7.6. Story 2 時を超えて

5 哀しき忌避者

 南の都でも夜が明けようとしていた。椰子のような熱帯地方の木が規則的に植えられた大路には、松明が同じように規則的に焚かれ、見回りの兵士たちが巡回をしていた。
 セキとむらさきは都をぶらっと一回りした後、都のはずれで合流した。
「ずいぶんと沢山の兵士が出てるね」とセキが言った。
「セキは早く西の都に駆け付けたいのでしょう?」
 頭に蛟をちょこんと乗せたむらさきが言った。
「うん、そのためには効率的にいかないと。下で巡回している兵士たちは僕が片付ける」
「私は?」
「都督庁のある広場を取り囲むようにして城壁みたいになってたろ。あの壁の上に出てくる奴らをむらさきとミズチでやっつけてほしいんだ」
「承知しましたわ。高い場所から狙われるのは嫌ですものね」
「じゃあそういう事で。ミズチは何かある?」
「別に。出てくる奴らを叩けばいいんだろ。むらさきは邪悪なもの以外はあまり得意じゃないから任せとけよ」
「頼んだよ。適当な頃合いで僕は暴れ始めるからね」

 
 夜がしらじらと明け始めた。遠く背後から鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえた。きっと鳥たちもこれから起こる異変を察知したのだろう。でも鳥の鳴き声にしては少し妙だ、まるで意味のあるフレーズを発しているみたいだ、セキはぼんやりそう思った。

 
「さて、そろそろ始めるよ」
 セキはそう言って南の都の大路に足を踏み入れた。殺気を全開にして肩をいからせて歩いていると、早速、数人の兵士が寄ってきた。
「おい、小僧。こんな時間に何してる?」
 ケイジと同じような片刃の剣を佩いた男が尋ねた。
「都督庁に行って、それから王宮に行って、ドノスを倒して――」

 最後まで言い終わらない内に兵士たちはセキを取り囲んで各々の武器を構えた。
 セキはくすりと笑うと、目にも止まらぬ速さで背中の大剣を抜き、頭の上で一回り、二回りさせた。兵士たちは声一つ発する事もなく、大剣に吹き飛ばされ、街路樹や民家に激突したまま動かなくなった。
 セキは大剣を背中に納め、後方を何食わぬ顔で歩くむらさきと蛟に手を振った。
「さあ、ペース上げるよ」

 セキは寄ってくる兵士たちを大剣で吹き飛ばしながら都の大路を進んだ。途中で騒ぎを聞きつけた兵士たちがあちらこちらから湧いてきて、無駄な会話も、剣をしまう事もなく頭の上で剣をぶんぶん回しながら走り抜けた。大路の中央に植えられた街路樹も松明もお構いなしになぎ倒していく、セキにはドロテミスが乗り移っていた。
 そうやって進みながらふと思った。自分の後方から敵が来てもよさそうなものを、相手は主に前方と横から湧いてくるばかりだった。誰かが後方で倒し損ねた敵を始末しているのだろうか。だがむらさきと蛟が動いている気配はなかった。単に取りこぼしが少ないだけか。

 
 しばらく進むと都督庁のある広場が見えた。ここまででもう百人以上は吹き飛ばしている、さすがに疲れてきたがここからが本当の勝負だった。
 都督庁を取り囲む城壁の上には予想通り弓や銃といった飛び道具を持った兵士たちが広場に入るセキを待ち構えていた。
 広場の入口に差し掛かった時にむらさきが巨大化した蛟にまたがってセキの頭上を飛んでいった。
 蛟は左の城壁まで飛んでいき、強烈なブレスを吐いて回った。兵士たちはばたばたと倒れ、城壁から広場に落下する者もいた。
 続いて蛟は右の城壁に向かい、同じようにブレスを吐いた。
 広場に入ったセキは地上で襲い掛かる兵士を吹き飛ばしながら都督庁の扉に近付いた。
 もう少しで南の都は陥落する、そう思った時に都督庁の上階のバルコニーから声がした。

