7.7. Story 1 マリス

3 殲滅

石の在り処

 《享楽の星》の全てのポートが逃げる人々と押し寄せる野次馬とで大混乱に陥ったため、茶々はなかなか出発できないでいた。
「コクの様子はどうだ?」
 茶々は『草』の目付、英を呼び出して確認した。
「はっ、現在、《流浪の星》に滞在しております」
「戦闘犬でも飼うつもりか」
「アルト・ロアランドという一番大きな町にある教会に入ったまま、出てくる気配がございません」
「わかった。動きがあったら連絡してくれ。オレもできるだけ早くそっちに合流する」
 茶々はヴィジョンを切ってハクを見た。
 ハクは仕方なさそうに肩をすくめた。
「なあ、もうロクやセキみてえに無視して出発しちまおうぜ」
「まあ遠距離という事で優先されたからな。三十分ほど待って埒が明かないようであればそうしよう」

 
 ポートが俄かに慌ただしくなった。連邦軍が到着したというアナウンスがあったため、さらにポートの使用が制限されるのは明白だった。
「かーっ、タイミング悪いな。一体誰だよ。今頃のこのこ来やがって」
「公孫水牙将軍らしいぞ」
「えっ、《武の星》からおいでなすったのか」
「ああ、連邦があまりにも急速に範囲を広げているので、警護も軍備も追いつかない。軍も事務方も全員出払っているような状態らしい」
「何だよ、ハク。他人事みてえに。その急激な領土拡大を行ってんのはオレたちじゃねえか」
「そう言われればそうだな」
「なあ、ハク。いい事思いついた。どうせ水牙を迎えるのはリチャードだろ。それに付いてってそのまんま出発しちまおうぜ」
「――いいな。そうしよう」
「話がわかる兄貴でよかったよ」

 
 茶々たちの予想通り、連邦軍の出迎えにリチャードが向かった。茶々たちとハクは何食わぬ顔でリチャードに付いていった。
 途中でリチャードが振り返り、二人の顔を見たが、何も言わなかった。
 ポートに着いたシップから水牙たちが降りてきた。
「やあ、水牙、ジェニー、ステファニー。遠い所をよく来てくれたな」
「うむ。空から見たがずいぶん派手にぶっ壊したようだな。都自体が巨大なので秩序を保つのも難しそうだ」
「来てそうそう泣き言を言わんでくれ。こちらには復興のプロ、文月くれないがいるんで安心していい――あ、こいつらは違うぞ」
「知っている。ハクと茶々だろう」
 ハクたちは挨拶もそこそこにシップに向かって走り出した。

「何だ、あいつらは――ところで顔色があまりよくないな」
「うむ、旧友に出くわしたんだ。ヴァニタスとは何者だ?」
「海賊だが、求めているものは石だ」
「石?」
「創造主の力を封じ込めた石だ。こう大き目の鳥の卵くらいの大きさで――」
「それなら我が星の長老殿にもあるぞ。『見立て石』、正式には” Elemental ”と言われる透明の石だ。長老たちではどうしても属性の見立てができない場合に石に問いかけると、石が答えを導いてくれるのだそうだ」
「何、本当か。だがその石はいい使われ方をしているようだな。どの石も使いようによっては世界を滅ぼすほどの力を秘めている」
「どの石とは?幾つも存在するのか?」
「全部で幾つあるのかはわからない。だが判明しているだけで――

 

