7.6. Story 4 青年王

2 笛の音

姿なき暗殺者

 リチャードたちが大樹から光の台座に乗って着いた先は一面の大草原で、背丈をはるかに上回る草が茂り、視界は遮られた。
「今度は何?」とくれないが声を上げた。「どっちに進めばいいんだか。これじゃ迷子になっちゃう」
「それに」とケイジが言った。「待ち伏せている者の殺気が伝わってくる。慎重に進まぬと思わぬ罠に落ちる」
「ロク」とリチャードが言った。「ここの場所は?」
「ちょっと待って――チオニから東に行った山脈。軍の砦のあるエルコの近くみたいだね」
「軍と正面衝突か」
「心配ねえよ」とコクが言った。「うちの奴らが空でこっぴどくやっつけた。残ってるのは大した数じゃない」
「ならば砦を目指すのが正解か」
「このまま草原にいるよりはいいんじゃないのか」
「砦だったら北西の方角だね」とロクが言った。
「なあ、こうしようじゃねえか」と茶々が言った。「待ち伏せにかからないためにそういうのが得意なオレたちが先導するぜ。皆は後からついてくりゃいい」
「だったら私も行こう。気配を消せばいいだけだ」とケイジが言った。
「それならば茶々たちは中央を、ケイジは右翼を回ってくれ。私が左翼を回って進もう」
 最後にリチャードが言った。

 結局、中央を直進するのが先頭に茶々と荊、葎、そこから数百メートル離れてポッドを連れたロクと蛟を連れたむらさき、最後尾がくれないという構成になった。
 右翼を回り込むのが先頭にケイジ、中団には雨虎とコク、最後尾がセキだった。
 左翼はリチャード、雷獣とハク、ヘキの順番になった。
 全く視界が効かないため、ちょっとした草木の動きと音で互いの位置を知るしかない、思ったよりも困難な行軍だった。

 
 右翼の最後尾を進むセキは少しいらついていた。時折、風に乗って人の倒れる音やかすかな血の匂いが漂ってきた。ケイジが待ち伏せの兵士を斬り捨てているのだろう。
 自分の大剣でばっさばっさと草を刈りながら行けばもっと早いのに、でもそんな事をしたら皆の努力が水の泡になる、セキはため息をつきながらのろのろと進んだ。
 自分の横を誰かが通り過ぎたような気がして、セキはその後を追った。ぼそぼそと話す声も聞こえた。セキは思い切って先回りして、その人物の前に姿を現した。

「――何だ、コクか。こっちだと方角が違うよ」
 いきなりのセキの登場にコクも慌てたようだった。
「ん、いや、あのな、セキ……西の都で期間限定の共闘と言ったのは覚えてるな?」
「うん」
「実はその期限が来たので戻らなければならない」
「えっ、こんな場所で?」
「仕方ないだろう。シップに置いていかれたらどうやって帰るって言うんだ」
「そりゃそうだけど」
「という訳だ。皆にはお前からよろしく言っといてくれよ。じゃあな」
 コクはそれだけ言うと草の中に消えた。
「何だか急だなあ。でもコクは昔からせっかちだったから」

 
 セキと別れたコクは小走りに出発地点の光の台座を目指した。
「ふぅ、危なかったぜ」
「お人好しの弟を騙すとは、お前は悪い男だな」とコクの腕の雨虎が言った。
「それより雨虎、本当だろうな?」
「ああ、間違いない。おれと雷獣が雷を落として大樹が真っ二つに裂けるのを見ながら降りていった時に、確かに大樹の裂け目に真っ黒な石が埋まっているのが見えた」
「漆黒の石か。心当たりがある。そいつは何としても手に入れないとな」
「急いだ方がいいぞ。雷獣も同じものを見たはずだから、お前が離脱したと聞けばピンとくるはずだ。そうなるとハクも来る」
「へっ、奴らには渡さねえよ。” Resurrection ”の力は嫌と言うほどわかってんだ」

 
 左翼を進むリチャードは動きを止めた。きっと後方のハク、さらに後方のヘキも同じように止まっているだろう。
 リチャードは大地からの殺気を感じ、空に飛び上がった。丈の高い草の先端すれすれの所で体を止め、地面と水平になって様子を伺った。
「ずっと私の後を付けていたな。『地に潜る者』か」
「よくわかったな」
「かつて同じような技を使う者と知り合った」
「ミーダか?」
「そうだ。ネアナリス王の招待で《地底の星》にも数日滞在した――彼らは敵対的ではなかったぞ」
「おれはずいぶんと前に故郷を離れちまったから、王やミーダの心境の変化は知らん」
「……お前、ドノスの部下じゃないな」
「ああ、ヴァニタス海賊団のバイーアだ」