 
「おい、そこまでだ。これを見な」
 セキは一瞬剣を振り回すのを止め、声の方を見上げた。そこでは一人の蓬髪の男が幼い女の子の首筋に刀を当てていた。こちらから見えるように女の子の体はバルコニーの外に出ていた。
「この子供がどうなってもいいのか」
 セキは剣を下ろし、蛟のいる右の城壁を見上げた。蛟もむらさきに言われたのか、攻撃を止め、空中に漂っていた。蛟のいる場所から男のいるバルコニーまでは全速力で飛べば、間に合わない事もないように見えたが、男を倒せばバルコニーから落ちる女の子を助けられない、危険な賭けだった。
 セキを恐れ、遠巻きにしていた兵士たちがじりじりとその距離を詰めていた。

 その時、黒い塊が猛スピードでバルコニーの男に体当たりをし、男は女の子の体を放した。
「むらさき!」
 言うより早く、蛟は地面に激突する前に女の子をその背中ですくい上げた。
「ああ、良かった」
 セキは女の子が無事だったのを見届けると地上の敵を無視して空へと舞い上がった。

 バルコニーに急行するとそこでは蓬髪の男が襲ってきた黒い塊に一太刀浴びせた所だった。
 蓬髪の男は更にとどめの一撃を刺そうと刀を振り上げた。セキが背中の大剣を抜くよりも早く、蛟から飛び降りたむらさきが男の前に立ち、盾で刀の攻撃を防いだ。
「うぉおお」
 セキの唸りを上げた大剣はバルコニーを支える柱を切り裂き、蓬髪の男の体をかすめた。
「くそっ、覚えておれ。我が名は剣神アッソス、次に会う時はドノス王より頂戴した力で貴様ら全員切り刻んでやるから覚悟しておけ」

 
 男の姿はバルコニーの背後に消えた。セキが急いで後を追おうとしたが、むらさきが止めた。
「待って、セキ。西の都に行くんでしょ」
「――ああ、そうだった」
「ここは私たちに任せて――それにこちらの方を見て」
 振り返るとむらさきは倒れている黒い塊の治療をしていた。地上では蛟が残った兵士たちを蹴散らす音が聞こえた。
「この人は?」
 それは見た事のない奇妙な生物だった。人間の顔をしていたが腕の代わりに翼が生えていた。
「おそらくドノス王に改造された人間ですわ」

「その通りです」
 セキとむらさきが声の方を見上げるとと、空中には何百という数の異形の集団が漂っていた。
「我々はドノスに改造され、南のはずれの『忌避者の村』に捨てられた者。あなた方がドノスを倒すと伺って、立ち上がったのです」
「そうすると僕の後方で敵を始末してくれてたのは――」
「我々です。空を飛べない者、目が見えない者、中にははっきりとした形を取れない者もいますが、皆で戦おうと決めました」
「……残念ながらこの方は」
 倒れていた鳥人間はむらさきの治療の甲斐なく息絶えたようだった。
「本望でしょう」
 空に漂う異形の集団は皆、悔しそうに下を向いた。
「――皆様」とむらさきが言った。「これから都督庁の内部に攻め入ります。危険ですからここで帰りを待っていて下さい」
「おお、あなたたちであればこの星を覆う邪悪を全て取り去ってくれるだろう」

 
「こっちは終わったぜ」
 助け出した女の子を背中に乗せたまま、蛟が上空に姿を見せた。むらさきは蛟の背中の上の女の子を抱き上げ、そのまま寝かし付けた。
「さあ、結界も張りましたし、ここなら安全ですわ――セキ、あなたも急いだ方が」
「ん、ああ、そうだね。じゃあ僕は西の都に向かうから。皆、王宮で会おうね」

 

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 Story 3 王宮への途

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