7.6. Story 2 時を超えて

4 サンドチューブ

 ヘキとくれないは東の都にばらばらに潜んで時を待った。
 ようやく夜が明けようとしていた。
 くれないは都の全体の様子を見るために都の東端にある通称、『ノカーノ広場』にやってきた。
 深夜から早朝にかかる時間だというのに広場はサンドチューブ目当ての観光客で賑わっていた。
 くれないは人混みの中にヘキの姿を発見し、近付いた。

「人が結構出てるね」
「サンドチューブなんて伝説上の生物に会えるはずないのにご苦労だね」
 ヘキは苦笑いして言った。
「――いや、サンドチューブは現れるよ」
「……くれない、あんた、変ったね」
「えっ、どういう意味?」
「しっかりしたっていうか」
「いつまでも子供じゃないさ」
「やる事が明確に見えてるんだね……あたしはだめだ」
「どうしたのさ。ヘキらしくないよ。いつもみたいにけちょんけちょんにけなしてくれた方が気が楽だよ」

「けなされるのはあたしの方だよ。戦いに身を投じるようになって一年が経とうとしてるのに、まだ光が見えないんだ。初めにセキ、コウ、茶々、次にコクとハク、そしてむらさきとあんたまで何かに目覚めた。あたしとロクだけだよ、おろおろしてるのは」
「ケイジの受け売りだけど、皆、それぞれに目覚めるものが違うから期間に差があるんじゃないかってさ」
「ケイジは他の兄妹の力をどう言ってるの?」
「えーとね、ハクとコクは『善と悪』。コウは『天』、セキが『人』でむらさきと茶々が『聖と邪』、ボクは『王』だろうって」
「あたしとロクは?」
「言わなかった。でも二人は時間がかかるって」
「ふーん、いい加減な見立てじゃないの?」
「そんな事ないよ。多分《祈りの星》の九つの教会と一緒さ。後、残ってるのは『力と智』、ねっ、ヘキとロクにふさわしいでしょ」
「……全員が目覚めた時に何が起こるのかも薄々はわかってんだね?」
「――それは」
「いいよ。そんなの怖くて口に出せやしない。でもあたしたち九人はリンの子、何が起きたっておかしくはないさ」

「ねえ、ヘキ。どんな未来が待ってるにせよ、わからない事がいくつかあるんだけど」
「何、言ってごらんよ。もっともあたしは道に迷ってる人間だけどね」
「もう――あのさ、Arhatsの石が全部集まるとどうなるんだろう?」
「それは誰にもわからないね。コメッティーノが謎の究明に乗り出してるみたいだけど」
「……その、ボクらの覚醒には関係ないんだよね?」
「あんたさあ、それはあまりにも思い上がり……でも待てよ。遺跡の件もあるし、まんざら無関係でもないかもね」
「遺跡って、あのヘキが調べてる色んな星にある奴?」
「あたしだけじゃないんだ。皆に関係あるって邪蛇が言ってた……うーん、あたしたちの覚醒と遺跡とArhatsの石かあ。難しいね」
「……まずはもう一回九人が揃う事だね」
「その通りさ。コウが元気でいるといいね」

 
 会話も途切れたヘキたちは広場の展望台に立って広大な砂漠を何気なく見ていた。
 初めに異変に気付いたのはくれないだった。
「ねえ、ヘキ、あれ」
「何……砂が動いてるんでしょ」
 はるか前方で地平線が僅かずつだがじりじりと高くなっているように見えた。広場に集まった人間は誰一人としてそれに気付いていなかった。
「きっとサンドチューブだよ」
「まさか、地平線全体が高くなって見えるってどれだけ大きくて、それに何匹いるのよ」
「ほら、こっちに来るよ」
「……、……くれない、ここにいる人たちを避難させるよ」
「えっ、でも騒ぎが大きくなると」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 ヘキは広場を見回し、できるだけ冷静な声で言った。
「皆、サンドチューブがこっちに来る。落ち着いてここから避難するんだ――ゆっくりでいいから」
 何人かがヘキの声に反応して砂漠を見た。五秒ほど経って、ようやく一人の男が口を開いた。
「確かに何か動いて見えるけど、ありゃ錯覚だろ。大体、サンドチューブなんて伝説の生き物だろうし」
 一向に逃げ出す気配を見せない観光客たちを見てセキはくれないに言った。
「くれない、行くよ」
「えっ、まさか」
「そのまさかだよ。砂漠まで飛んでいく」
 ヘキはそれだけ言うと飛び上がり、砂漠の向こうを目指して飛んでいった。
「あっ、ヘキ」
 くれないがあっけに取られていると、観光客たちが騒ぎ出した。
「おい、あんた。この砂漠は立入禁止だよ」
「……なるほど。こうやって注意を引くしかないか――いいですか。次にボクらの姿が見えた時には絶対逃げて下さいね」
 くれないもざわめく人々をその場に残して空に飛び上がった。