 ・『貴人の石』:”Sands of Time”。色は紫。時間を戻す力があると言われている。《歌の星》で発見され、現在は連邦が所有
 ・『夜闇の石』:”Resurrection”。色は漆黒。死者を復活させる。《青の星》で発見され、連邦の手に渡ったが使用済みだった。
 《享楽の星》で新たに発見され、現在はコクが所有
 ・『禍福の石』:”Soul Summon”。色は白と黒。死者の霊を呼び、対話できる。《巨大な星》で発見され、現在は連邦が所有
 ・『火焔の石』:”Make It Big”。色は赤。物質の大きさを変える。《神秘の星》で発見され、現在は連邦が所有
 ・『魚鱗の石』:”Distortion”。色は銀。空間を歪める。銀河の『ウォール』の原因となっていた。現在は連邦が所有
 ・『隠遁の石』:”Mind Steering”。色は白と赤。人の心を操り、支配する。《魔王の星》で発見され、現在はコウが所有のはず
 ・『純潔の石』:”Mountain High, Ocean Deep”。色は白。大地を創造し、動かす。《戦の星》で発見され、現在はハクが所有
 ・『全能の石』:”Doublecross”。輝く石。人に裏切りの心を植え付ける。《蠱惑の星》で発見され、現在はくれないが所有
 ・『血涙の石』:”Mutation”。色は深紅。人の姿を変化させる。《享楽の星》で発見され、現在はくれないが所有――

 

「それに某の星の緑の『虚栄の石』、”Elemental”を加えると十か」
「正確には九つだ――これにヴァニタスが保有している石を加えなければならない――

 

 ・『黄龍の石』:”Worm Hole”。色は黄色。空間をつなぐ。コウはこの石によって飛ばされた。ヴァニタスが所有
 ・『竜脈の石』:”Make-believe”。色は青と黒。偽りを信じ込ませる。《蠱惑の星》のバンブロスから奪い取り、現在はコクが所有
 ・『変節の石』:”Dreamtime”。色は黄と黒。人を誘惑し、支配下に置く。《魅惑の星》で発見され、現在はヴァニタスが所有

 

「三つ、いや、コクの”Resurrection”を加えると四つ。全部で十三の石か」
「ヴァニタスは他にも保有していると踏んでいる。それに私にはおそらくこれは石だと思っている心当たりがある」
「となると最低でも十五か。一体幾つ存在して、全て集めると何が起こる?」
「それぞれが凄まじい力を秘めているので一つあれば十分のような気もするがな――そうだ、その辺を専門の研究家に訊いてみるか」
 怪訝そうな顔の水牙を無視して、リチャードはヴィジョンを起動した。空間に浮かんだのはコメッティーノだった。

 
「やあ、議長」
「よぉ、リチャード。水牙も着いたか。チオニは大変だったみてえだな。おれも参加したかったよ」
「ははは、詳しい報告はまた後でする。今日は尋ねる事があって連絡した」
「何だ?」
「石の件さ。研究は進んでいるか?」
「よくぞ訊いてくれた。色々とわかったぜ」
「ほぉ」

「まずな、この世界にあると言われてる石の数は全部で十八。Arhatsの人数と一緒さ。だがそうやって考えればどの石がどのArhatのものかわかる」
「なるほど。まだ見つからない石の力も予想できるという事か」
「その通り。まず” Sands of Time ”はエニク、” Mountain High, Ocean Deep ”がバノコ、これは簡単だな。” Make It Big ”がグモ、” Distortion ”がギーギ、” Resurrection ”はワンデライ、ヴァニタスが持ってる” Worm Hole ”はオシュガンナシュだ。このへんも大体想像がつく。難しいのはこっからなんだが話を続けてもいいか?」
「ああ、どうぞ」
「石には大きく二つの種類がある。時間や大地、大自然に作用するものと人間に作用するものだ。一般に言われている『上位座羅漢』の十二名は前者、『下位座羅漢』の六名、おれたちの祖先だな、こっちは後者のようなんだ。となれば人間に作用しそうな石、” Mind Steering ”、” Soul Summon ”、” Make-believe ”、” Doublecross ”、” Dreamtime ”は六人の内誰かって事は確かだ」
「よくそこまで紐解いたな。そうなるとここで手に入れた” Mutation ”はやはりジュカか。実は《武の星》にも” Elemental ”という属性をコントロールする石があるのだが、それは誰になる?」
「うーん、いきなり言われてもなあ。多分ウムナイかウムノイじゃねえか。気を司ってるしな」
「なるほど。そうするとまだ発見されていないのはウムナイ、ウムノイのどちらか、アーナトスリ、チエラドンナ、レア、そして下位座の一人の石だな?」
「そういう事になる。十八全部集めたら何が起こるかまでは知らねえ。何しろ集めた奴なんていないからな。こんな感じでいいか?」
「非常に参考になったよ。ではまたな」

