7.6. Story 4 青年王

4 夜叉王

囚われの青年王

 とうとう王の間の扉が開いた。
 十メートルはありそうな高い天井の広間の中央の赤い絨毯が敷かれた、一段高い所の玉座では一人の男が足を組んで座っていた。
 男はリチャードたちが入っていくと物憂げに立ち上がった。
「ようこそ。王宮に。ここに人が来られるなど久しぶりの事です」
 よく通る爽やかな声の男は玉座の上からリチャードたちを見回した。金色に輝く豊かな髪、しわ一つない顔、そこにいたのは二十代にしか見えない青年だった。
「ドノスだな?」とリチャードが尋ねた。
「栄光に満ちた連邦の勇者の方々。私の話を聞いて頂けませんか。手前の部屋でム・バレロという男に会ったでしょう。私はあの男に脅され、ここに千年という長い間、幽閉されていたのです。あの男こそ悪魔、ああ、こうしてあなた方が私を救い出してくださる日を――

「戯言はいい加減にしておけ」
 ケイジが気配を戻して言うと、ケイジに気付いたドノスは口ごもった。
「ドノス、大樹の下で会って以来だな」
「ケイジ将軍ではありませんか。あなたも私と同じように長命ですね」
「一緒にするな。お前はあの時よりも若返っている。どれだけの人を化け物に改造し、あげくに自らの体まで改造するとは――鬼哭から聞いたこの男の鬼畜の所業を明らかにしておこう。この男は快楽殺人者だ。それに目覚めたのは想いを寄せる娘ハンナを大樹の樹の根元で縊った時、そうだな」
「……」
「その後、こいつは身寄りのない人を中心に襲い、人体改造を始めた。そして閃光覇王と起源武王を恐れるあまり、武王カムナビとツォラを攫い、カムナビの命を奪い、ツォラを改造した。さらにハンナに似ているというだけで覇王の軍のシロンの命を奪った」
「……」
「チオニの戦いの後、この臆病者は決して人前に顔を出さなくなった。だが裏では人体改造を続け、私たちが戦った大樹の住人や『繁栄』、『不死』、『永遠』といった無数の化け物を世に生み出した」
「……」
「こいつが人前に出ない理由、それは大樹がいつでも見ているからだ。樹がシロンの転生、夜叉王を呼び寄せ、復讐すると考えているからだ」
「……夜叉王などいない」
「それならそれでいい。私たちがお前を誅するまでだ」

 
「何故だ!」
 玉座のドノスは興奮しながら叫んだ。
「何故、私が殺されなければならない。私はこの星をここまで発展させた名君だぞ。その功績を考えれば、チオニに集まってくるゴミのような奴らを改造する事など何の罪にもあたらないではないか。あいつらはゴミだぞ、くずだぞ。人のままでいても幸せになどなれないから私が新たな人生を与えてあげたではないか。そうだ、これは慈善事業であって断じて犯罪などではない!」
「――こいつ」とリチャードが言った。「いかれてるな」
「うむ」とケイジが言った。「そもそも同列で論じられない物事を比較している――ドノス、お前がどんな名君であったとしても、むやみに人を殺していい事にはならない」
「だったら考えてもみろ。閃光覇王は人を殺さなかったか。起源武王はどうだ。お前の先祖、デルギウスはどうなんだ。銀河連邦は決して人を殺さないというのか」
「その中に快楽のために殺人を犯した者はいない」
「快楽だと。そうではない、全ては名君たる私が一日でも長く生きて更なる善政を行うための必要な犠牲だ。彼らは私のために喜んでその身を捧げた」
「喜んで身を捧げたというのはお前の幻想に過ぎない。喜んでいるのはお前だけだ」
「……待て。私は裁判を要求する。連邦の民主的な手続きに則って、私の行為が正しいかを徹底的に論じようではないか」
「ドノス」とリチャードが言った。「お前の言い分にも一理あるのかもしれない。だが千年前のお前の所業により死んでいった、ハンナ、その父、武王、ツォラ、シロン、スフィアンはそのような猶予は与えやしない。お前はあの時に死ぬべきだった。長く生き過ぎたのだ」

 
 ケイジが刀の柄に手をかけようとしたのを見て、ドノスは急いで懐から真っ赤な石を取り出した。目を閉じて『ミューテーション』と唱えるとその肉体に変化が起こった。身の丈が膨れ上がり、たちまちに五メートルはあろうかという巨人に変貌した。
「ははは、これが己の肉体の最終形、貴様らごときにやられはせん。だがこれだけでは心配だな――」
 巨大になったドノスは思い切り石を床に叩きつけようとした。ロロの時に同じ経験をしていたセキは石が床に落ちる寸前に重力制御をかけて石を地上すれすれの所で止めた。
「――こしゃくな」
 ドノスが石を踏みつぶそうと足を上げた。茶々が猛スピードで足と床の間に滑り込み、石を掴み取った。そのまま床を転がりながら石を投げるとポッドに乗り込んだロクが空中でキャッチした。
「石は無事だ」
「おのれ、貴様らをジェリー・ムーヴァーのような無力な生き物に変えてなぶり殺しにしてやるつもりだったが、まあいい。この肉体が負けるはずがない」