 
 くれないが空中でヘキに合流するとヘキは広大な砂漠を見下ろしていた。
「くれない、見なよ」
 ヘキが示す先では砂がまるで生き物のようにうねりを繰り返しながら、都を目指していた。おそらく砂の下に何匹もの巨大なサンドチューブが潜んでいるのだろう。
「どうするの?」
「意思疎通できるかどうか試してみる」

 ヘキとくれないは、うねりの先端部まで飛んでいき、声をかけた。
「サンドチューブ、聞こえる?聞こえるなら返事して」
 突然二人の目の前の砂山が大きく弾け飛び、砂ではない巨大な何かが一瞬だけ姿を現し、すぐに消えた。
「聞こえてるのね――ねえ、このまま都を襲うつもり?」
 砂山の動きは止まらなかった。二人は慌ててうねりの先端部に移動した。
「ねえ、悪いのはドノスを始めとする一握りの人間たちだけよ。あなたたちが都に攻め入ったら、罪もない人たちまで巻き添えを食うわ」
 ヘキは改めて空中から周囲を見回した。うねりの幅は数キロに渡っていた。このまま進めば東の都は壊滅するだろう。
「ヘキ」とくれないが声をかけた。「彼らは怒ってるんだ。ボクたちにできるのは被害を最小限に食い止める事だけだ」
「……仕方ないね。サンドチューブ、お手柔らかに頼むよ」

 
 東の都の広場が見えた。ヘキとくれないはまるでサーフィンをするようにうごめく砂山の上空を飛んだ。
 きっと広場からはまるで砂の壁が迫っているように見えるはずだ、ヘキはそう思いながら広場をちらっと見た。先ほどまでいた観光客たちはあらかた逃げ出したが、代わりに都督庁の警備隊員たちが集まっていた。
 警備隊員たちの表情が恐怖におののくのがわかり、走って逃げ始めた。
「皆、助かっておくれよ」

 
 砂は音も立てずに広場に侵入し、全てを飲み込み出した。勢いを弱める事なく、都の大路に向かって進み、辺りは一面の砂漠に変わっていった。
 通りも建物も、兵士も商人も観光客も、皆、砂に飲み込まれていった。ヘキはいたたまれず、目をそむけたくなり、少し離れた上空を飛ぶくれないを見た。くれないは大路の先にある都督庁を見据えたまま、ぎゅっと唇を噛んでいた。
 あの子にはシロンが乗り移っている、人の命を虫けらのように扱う無慈悲な王の下での繁栄など意味がない、全てをぶち壊してでもドノスを討ち取るつもりなのだ、ヘキはそう思って自分も視線を都督庁に向けた。

 
 都督庁の鉄の扉が見えた。砂は扉に襲い掛かり、扉を守る兵士たちを飲み込んだ。鉄の扉は砂の重みに耐えかねたかのように、ゆっくりと開いた。
 砂の動きがぴたりと止んだ。来た時と同じようにいくつもの砂山は砂漠の方に戻っていき、後には都を覆った砂だけが残された。

「どうしたんだろうね?」
 くれないが開いた扉の前に降りて言った。
「ここまでみたいだ。この先はドノスの術がかかっているから簡単には近付けないんだよ」
 人っ子一人歩いていない砂に埋もれた都の広場を見てヘキが言った。
「後はあたしたちでやれって意味だね。くれない、ここから中に入るよ。目指すは王宮さ」

 

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