7.7. Story 1 マリス

2 《流浪の星》

 《流浪の星》に着いたコクはアルト・ロアランドの町の教会に向かった。中に入ると神父らしき初老の男が迎えてくれた。
「アプカ神父ですか?」
「左様です。本日は何のご用でしょうか?」
「おれは文月コクと言います」
「……『文月』?まさか、《青の星》の?」
「ご存じでしたか?」
「もちろんです。文月リン殿は銀河の英雄であるのもそうですが、一方ならぬご恩を感じておりますもので」
「恩、ですか?」
「ええ、悪の組織にそそのかされたマリスを改心させてくれた、とある方からお聞きしました。きっと今頃、マリスの魂は無事転生しているでしょう」
「そうでしたか」
「コク殿はその件ではるばるこんな場所までいらしたのでしょう。どうぞお座り下さい」

 
 アプカ神父はコクを告解室に連れていき、お茶をふるまってから話し出した。
「マリスは可哀そうな子でした。あんな事件があったために『悪魔の子』と呼ばれ、迫害されていたのを保護したのですが、邪悪な手の者が連れ去って、自らの野望の手先としたのです」
「……神父、『あの事件』とは?」
「これは失礼致しました。順を追って話をしないといけませんな」
 アプカはいそいそと部屋を出ていき、すぐにたくさんの紙の資料の束を持って戻ってきた。
「私のはるか祖先、この星の第一号の移住者の一人、アーノルドの代から綿々と綴られてきた記録です。長くなりますがよろしいですか――

 