 
 リチャードがヴィジョンを切り、水牙がリチャードに尋ねた。
「”Elemental”は連邦に預けた方がいいだろうか?」
「まだいいさ。その時になればコメッティーノが言ってくるはずだ。何しろコウのように持ったまま行方不明のケースもある」
「ヴァニタスは連邦の石も奪い取るつもりか?」
「ああ、さっきそれぞれの石が世界を滅ぼしかねないと言ったが、当然、もたらす力にバラつきがある。これまでヴァニタスが持っていた石だけで世界を動かすのは難しかった。だから連邦の保有する石も狙っていたのだろうが、”Resurrection”が手に入った今となってはどうするかわからないな」
「”Resurrection”はそれほど強力か?」
「間違いない。だがお前の星の”Elemental”も使いようによっては同じくらい危険なはずだぞ」
「わかった。心しておこう」

 

草の殲滅

 コクは《流浪の星》の近くにある小惑星に向かった。
 当然、『草の者』たちも影のように後を追った。
 コクは日のあたらない惑星の上に立って、石を手に取った。
「『リザレクション』、マルよ、ここに蘇れ」
 一人の男がコクの前に姿を現した。無精ひげが伸び、大きく開いた瞳は周囲を不安げに見回している、とても凶悪な爆弾魔には見えなかった。
「マル。気分はどうだい?」
「……あなたは?」
「あんたを助けてやりたくてな――見ろよ。あんたを捕まえようとして多くの人間が包囲してる」
「ツワコとマリスは?」
「心配すんな。マリスは大丈夫だ――それよりもこの包囲網を抜け出さなきゃ、そんな心配も無駄に終わる。言ってる意味がわかるよな?」
 マルは何度も何度も頷いた。
「あんたの力を見せちゃくれないか?」

 マルはためらっていたが、やがて決心したように大きく頷くと、奇声を上げて走り出した。
 何もない小惑星の上で隠れる事もできない『草』に近づくと、幾つもの爆弾をめちゃくちゃに投げ出した。
 たちまちに小惑星の上は地獄絵図に変わり、何人かの『草』は吹き飛ばされ、何人かは倒れてそのまま動かなくなった。
「……こりゃあ予想以上だが息子はもっとすごいって話だ。こんな所じゃなくて、もっとふさわしい場所で復活させてやる。おやじの志を継がなきゃならんからな」
 コクは高笑いしながらシップに戻った。後を追う『草』のシップはもうなかった。

 
 ようやく茶々とハクの乗ったシップが小惑星に到着した。降りるなり異変に気づき、傍にいた荊と葎に指示を出し、自分も走り出した。
「……蔵!……英!……芳!」
 茶々は大声で名前を呼びながら倒れている部下の下に走り寄った。
 誰も返事をしなかった。
「……蓬!……藻!……茗!……莢!……みんな!」
 荊と葎が跪いて泣いていた。茶々は呆然として立ちつくした。
 人が幾重にも折り重なっている場所の一番下に見知らぬ男が倒れていた。
 この男を倒すために総攻撃を仕掛けたのだろう。
 ハクが近付いて茶々に言った。
「リチャードに連絡をした。すぐに来るそうだ」