「何故、私を付け狙う?」
「仇だからだ。ミーダも当然同じだと思っていたが……」
「どういう意味だ?」
「『ホールロイ鉱山の悲劇』を知ってるな?」
「もちろんだ」
「あの事故でおれの恋人のコルミロが死んだ。コルミロはミーダの妹だ」
「なるほど。だがあの事故と私は無関係だ」
「知っている。一番悪いのはバンブロスだ。あいつはあんたの仲間が片付けてくれた。それについては礼を言う」
「ならいいだろう」
「それではおれの気が済まない。何故、あんな悲劇が起こったか。それは地に潜る者が冷遇されたせいだ。その原因を作ったのは誰だ?」
「我が祖、デルギウスか?」
「その通りだ。だからその子孫のあんたを殺す」
「世間にはまだまだこういう考えの奴がいる。一生言われ続けなければならんのか」
「いくぞ」

 
 地中のバイーアはじりじりと移動し、リチャードもそれに合わせて、空中に水平に浮かんだまま移動した。
 少しずつ草の丈が低くなって、リチャードと地面の距離も近付いた。
 まずい、リチャードがそう思った時、地中からバイーアが飛び出し、剣を突き上げた。
 リチャードの自動装甲が発動し、胸に迫った剣を受け止め、リチャードは自分の剣を突き下ろした。
 バイーアは左の肩口から剣で貫かれ、うめき声を上げた。

 リチャードは地上に降り、地上に姿を現したバイーアの状態を確認した。
「すまんな。私もここで死ぬ訳にはいかないのだ」
「……いいってことよ。あんたにやられりゃ本望だ……」
 バイーアの首ががくんと下がって、リチャードが緊張を緩めた瞬間、バイーアの体からガスが噴き出した。
「……しまった」
 毒には耐性があったが、どうやら強力な睡眠ガスをまともに食らったようだった。リチャードはもつれる足でバイーアの亡骸から離れた。
「最後の一発が睡眠ガスとはな……」
 よろめくリチャードの懐から何かが転げ落ちた。
 リチャードは必死でそれを拾い上げ、朦朧とする頭の中で考えた。
「……そうか。これを使えば……」
 リチャードは地面に倒れ込み、高鼾をかき始めた。

 

カムナビの想い

 中央から敵兵を倒しながら進んだ茶々たちは順調に砦の外壁にたどり着いた。
 少し遅れてロクとむらさき、さらにくれないも合流した。
「よっしゃ、左右からだと大回りになるからもうちょい待とうや」
 茶々はそう言ってさらに数分待った。
「そろそろいいか。じゃあ砦に乗り込むぜ」

 
 茶々たちは草原の上に姿を現し、砦に突進した。ロクのポッドが見張り櫓の兵士を突き落とし、むらさきの乗った蛟は外壁に待機していた兵士たちを倒した。
 中央の茶々たちに呼応するかのように右翼からも左翼からも突撃が始まり、わずか五分後に砦は落ちた。

 
 砦の前の広場に全員集まると、砦の内部を見回っていたケイジとセキが言った。
「中の人間片付けておいた」

「人が足りなくないか?」
 ロクがポッドの様子を確認しながら言った。
「そう言えば」とヘキが言った。「途中でリチャードとはぐれたの。あの叢でしょ。探してる時間がなくて」
「あの」とセキが言った。「コクは帰ったよ。共闘は終わりだ、皆によろしくって」
「ははーん、あれだな」
 雷獣が声を上げ、隣のハクは興味深そうに見つめた。
「あれとは何だ、雷獣」
「いやな、さっきの大樹のある場所で石を見かけたんだよ」
「石?どんな石だった?」
「大きな卵くらいの大きさで真っ黒な奴だったぜ」
「漆黒の石……まさか」
「どうしたんだよ、ハク?」と茶々が尋ねた。
「”Resurrection”だ。私たちがロロから回収したのはもう使用済みだったから新しい力を持った石が世に出てきたんだ」
「またあの石かよ――すぐにチオニにいる『草』に連絡しておくよ。どうせ帰るのはチオニからだ。それから荊、葎、お前らもコクを追え。絶対に見失うなよ」
「しかし茶々様」
「ここからの戦いは苛烈だ。お前らを死なせる訳にはいかねえんだよ」
「はっ」
 荊と葎は砦の外に消えた。
「それよりこれからどこに行けばいいのだ。この砦に光の台座はなかったぞ」とケイジが言った。
「リチャードの行方もわからないし。二手に分かれて探しましょうよ。台座とリチャード」