 
 巨大化したドノスを全員で取り囲んだ。
 ドノスは息を吸い込むと「ダーク・ウェイブ!」と叫んで息を吐いた。強烈な衝撃波が発生し、全員、壁際に弾き飛ばされた。
「デス・バウンス!」
 両腕を振り回した時の振動で全員が何度も床に叩きつけられた。
「くっ、これはまずいな」
 装甲レベルマックスで衝撃を軽減したリチャードが真っ先に立ち上がり、ドノスに襲いかかった。
「リチャード、足元を狙え」
 ケイジのアドバイスに従ってリチャードは左の足首に斬りつけた。リチャードに続いてケイジ、雷獣にまたがったハクも斬りかかった。
 セキが大剣を思い切りドノスの足首に食い込ませるとドノスはバランスを崩して頭が下がった。そこにすかさずヘキが『爆雷』を打ち込んだ。ドノスは顔を押さえて体勢を元通りにした。ドノスの額から血が流れた。
「……貴様ら、この美しい顔に傷をつけたな。この代償は高くつくぞ」

 ドノスが再び、ダーク・ウェイブからデス・バウンスの連続技を出した。ドノスに取り付いていた者も距離を取っていた者も全員が弾き飛ばされ、床に何度も叩きつけられた。
「私の顔に傷をつけたのは貴様だったな」
 ドノスは倒れているヘキの前に立ち、手を振り上げた。
「フェイタル・クロー!」
 瘴気の溢れ出す掌がヘキを押しつぶそうとした瞬間、ケイジがヘキを突き飛ばし、『鬼哭刀』で攻撃を受け止めたが、ドノスの圧力に負け、弾き飛ばされた。
「ケイジ!」

 

夜叉王、来る

 ザイマは暗闇の中で目を開けた。
 意識が混濁していた。
 ああ、ここは――そうか、おれは『夜闇の回廊』に身を投げたんだった

 どこかから声がした。
「ザイマ、ありがたくあなたの体を使わせてもらうわ」
「安心しろよ。ドノスは討ち取るから」
 女と男の声に続いて、獣の嬉しそうに鳴く声が聞こえた。
 もう何かを考える事はできそうになかった。

 
 実体化した夜叉王は回廊を出た。回廊に空いていた異次元に通じる穴はその役目を終えたかのように静かに消えた。
 夜叉王は北の都の大路を王宮に向かった。頭が二つあって、左の顔は若い女性、右の顔は男性、腕は二本だが、下半身には獣の顔と四本の肢がついていた。
 異形の者は猛スピードで大路を抜け、王宮に入った。

 
 ドノスは嫌らしい笑いを浮かべながらケイジに近付いた。
「そんなにお望みならケイジ、貴様から片づけてやろう。千年前に死ぬべきだったのは貴様の方だ」
 ケイジはようやく片膝立ちになり答えた。かなりの深手を負っていた。他の者たちも広間の床に転がっていた。
「お前の言う通りだ。私も長く生き過ぎたので死に場所を探している。だがそれはここではない」
「四の五の言わずここを貴様の死に場所としてやるよぉ」
「待て、ドノス――聞こえないか。あの足音が」
「何、足音だと……聞こえんな。姑息な時間稼ぎは止める事だ」
「仕方ないな。足音の主が到着するまで、少し本気で遊んでやるか」
「ふざけた真似を。傷を負った貴様の本気などたかが知れているわ」

 
 ドノスがケイジに近付いたその時、重力を制御してダメージを最小限に留めていたセキが立ち上がり、背中に大剣の一撃をお見舞いし、セキはその反動で後ろに弾き飛ばされた。
 ドノスは一瞬動きを止め、振り返ってセキに言った。
「その大剣はあの時の田舎剣士の……どいつもこいつもそんなに私が憎いか」
「ドロテミスだけじゃない」とセキが叫んだ。「シロンもスフィアンも起源武王もツクエも皆、お前を憎んでる。だから僕たちに力を貸してくれるんだ」
「ドノス、その通りだ」
 鬼哭を杖代わりにしてようやく立ち上がったケイジが言った。
「どうやら本当に年貢の納め時のようだな――見ろ」

 
 閉まっていた広間の扉が再び開こうとしていた。開くというより強引にこじ開けるようにして異形の者が姿を現した。大きさはドノスより少し小さかったが四メートルはゆうに超えていた。
「――シロン」
 ドノスの声が上ずった。
「シロンではない。夜叉王だ」
 夜叉王はそう答えるとドノスに近付き、広間の中央で立ち止まった。