 
 リチャードのジルベスター号が到着した。リチャードは惨状を目の当たりにして無言だった。
 星の中央に茶々が立ち、そこから少し離れた場所にハクが立っていた。
 リチャードは茶々に声をかけた。
「茶々、これは必然だ」
「リチャード、何を言い出すんだ」
 ハクが驚いてリチャードに詰め寄った。リチャードはハクの肩を掴んで黙らせると続けた。
「元々『草』は起源武王の配下。志半ばで倒れた武王の無念を晴らすため、ドノスへの復讐を最大の目標に生き延びてきた。だがそのドノスも倒れた今、『草』もまたその使命を終えたのだ」

「……てめえ」
 茶々がリチャードに殴りかかろうとするのを荊と葎が必死で押し止めた。
「今のは私の言葉ではないぞ。この人の言葉だ。見ろ」
 真っ暗な空間にヴィジョンが浮かび、そこに映っていたのは葵だった。
「茶々よ。その通りじゃ。リチャードから連絡を受け、わらわが申したのじゃ。最初はドノスが滅びた件、はっきり言って肩の荷が降りたわ。さすがは我が息子、よくぞやったと喜んだが、同時に思ったのじゃ。今後は何を目指して生きればよいのか?当主がそんな様だからこのような悲劇が起こった。すべてはわらわのせいじゃ」
「……おふくろのせいじゃねえよ……オレが……オレが」
「『草』はもう使命を終えた。亡くなった者はこちらで丁重に弔うゆえ、お前は何も考えずにリチャードの指示に従い、銀河のための戦いを続けるのじゃ」

 
 葵の姿が消えた。
 荊と葎に抱きかかえられるようにして座り込む茶々をリチャードは無言で見下ろした。
 茶々が顔を上げた。
「……なあ、リチャード」
「何だ」
「……オレはもっともっと力が欲しい。オレが弱いばっかりにいっつも皆に迷惑をかけちまう。オレは誰にも文句を言わせないほど強くなりたいよ」
「本気で言っているのか」
「ああ」
「力を得るためなら悪魔に魂を売り渡す覚悟があるか?暗黒を極める事ができるか?」
「もちろんだ」
「だったら手がない訳じゃない。葵が言っていたように私の指示に従え。いいな」

 茶々が無言で頷くのを見たハクがリチャードに再び詰め寄った。
「リチャード、茶々に何をさせる気だ?茶々は今混乱しているだけ――」
「いいじゃねえか。ハク」とハクの腕の中の雷獣が言った。「暗黒を極めるなんて面白そうだ。やらせりゃいい。強い奴が多い方がいいだろ」
「それはそうだがコクを見ろ。こんな事をしでかす奴だぞ。茶々もそうならないとは限らない」
「オレはコクをちっとも恨んじゃいねえよ。『草』は人知れず死んでいくもんだ。それを守れなかったオレが弱かっただけさ」

「納得がいかないな。私はコクの後を追うぞ」
 ハクは背中を向けると、シップに向かって歩いていった。
「茶々、お前は私のシップに乗れ」とリチャードが言った。
「どこに行くんだ?」
「《虚栄の星》だ」
「そこに何かあるんだな」
「いや、どこに行くかを決めるために、まずは《虚栄の星》に向かう」
「何だそりゃ。でもわかったよ――荊、葎、しばらくお別れだ。お前らと生き残った『草』は当面チオニに残った誰かの配下で動け」

 
 《巨大な星》の隠れ里の葵のいる屋敷では、葵が一心不乱に真言を唱えていた。
 そこに萬(よろず)がやってきた。
「萬か――ほんに一喜一憂よのぉ」
「まことに」
「ドノスが倒されたと聞いた時にはあんなにも嬉しかったが、すぐにぽっかりと心に穴が空いてしまったのじゃ。『草』はもう終わりよのぉ」
「茶々様のお力もあり銀河も統一されようとしておりますし、そうなれば考えねばならないでしょうな」
「ほんに気が休まらんわ」
 葵の唱える真言はいつまでも続いた。

 

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