目次
3 都督庁内部
都督庁内 北
リチャードと茶々は都督庁の扉を開けて中に入った。ザイマから渡された鍵を使って開けた扉の向こうにはありえない光景が広がっていた。
「迷路だな」
荊と葎を従えた茶々が言った。目の前は薄暗く、岩の壁が細く入り組んだ道を形作っていた。
「ああ、ふざけた話だ。だが異次元ではないだけましだ。昔、異次元で戦った時には体がうまく動かせなかったからな」
「ドノスにそこまでの力はねえんじゃねえか」
「そうだな。見る限りは小手先の仕掛けだ。構わずに進もう」
リチャードが先頭を歩き、その後ろを茶々、さらに最後尾に荊、葎の順で進んだ。
「何だか寒いな――おい、葎」
茶々が背後を振り返った。
「遅れるなよ。何もたもたしてんだよ」
「はい。迷宮探索の基本、目印代わりの種を蒔こうかと」
「そんなもん要らねえよ。だってゴールは南に向かったどっかだって決まってんだ」
「はっ?」
「茶々の言う通りだ」とリチャードが言った。「四つの都どこからも等距離の地点に出口はあるはずだ。つまり四角形の中心という訳だ」
「ぐるぐると回っている内に方向感覚がおかしくなりませんか?」
「道なりに進むからだ」
「と言いますと?」
「岩を破壊して直進すればいい」
「はあ」
「安心しろ。中に入ったのは我々が最後かもしれないが、出口には最初に着く」
「何故ですか?」
「都督庁の残党がいないからな」
都督庁内 東
リチャードの言葉通り、他の都から内部に入った面々は激しい抵抗に遭っていた。
最初に入った東の都のヘキとくれないは狭い通路で兵士たちを相手にしながら進んだ。
しばらく行くと少し開けた踊り場のような場所に出た。
「都督たちは毎回こんな思いをして王宮に行ってたのかな」とくれないが言った。
「そんな訳ないんじゃないかね。きっとひとっ跳びさ。これは非常時の仕掛けだよ」
ヘキの言葉に「その通りだ」という答えが返ってきた。
言葉と共に現れたのはライオンの顔をした巨大な男だった。
「誰だい、あんた?」とヘキが尋ねた。
「我が名はライヤ、東の都の都督だ」
「ずいぶんとごついね」
「これか、この体はな、ドノス様から授かったのだ」
「――そりゃあよかった」
「よかった?何故お前が?これはお前らにとって不利になるはず」
「違うよ。ドノスが実在するっていう事を関係者の口から初めて聞けたからだよ」
「なめた口を聞きおって。残念ながらお前らはドノス様の下にはたどりつけん。ここで死ぬからだ」
ライヤはその巨体に似合わぬスピードでヘキたちに襲いかかった。間一髪で攻撃を避けたくれないが言った。
「ボクが相手するよ」
くれないはライヤの前に飛び出すと小剣を振るい、ライヤをたちまち壁際に追い込んだ。
「ぐほっ」
ライヤは手当り次第に地面の石を拾っては投げ、その内の一つがくれないの眉間に命中した。
「あいたあ」
くれないが顔を押さえてしゃがみ込み、ライヤは息を吹き返したように暴れ出した。
「よくも可愛い弟の顔に傷つけてくれたね」
ヘキがライヤの前に立って言った。
「あんた、許さないよ」
拳の一撃がライヤの顔面を捉えると大爆発が起こり、ライヤは壁まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
くれないが傷の具合を確かめながら立ち上がると、ヘキは呆然と立ち尽くしていた。
「ヘキ、今の……」
「何だったんだろう。あんな爆発が起こるなんて初めてだよ」
「――『爆雷』だよ」
「ん、何それ?」
「スフィアンの技。きっとヘキにスフィアンが乗り移ったんだ」
「どうしてそんな事、言い切れるんだい?」
「……それは、シロンを守るのがスフィアンの役目だもん」
「――バカバカしい。それより傷は平気かい?」
「うん、ほんのかすり傷」
「じゃあ先を急ぐよ」
都督庁内 南
南の都からはむらさきと蛟が内部に潜入していた。
「ミズチ、都督庁内部にこんな空間があるとは信じられませんね」
「都督庁の扉が別の場所に繋がってるだけだ。ここ自体は別次元って訳じゃないから心配するなよ」
「という事はここも《享楽の星》のどこか?」
「だろうな。ドノスは夜叉王が攻めてこられないように何重にもこういう回りくどい仕掛けをしてるんだ。よほどの臆病者さ」
やがてむらさきたちも途中の踊り場に出た。
「むらさき、ちょっと待ってろ。待ち伏せしている姑息な奴らがいる」
蛟は踊り場にゆっくりと近付くと、敵が隠れていると思われる壁の向こう側にブレスを吹きかけた。
うめき声とそれに続いてばたばたと逃げる足音がした。