 
 ヘキの掛け声で二手に分かれての捜索が始まった。三十分後に叢で寝こけるリチャードをくれないが発見した。
 リチャードを砦に運び込み、むらさきが目覚めさせた。
「――不覚を取った。ここは砦の内部か」
「ああ」とハクが言った。「だけど次の光の台座が見つからないんだ。完全な手詰まりさ」
「――ふむ、やはりこれを試すか」
 リチャードがそう言って懐から取り出したのは木でできた横笛だった。
「何これ?」
 セキが古ぼけた笛を珍しそうに覗き込んだ。
「『聖樹の笛』だ。我が祖デルギウス、正確には七聖メドゥキがチオニで手に入れたものだ」
「音は出るの?」
「試した事はあるが音は出なかった」
「それじゃ、おもちゃにもならないじゃない?」とヘキが言った。
「うむ、だがデルギウスの日記によればその後に立ち寄った『夜闇の回廊』で――」
「その笛をドノスに渡してはだめ、だね?」とくれないが言った。
「そうだ。つまりこの笛には何か特別な力が――」
「茶々が吹けばいい」とケイジが言った。

「えっ、オレか。何でだよ」
「その笛には茶々の遠い先祖、起源武王、カムナビの念がこもっている。子孫であるお前ならば音が出せるだろう」
「オレが起源武王の子孫だって。おふくろは一言も言ってなかったぞ。何でケイジがそんな事知ってんだよ?」
「何故かな。千年前のチオニの戦いで死んでいった仲間たちが私に訴えかけてくるからかもしれない」
「ちょっと待って、ケイジ、今、千年前の戦いで死んだ『仲間』って言わなかった?」とヘキが大声を出した。
「皆にはまだ言ってなかったか。記憶が蘇りつつあるのだ。私は千年前のチオニの戦いでもドノスを討つべく、起源武王の配下の将軍としてここに来た」

 誰も言葉を発しなかった。
「じゃあケイジはドノスを?」
「ああ、記憶が断片的だが会っているはずだ」
「シロンにも?」
「シロンだけではない。スフィアンにもドロテミスにもツクエにもだ。これに関しては彼らが言った言葉まで思い出せる」
「それでようやく納得したよ」とセキが言った。「ケイジが《青の星》に乗ってきたシップがサフィの時代のシップだったって事」

「――いや、セキ、それは違う」
 ようやく眠気が飛んだらしいリチャードが言った。
「チオニの戦いの時にはサフィの時代の木でできたシップは大分時代遅れだったはずだ」
「……って事は?」
「ケイジはサフィの時代からすでに生きていたかもしれない」
「――記憶が戻っていないだけかもしれないが覚えがないな」

 
「で、オレが笛を吹けばいいんだな」
 沈黙を振り払うように茶々が笛を手にして言った。
「ああ、頼む。皆、何が起こるかわからないから集中を切らすなよ」
「何か曲を吹くのか。それとも音を出せばいいだけか?」
「笛を構え、頭に浮かんできたまま吹けばいい。それはただの音かもしれないし、メロディかもしれない」
「わかったよ。じゃあ吹くぜ――こんな事ならワイオリカに習っときゃよかった」

 茶々は目を閉じて静かに笛を口に当てた。
 その状態のまま、音が浮かんでくるのを待った。

 

 大樹を吹き抜ける風
 伝えてほしい
 遠く離れた故郷の人や町に
 私はここに「いる」と

 大樹を吹き抜ける風
 覚えていてほしい
 闇の中に身を潜め
 その時を待つ可憐な少女を

 大樹を吹き抜ける風
 いつまでも残してほしい
 人を犠牲にした繁栄など
 続くはずがない事を――

 

 物悲しげな笛の音が流れ、全員が一か所に集まり、自然に目を閉じ、音楽に身を委ねた。
 どことなく不思議なそのメロディを聞いている内に砦の空間が揺らぎ始めるのがわかった。揺れが大きくなって、まるで何かの乗り物に乗っているような感触に変わった。
「着いたようだ」
 ケイジが言い、全員が目を開けた。真っ暗な空間にほんのかすかな光が差し込んでいた。
 セキがかすかな光に近付き、「扉みたいだよ」と言った。
「開けてみろ」
 セキは勢いよく扉を開け、「あっ」と大声で叫んだ。
「どうした?」
 外に出たセキを追って皆、外に続いた。立っていた場所は木の横枝の上だった。
「おっと」
「気をつけてよ。滑り落ちないように」
「セキ、ここは?」
「多分、大樹の上。下を見てごらんよ」
 セキの言葉に従って全員が下を見た。眼下には三つまでが廃墟に変わった広大な四つの都が広がっていた。
「ようやく姿を現したな」
 ケイジが樹のほぼ真下を指差して言った。
「あれが王宮だ」
「また罠があるかな?」
「笛は想定していなかったろうから、内部への侵入は容易い。問題はその後だ」
「じゃあ行こうぜ」
 そう言うなり、茶々とセキは王宮に向かって降下を開始した。
「仕方ないな。作戦は王宮に入ってから立てるとするか」
 リチャードも飛び出し、全員が王宮を目指して大樹から飛び降りた。

 

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