【アプカの回想:ミット・ロアランドの悲劇】
 この町の東に『聖なる台地』と呼ばれる人がたどり着けない高地がございます。そこは聖サフィの弟子、聖ニライに始まる『約束の地』。  一体何が約束かと申しますと聖サフィが聖ニライにこう告げたのだそうです。 「いつの日か、銀河を統べるほどの能力者が世に出るであろう。その日まで隠れて暮らすのだ」  聖ニライはその言葉を信じ、聖なる台地に居を構えました。実は聖ニライもこの星に巣食っていたウェットボアという邪神を退治したほどの能力者だったそうです。  下に暮らす私たちと台地の人の間には交流などございませんがただ二つの例外がございました。一つは年頃になった台地の若者は山を降りて、下で配偶者を見つけて山に帰るというもの。ですがそんな事を繰り返したのでは血が濃くなり過ぎるのでしょう、やがてその慣習は廃れたと聞いております。そしてもう一つはある年齢になっても能力が発現しない台地の住人は下の町に降りて、普通の人間として一生を終えるというもの。  実はマルはそんな能力が発現しない者だったのです。    マルは口数の少ない、従順な青年でした。山を降りると当時、建設ラッシュに沸いていたミット・ロアランドという町の建設現場で働き始めました。  マルはツワコという女性と知り合い、結婚をし、マリスという男の子を授かりました。  マリスが三歳の誕生日を迎えた頃から、ミット・ロアランドでは謎の爆破事件が多発するようになりました。  犯人は見つからず、町の人は自警団を編成し、警戒を強めました。  そんなある日、前夜に起こった建設中の建物の爆破事件現場でマルを目撃したという情報が広まったのです。  自警団はあの善良なマルがまさか、だがマルは“台地の民”だった事からもしかすると、とどっちつかずの対応だったそうです。    謎の爆破事件は続きました。それまでに数十回爆破が起こっていましたが、目撃されたのはマル一人だけだった、そこでしびれを切らした町の人間がマルの家に直談判に乗り込んだそうです。 「マル、あんたを疑ってる訳じゃない。だけどもしかしてあんた、犯人を見たんじゃないかい?」  その質問に対するマルの答えは「それは言えない」の一点張りで、それがかえって疑惑を決定づけたようです。  爆破は連夜のように発生する、今は小規模なものばかりだが、やがて大惨事が起こるに違いない、ミット・ロアランドの住人のストレスはピークに達し、その怒りの矛先は犯人の名前を言おうとしないマルに向けられたのです。    ある夜、事前に示し合わせた数十人の男たちが松明を手に町のはずれのマルの家を取り囲み、マルとその家族、ツワコと幼いマリスを外に引きずり出しました。 「なあ、マル。あんた、犯人の名前を言えないって言うが、あんたが犯人なんだろ。あんたは実は能力者だ、違うか?」  怯えて唇を震わせたまま黙っていたマルは男たちに小突き回されました。ウェットボアに生贄を差し出していた昔の時代と変わらない、野蛮で愚かな行為でした。  業を煮やした男たちの行為はだんだん暴力へと変わっていきましたが、マルは決して口を割りませんでした。どんなに殴られ、蹴飛ばされてもじっと耐えていたのです。  そしてとうとうそれが起こってしまいました。  一人の男がマルの足を払い、マルは転びました。起き上がったマルの手にはいつの間にか黒々とした丸い爆弾が握られていたのです。  やはりマルは能力者だった――  男たちもマルもパニックに陥りました。   「殺せ」  誰かが叫んだのがきっかけとなり、マルの背後で怯えて座っていたツワコも襲われそうになりました。  次の瞬間、マルの手にした爆弾が男たちの足元で爆発し、男たちは吹き飛びました。 「……ああ」  マルは自分で行った事が信じられなかったようで、その場に立ちすくみました。    このままでは爆破を逃れ、逃げた男が町の人間を呼びに行き、武器を手にマルとその家族を殺しにやってくるに違いない。  マルはツワコとマリスを連れ、必死で逃げました。  逃げる先々で爆弾を爆発させ、町は瞬く間に廃墟に変わっていきました。  その時のマルの様子は笑っていたという者もあれば、泣きながら走っていたという者もありました。  結局、マルはミット・ロアランドを壊滅状態に追い込んで、姿を消しました。  星を挙げての捜索の結果、三日後に台地の入口、通称、『断罪の崖』と呼ばれる絶壁の所で自らの命を絶ったマルが発見されました。ツワコも命を絶ち、幼いマリスだけが泣いていたそうです。    私は身寄りのなくなったマリスを引き取りました。  住人たちもやっと安心して、星は平穏を取り戻したかに思えました。  ところがしばらくすると再び爆破事件が起こるようになったのです。  住民たちは戦慄しました。  マルは死んだはずなのに――  真犯人は別にいたのか――  私はある疑念を抱くようになりました。爆破の起こった時間のマリスの行動を秘かに観察したのです。  ある晩、ベッドで寝ているはずのマリスの姿がありませんでした。ずっと見ていたはずなのに、いつ抜け出したのだろう、そう思っていると遠くで爆発音が聞こえました。  私は教会の入口に立ってマリスの帰りを待ちました。しかしマリスは帰ってこなかった。