「よし、むらさき、先に進もう」
都督庁内 西
最後に西の都から内部に潜入したのはケイジ、ハク、コク、セキ、それにポッドを広場の上空に置いてきたロクの五人だった。
ハクとコクの間に流れる微妙な空気を察してか、ハクにはセキが、コクにはロクがくっついて二人をできる限り引き離すようにした。
ロクがコクに尋ねた。
「セキと何かあったのかい。ものすごくしょげてたけど」
「後であいつに伝えておいてくれ。『お前を甘いと言ったがその優しさは長所だ。絶対に失くすなよ』とな」
「――よくわからないけどそのまま伝えるよ」
「そろそろ来るぞ」
しばらく歩くと先頭のケイジが言った。
「この狭い迷路の中じゃうまく戦えないよ」とセキが不満そうに言った。
「それもそうだな――では広い場所まで走り抜けよう。私に付いてこい」
ケイジが走り抜けた後には兵士たちが倒れた。狭い通路なのでハクたちは倒れている兵士を踏みつけながらケイジの後を追った。
ようやく広場のような場所に出た所でケイジが言った。
「さあ、ここまで来れば好きに暴れられるぞ。おあつらえ向きなのも控えているようだ」
踊り場の中ほどには畳四畳半はありそうに肥満した男が護衛の兵士を従えて座っていた。
「もうこれ以上は進ませませんよ」
中央の男が気味の悪い声で言った。
「この都督ビーズレー様がドノス王より頂いた完全たる体であなた方を地獄へ送って差し上げます」
「『完全たる』だとよ」
コクがおかしそうに言った。
「ビア樽の間違いだろ」
「そうだな」とケイジも続けた。「どう見ても運動不足だ、完全とは呼ばない」
「むきー、バカにしましたね。もう許しませんよ」
「ケイジ、僕が――」
セキが一歩進み出るのをコクが止めた。
「いや、俺がやる。お前は見ていろ」
「えっ、だって」
「お前らも味方になった俺の力量を知っておかないと不安だろう」
そう言ってコクが前に進み出てビーズレーと取り巻きに向かい合った。
「忌々しいガキめ。かかれ」
ビーズレーの号令で兵士たちが斬りかかった。
コクが兵士たちと斬り合っていると突然に背後のビーズレーが炎の塊を投げつけた。炎はコクだけでなくコクに取り付いていた兵士たちも襲い、兵士たちは瞬く間に火だるまになった。
コクは一瞬早く盾から飛び出した雨虎にまたがってその場を逃れ、空中に漂った。
「――お前みたいのを本当の外道というんだな」
「黙りなさい。こうなれば皆、焼き払ってやるわ」
ビーズレーが口から大量の炎をまき散らすと踊り場は一面の火に包まれ、コク以外の兄妹たちは踊り場から追い出される格好になり、来たばかりの迷路に一旦戻った。
ただ一人空中に浮かんでいたコクはこれを見て高笑いを浮かべた。
「人払いしてくれるなんて気が利いてるな。こっちからいくぜ」
雨虎が大量の雨を降らせ、燃え盛る炎を一瞬にして消し去った。あっけに取られるビーズレーの頭をコクが空中からがっちりと捕まえ、宙吊りのような状態にした。
「雨虎、こいつに水を飲ませてやれよ」
雨虎はコクが無理矢理開けた口の中に大量の水を注ぎこんだ。
「……く、くるひぃ」
そう言うとビーズレーはばったりと地面に倒れた。
「あれ、おかしいな。これだけ太ってんのに水は嫌いか。だったら少し出さなきゃな」
コクは倒れて、もがいているビーズレーの腹に剣を突き立てた。
「ぎゃぁあ」
「そんな声出すなよ。一気には殺さない。弟たちが止める前に聞きたい事があるんだ。石の在り処を知ってるか?」
「痛い、痛い……知らない、石なんて」
「ドノスの元にあるみたいなやつを他の場所で見た事はないかって聞いてるんだよ」
コクはそう言って腹の別の個所に剣を突き立てた。
「ぐぎゃぁ」
「早くしろよ」
「コク、そこまでにしておけ」
真っ先に踊り場に戻ったハクが声を上げた。
「ちっ、役に立たない都督だな」
コクが剣を納め、雨虎は盾の中に戻った。
ハクが倒れているビーズレーに駆け寄り、すぐに立ち上がった。
「死んでいる」
「こんな外道でも生かしておけって言うのか?」
「いや、ドノス一味は罰を受けるべきだ。だが方法というものがある」
「こいつらはドノスに魂売った時点で死んだのも同然だ。今更いい死に方なんかできるもんか」
「――まあ、そうだが」
「とにかくこれで文句はないな」
コクが戻ってきた一行に告げた。
「ない」とケイジが言った。「さあ、先を急ぐぞ」
都督庁内 中心
北の都から入ったリチャードたちはいち早く迷宮の中心地点に到達した。
「茶々、見ろ。やはりあそこに出口があるようだ」