「くれない、サーベルを」
 くれないがサーベルを夜叉王に投げて寄越すと、夜叉王は器用に指先で摘み、空間にサーベルで大きな円を描いた。描いた円の先には真っ暗な暗闇が広がっていた。
「ここがお前の墓場。お前はここで永遠にさまよい続ける。お前らしい最期ではないか」
「残念だな。返り討ちにしてやる。今の私に恐れるものは何一つない!」
 ドノスが夜叉王に飛びかかった。夜叉王はそれを受け止め、押し返した。どちらも夜叉王が作った墓場に相手を放り込もうと、体を入れ替え、押し合いが始まった。
「ダーク・ウェイブ!」
 ドノスの放った衝撃波が広間を包み込み、セキたちは弾き飛ばされたが、夜叉王は平気だった。
「くそっ、これならどうだ」
 ドノスは力任せに夜叉王を押した。身長が一メートル以上違う夜叉王は徐々に押し込まれて、あと少しで宇宙の墓場に触れそうになった。

「――動ける奴は動け」
 リチャードが声を振り絞った。
「ドノスの足を狙うんだ」
 リチャード、ケイジ、ハク、全員がドノスの足首に斬りかかったがドノスは微動だにしなかった。
 むらさきがこの流れに加わろうとして飛び上がった時、蛟が声をかけた。
「むらさき、槍を貸せ」
 むらさきが蛟の背から降り、その口に槍を持たせると、蛟の体がまばゆく光り、蛟は人の形に変わった。手に槍を携え、ドノスの足首に向かって思い切り槍を突き出した。
 ドノスの足首が光に包まれ、足首の一部分が完全に消滅した。
「……痛い、痛い!」
 夜叉王を押していたドノスは夜叉王の体を離し、その場で倒れこんでのた打ち回った。
 蛟は元の龍の姿に戻って槍を口にくわえたまま、ぽかんとしてこの様子を見ていた。

 
「……痛い、痛いよぉ」
 ドノスは必死になって宇宙の墓場から逃れようと這いずった。夜叉王がドノスの背中を掴んで無理矢理立ち上がらせ、ドノスを引きずって、広間に空いた穴の前に連れていった。
「――これはおれの分だ」
 夜叉王の『爆雷』が顔面に命中した。
「これはドードの分」
 蹴りが腹部を直撃した。
「そしてこれが私からお前へのエンディングレター」
 サーベルがドノスの腹に”Fin”という文字を刻み込んだ。
 夜叉王がドノスを蹴り飛ばし、ドノスは空間の向こうに消えていった。

 
 ドノスの姿が消え、広間に浮かんだ穴もゆっくりと消えていった。淀んでいた空気が動き出し、少しずつ光が戻った。夜叉王はシロンに小剣を返してから、ケイジに会釈をし、それから残りの全員にも会釈をした。
 夜叉王が作った空間は静かに閉じた。その場の全員が空間のあった場所を見ていた隙に夜叉王の姿もなくなっていた。

 夜叉王がいた場所には暖かな光に包まれた二名と一頭の姿があった。寝そべってくつろぐドード、そのドードの背中を枕にして横たわり、笑っているスフィアン、シロンはその傍らに立ってこちらに手を振っていた。
 暖かな光は地上を離れ、空に昇っていこうとしていた。ふわり、ふわりと光は王宮の天井に向かって昇り、やがて消えた。
「――私、付き添いますわ。皆様、またどこかで」
 蛟に乗ったむらさきがその後を追い、むらさきの姿も消えた。

 
「ロク、”Mutation”は無事だったか?」とリチャードが尋ねた。
 ロクはポッドの中に隠しておいた石を取り出して透かしてみた。
「大丈夫。色がまだ残ってるから使わないでいれば元に戻るよ」
「使わないでいいのか?」とハクが呟いた。
「ん、ハク、それはどういう意味だ?」とリチャードが問い質した。
「いや、『忌避者の村』の人たちはドノスの人体実験の材料にされた訳だろう。その人たちを石の力で元に戻してあげなくていいのかな」
「難しい選択だが、私の意見を言おう。たとえそれが不幸になった人を救うためだとしても、石の力を使った時点でそれはドノスと同じだ」
「人が触れてはいけない有り余る力という意味かい?」
「そうだ」
「――それに人の姿をしてないからと言って不幸だなんて限らないわ」
 ヘキはそう言ってケイジをちらりと見た。
 ケイジは目を閉じたまま、上を向いて何かを口の中で呟いていた。
 おそらくこの千年の間に犠牲になり、戦いで死んでいった友を悼んでいたのだろう。ヘキだけでなく他の皆も同じように目を閉じた。

 

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 ジウランの航海日誌 (5)

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