私は頭を振りながらマリスのベッドを再び見ました。そこにはすやすやと寝息を立てるマリスの姿があったのです。  私は恐ろしい真実を知りました。マルがかばっていたのはマリスだった、おそらくマルに能力はなかったのでしょうが、家族を守ろうという極限状態の中でたまたま一時的に能力が発現したのでしょう。    私は翌朝、マリスを告解室に呼び出し、噛んで含めるように話しました。 「なあ、マリス。聖サフィに誓って約束してくれないか」 「はい、神父さま」 「爆弾を使うのはいけないんだよ。わかるね」 「はい」 「もう二度としてはいけないよ」 「はい」  私は安心できませんでした。聖サフィの下での約束がこの幼子にとってどれだけ効き目があるのでしょうか。  ですがそれからしばらくの間、爆破事件は起こらなくなりました。    ところでこの星にあまり誇るものなどないのですが、ロアランド・ソルジャードッグという戦闘犬が星の北西にある広大な土地で飼育されおります。  何しろ、何もない場所です。様々な星から犬の買い付けに来る方がいらっしゃいますが、皆さん、このロアランドにお泊りになるのです。  そんな買い付けでやってきた一団の中に風変わりな人物がいました。その男は北西の飼育場に行く訳でもなく、一日中、町中を散策し、町の人と話をするだけなのです。  その男の正体に関する根拠のない噂が広がり始めた頃、その男が教会を訪ねてきました。   「アプカ神父でいらっしゃいますか?」  男は上品な服装をした、さしずめ執事のような雰囲気でした。 「……あなたは犬の買い付けの」 「いえ、たまたま一緒だっただけですよ。失礼しました。私はヅィーンマン、《巨大な星》のサフィ教会の者です」 「……サフィ教会?はて、かの星にありましたでしょうか」 「こう言えばおわかりになりますでしょうか。マンスール司祭の教会で働く者です」 「おお、マンスール司祭といえばアダニア派とプララトス派の諍いを収めたという大宗教家。もちろん存じております」 「それはよかった。実はこちらにいらっしゃるお子さんの事で参ったのです」 「……えっ、それは又何故?」 「私共も不幸な事件については存じ上げております。その際に生き残られたお子の行く末をマンスールはひどく心配しておりまして」 「それはありがたい事です。ですがご心配には及びません。この教会ですくすくと育っております」 「果たしてそうでしょうか。アプカ殿、聖サフィの前で隠し事はよくありませんな」 「い、一体何の事だか」 「打ち明けて下さい。同じサフィ教会、助け合いましょう」  私はありのままをその男、ヅィーンマンに告白しました。 「――やはりそうでしたか。実はマンスールがそのお子、マリス君を引き取ってもよい、いや、引き取らせてくれと申しているのです」 「し、しかし、マリスの能力は信仰でどうなるものでもありません」 「アプカ殿。マンスールは聖サフィの教義だけでなく、錬金学と呼ばれる学問にも精通しております。錬金学を用いればマリス君は必ずや世のため、人のためになる人間に成長致します」 「そこまで言われるのであれば――いや、考えさせて下さい」 「明日、また伺いますよ」    結局、マリスをヅィーンマンに預けました。私にはマリスをまっとうな人間に育て上げる自信がなかった、だがマンスール司祭であれば、そんな一縷の望みを抱いたのです。  その後の話はあなたもよくご存じのはずです。  マリスを預けてからおよそ一年後に遠く離れた《青の星》でここと同じような爆破事件があったという話を旅の商人から聞きました。ですが、その時は犯人を改心させたのが銀河の英雄、文月リンだったという事実の方が興味深く、マルの時にもそういう方がいらっしゃったらと思うだけでした。  そして《巨大な星》が連邦に奪還され、マンスールが滅びたのを聞きました。  愚かな私はその時、全てを理解したのです。  《青の星》の爆破事件の犯人こそマリスだったと。そして文月リン殿がマリスを改心させ、マリスの死に水を取って下さったのだと――

 

「私は自分の愚かさが悔しくてなりません」
「アプカ神父、ご自分を責めないで下さい」とコクは言った。「おやじはその、特別だったんです。ところでそのマルやマリスの映ったロゼッタは現存してますか?」
「ロゼッタですか。あいにく……ですが写真ならございますよ」
 再びアプカは部屋を出ていき、二枚の写真を持って戻った。
「こちらがマルの結婚式の写真、こちらがマリスの写真でございます」
「この写真をコピーしても構いませんか?」
「ええ、ですが何のために?」
「そうですね。記憶を風化させないためと言いますか、まあ、『復活』のためと言った所です」
「なるほど。浮かばれぬ魂をせめて記録に残して復元して下さるという意味ですね。どうぞ」

 
 コクは二人の写真をポータバインドに納めると教会を出た。
「余計な事まで聞かされちまったが、まあ、おれはちゃんと復活のためだって言ったしな。マンスールみたいに嘘八百を並べ立てた訳じゃない」
 コクは『草』が自分を見張っているのを心地よく感じながらポートに向かった。

 

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