リチャードが指差す先には直径二メートルほどの木の切り株のようなものがあり、そこから光の柱が天に向かって伸びていた。
「南の方からも誰か来るぜ」
茶々の言葉でリチャードたちは出口から少し離れた場所で待機した。
口々に何かを叫びながらやってきたのは兵士たちに守られた蓬髪の男だった。
「くそっ、あの龍め。あんなのが相手ではさすがに分が悪い」
男たちはリチャードたちに気が付かないようだった。
「リチャード、あいつ、きっと南の都督だぜ」
「あの様子では敗走だな――通行の邪魔だ。排除するぞ」
リチャードたちが男たちの視界に入る場所に歩いていった。
「貴様ら、何者だ?」と中央の蓬髪の男が問いかけた。
「見覚えがないなら見当がつくだろう。敵に決まっている」
「――なめた物言いを。だがここで剣神アッソスに会ったのが運の尽きだったな。貴様らの命の灯は――」
「まだここに十人近くやって来る予定だ。邪魔なのでどいてくれんかな」
「……貴様。その態度、後悔させてやる」
アッソスが奇妙な雄たけびを上げるとその体がみるみる大きくなった。身の丈三メートルほどまで成長するとやにわにアッソスを取り囲んでいた兵士の一人を掴み上げ、自分の体に押し付けた。押し付けられた兵士はアッソスの体内に取り込まれ、アッソスの体から二本の新しい腕が生えた。
アッソスは次々に周りの兵士たちを体内に取り込んで、気づけば二十本以上の腕を生やした姿へと変貌した。
「貴様もすぐに取り込んでやるわ」
「グロテスクな見世物はもう終わりか」
「貴様」
アッソスの二十本の腕がそれぞれ刀を手にし、リチャードに襲いかかった。
リチャードが空に飛び上がるとリチャードの背後にあった巨大な石が二十本の刃によりキャベツのようにざく切りになった。
「どうだ。剣神の刃の切れ味は」
「別に。当たらなければ意味はない」
リチャードはひらりひらりと空を飛びながらアッソスの剣を避けた。
「おい、リチャード」と茶々が声をかけた。「いい加減に遊びは止めろよ。何ならオレが代わるぜ」
「ふん」
茶々の言葉に笑顔で答えたリチャードは、『竜鱗の剣』を抜き、アッソスの懐に飛び込んだ。
すかさず二十本の腕がリチャードに斬りかかったが、自動装甲が刃を弾き返した。
「どうせお前、ドノスの捨て駒だろう?」
「馬鹿を言うな。都を守り通せたなら――」
「そんな戯言を真に受けたのか。どのみち殺される運命だ。今楽にしてやる」
リチャードの一撃でアッソスは静かに倒れた。
「さて、誰が先に到着するかな」
静かになった暗い空間で茶々が言った。
「南だ」
リチャードの言葉通り、初めに到着したのは南から現れたむらさきだった。
「あら、リチャードに茶々。いつこちらに?」
「ついさっきだ。南の都はどうだった?」
「都は片付いたのですが都督には逃げられて」
「それならここに来たのを倒した――にしても龍がどうこう言っていたが」
「ミズチの事ですわ」
むらさきがそう言うとむらさきの頭の兜から小さな龍が顔を出した。
「ミズチ、リチャードと茶々、お会いするのは初めてでしょう」
互いに挨拶を済ませた後、蛟はリチャードの剣と盾をまじまじと見つめた。
「その剣と盾はグリュンカの逆鱗だろ?」
「すごいな。見ただけでわかるとは。王先生に言われてこしらえた。来たるべき邪龍の復活の時のためだそうだ」
「……そうか、あんたが。むらさき、王先生というのはお前が会いに行こうとした《煙の星》の住人だよな?」
「そうですわ」
「……」
「ところでむらさき、お前一人で都を落としたのか?」とリチャードが尋ねた。
「いえ、セキが一緒だったのですけれども、西の都に向かいました」
次にヘキとくれないが東から登場し、最後にケイジたちが到着した。リチャードはその中にコクの姿を認めて声をかけた。
「何だ、コク。お遊びは卒業したのか?」
「期間限定の共闘だ。一人でも手数が多い方がいいだろう?」
「それもそうだ」
「ねえ、リチャード」とくれないが尋ねた。「ここはどこだろうね。チオニの都の近くにこんな広い迷宮があるはずないし」
「別の場所に来ているのかもしれないな」
「いい手があるよ」
ロクが言って、ポータバインドで西の都に待機させているポッドを呼び出した。
「これで今いる場所がわかる」
数分かかったろうか、ポッドは東からやってきた。ロクは操縦席のハッチを開けて計器を確認し、驚きの声を上げた。
「予想通りだったよ。今いるのはチオニから遠く離れた大陸の北西のはずれだ」
「なるほど。人里離れた場所で我々を処分するつもりだったか――次の場所が楽しみだな」
「どうせチオニじゃないんでしょ」とヘキが言った。