてきた銀河の英雄の息子だっていうじゃないか」
「大丈夫ですか?」
「情けないがこのザマだ。結婚記念日のケーキを買い忘れていた事に気付いて町に出たら、男たちに囲まれて裏道に連れ込まれた。あいつら、足を重点的に狙ってきたから、おれが誰だかわかってたんだろうな。クロウの仲間に違いないんだ」
「その足ではレースは無理そうですね」
「ああ、君に期待するしかない。卑怯者をぶちのめしてくれ」
「わかりました。相手のクロウというのは?」
「万年二位だがポッドの腕はいい。しかも今回は仲間がいる」
「何名くらい?」
「そうだな、十名くらいはいると思って間違いない」
「彼らの妨害をものともせず勝利しないといけない訳ですね」
「今まで彼らの妨害は見つからないように隠れて行われていたが今回のレースは違う。ジャンガリ自らが出場するそうだから、ありとあらゆる手を使ってくるはずだ」
「会場は黒龍の谷になるようです」
「……かつて一度だけレースが開催されたが、その過酷さゆえ、二度目がなかったといういわくつきの場所だ。まあ、星の存亡をかけるにふさわしいな」
「またそんな冗談を」
「いや、君の顔を見たら心配ないと思った。だが油断は禁物だ。わかる範囲でコースについて説明しよう」
「お願いします」
「おそらくスタート地点は地底深くの『龍の尻尾』だ。ここはその名の通り、細く曲がりくねった洞窟だ。ここではぶっちぎりで先頭に立つか、中団で様子を見るか、どちらかがいいだろう。中途半端にクロウの仲間に囲まれるのが一番悪い選択だ。そこを抜けると『龍の七曲り』、コースは緩やかな登りになるが、枝道が多く迷いやすい。ここでの追い越しは難しいだろうから、やはり先頭にいるのがベストかもしれないな」
「クロウが何かを仕掛けるのはそこかもしれませんね」
「うむ、そこを抜けた先が『龍の胃の腑』と呼ばれる地底に広がる大地だが、至る所で間欠泉が吹き上げる。注意して進まなければならない。次はその大地の天井から『龍の翼』に向かうだろう」
「他のコースもありうるのですか?」
「天井の奥深くから『龍の咽門』に行けるがそうはしないと思う。まずは翼を回って再び胃の腑に降り、そこから改めて咽門を目指す。咽門は地上に向かってほぼ垂直に伸びているが、間欠泉から噴き出した水が流れ落ちる、この水にぶつかれば押し流されて胃の腑に逆戻りだ。前回のレースではここでポッドを破壊され、リタイアする者が続出した。運も必要だ」
「ぼくが空から見たのは『龍の咽門』だったのでしょうね」
「そう、もうゴールは近い。その先は『龍の顎門』、最後の勝負の場所だ。ここを抜ければゴールだ」
「ポリさん、ありがとうございます。これで戦略が立てられそうです」
「相手、しかも敵意を持つ相手だからプラン通りにはいかんぞ。ところでレース用のポッドはあるのか。何ならおれのを使ってもいいぞ」
「いえ、アステロイドを抜けるのに使った愛機がありますから」
「王の話によれば、三人くらい乗れる大型のやつみたいじゃないか。レース専用の一人乗りのポッドの方が小回りが利いて有利だぞ」
「操縦技術は誰にも負けませんし、それにシップ並みのスピードが出るように作ってあります」
「わかった。使い慣れた方がいいもんな――じゃあ、健闘を祈るぜ」